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第9話「聳え立つ無情の岩。/Monolith」




「キミの歌を聴かせてもらおう。話はそれからだ」


 

 春野さんが見つけてきたイケメンベーシスト(※女性)、有我(アルガ)(マコト)先輩からそう言われた私は、彼女の前で歌うことになってしまった。


 「門限があって〜」と断ろうとしたが、いつの間にか華蓮先生と連絡先を交換していた春野さんが、事前に連絡し、帰りが少し遅くなる事を許諾していた。

 また私が知らないところで勝手に話が進んでる……。


「で、でも今からって……どこで歌うんですか? ま、まさかここで!?」

「歌いたければ勝手にすればいいが、それだと通りかかった生徒や教師達に迷惑だ。普通にカラオケでいいだろう」


「私はキミの歌が聴きたい。それだけだ」


 ベースをケースにしまいつつ、そう語る有我先輩。


 私の歌を聴きたいだけだなんてぜったいに嘘だ。

 話の流れ的に、私の歌が上手かったら入る、下手だったら入らないってことじゃん! 責任重大じゃん!!


「春野さん。この度は大変申し訳ないのですが、先輩のバンド加入の件は諦めて頂くという事で──」

「よしっ! じゃあさっそくカラオケに直行〜!! あるあるでいいですよねっ、有我センパイっ♪」

「ああ、構わない」

「ちょっと私の話を聞いてくださいッ!! 歌を聴く前にッ!!」


 それなりに大声をあげて主張したけど、二人には届かなかったみたい。

 こんなにも気分の乗らないカラオケってある???

 


 :



 そんなこんなでやってきた、我らオタクが聖地である「あるあるtown」。


 アニメや漫画、ラノベにゲームなどのポップカルチャーが集うオタクの為のショッピングモール。

 カラオケやレストランだけでなく、メイド喫茶まであるという、「THE・オタク」の詰まった夢のような場所だった。


 けど。今の私からしてみれば、悪魔の住み着く巨大な城にしか見えなかった。


「私は歌が上手い私は歌が上手い私は歌が上手い私は歌が上手い私は歌が上手い……!!」

「ちょっ、あやち落ち着いて!? それだと何歌おうとしても歌えないから! 歌詞ぜんぶソレになっちゃうから!」


 マイクを両手に持ち、上下左右にガタガタと震える私。

 いや無理ですよ。私の歌が下手だったら即刻帰るぞって顔してるもん。そんな大役私には無理です……!!


「まったく。そんな調子で本当にバンドのフロントマンが務まるのか?」

「大丈夫ですよ! 大体いつもバグってるんで! ね〜あやち! 今日もいつも通り様子がおかしいだけだよね〜!」

「いつもがそれなら、キミはバンドメンバーを変えた方がいいぞ……」


 薄暗い電気に照らされる部屋の中、正面に座ってる有我先輩が正論をぶつけてくる。

 先輩の言う通り、私みたいな臆病で根暗な女に、バンドの顔である「ボーカル」という大役は務まらないだろう。


「いや。ウチが組もうとしているバンドのボーカルはあやちだけです。それ以外は考えられません!」


 それなのに。春野さんは私がボーカルがいいと声を挙げてくれた。

 

「確かに、あやちは普段こんなカンジで……正直ちょっと面倒くさいですけど」

「がはっ!?」


 同時に私の心を深く抉るような言葉の一撃を喰らわせてきた。

 あっ、駄目だ。何とか立ち直れそうだったけど精神的におかしくなりそう☆


「──だけど。あやちが歌ってるところをたまたま見て。その時に見えたんです、荒れ狂うライブハウスの中で、全力で叫ぶあやちの姿が!」

「わ、私が、ライブハウスで……?」

「うんっ。頭の中でぶわ〜って! それが見えた瞬間、ウチはぜったいにあやちとバンドがやりたいって、あやちのすごいシャウトで、観客を沸かせてる姿が見たいって思ったんだ!」


 ギュッと両手を握り締め、私に対しての想いを語ってくれる。

 こんな正面から直接言われるのは、少し恥ずかしい。


 けれど、春野さんが本気で私の歌がいいと推してくれているのは心から伝わっていた。

 

「だから大丈夫だよっ! あやちの歌は、そしてシャウトは、確実に人の心を突き刺す! 有我先輩の頑固な心なんかぶっ壊しちゃえ!」

「……言ってくれるな。まぁ、頑固である事は否定しないが」


 フッ、と鼻で笑うクールな先輩は、すぐに真剣な表情に変わって私を見つめてくる。

 「キミは歌えるのか?」……そんな目で見られてる気がして、私の中にあった小さな反骨心が燃え上がった。


「……わかりました。歌います」


 デンモクを手にとり、歌う曲を探す。

 いつもならcoldrainやFACT、P.T.Pといったメジャー所のラウドロックを歌ってきたけど、今日の私は少しだけイラついていた為、少し()()()の曲でいく事にした。


 いつまでも自分を信じれずに縮こまろうとしている自分自身が気に食わないし、自分のそういうところに腹が立っていた。


 だから私は、そんな自分と決別する為に、春野さんが好きなバンドとして挙げていた「Crossfaith」の【Monolith】を入れる。


「えっ!? ちょっ、あやちマジ!? Crossfaithヤッてくれるの!? ってか選曲マジ神!!」

「……ほう?」


 両手を組んで飛び上がる勢いで喜んでくれる春野さんとは対照的に、このバンドを知ってか知らずか、神妙な顔を浮かべる有我先輩。

 この人が何を考えて、私の歌のどこを評価するのかはわからないけど──



「先輩のそのクールなイケメンフェイス……必ず私が、打ち砕いてやりますから!」



 宣言した瞬間、強烈な印象を残すエレクトロニックなイントロが流れ始める。


 電子の荒波に放り込まれたような感覚。

 パソコンの前に座り、ヘッドフォンを装着して聴いた時の衝撃を脳に思い浮かべながら、Low(ロウ)寄りの低い低音シャウトを唸らせた。


 そこから一気に音が重く、歪んで狂う。


 メタルコア特有のギターリフに、破砕音の如く鳴り響くシンバルとツーバス。

 大阪で生まれた、5人組のエレクトロニックメタルコアバンドが掻き鳴らす轟音が、鼓膜だけで無く、内側の臓物にまで響き渡る。


 歌い出しは緩やかに、それでいて劇場の籠るスクリームは決して外さずに。


 早い曲はとことん早いし、歌もそれに伴って早くなっていくんだけど、「Monolith」は早いのにかなり歌いやすくて、シャウトやスクリームの練習にはもってこいだった。


 サビに入ると同時に前屈姿勢になり、両手にマイクを掴んで、噛みつくように叫び(シャウト)を注ぎ込む。


 畳み掛けるように続いてゆくシャウトでの歌唱。

 クリーンボイスを一切使うこと無く歌い上げ、私は横目に有我先輩の顔を見た。


 どうだ、私の歌は。


 私自身、歌が上手いなんて口が裂けても言えないけど、これまでの練習で積み重ねてきた「シャウト」や「スクリーム」、デスボイス系全般はかなり自信があった。


 少し前に、春野さんと華蓮先生の三人でしたセッション。

 あの時に私はたくさん褒められて、少しだけ自信がついたのだ。

 どうだすごいだろう? 私のデスボイスは……!

 

 ──そんな想いが透けて見えたのか、有我先輩の視線がゆっくりと下にズレた。……あれ? なんか反応がイマイチ……?

 

「あああああああああっ!! イイっ! めっっっちゃ良かったよあやち! 最後の『I break away!』のとこなんかめっちゃこいちゃんだった! ゴリってたよ!!」


 目をキラキラと輝かせて喜ぶ春野さんを前に、私はあの時(セッション時)同様に「ふへ、ふへへへ」と汚い笑い声を漏らした。

 全人類に必要なのって、春野さんみたいな「オタクに優しい全肯定ギャル」なのではなかろうか。


「…………ふむ」


 だけど。

 春野さんの反応に反して、有我先輩のリアクションは非常に淡白だった。


「ねっ! センパイっ! あやちの歌めっちゃすごかったっしょ!?」

「ああ、すごかった」

「でしょ〜! じゃあ、これでウチらのバンドに加入──」


 勝負は決まった、そう言わんばかりのテンションで話す春野さんの言葉を遮り、有我先輩は視線を私の方に戻して口を開く。


「とりあえず、次は日本語の曲を歌ってみてくれ。入るか入らないかは、その曲で決める」


 チープなソファーの上に、まるで玉座に座るような態度で足を組む有我先輩がリクエストをしてきた。


 はい。そう簡単には首を縦には振ってくれませんよね。何となくわかってました。



 

サブタイトル

Crossfaith 「Monolith」


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