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第8話「(話に)乗せて、乗せられて。/MIDI SURF」


 三年の先輩で、めちゃくちゃベースが上手い人がいるらしい。


 そんな噂を聞きつけてやってきたのは、西側校舎の二階、私たちが授業を受けていた教室から、真反対側にあるフロアだ。

 

 三年生は東側校舎にいるので、わざわざそこまで足を運ばなくちゃいけないのかぁ……と思っていたんだけど、案外近い場所にその先輩はいるらしい。


 向かうのは楽だ。けど行きたいかと言われたら、答えはNOだった。


「ちょっ、本当に誘いに行くんですか……!? その人三年生ですよね!? 先輩なんですよね!?」

「も〜、さっきからそう言ってんじゃん。何がそんなに嫌なの?」


 身長が160cm程の春野さんの背中に隠れる、身長170cm超えの長身ド隠キャ女。

 見ようによっては新手のカツアゲに見えるかもしれない。当然カツアゲされるのは私の方なんだけど──って、そんなどうでもいい話で現実逃避してる場合じゃない。


「だっ、だって、三年生ですよ……! 私たちまだ入学したてのクソザコ一年坊主なのに! へ、下手すりゃ締められますよ! 殺されるッ!!」

「独房にぶち込まれた殺人鬼との面会だと思ってるの?」


 ガクガクと肩を揺らす私の手を優しく手に取りながら導いてゆく春野さんは、笑顔で「大丈夫だって!」としか言わなかった。

 何が大丈夫なのだろう……。正直、年上の人に会うってだけで怖いのに……。

 それに高校三年生って、受験とか就活とかでずっとピリピリしてるイメージだし……。目合った瞬間に殴られたりしないよね?


 そんな恐怖心を引き摺りながら、私と春野さんはとある教室の前で立ち止まる。

 壁際にうっすらと「ボランティア部」と書いてあるけど、確かセイコーにはボランティア部は無かった筈だ。


「随分と前に廃部しちゃって、今じゃ物置程度にしか使われてないんだって」


 春野さんから説明を受ける。

 その間に教室の中から、ベンベンボンボンという体に響くような太くて低い音が鼓膜を揺らした。


 バチバチとした弦を弾くような音も聴こえてきて、その音は次第に重く歪んだ音に変化してゆく。

 それから、CDプレイヤーを操作するような音が聞こえてきて、静まり返っていた教室、そして廊下に、電子音の入り混じるラウドサウンドが掻き鳴らされる。



 何か未知の機械を弄ってるような、不思議な電子音。

 その電子音に乗って歪んだギターの音が鼓膜を揺らす。

 電子音混じりのノイジーなラウドサウンド。

 サーフボードに乗って何処までも駆け出して行きたくなる、「何かが始まる」という予感を抱かせる曲に、私は覚えがあった。


「……THE MAD CAPSULE MARKETSの【MIDI SURF】だ……」


 ボソリと呟いた私の声を、畳み掛けるようながなりの効かせた歌声が掻き消した。


 華蓮先生が好きでよく聴いていたので、私も流れるもうにして聴くようになり、特にこの【MIDI SURF】という曲はMADの中で最も好きな曲だった。


 この曲の中心となるのは、ギターでもドラムでもなく、そしてバンドのメインとも言えるボーカルでも無く「ベース」だ。

 金属をも思わせる鋼鉄質なベースは、もはやベース音の域を超えている。


 二番目のサビを終えた後に入るベースソロは、初めて聴いたときベースから鳴らされている音とは思えなかった。

 歪んでいるのに太くて存在感のある、歪んだベースの音。

 そして聴いた事の無いベースソロ……。私はあまり音作りとか詳しくないんだけど、どうやって鳴らしてるんだろ? 

 これまでバキバキとした、金属的な低くて重い音を鳴らしていたのに、サイバー感溢れる電子的な音に切り替わって……。


「……え? これってベース? それともシンセ的ななにか使ってるの?」


 不思議に感じていると、春野さんも私と同様の感想を抱いたみたいだった。

 今ならシンセでもエフェクターでも何でも、ベースの音を弄って電子的な音に作り変える事は可能だろうけど、確かこの曲がリリースされたのって90年代だったよね?


 あの当時でこの電子音ってどうやってたの?

 というかそれをほぼ完璧に弾いている先輩は何者なの?? 上田剛士さんのご子息ですか???


 ああ、ダメだ。最初こそは「会いたくない」って思ってたのに、今はどんな人が弾いているのか、どうやってあのベースソロを弾いているのか気になり過ぎる……!


「……どんな人が弾いてるんだろう……」

「おっ、ようやくあやちも気になってきた? 聞いた話だと、めっちゃイケメンらしいよ!」


 ……イケメン……イケメン!?


「えっ、じゃあ……男の人!?」

「いいや、女の子だよ。なに? 男の子がよかったの?」

「いや! 断然女の子の方が好きですッ!!」

「好みの話は聞いてないんだけどな〜……」


 イケメンと聞いて、つい拒絶反応が出てしまった……。いや、別にイケメンが嫌いとか男の人が嫌いとか、そういう話じゃないんだけど。


「──男の子、ニガテなんでしょ? 見てたらわかるよ。っていうかウチもニガテだし。それに元々ガールズバンド組む予定だったし!」

「そ、それは良かったです……」


 ……なんか、心を見透かされてしまった気がして恥ずかしい……。

 でも、春野さんが男の人が苦手というのは意外だ。春野さん可愛いし、めちゃくちゃモテてそうだし。

 というか、クラス内の男子がよく春野さんに熱い視線を送っているのは見るしね。

 モテすぎちゃって困ちゃう〜、的なやつだろうか。……いやどんなやつなのそれ。


「ほら、それよりも早く中に入ろ? ちょうど演奏も終わったみたいだし!」

「あっ、はっ、はいっ!」


 などと、脳内でセルフツッコミを入れていると、春野さんから腕を引かれ現実へと帰還する。

 正直、男性であろうが女性であろうが、3年の先輩という時点で心臓が飛び出しそうだった。


「あ、あの、入る前に、少しだけ心の準備をさせて……」

「失礼しま〜す! 三年の有我 真(アルガマコト)センパイいますか〜!」

「〜〜〜〜〜〜(モスキート音)」


 私の主張は完全に無視され、春野さんは堂々と教室の扉を開け放った。ノックくらいして?!

 

「……何?」

「はじめましてっ、(マコト)センパイっ! ウチら一年でバンドやってる──」

「帰ってくれ」


 ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がり、扉を閉めようと此方に歩いてくる有我 真(アルガマコト)先輩。


 スラリとしたモデルのような体型。

 黒髪のハンサムショートで、左側の前髪に青と銀色のメッシュが入っており、春野さんの言ってた通りイケメンだった。

 声もどちらかと言うと低くて中性的。VTuberとかやってたら性別がわからないだろうな──


 ……なんて言ってる場合じゃない!

 明らかに歓迎されてないんですけど!? 有我先輩私たちの事閉め出そうとしてるんですけど!?


「ちょっ、マズいですよ春野さん! 全く歓迎されてないじゃないですか! このままだと私たち、殺されちゃいますよ!?」

「なんであやちは殺人鬼に仕立て上げようとしてるの!? 大丈夫、話くらいなら聞いてくれる筈──」

「……麻里奈(マリナ)のヤツ、今度は一年生まで使ってくるとはね……。まったく、しつこいヤツだな」


 扉の前で言い争う私たちを前に、有我先輩は面倒臭そうにため息をつきながら呟いた。


「いや、ウチら個人的に有我センパイを誘いに来たんで。そのマリナって人は無関係ですよ♪」


 ニッコリと笑いながら自分達がここに来た理由を率直に述べ、マリナという女性? との関係性をバッサリと否定した。

 なんで初対面なのにこうもハキハキと喋れるんだろう……。私なんか今すぐにでもここから逃げ出したい気分なのに。

 ああでも、有我先輩がどういうふうにベースを弾くのか、どうやって電子的な音を出してるのかはやっぱ気になるしぃ……!


「……個人的に? じゃあキミたちは軽音部に入っていないのか?」

「はいっ! 完全フリーなバンドウーマンです! 結成2日目の!」

「……なるほど。軽音部の差し金じゃないのか」


 腕を組み、神妙な顔で呟く有我先輩。

 軽音部の差し金って……。ってことは有我先輩、軽音部からも誘われているのか。

 さっきの演奏を聴く限り、音もプレイングも安定していたから当然かぁ。


 ……ん? ってことは有我先輩も軽音部に入っていないってこと? こんなにベース上手いのに、なんで入ってないんだろ。


「……まぁ、だとしても私の答えは変わらないが。帰ってくれ。演奏の邪魔だ」


 疑問に思っていると、有我先輩が扉に指をかける。

 春野さんが「待って」と声をかけるよりも早く、私の体が先に動き、彼女の手をとる。

 ……あれ? なんで私こんな行動とっちゃってんの?


「……この手は何?」


 ジロリと睨みつけられ、思わず手を放しそうになる……けど。


 こうして、自分の意思とは裏腹に、体が勝手に動いたと言う事は、私は有我先輩のベースを、彼女の鳴らす「音」を、もう一度ちゃんと聴きたいだと思う。


 それに、せっかく春野さんがバンドメンバー(になってくれるかもしれない人)を探してきたんだ。


 有我先輩の鳴らすベースを聴いて確信した。

 春野さんは、本気で「最強のラウドロックバンド」をやろうとしている。

 じゃないきゃ、わざわざベースの上手い三年の先輩を見つけ出してきて、一緒にバンドやりましょう、なんて誘ったりしない。

 バンドを組むだけなら、一緒に演奏するだけなら、それこそ部活に入った方が早い。でも春野さんはそれをしなかった。


 ……なら私は、彼女のために少しでも協力しよう。

 私は春野さんに手を引かれてここまで来たけど、有我先輩の音をもっと聴きたいと思うのは、私自身の意志だから。


 そんな思いで、改めて有我先輩の腕をしっかりと掴み、「一度だけ、私たちの演奏を聴いてくれませんか?」とハッキリ言う。


「……メンバー編成は?」

「えっ、と……。今のところ、ギターとボーカルしかいません……」

「演る音楽のジャンルは?」

「えっ? あっ、あの、ラウドロック系で攻めていこうかなと……」

「ボーカルは誰がやる?」

「あっ、あっあっ、わ、わた私です……!」

「あやち、落ち着いて! ただ質問されてるだけだから!」


 顔のいいイケメンの先輩からじっと見つめられて質問責めにあい、私の脳みそはパンク寸前だった。

 私、ちゃんと答えられてるよね? 変なこと口走ったりしてないよね!? 唐突に殴られたりしないよね!?


「……なるほど。わかった」


 掴まれていた腕をやや強引に離し、有我先輩は私たちに背中を見せる。

 あっ、これダメなパターンだ──と。マイナス方向に思考回路が舵を取り出したタイミングで、有我先輩は振り向き様に、「とりあえず、キミの歌を聴かせてもらおう。話はそれからだ」と告げた。


 ……え? 今から歌うんですか?? 私が???

サブタイトル

THE MAD CAPSULE MARKETS 「MIDI SURF」

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