竹の影から
密林が、湿気とともにうねるように広がっていた。マラヤ戦線、クアラルンプール南方の小さな村落。そこに、第五十五歩兵連隊第三中隊は潜んでいた。
敵は英印軍。軽機関銃を配備し、村の中心のコンクリート建屋に立て籠もっている。突入命令が出ていたが、正面から攻めれば機銃掃射の餌食だ。
「……小野寺伍長、やれるか」
中隊長の大石中尉が囁く。小野寺伍長は、そっと荷物袋を開け、長さ五十センチほどの鉄筒を取り出した。それは、八九式擲弾筒――兵士たちが「膝撃ち砲」と冗談混じりに呼ぶ、陸軍の小型間接火器だ。
「弾、七発。目標、機銃座標から二十間先」
「よし、やれ。お前に懸かってる」
小野寺は周囲の茂みに身を沈め、砲架を泥に埋めるように固定する。専用の擲弾をそっと差し込み、目盛りを合わせ、引き金を引いた。
ポンッ。
乾いた音が密林にこだまする。砲弾は放物線を描き、わずか数秒後、敵の塹壕付近で小さな爆発音が響いた。
続いて第二発、第三発。
「命中! 敵が一斉に身を引いた!」
観測兵が叫ぶ。機銃掃射が一瞬止んだ。その隙に、突撃班が左翼から駆け出す。
小野寺はさらに二発、建屋の裏手へ放った。敵が退避するルートを塞ぐためだ。
ポンッ。ポンッ。
その音は、銃声とは異なる、妙に軽やかで、しかし確かな「命の音」だった。
やがて、建屋の機銃が再起する前に、突撃班が飛び込み、白兵戦の音が混じる。数分後、竹林の奥から煙が立ち上る。
――敵陣制圧。
中尉が無言で頷き、小野寺の肩を軽く叩いた。
彼は黙って擲弾筒を解体し、泥だらけの布で丁寧に拭った。
「軽くて、当たって、すぐ終わる。便利なもんですな」
誰に言うでもなく、呟いた。