(36)さよならも言わずに
ものの数分で発行してもらった通行許可証を手に、1人で大使館を後にする。
向かうのは魔族の土地へ向かうための大門。その手前で、全て分かっているかのようにディーナンが合流してきた。
2人分の通行許可証で大門を出ると、舗装されているのは数歩分だけ。その先には茶褐色の魔力に満ちた大地が広がっている。
あそこはもう魔族の土地だ。
普通の人間が防衛魔法もかけずに侵入すれば「呪い」という状態異常になってしまう、そんな土地だ。
でも迷わず足を踏み入れた。
だって「呪い」の正体は闇の魔力が人体へともたらす状態異常で、元から闇の魔力を体内に持つ私には意味がないものだと知っていたから。
ほらね、やっぱり大丈夫。
でもその代わり、体内の魔力が膨れ上がっていく感じがする。
「あ、牙生えてきたね」
ディーナンに言われて口元に手をやると、明らかにいつもと違う鋭い犬歯の感触があった。
「これからもっと変わるよ」
見られたくない相手とは別れてきたとは言え、やはり見た目が魔族に近づいてくるのは気持ちのいいものじゃない。
そんな切なさを隠すようにディーナンを睨みつける。
「なんでお前は変わらないんだよ」
「俺、元々魔法で見た目変えてるもん」
「えー!それズルだろ!」
そういえば、見た目が魔族っぽくなっていっても、見た目の性別は男の子のままだった。
幻影魔法を使えば、仲間を置いて行く必要もなかったのか。
いや、でも、どっちにしても魔王を倒すためには闇魔法を使わないといけないから、その時は一緒に連れて行けない。
遅かれ早かれという事だ。それならマクマさんのいる安全な街中にいてくれた方が良かったのだと思おう。
「勇者さまにもかけてあげよっか?」
「いや、いい」
今更見た目を誤魔化したところで、私が魔族とほとんど同じという事実は変わりようがないし、それならいっそ魔族らしい見た目になった方が他の魔族を威圧できていいかもしれない。
ディーナンしか見てないなら取り繕う必要もないだろう。
「魔王城への行き方は?」
「分かるよ。案内は任せて」
私の大切な、初めてのパーティ。
大切だからこそ、手放さなくてはいけないんだ。
コーダン、ラーニカ、フィン、シアラ。
みんな大好きだった。だからもし私が戻れなくなったとしても、皆には幸せでいて欲しいんだよ。
これだけは、嘘じゃない、本当に本当の気持ちなんだよ。
------
亜人の身でありながら人間の大使を務めているという学者マクマ。
勇者ローレンの元パーティメンバーだと言うこの女は、見た目こそ若いが亜人なだけあってそこそこ歳がいっている雰囲気だった。
リーアン。いや、リーミアか。あいつと契約した護衛料をキッチリと支払われ、滅多にお目にかかれない精算完了の証明書を書かされ、そのまま帰されると思ったら意外にも引き止められた。
「もう少し話をさせて」
そう言うと、椅子に腰掛けるように促される。
亜人は人間嫌いが多く、口数も少なければお喋りも苦手なはずだ。それを押してでもあいつの話をしたいということか。
「どういう経緯であの子の護衛を?」
「カーゴ村であいつから声を掛けてきた。俺の冒険者証が必要だとかで、いわゆるギルドを通さない依頼だ」
「目的は聞いた?」
「魔王を倒したいから魔王城まで護衛しろとは言われたが、目的は・・・勇者になりたいとしか」
言いながら、不自然さにやっと気づく。
普通は、「平和な時代を作るために魔王を倒したい」とか、「名を挙げるために勇者になりたい」とか、明確な目標があって初めて人間ってのは努力できるもんだ。
あいつは「勇者になるために魔王を倒したい」 と言っていた。が、「なぜ勇者になりたいか」は一切口にしなかった。
だが、下水道のゴブリン退治の時と言い、奴隷商の館の襲撃と言い、勇者を目指す人間とは思えない行動も多々あった。
勇者になりたいと言いながら、勇者らしからぬ行いもしている。矛盾しているのだ。恐らく本人も気付かぬうちに。
「勇者になりたい理由は聞かなかったのね」
「・・・あぁ」
「じゃあ、あの子の魔力については?」
魔力。魔力か。
俺は魔法については詳しくは無い。素質が皆無であれば魔力なんてものは見えないし、感じることも出来ない。
そんなものを深く知ろうとは思わなかった。
であっても、冒険者歴が長ければ自ずと気づけるようになることも、ある。
「風が適正魔法だと聞いていたが・・・嘘なんだな?」
魔法を使う者は総じて突発的な危機に魔法を使おうとする。
例えばトラップ魔法にかかった時。普通は適正魔法、あいつで言うところの風魔法で何とかしようとするものなのだ。
だがあいつは、魔法を使う直前にいつも一瞬の躊躇いがあった。
それはまるで、まず別の魔法を使うことがよぎったかのように。
風魔法が第二適性だとすると、第一適性の魔法を隠していた理由があるはずだった。あえて追求しなかったのは、雇用主への遠慮があったせいだ。
そのせいで、こんな状況に陥っている。
「あの子の仲間であったあなたになら、話すわ」
嘘だらけのパーティリーダーの最大の隠し事。それは、あの子どもが背負うにはあまりにも重すぎるものだった。
「あの子の適正魔法は、闇魔法だけなのよ」




