(33)似合わないってなんだよ
「あの人たちは?」
「勇者さまのご提案通り、俺の配下に加えて魔族の土地に戻したよ」
「最初からそうすれば良かったのに」
事情も話さずにのらりくらりと逃げたくせに結局配下に加えるなんて、それなら最初からそうしてくれていれば私だってあんな風に怒ることもなかったのだ。
ムッとした顔で、ディーナンの横顔を睨みつける。
でも、星を映す黒い瞳は、まっすぐに前を見つめていた。
「これは、本当は魔族以外には話しちゃいけない話なんだけどさ」
ゆっくりと静かに、ディーナンの声が響く。軽口を叩かない彼の声は、夜風のように心地よく私に届いた。
「闇の魔力を持つ同士で、その魔力量に差がある場合、強い方が弱い方に服従の魔法をかけることができるんだ」
「配下、じゃなくて?」
「うん、服従。一方的に強制的に服従させることができる。そして服従の魔法をかけられると、かけた相手の命令に逆らえなくなる」
お父様にも魔法の先生にも聞いたことがなければ、本にも書かれていない内容だった。けれど、ディーナンの真剣な顔は、それが嘘ではないと物語っていた。
魔族なのに闇の魔力量が少ないディーナン。彼の話が本当であれば、彼が人間の土地にいることも、元奴隷たちを配下に加えたがらなかった訳も説明がつく。
「これ本当に秘密のやつね」
軽薄な笑みを張り付けてから、ディーナンは私の方を見た。
そんなものがあるのであれば、これまで大変な思いをしてきたであろうことは私にも分かるのに。
なぜこいつはそんなに軽やかに生きられるのか。
「あ、で、代わりと言っては何だけど」
「何?」
「俺を勇者さまの配下に加えてよ」
なぜこいつはこうも簡単に、重要な話をしてくるのか。
「は?馬鹿なの?」
「真面目な話。だって、闇の魔力量が桁違いの勇者さまの配下になれば、俺もあいつらも他の魔族に怯えなくて済むし」
嫌すぎて顔を顰めたが、考えてみればおかしな話ではない。
もし魔族の誰かがディーナン達に手を出そうとしても、ディーナンが私の配下になっていれば、それは私に喧嘩を売ったことになる。
報復に服従の魔法をかけられるかもと思えば、易々と手出しはできない、ということか。
「別に名前だけ貸してくれるだけでいいし、負担になったら放り出してくれて構わないからさ。配下として俺を酷使したいならそれでもいいし」
「僕にメリットは?」
「俺を好きにしていいよ」
「そういうんじゃないやつ!」
「俺と、あいつらからの感謝、かな」
「・・・デメリットは?」
「魔族の土地で、魔王レベルの魔族に喧嘩を売られるかも」
「そんな魔族いるの?」
「俺は見たことないなー」
口を動かしつつも、私の返事はもう決まっていた。でも、一度大声を出してまで拒否した手前、簡単に引き受けるのは恥ずかしかったのだ。
「いつまで?」
「勇者さまが飽きるまで」
私の返事すら見透かしているようなディーナンの態度は腹立たしいが・・・まぁでも、配下にすればそれを咎めることもできるのか。
それなら、いいか。
「僕の配下になるなら、ちゃんと名前で呼んで」
「それはやだ」
「なんでだよ」
「似合わないもん」
てっきり二つ返事で快諾すると思ったのに、ディーナンは唇を尖らせて拗ねたような顔をした。
何だこの図体のでかい子どもは。
「似合わないってなんだよ」
「勇者さまにはもっと可愛い名前の方が似合うよ」
「僕は男だぞ?」
「性別なんて些細な事、だろ?」
「はいはい」
交換条件を飲ませてやろうと思ったけど、ディーナンの軽口に付き合っていたら日が暮れてしまう。
もう眠いし、面倒くさくなってきたから折れてやるか。
「配下である前にパーティメンバーだからな。明日、ちゃんと新メンバーに挨拶しろよ」
「御意に、我が主」
確かにね。温泉は気持ちいいよ?
船に乗ったらしばらくは入れなくなるのも分かってるよ?
でも、朝から皆で温泉に入るのは違うくない?
「ディーナンさんめっちゃでかくないっすか?」
「そう?」
「コーダンさんのとどっちがでかいか比べてみてもいいっすか??」
フィンはさ、もう18歳だっていうのに、こう、凄く子どもなんだよ。
しかも、お下品な感じで。
さっき会ったばかりなのに、ディーナンの裸見過ぎだし。比べるとか意味わかんないし。
おかげで私はゆっくり入れるんだけどね。他のお客さんもいないお陰で、目さえ逸らせば男湯だってことも分からないし。
「なんでこっちに来るんだよ」
だだっ広い湯船なのに、わざわざ隣に座ってきたディーナンに悪態をついた。
どうやらフィンはコーダンの背筋に夢中になってこいつを解放してしまったらしい。
せめて私が上がるまでは捕まえててくれればよかったのに。
「勇者さまとも裸の付き合いしたいなーって思って」
布で隠していても、男の姿でも、体をジロジロみられると鳥肌が立ってくる。
フィンといいこいつといい、男の裸好きすぎじゃない?そんなに見たいなら自分の体でも見てればいいのに・・・!
「僕はしたくない。上がるからどいて」
「えー」
ディーナンを押しのけるようにして湯船から出た。
お尻を見られてる気がするけど、気のせいだと、思いたい。
「勇者さま安産型だね」
自分でもびっくりするくらいスムーズに、水魔法を初めて無詠唱で発動することができた。
ディーナンを水の檻で閉じ込めれた手ごたえを感じながら、私は素早く服を着たのだった。




