第6話「出会いと、全ての始まり。/From Today」
あやちが歌ってる姿を見たとき、ウチの中にある鬱屈とした感情や押し留めていた夢が、一気に溢れ出たのを覚えている。
ウチ、春野 琴音の人生は、基本的に「人に合わせる」事で成り立っている。
クラスで流行りのドラマがあればと〜ぜん見るし、けーぽ系のアイドルで「誰推し〜?」なんて質問が来ても大丈夫なように、偽りの推しを作っていたりする。
流行りのコスメや流行りのネイル、流行りのファンデに流行りの……etc。
化粧するのは好きだからそれはいいんだけど、でもそれは自分の好きな化粧じゃなくて流行りの化粧だから……うん。やっぱあんまり好きじゃないや。
とにかくウチは、周りに合わせるだけの退屈は生活を過ごしてきた。
理由は単純、めちゃくちゃラクだからだ。
毎日他人に合わせるだけの人生なんて、正直何も面白くない。ハッキリ言って退屈だ。
けど、合わせておかないとハブられてしまう。
少しでも定められた「軸」から逸れると、それだけで異質扱いされる。
「あいつマジキモくない?」なんて別に思ってもない事を聞かれても、「マジキモいよね〜!」という答え以外に選択肢は無い。
これはウチの周りだけの話だったのか、それとも何処の学校でもそうなのか……いろいろ考えてみたけど、答えなんて出なかった。
でも、たぶんどこも同じカンジで、大体の人が、どっかの誰かが勝手に作ったルールの中に閉じ込められて生きている。たぶん。きっと。おそらく。
そんなふざけたルールに沿って生きていかなきゃならないんだと、ウチは中学時代の経験を元に学んでいたし、その経験を元に、ウチは学校生活を何不自由なく過ごせていた。
退屈だけど、その分ヒトは寄ってくる。
友達や知り合いは多い方がいいことを、これもまた中学時代に学んでいたので、ウチは持ち前のコミュ力でクラス内カースト上位のグループに属していた。
敵なんて作らない方がいい。
誰かに合わせて、何不自由なく過ごせれるなら、それでいいんだと。途中まではそう思っていた。
「……好きなバンドの話がしたいぃ……」
そんな考えが瓦解したのは、ゴールデンウィーク突入前の放課後のことだった。
仲良くなった友達に誘われてカラオケに来たんだけど、これが想像以上に気分が乗らない。
もう、マジでまったく楽しくなかった。
結局ウチは、来て1時間ぐらいした後に「家の用事あるから〜! ごめんっ!」と、適当に誤魔化して抜け出してしまった。
それからウチは、罪悪感やらGW明けにみんなからどんな反応をされるか〜とかで、頭の中がいっぱいだった。
ウチ、またハブられたりするのかな。
……とか。中学時代に犯した失態を思い出して、頭の奥の方がズキズキと痛む。
胸あたりがぞわっとして、吐きそうで吐けない気持ちの悪さがぐるぐる回っている。
なんでウチっていつもこうなんだろう。
そんな自己嫌悪に陥りながら、さっさとここから逃げ出したくて足早にフロアを歩いた。
早く帰って好きな曲を聴きたい。
嫌な事ぜんぶ忘れさせてくれる、激しいんだけど破滅を歌ってるワケじゃなくて、暗い自分を解き放ってくれるような……ああ〜もう、とにかく。
ウチが心から大好きなバンドの曲を。
ラウドとかメタルとか、詳しいジャンル分けはわかんないけど、とにかく全部ぶっ壊してくれるような、そんな曲を今すぐに聴きたい。
「そんでもってギター弾きたい〜! ああ、ダメだ! 口に出して言ってたら我慢できなくなっちゃう! 急いで帰ろ……」
足早に進んでいく足は、帰路へつく為により早く進んでいく。
けど、ウチの足はとある部屋の前を通り過ぎたタイミングで止まってしまう。
無意識だった。
自分でも止めるつもりなんて無かったのに。
それでもウチの足は、通りかかった部屋から聞こえてきた歌声と、心に突き刺すような鋭い叫びに足を引かれるようにして動けなくなる。
聞こえてくるカラオケ音源も、明らかに他と違って音が重い。
流行りのじぇいぽでもけーぽでも、ポップ要素を散りばめたロックソングでも無い。
聴くだけで嫌悪感を覚えるレベルの、ホラー映画さながらの絶叫。
悪魔の叫び声って言ってもおかしくないくらい、鼓膜を、そしてウチ自身の心を震わせるその声に、ウチの足は自然と部屋の扉へ向いていた。
「あれ? もしかして、歌ってる人って女の子?」
足を止めた部屋の奥は、電気が消されていてよく見えない。
けど、シャウトやデスボ以外で聞こえてくるクリーンパートでの歌声は完全に女性のものだった。
透き通っていながら、どこか力強さを感じさせる歌声。
ロック系のアニソンとかあいそうだな──なんて思っていると、ふいに飛んでくる悪魔の叫び声に思わず「うわっ!?」と声を漏らしてしまう。
……すご過ぎる。いったいどんな人が歌ってるんだろう?
っていうか、歌の曲調的に絶対音楽の趣味合うよね? うあぁぁぁ、話してみたい……! でも流石に部屋の中に入るのは失礼すぎるし、かと言って部屋の前で待機してるのは不自然過ぎるし……。
どんな人が歌っているのか、気になりすぎて悶々とした感情を胸に抱きながらじっと見つめる。
この時点で大分アウトなんだけど、それでも、どんな人が歌っているのかを知りたかったし、何だったら仲良くなりたかった。
そんな想いで見つめていると、歌詞が表示されるモニターがCMに移り変わり、部屋の中をうっすらと照らしてくれた。
「えっ!? もしかして、先導さん!?」
ぼんやりと照らされた黒い影。
汗で張り付いた髪をゆっくりとかき上げる、目つきの鋭い美女の姿。ウチはその人に見覚えがあった。
たぶん──というか確実に、同じクラスの先導綾女さんだ。彼女をはじめて見たときから、妙に印象に残っていた。
いつもクラスの隅にいて、誰かと仲良くする事もなく一人でよく音楽を聴いている。
一言で言うと暗い。あと身長が高いのと、前髪でいつも顔を隠しているのでなんか怖い。
実は今日のカラオケに彼女を誘うという案があったんだけど「なんか声かけ辛いからナシで」となっていた。
先導さんは背も高いし髪も長いし、おまけにメガネを外すとかなりの美人だったりする。
そのせいで妙に視線を集めているんだけど、本人はたぶん気付いてない。
クラスの中で少し浮いてる。
けどみんなの目を引いてしまう。不思議な魅力を持つ先導綾女さん。
そんな彼女に、こんな一面があったなんて。
「って、この曲coldrainじゃんっ! やばっ! 先導さんcoldrain聴くんだ! っていうか歌うまくない!?」
ウチの後ろを通り過ぎてゆく店員さんからイタイ視線を向けられるが、ウチはそれでも部屋の中でヘドバンをかましながら歌い、叫ぶ彼女に夢中だった。
普段は誰とも関わらず、クールな印象を感じさせる先導さん。
けど今の彼女は、ウチがこれまでライブで見てきた色んなバンドのボーカリストさながらのパフォーマンスをする、ウチの望む「ヒーロー像」そのものだった。
いつも人と合わせてばかりで、勝手に退屈さを感じて勝手に絶望して。それで友達との約束を蔑ろにして、嫌悪感に浸って……。
モヤモヤとした負の感情が、心の中で降り積もり、埋もれてしまったウチはそこから動けなくなる。
そうした悪感情をいつも壊してくれるのが、ウチが心から愛するラウドミュージックだったんだけど。
彼女の自由に歌い、叫ぶ姿を見た瞬間、モヤモヤとしていた黒い感情はいつの間にか吹き飛んでいた。
「……先導さんとなら……!」
──代わりに、押し留めていたウチの夢が、降り積もった負の感情の中から飛び出した。
ウチがギターを始めたのは、いつか誰かとバンドを組みたいと思っていたからだ。
でも、ウチから「バンドやろ?」なんて誘った事はない。
周りでバンドに興味ある子なんていないし、その子たちをバンドに誘う行為は、それこそ軸からズレている。
バンドに誘うどころか、バンドの話すら出来ない。
それなのにウチは、目の前で気持ちよさそうに、楽しそうに歌っている先導さんを誘おうとしている。
彼女が大人しい人だから?
誘いやすそうだから? ……そのどちらもあると思う。
けど、それだけじゃない。
ウチは先導さんが歌う姿を見て、とあるイメージが頭の中に浮かんでいた。
大きなステージの上でギターを弾くウチと、マイクを片手に強烈なスクリームを吐き出している先導さんの姿が。
これはイメージの話なんかじゃない。いつか起こり得る現実の話だと、ウチの直感が叫んでいる。
胸元に手を当てて、拳をギュッと握り締める。
それからウチは、彼女が歌っている最中、部屋の扉をそっと開いて中に入り。
「──すご〜いっ! 先導さんってcoldrain歌えるんだ!!」
「ホワッ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
将来、最凶の女性ボーカリストとなる先導綾女に声をかけた。
コレがウチらの出会いで、全ての始まりだった。
サブタイトル
coldrain 「From Today」