3話 真垢
「ん…おはよう」
「が!」
朝、自室からフィアネが起き出してきて、先に目が覚めてリビングを彷徨いていた仔竜に挨拶を投げた。仔竜は、元気よく返事を返す。その声には確かな喜びが載っていた。
フィアネは朝に弱いのか、目はほとんど開いておらず、寝癖も爆発していた。寝間着も、だらしなく崩れている。また、彼女の口の端から涎も垂れており、もう意識があるのかどうかすらも怪しい、そんな感じである。
「…よく眠れた?」
「がう!」
「そう…よかった。いま、ご飯作るね」
フィアネは、寝ぼけたまんま、キッチンへと足を運んで、リビングから姿を消した。そして、数秒後、その方向から穏やかな朝には似つかわしくない悲鳴が上がった。
驚いた仔竜は、一瞬硬直したものの、その声の主がフィアネのものであると気がつき、二対四枚の羽を一生懸命パタつかせ、キッチンへと飛んでいった。
仔竜がキッチンにたどり着くと、そこは真っ白に染まっていた。そして、何やら粉っぽいようで、仔竜は着くや否やくしゃみが止まらなくなる。けれども、フィネアはその中にいることは確実なので、仔竜は意を決して白い世界へと飛び込んだ。
「あ、きちゃったの?」
中には、未だ身支度をしていないフィネアが、ボウルをかき混ぜている姿があった。彼女自身が白いから判りづらいが、よく見ると、彼女もこの白い粉をかぶっている。一面の吹雪のような室内だが、そんな中でも、フィネアは何かを作ろうとしているらしかった。
「あぁ、いつものこと…気にしなくていい」
呆ける仔竜の表情を見たのか、フィネアがそう言ってかき混ぜていた手を離し親指を立てる。意識ははっきりしたようで、だらしない格好とは対照的に目はキリッとしていた。そうしてまた、ブツブツと何かをつぶやきながら、ボウルの中身をかき混ぜ始めルフィネア。
そのつぶやきが終わると、さっきまでの惨劇が嘘だったかのように色彩を取り戻し、だらしなかったフィネアの格好までもがきちっとした物に変わっていた。
「びっくりした?」
仔竜は首を縦に振る。
「あれも私の魔法…すごい?」
「がぁっ!」
「ふふ…」
小さく笑ってフィネアはボウルの中身を火にかけていたフライパンに流し込んだ。とろっとしたそれは、薄く黄色味を帯びていて、ほのかに甘い香りがする。パチパチとフライパンの上で、流し込んだ物がはじける軽快な音がキッチンに響く。見ると、フィネアは気分が乗ったのか、小さく鼻歌を歌い始めていた。
◇◇◇
「はい、私特製のホットケーキ」
「がぁぁぁ~…」
三層に積み重ねられたふっくらホットケーキ。そのてっぺんには、ほどよく溶け出したバターに朝日を反射して金色に輝く蜂蜜がたっぷりかかっている。そして、真っ赤に熟れた木の実が添えられていた。
一目で分かるほどに、おいしそうなそれを前に、仔竜は涎を垂らさずにはいられない様子だ。その様子を見て、フィネアも満足げに目を細めている。
「食べていい」
お許しが出た途端、仔竜はホットケーキにかぶりついた。その柔らかさか、芳醇な甘さか、或いはその両方か。それは判らないが、仔竜は目を見開き、次々と口の中へとホットケーキを放り込んでいく。
「口に合ってよかった」
フィネアが、いつものように表情をむふーっとさせた。だが、次には顔を戻して、じっと仔竜を見つめる。そして、その目が瞬間だけ金色に輝いた。
「まだ、そまってない…こんなかわいい子、誰にも渡さない」
彼女はそうぼそりと言い、ホットケーキにがっつく仔竜に触れる。彼女は優しく、口を緩めた。そして、またなでる。満足いくまで、何度も、何度も。
「真垢…えへへ」
彼女は、小さく笑った。
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