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第17話「この居場所を守るために。/Sanctuary」②


「……私の話を聞いていなかったのか? 麻里奈の演奏技術、そして人気は校内随一だ。それに、既に幾つかの箱でライブも()ってる。それに対して私達はどうだ? 結成してから数週間、私が入ってからまだ2日だぞ? そんな私達がどうやって麻里奈に──」

「春野さんがいて真先輩がいる。負けない理由なんて、それだけで充分じゃないですか……!」


 顔をあげて言う……というよりは、吠えていた。

 真先輩の言う事は最もだ。ライブもやってて、実力も確かで、インディーズレーベルからも目をつけられている……。

 そんな相手に、まだ結成して間もない上に、音合わせもしていない私達がどうやって勝つんだって。それは自分でもよくわかっていた。


「……認識が甘すぎる。いいか先導。バンドは個々が好き勝手にプレイするものじゃない。音や呼吸、そして意識までも合わせて、ようやく『バンドとしての音』が完成するんだ。だが、私たちは一度も──」

「合わせてないって言うんでしょう? だったら今すぐにでも合わせればいいじゃないですか! 何で何もやってないのに『負ける』だなんて言うんですか!?」


 私の質問に、真先輩は語句を強めて告げる。


「……私は当然の事を言ったまでだ。やる、やらないという話以前の問題だろう!」

「センパイ! あやちも! 一旦落ち着いて!」


 いつの間にか立ち上がり、正面から睨み合っていた私たちの間に春野さんが割って入ってくれた。そのおかげで少しだけ頭が冷えたけど……それでも私は、やってもいない勝負に匙を投げる真先輩が気に入らなかった。


「……真先輩は、それでいいんですか? 麻里奈に好き勝手言われて。あの人、真先輩を『自分の物だ』とか宣ってましたよ」


 麻里奈との関係について尋ねると、真先輩は私から目を逸らしてしまう。

 それに麻里奈は、「真先輩は()()軽音部に所属している」とか、「部員の引き抜き行為は認めない」とか言ってたけど……。


「……色々あってね。ハッキリ言うと、私は彼女に会いたくない。顔も見たくないんだ」

「それは私も同感です」

「いや、そこで意気投合しないでよ……」


 私たちのやり取りを、あたふたしながらも見守ってくれていた春野さんがツッコミを入れる。

 少しだけ場の空気が軽くなったのを感じて、私は一度大きく深呼吸をして、自分の想いをストレートに伝える事にした。


「……真先輩。過去に麻里奈と何があったのか。何で軽音部に入ったままなのか。気になるところはたくさんあります」

「……」

「……けれど。今はそんなことどうだっていいです。私はとにかく麻里奈を倒したい。だから先輩、やる前から負けるだなんて言わないでくださいよ」


 そう言うと、真先輩は「何故そこまで麻里奈に勝つ事に拘る?」と聞いてきた。

 何で拘るのかって、そんなの決まってる。


「麻里奈は、私の大事な友達を馬鹿にした。それだけじゃない、真先輩にだって好き勝手言ってた……! 自分は何も知らないクセに、知ろうとなんかしてないクセに。勝手に怒って勝手に馬鹿にして、聴いてもないのに下手だとかどうとか言って……!」

「あやち……」

「ムカつくんですよ、純粋に……! それに、とても悔しかった。何を言っても聴く耳を持たない人に、私の大好きな春野さんのギター()を、大好きなラウドロック()を、馬鹿にされたのが許せないんです……!!」


 心からの想いを、真先輩にぶつける。

 他にも言いたい事なんてたくさんあった。

 音楽やってるクセして、どうして音楽やってる人を馬鹿にするんだ、とか。

 自分の知らないジャンルを「流行りじゃない」とか言って下に見たりとか。

 マイナーなジャンルをやってる人に「気を衒ったことしてる」と言ったりとか。そもそもラウドロックにマイナーもメジャーも無い。ラウドはラウドなんだから。そこに上も下も、気を衒うもクソも無いのだ。


 なのにあの女は「知らない」事をあたかもステータスかのようにひけらかして馬鹿にして……!

 あああああああ〜……!! 今思い出しただけでもイライラしてくる……!

 

「──私が。私自身が馬鹿にされるのは全然いいんです。気味悪いとかウザいとかデカいとかキモいとか、そういうのを言われても正直その通りだから何も思いません。でも、」

 

「私にとって大事な人()を馬鹿にされる……これだけは絶対に許せない。だから私は、麻里奈と真正面から()り合って、春野さんの奏でる音の凄さを証明したい。真先輩は私たちのバンドに必要なんだって、私たちの音なんだって、証明したいんです!!」


 私は真先輩を前に、そう言い切った。

 先輩の言う通り、麻里奈相手に勝つなんて無謀も良いところだろう。私は彼女たちの演奏をちゃんと聴いた訳じゃないけど、真先輩が太鼓判を押す程で、色んなバンドの曲を聴いていた美羽さんが彼女たちのバンドを知っているくらいだ。下手な訳が無い。


 それに、インディーズでのデビューが期待される程の実力がある。まだ組んで1週間で、かつ一度も音合わせをしていない私たちが麻里奈に勝とうだなんて、誰がどう聞いたって無理だと言うだろう。


 けど。それでも私は引きたくなかった。

 引くわけにはいかなかった。

 ここで引いたら、春野さんがただ馬鹿にされただけで終わる。聴く気も無いのに馬鹿にして決めつけられて、春野さんが傷ついただけで終わってしまう。

 そんなの、誰が許せると言うんだ。


「無茶なことを言ってるのは、自分でもよくわかってます。勝ち目が無いことだってよくわかってる……。でも、それでも私は引けない。引きたくないんです」


 それは多分、これまでの人生を振り返っての言葉だったと思う。虐められて、引く事に慣れてしまった自分の人生を振り返っての。

 だから私は、それを否定したいんだ。だって春野さんが私の手を引いてくれたから。

 その手を取って、前に進んでいきたい──そんな想いを、ようやく抱くことが出来たのに……ぽっと出のクソ女に邪魔されるなんて、ぜったいに嫌だ。


「真先輩。これは私の我儘です。めちゃくちゃ言ってるのは自分でもわかってます。……でも、私はこのバンドを諦めたくない。始まってすらないこのバンドを、クソ女の一言で終わらせるようなことはしたくない」

「あやち……」

「……」


 口を閉ざす真先輩に、私は頭を下げる。

 真先輩だって辞めたくない筈だ。辞めたいんだったら、まだ音合わせもした事ないようなバンドに入ったりしないし、今もこうして音を奏でようとしたりしない。

 ……だったら。最初からヤりもせずに「負ける」なんて、言わないで欲しい。


「お願いします。私は春野さんと、そして真先輩(あなた)とバンドをやりたいんです。だから真先輩。あなたの音を、私たちに賭けてくれませんか」


 ──だってバンド(ここ)は、私にとって大事な居場所だから。

 そこまでは恥ずかしくて言えなかった。まだ一緒にセッションすらしてないのに何言ってんだって思われそうだったから……いや今さらなんだけど。

 変なところで及び腰になっている私に対して、真先輩は「顔をあげてくれ」と呟いた。


「……本当、最初の印象とまるで違うな、キミは」


 深いため息を吐き、先輩は後ろを振り向いてベースやエフェクター、接続していたシールドケーブルなどを片付け始めた。

 ……この反応。やっぱり私じゃ、先輩の心を引き留める事は出来なかったのかな……。


「……おい。いつまでしょげた顔をしているつもりだ。キミ達も早く準備しろ」

「……え?」


 さっさと片付けてしまった先輩は、ケースを肩に担ぎながらそう言った。早く準備しろって……え? それは一体どういう……。


「途端に鈍くなるのは何なんだ? ……勝つんじゃないのか、麻里奈に」

「えっ? ああはい……ぶっ倒したいです」

「だったら、やる事は一つだ。麻里奈たちは上手い。そんな彼女たちを相手に勝つんだとしたら、残された時間をフルに活用して練習するしか無い」

「……ってことは、真センパイ……!」


 私と同じく、真先輩の言葉の意味がわかっていなかった春野さんの表情がゆっくりと花開いてゆく。

 私もそこで、ようやく先輩の言葉の意図を理解して、まだヤってもないのに泣きそうになってしまった。


「ああ。……そういう熱いノリに乗るタイプでは無いんだが。後輩が頑張ろうとしているのに黙って何もしないのは、私としても気が引ける」


「それに、私は可愛い子の味方だからな。尚更その願いを断る訳にはいかないさ」

 真先輩はそう言って、そっと手を差し伸べた。


「……やるからには全力だ。言っておくが、駄目なところがあれば容赦なく指摘する。前みたいなふざけた歌い方をしたら……」

「……し、したら……?」


「──その胸を揉みしだくから覚悟しておけ」

「想像の斜め上をいく脅迫……!!」


 私は真先輩の手を取るよりも先に、自分の胸を両腕で隠した。

 

  

※サブタイトル

Crystal Lake「Sanctuary」

次回更新は2月19日です。よろしくお願いしますm(_ _)m

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