(1)はじまり
勇者ローレン一行が、魔王を討伐してからちょうど20年。
魔王の領地は自治こそ任されてはいるが、民主主義が取り入れられ、国としての方針は議会で決定されるし、議員の過半数は人間になるようになっている。
そして、元々実力主義の文化を持つ魔族は、魔王を倒した勇者ローレンの決定に従い、人間とも友好的に平和に暮らしている。
と、言うのが教科書に載っている歴史だ。
ちなみに、勇者ローレンは魔王討伐後、カンラマク国王から爵位を賜り、僻地ロロン村の外れにて悠々自適な暮らしを送っている。
なぜ首都ではなく僻地に住んでいるかと言うと、理由は単純。
この地では魔石が取れるし、温泉が湧いている。そして勇者ローレンの妻、魔法使いニーニアことお母様はこの二つが物凄く好きなのだ。
私は勇者ローレンと魔法使いニーニアの一人娘リーミア。勇者の称号に憧れる14歳だ。
そしてこれは、私が勇者になるまでの物語なのだ。
「お嬢様ー!お嬢様ー!」
侍女頭の声を背に、屋敷の中を走り抜ける。
侍女達が私を探しているが、魔法で姿を消しているので見つかるはずもない。
何が淑女としての振る舞いの授業だ。私がなりたいのは勇者であって、お淑やかに喋る姫君なんかじゃない。
二階の廊下をぬけ、開け放たれた窓から飛び降りると、風魔法で勢いを殺しながら着地する。
この速度であっても完璧な魔法操作だ。風魔法であればもう無詠唱で大抵の事はできそうだ。
屋敷沿いに、裏の森にでも行こうかと歩いていると、お父様の声がする事に気づく。ここは・・・お父様の執務室のはず。
魔力を最大まで体の中に抑えてから窓に近づいてみた。やっぱりお父様が誰かと喋っている。それに、私に気づいていない。
「原因は魔力至上主義の勢力によるものでは無いかと思われます」
この声は確か騎士の人だ。王都からわざわざお父様の所へ来たのか。
「魔力至上主義か。という事は、その中心はやはり魔王だろうか」
「国としてもそうでは無いかと懸念しておりますが、なにぶん介入するほどの被害がないため暫くは様子見になるかと」
「分かった。要請を貰えればすぐに出れるようにしておこう」
「感謝いたします」
そこまで聞いて、そっと窓際から離れた。
森へ入り、秘密基地に辿り着いたところで先ほどのお父様たちの会話を反芻する。
あれは勇者への魔王討伐の準備要請だ。
お父様が、勇者ローレンがまた魔王を討伐に行くんだ・・・!
と、言うことは、お父様より先に魔王を討伐すれば、私も勇者の称号が貰えるかもしれない・・・!!
ドキドキと期待に鼓動が早くなる。
お父様は私に剣も魔法も習わせてくれたが、「女の子だから」と魔法使いになる事を期待しているし、出来ることならそこらへんのご令嬢みたいにお淑やかになって欲しいと思っている。
けど、そんなのクソ喰らえだ!
私は勇者になりたい。
お父様みたいな、みんなから憧れの目で見られるような、かっこいい勇者になりたいのだ!
正式な討伐依頼がいつ来るかは分からないので、なるべく早く家を出る事にした。
まずは、書庫の奥の禁書庫に忍び込む。
お母様のものでは無い術式は簡単に解けるし、古い魔導書の読み方だって慣れたもんだ。
ド派手な魔術は詠唱に時間がかかる上に反対呪文が分かりやすいから、複雑でややこしい呪文の方がいいだろう。
近いものから一冊ずつ手に取り、パラパラとめくる。
禁書だけあって、蘇生術や時間を歪ませる術、魂を刈り取る術なんてものもあり、思わずウッと顔をしかめながら次へ次へと本を取る。
何冊目かで、比較的まともな本を見つけた。
変わった術式だなーなんて思いながらページをめくると、見つけた。見つけてしまった。
「性別転換の魔法・・・!?」
今まで、何度旅に出たいと訴えても、「女の子の一人旅は危ないから駄目」とお父様に言われていて、でもこれなら、男になれば解決するじゃないか・・・!
使うのは私が得意な風魔法が基本だし、複雑にも見えるが、きちんと詠唱さえすれば使えそうだ。
これはもう、旅に出ろと運命が言っている!
迷いはなかった。
魔力を集中させ、その魔導書に書かれた呪文を詠唱する。
唱える毎に檻のような術式が私の体にまとわりついていき、体の形が少しずつ変わっていくのが見えた。