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第4話「これが私の生きる道。/To Be Alive」②


 それから20分もしないうちに、私が暮らしている児童養護施設「四華学園」に到着。

 子供達に、そしてまだ働いてるであろう職員さん達の迷惑にならないよう、駐車場から急いでスタジオがある方へと向かった。

 

 子供たちの生活する本館から少し離れた場所。

 グラウンドの端っこにある、一階建てのそこそこ立派な建物を前に、私と春野さんは鍵が開かれるのを待つ。


 改めてよく見ると防音性のある扉で、ここが本当に音楽室(スタジオ)である事を今更ながらに実感した。


 行く用事も無いからちゃんと確認することも無かったけど、こんなに良い部屋があるんなら、わざわざカラオケに行かなくてもここで歌えばいいんじゃないだろうか。まぁ、今から歌う事になるんですけどね!


 そんな事をぼんやり考えていると、華蓮先生が鍵を開けて「埃っぽいけど」と注釈して先を進んでゆく。

 それに倣って私たちも入ってみると、春野さんが興奮気味に声を漏らした。


「うわっ! 何ここマジやば〜! めっちゃ本格的じゃん!!」

「まっ、本格的に作ってたからね〜」


 電気をつけてぐるりと見渡す。 

 学校の音楽室とほぼ同質の広さで、置かれてある楽器は様々だった。


 グランドピアノにドラム、エレキギターからアコースティックギター。他は先代施設長の趣味なのか、見たことも無いような異国の楽器までたくさん置いてある。


 子供たちに「音楽の楽しさを伝えたい」「音楽に触れてほしい」という思いで作られたという音楽室(スタジオ)

 そこには前施設長である華蓮先生のお父さんの強い想いや感情が込められているように感じられる──のだけど。

  

「どの楽器も、子供達が簡単に触れられるようなものでは無い気がするんですけど……。これとか、オーケストラで使うコントラバスじゃないですか……」


 数々の楽器が並んでいるんだけど、どう見ても子供たちが持てないくらい大きい楽器や、そもそも簡単に演奏できないような楽器ばかりだった。


 私が指摘すると、華蓮先生はドラムのセッティングをしながら「だよね〜」と笑っていた。


「でも。こうして音楽に興味を持ってくれた子が一人でもいてくれて、この部屋で歌うって言うんだから、親父も喜んでんじゃないのかな」

「……そうなのかな」


 私の方を見ながら、華蓮先生はボソリと呟く。

 私は何と答えたらいいかわからず、部屋から持ってきた自分のマイクを、そっと握り締める。


 もし本当にそうなんだとして、私は華蓮先生のお父さんに「カッコ良かったよ」って言って貰えるように歌えるだろうか?

 全力で歌ってやる! と意気込んだのはいいものの、心の何処かでは逃げ出したい気持ちが先行してきて、落ち着かない気持ちになる。


 先生はそんな私の心中を察したのか、さっさと椅子の高さを調整して、ドラムの音を確かめるよう8ビートを刻み始めた。


「ハナちゃんセンセー、ドラムもいけるんだ!」

「まぁね〜。元々バンドやってたし、作曲もしてたからね。バンドで使うような楽器は大体弾けるよ」


 言いながら、ゴーストノートを挟みつつ徐々に叩くテンポを上げていく。

 段々と早く、そして強く打ち込まれていく(ビート)に感化されたのか、春野さんはふんふんと鼻歌を鳴らしながらケースから自分のギターを取り出し──


 それと同じタイミングで、気分よく打ち込まれていたドラムの音が急停止する。

 さっきまで結構ノリノリで叩いてたのに、急にどうしたんだろう?


「…………ごめん、変な確認をするようだけどさ。キミ、ホントに女子高生?」

「え? リアルJKですけど」

「せっ、先生? 春野さんのギターがどうかしたの?」


 ギャルピをしながらリアルJKである事を証明する春野さんは一旦置いておいて、私が華蓮先生に質問する。

 すると先生は驚いた表情のまま、彼女の持つバチバチにデコられているギターの()()を明かした。


「デコりまくってて気付けなかったけど。そのギター、『FUJIGEN』の【EEL-DE-7】でしょ? メタルやる人がよく使う7()()()()()だよ」


 華蓮先生からの指摘に、春野さんは「あ〜そんな名前だった気がする」とかなり適当に相槌を打った。


 私も指摘されるまで気づかなかったけど、確かに春野さんのギターの弦は普通のギターと違って7本ある。

 ギターがピンク色の装飾でデコられまくってて、そっちの方に意識が向いてしまっていたらしい。


「正直、ギターの名前とかよくわかんないんだけどさ。なんかパッと見で『カッコいいし7本も弦あってめっちゃトクじゃん』と思って買っちゃったの。メ●●リで」

「そんなセール品みたいな感覚で買ったんですか!?」


 しかも楽器屋とかで買ったんじゃなくてフリマアプリでだった。最強のラウドロックバンドを目指してるギタリストがそんな適当でいいのだろうか……?


「メ●●リって……。まぁ新品で大体20万はするから、中古品で買おうってのはわかるけどさ〜」

「にっ、20万もするの!? 春野さん、売●はダメですよっ!!」

「いや何でウリした前提で話してるの!? 違うよ、ちゃんとメ●●リでお金と()()で購入したから!」


 ややガチ目にキレられ、瞬間的に「すみません!」と頭を下げる……って、ちょっと待って。今お金と()()って言った???


「出品者の人に『リアルJCでお金あんま無いからまけて?☆』って頼んだら、『上履き一足につき10万値引き』って言われたからそれで買ったよ。あっ、ちゃんと手数料は払ってるからね!」

「何が『ちゃんと』なのか全くわからないんですけど!?」


 春野さんいわく「ちゃんと買った」らしいけど、今の話のどこに「ちゃんと」した要素があったのだろうか。

 というか出品者さん、ギターとJCの上履きを天秤にかけてJCの上履きを取るんだ……。


「ま、まぁどんな手段で購入しようと、ギターの『音』は変わらないから。ねっ、春野ちゃん?」

「はいっ! さっすがハナちゃんセンセー、よくわかってるぅ♪」


 非正規の方法で購入されたギターの音がいい訳が……と、自分でもよくわからない決めつけをしていたけど。



 掻き鳴らされるギターの音色を生で体験した瞬間に、そんな考えは一瞬で吹き飛ばされる。



(──なに、この音。自分の知ってるエレキギターの音じゃない……?)



 生のエレキギターの音は、楽器屋さんに足を運んだ際に何度か聴いた事があった。

 「試し弾き」で弾いている人がよくいるので、それを離れた場所から聴いていた。

 

 その時に聴いていたギターの音は、どれも音が明るいというか、良い意味で音が軽かったのを覚えている。


 弾いていた曲がそう感じさせたのかもしれないけど、聴いていて「カッコいい」という感情とは別に、「聴き慣れた音」という認識も同時に湧いていた。


 要するに、店でよく流れてるやうな流行(はやり)のロックバンドの音。

 誰が聴いても聴き馴染むよう作られた、聴き心地の良い音だった。


 けれど、春野さんが使ってるギターの音は、鼓膜だけでなくお腹の底を震わせるような「重さ」がある。

 それにギターの音の重さ(ヘヴィーさ)だけじゃなく、春野さんの演奏力の凄さ。

 

「全音下げのチューニング。6弦(普通の)ギターと違って更に低い音を出す弦を追加されてあるから、わざわざダウンチューニングをする必要が無く重い音が出す事ができる。けど、このギターの音は()()()()


 春野さんは気持ちよさそうに「ジャカジャーン!」と言いながら演奏を停止したタイミングで、神妙な面持ちで華蓮先生が呟いた。

 

「それ、さらにチューニング下げてるでしょ」

「もち☆ やっぱギターってドカーン! と響いて、ドドン、ガガン! ってカンジでキメるのがサイコーに気持ちイイっしょ?☆」


 メロイックサインをしながら楽しげに語る春野さんの額には、たった数分程度の演奏だったのに汗が煌いていた。


 そんな春野さんが此方に近付いてくる。

 何をされるのかとビクビクしていると、


「ほらっ! 次はあやちの──というか、一緒にヤる番だよっ!」

「や、ヤるって……」

「セッション! せっかくそんなカッコいいマイク持ってるんだからさ! ヤろうよウチと!」


「あとセンセーも!」

 そう付け加えて笑いながら、彼女は私に手を差し伸べてくれた。

 

 私は一度、この手を振り払っている。

 人と関わるのが怖くて。

 人に馬鹿にされるのが怖くて。


 私はそれで、これまで培ってきた小さな物差しで春野さんを測ろうとしていた。


 けど、彼女は違った。

 私がどれだけ拒絶しても、彼女は私を追いかけ続けてくれた。


「……バンドの件。正直言って、私はあまりやる気じゃありません」

「うん。でもヤるよあやちは。()()()()()()()()んだ」


 見てたからわかる? どういう事だろう。


 何を言っているのかわからず首を傾げていると、春野さんは華蓮先生と演奏する曲の話をし始める……って、いやあの、歌うの自分なので私も混ぜて貰っても……?


「どお? センセー」

「……オッケー。その曲、あたしも好きだよ」

「えっ、いや、あの……私にも、何をするのか教えてほしいっていうか……」

「あやちはダイジョーブ! ぜったいに知ってる曲だから♪」


 あざとくウインクをし、チューニングを演奏する曲のために合わせ、全ての弦を押さえない状態で一気に解放させる。


「魅せてあげるよあやち。ウチのギターとその音を! そしてウチ()の生きる道を!」


 どこまでも楽しそうに笑う彼女は、足を開いて前に屈み込むようにして歪んだアルペジオを掻き鳴らす。

 この音に、流れるようなアルペジオ……。それに、「ウチの生きる道を」って……。


 私はすぐにその曲が何の曲かを理解し、アルペジオを終えて一気に走り出す前に入る4カウントを、私のマイク──Super55を通して叫んだ。

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