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第18話「もう一度【あの音】を奏でる為に。/AGAIN」


 三人でバンドを続ける為、そして麻里奈を倒す為、私たちは上手くなる必要があった。

 そのためにはまず練習だ! ──という訳で私たちは、あるあるtownのスタジオで、初の音合わせをする事になった……のだけれど。


「……ふむ、なるほど。これはっ……!」


 私たちと初めて音を合わせていた真先輩は、驚愕により目を大きく見開いていた。前面に鏡が貼られてある狭いスタジオの一室で、真先輩は対面する私と春野さんに、ストレートな感想を吐き出した。


「──まるでもうぜんッッッぜん駄目だな!! これは無理だ!! よし解散!!」

「ちょっと待ってくださいよッ!!」


 事前に決めていた練習楽曲を、二回ほど合わせたばかりなんだけど……。先輩はそこで「もう無理」となったらしく、5弦ベースをケースの中に仕舞い込もうとする。

 私はそれを慌てて止めるが、真先輩はあまりのグダグダさに嫌気が差したらしく外に出ようとする力がめちゃくちゃ強かった。いや逃げたくなる気持ちはわかりますけど……!


「真先輩! 私たちはまだ結成して1週間程度なんですよ!? それなのに標準以上の技量求めたって無理に決まってるじゃないですか!!」

「それはわかるが、ワンマンプレーが過ぎるだろう! 春野なんて音にノリ過ぎて速弾き暴走するし、先導に至っては歌詞を飛ばしてアタフタし、挙げ句の果てにこの世に存在しない言語で歌い始めてる! こんなので麻里奈に勝とうだなんて無理だ!!」


 最初こそやる気に満ち溢れていた私達だったけど、いざ音を鳴らしてみると、てんでバラバラでそれはもう酷いものだった。

 

 まず春野さん。真先輩が言った通り、春野さんは音にノリまくると自分流にアレンジを加えてしまうクセがあり、その結果、曲の流れを無視した速弾きをし、暴走するという珍事を引き起こしていた。

 真先輩は「音にノるのは悪くない」と最初は認めてたんだけど……ギターを弾けない私でも、ちょっと声をかけたくなるレベルでの暴走具合だった。

 何と言うか、興奮し過ぎて周りが見えていない……そんな感じだ。

 例えは最悪だけど、犬の前に骨を、猫の前に魚を置いた時の状態? ……うん、想像以上に最悪な例えだ。すみません春野さん。

 

「……春野。今日はじめてキミのギターを聴いたが、確かに音は良い。正確にコードを鳴らし、他の弦を鳴らさないようにとするミュートの技術も上手く出来ている。初めて2、3年の音じゃない。そこは褒めよう。……だが、曲の展開を無視して好き勝手に弾くのは駄目だ。これはバンドでの練習であって、個人が楽しむためのものじゃない」

「はいぃ……」


 そんな(?)春野さんは真先輩の前で正座し、申し訳無さそうにしょんぼりとしている。可愛いけど、今回ばかりは援護出来そうにない……というか、援護できる立場では無かった。

 何故かって? そりゃ私も大いにやらかしているからね!!


「──そして先導。前に私が指摘した英語の発音に関してだが、かなり改善されている。まだまだ聞き取れないところはあるが、それでもお前の飲み込みと早さと上達速度は純粋にすごいと思うし、驚かされる点もたくさんある。……だが、それはそれとして歌詞をちゃんと覚えろ。言っておくが、本番のライブでは歌詞カードを持って歌うことなど出来ないぞ」


 水を飲みながら指摘され、私は春野さんの隣で正座をし、彼女の指摘事項をしっかりと脳みそに刻みつける。

 

 カラオケで「英語の発音が壊滅的である」と指摘を受けていた私は、その後華蓮先生に「どうやったら上手くなるか」を聞くことにしていた。

 華蓮先生は元バンドマンでボーカルを務めており、その時作曲された曲の歌詞は全て英語だ。上達するには華蓮先生の力を借りるしか無い! と思い、指摘されたその日には先生に聞きに行っていた。


『英語の発音に関して? そりゃ英語が喋れるようになるのが一番だよ。けど、そんなすぐに喋れるようになるのは無理だから、あたしはずっと英語の曲を歌い続けてたかな〜。それも同じ曲を何回も』


 そう言って華蓮先生は、バンドをやっていた時の発生練習や英語の発音について、暇さえあれば教えてくれた。

 そのおかげもあって、だいぶ発音が上手くなった気がする。するんだけどね……。


「……暗記するの、苦手なんですよね……」


 発音は多少改善された。発声や声の音圧についても問題無いと、華蓮先生と真先輩からお墨付きを頂いてる。

 けど、「歌詞を覚える」、これが中々に難しかった。

 元々暗記問題が苦手だった私だ。そんな私が急に歌詞をそらんじて歌えるようになるには、かなりの時間を有する必要があった。

 私はその事を真先輩に告げる。ここで隠したってバンドの為にはならない、何より私自身が上手くなりたいし、上手く歌えるようになりたかったから。

 すると真先輩は、私の話を聞いてからすぐに「こんな話がある」と語り始めた。

 

「これは、私の知り合いのボーカリストから聞いた話なんだが……、『歌詞を覚えるのは暗記では無く刷り込みだ』との事だ」

「刷り込み、ですか?」

「ああ。これは私や春野でも同じ事だが、ギターやベースのコード進行、曲のフレーズ、メロディーライン等は、曲を何度も聴いて、弾いて……それを繰り返して練習を重ねて覚えていくんだ。要は、頭で覚えるんじゃなくて、()()()()()()()()んだよ」


 思い悩む私に対し、真先輩が的確なアドバイスをくれる。それだけじゃない、と言葉を区切り、真先輩はさらに言葉を続けた。


「それと、『歌詞は単なる言葉の羅列じゃない。感情と情景を書き写したものだ』とも言っていた。自分が伝えたい想いや、頭に思い浮かんだ場面や光景、それを声にして出力するんだとさ」


 自分が伝えたい想いや、頭の中の光景を声に……。

 確かに曲を聴いている時や思い出している時なんかは、その時の感情や状況によって変わる事が多かった。

「感情」や「情景」をイメージする事で、歌詞を自然とインプットさせる──。なるほど、それなら確かに出来るかもしれない……!

 

「あ、ありがとうございます……! 参考にします!」

「ああ。是非そうしてくれ。じゃないとまた何処の言語かもわからない歌詞で歌われたら堪らないからな」


 ベースのチューニングを確認しながら冷淡に告げる真先輩。やっぱりバンド経験もあって音楽的知識も豊富な人だから、色々な事を知ってるんだなぁ……。

 真先輩に対して尊敬の念を抱いていると、既に立ち直っていた春野さんが「その話、誰から聞いた話なんですか?」と聞く。

 確かにちょっと気になるかも……と思っていたけど、

真先輩は「さぁね」とだけ言って、弾いていた曲のフレーズを弾き始める。

 あれ? なんかはぐらかされた……? 


「……まぁ、今後の課題や改善点を見つけられただけでも良しとしよう」


 ため息混じりに吐き出し、バンドとしての初の音合わせ練習は終了した。


 :


 時刻は夜の7時を少し過ぎたくらい。

 それから私たちは、あるあるtownの一階にあるファミレスに向かい、今日のセッションについての反省会を開いていた。

 私は施設の門限があるから長居は出来ないんだけど、話すべき事がある以上、ここで帰る訳にはいかない。……というか、あんなめちゃくちゃなセッションをした後で帰れる筈無いよね。


「……さて。今日初めてのセッションだった訳だが。キミたちは何か思うところや、感じた点はあるか?」


 対面上に座る真先輩が、優雅にコーヒーを口にしながら尋ねてくる。

 正直、思うところがあり過ぎて、何処から何を喋ればいいのかがわからなかった。

 ただ、そんな状況の中でも一つだけ確かな事がある。それは──


「……私や春野さんには、多くの改善点がある事はよく理解出来ました。ただ、それは別として『ドラム』はどうしましょうか……?」


 私の発言に、春野さんも真先輩も渋い顔を見せた。

 今日、バンドとしての初のセッションをした私たちは、自分たちに足りないものがたくさんある事を嫌でも自覚させられた。

 でも、それ自体は上手くなる為に必要な事だから苦しくない。むしろ「やってやる!」という気持ちの方が大きい。


 ……ただ。それはそれとして大きな問題がある。

 私たちのバンドには、「ドラム」を叩いてくれるメンバーが存在しないのだ……!!

 

「何となくわかってはいたけど、ドラムがいないってだけでこんなに音を合わせるのが難しくなるだなんて、思ってなかったなぁ……」


 春野さんが側にあったギターケースをギュッと抱きしめながら呟いた。

 バンドにおいてドラムの重要性は大きい。これは真先輩だけじゃなく、華蓮先生も同じ事を言っていた。

 そして今日、その事実を痛いくらいに実感させられた。

 

「ドラムは、バンド全体の音を支える基軸となる楽器──いわばバンドの【核】だ。ベースもドラムと同じくリズムを支える役割を担うが、曲のテンポやグループ感、強弱(ダイナミクス)を安定させる点に於いて言えばドラムに劣る。不可能では無いが限界があるんだ」


 先輩が中心となって、バンドの音を支えようとしてくれていた。それはセッション中も何となく気付いていたけど、先輩が言った通り限界があるんだと思う。セッション中、「自分が今何処にいるのか?何を歌っているのか?」わからなくなる事が多々あった。


「なんて言うか、音に迫力が無いよね……。前に音合わせした時とはぜんぜん違うっていうか」


 春野さんがボソリと呟く。

 それは私も感じていた事で、どれだけ春野さんや真先輩が技巧的な演奏をしていたとしても、重低音を響かせるドラムがすっぽりと抜けるだけで曲の迫力が半減……それどころか、8割減くらいしていた。


「それはそうだろう。私たちがやろうとしている音楽はラウドロックだ。重低音を響かせる音圧と迫力、そしてスピード感を出すにはドラム──それもツーバスは絶対に欠かせない。ドラム無しでの練習も不可能では無いが……」


 真先輩は言葉を区切ると、そこから先は何も言わずに腕を組んで黙考する。

 どうやったってドラムは必要──それを口にしたところで新しいバンドメンバーが急に現れてくれる訳では無い。その事を理解しているからこそ、口を閉ざしたんだと思う。

 でも、ドラムかぁ〜……。私には友達がいないし、当然楽器が出来る知り合いもいないし、どうしよう……?


「……け、軽音部の人に頼みに行く、とか?」

「喧嘩を売った相手の敷地に入れるのならすれば良い。少なくとも私には無理だ」


 ですよね〜……。いや、私もそんな真似出来ませんけど……。

 ズキズキと痛み出す頭を抱えて、何とかこの窮地を抜け出すための策を考える。これは私が蒔いた種だ。私が売った喧嘩だ。だったら私が何とかしないと……!

 そう思えば思う程に、どんどんと視界が狭まって前が見えなくなってゆく。このままだと、ライブで勝負する事すら出来なくなる。


 唸る私。考え込む真先輩。

 その場が静謐さで埋め尽くされたそんなタイミングで、春野さんが「あっ!!」と声をあげて立ち上がった。


「は、春野さん……? 急にどうしたんですか……?」

「漏らしたのか?」

「違いますけど!? ナチュラルにセクハラするのやめてください!! ……あやち、ウチらめっちゃ大事な事を忘れてたよ。いるじゃん、ウチらの知り合いの中にドラムできる人っ!」


 春野さんが興奮気味に距離を詰めてくる。

 私たちの知り合いにドラム出来る人……? ってことは、私と春野さんが知ってる人って事だよね? そんな人いたかな……。

 真先輩同様、腕を組んで考え始める私に、春野さんは「なんでわかんないの!?」と言ってスマホの画面を見せてきた。

 そこに表示されている名前を見てハッとする。

 いや、確かに()()かもしれないけど……!


「──背に腹は変えられない。ってことで、ハナちゃんセンセーに頼んでみよっ!」

「ハナちゃんセンセー……?」


 私と春野さんの知る「ドラムが出来る人」。

 それは、過去に一度セッションもした私の暮らす施設の長である華蓮先生の事だった。

 

 ……いや、それは流石に無理があるのでは!?

サブタイトル

CrowsAlive「AGAIN」

※因みにですが4人目のメンバーは華蓮先生ではありません。(女子高生じゃないので)


次回更新は2月26日となります。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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