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第15話「ウチのヒーロー。/My hero」

 


「ねぇあんた。あたしの真先輩とバンド組んでるんですって? 悪い事は言わないからさ、真先輩から手を引いてくれない?」


 一年上の先輩から急に声をかけられたかと思ったら、そんな事を唐突に言われた。


 いつものメンバーと学食に向かう途中で声をかけてきた軽音部所属の先輩達。ウチが組んでいるバンドメンバーの真センパイと関係があるらしく、今すぐ真センパイから手を引けってめちゃくちゃな事を言ってきた。


 この人は何で急にそんな事を言ってきたんだろ?

 純粋に疑問が湧いたんだけど、その次に湧いてきたのは、胸を焼くような苛立ちだった。

 ウチは普段、誰かにバカにされたり煽られたりしても怒らないんだけど、この時だけは例外で、なんかめちゃくちゃ腹が立った。

 

 多分これは、中学時代の事を思い出(トラウマ)が原因だ。

 中学時代に「好きな男の子がウチのことを好きになった」とかそんな理由で、ウチをハブったり虐めてきたり、身に覚えのない噂を流してきた子にそっくりだったからだと思う。


 その時のウチは、その子の誤解を解くために機嫌を取ろうと必死だった。

 その子が「宿題して」とか「お金貸して」とか言ってきたらその通りにしたし、別に好きでも無い男の子に告白して来いって言われても拒むことは無かった。


 それでめちゃくちゃ面倒なことに巻き込まれるんだけど……いや、その話はいいや。正直二度と思い出したくないし。

 

 とにかく、急に声をかけてきた先輩にかなりムカついていた。なんでウチがそんな無茶苦茶な話を聞かなくちゃならないんだって。言い返せなくて、泣く事しか出来なかった時を思い出したウチは、過去の自分を拒絶するために声を挙げた。


「──なんでウチが真センパイから手を引けとか、そんなこと言われなきゃならないんですか。ウチが誰とバンドを組もうが、センパイたちには関係ないじゃないですか!」


 ハッキリと声を大きく出して言ってやった。

 心臓が信じられないくらいにドキドキしてる。正直、今すぐにでもゲロりそうだけど、唾を飲み込んで何とか耐える。

 

 昔のウチは、誰かの顔色を伺いながらでしか生きていけなかった。少しでも定められた「軸」からブレると、それだけで道を踏み外すことを知ったからだ。


 けど、あやちと出会ってからその考え方は捨てた。

 カラオケボックスで全力で歌い、叫んでる彼女を見た瞬間、今まで押さえ込んできた感情や、押し留めていた夢が一気に膨れあがってきて、これ以上我慢することなんてムリだって気付いたからだ。


 だからウチは、あやちにしつこく声をかけまくった。

 あやちと一緒にバンドを組みたい。そんな想いでアタックしまくった。

 最初は否定的だったけど、段々と心を開いてくれて、バンドに入ってくれる事になった。

 

 それが嬉しくて、ウチは本格的にバンドメンバーを探した。「最強のガールズラウドロックバンドを組む」っていう目標を掲げて、三年のベースが上手いと噂されていた真センパイにも声をかける事にした。

 

 動機は少し不純だったけど、真センパイもバンドに入ってくれる事になって、だんだんとウチの目標が明確に、そして着実に形になっていた。

 

 嬉しかった。

 正直「ウチには無理だ」って、心の何処かで思っていた夢だったから。それが少しずつでも形になってきている事実が、ウチは本当に嬉しかったんだ。


 だから。ウチから大事なものを取り上げようとしているこの人の発言が許せなかったし、めっちゃムカついた。

 急に声をかけてきといて「真先輩から手を引け」なんて……こんなふざけた要求をしてくるような人になんかに、ウチはぜったいに負けない。


「……はぁ。本っ当にウザいわ、()()()()()()()()()


 先輩の瞼がぴくりと揺れて、ムカついているのが伝わってくる。先輩を苛立たせた事で、怒りの溜飲が下がったけど。


 ウチにトラウマを植え付けた少女と全く同じ瞳を此方に向けてくる麻里奈先輩に、心臓の奥がギュッと締め付けられる。

 

「──アンタみたいな下手くそと真先輩が釣り合う訳無いでしょ。つーかなに、七弦って。変わったギター使ってあたしの真先輩にアピールしようとか思ってんの? コスいマネしてんじゃねーよ」


 声に詰まるウチに、先輩は残酷にも言葉の毒を打ち込んでくる。打ち込まれたその一言で、これまで積み上げてきた自信はいとも簡単に打ち砕かれ、砂となって手のひらからこぼれ落ちていった。

 

 最初はぜんぜん言い返すことが出来てきたのに、先輩の発言が、過去の思い出(トラウマ)をフラッシュバックさせる。


『何が「何もしてない」だよ! あたしがアイツのこと好きだってわかってて誑かしたんでしょ!?』


 今となっては、顔も名前も思い出せない【その子】の声が脳みその中で響く。押し留めていた黒い感情が溢れ出して、指先が、足が震えて止まらない。

 

 ウチはそれを必死に抑えようと、右手で自分を軽く抱くようにして手を当てた。大丈夫。ウチは前とは違う。中学生時代の時の自分とは違うんだ。ウチは確実に前に進んでる。


『チッ、うぜ〜。なにアンタ? 少し顔がいいからって調子乗りすぎじゃない?』


 そっと心臓あたりに手を当てる。どくどくと脈を打ってるけど、全然。こんなの全然大丈夫だ。

 自分に言い聞かせながら、ウチは先輩を睨みつける。


 焦っちゃダメだ。怖くなんかない。ウチは大丈夫。ウチはこれまでとは違う。

 必死にそう言い聞かせないと、また過去に逆戻りしそうだったから。でも、心の奥底に押し留めていた黒い感情はウチを放っておいてくれなかった。


「──っていうかさぁ。アンタみたいなコスい手使って人のもの勝手に取ろうとするヤツなんか、下手くそに決まってんだから」


 嘲笑されながら吐き捨てられたその言葉一つで、ボロボロだった心の支柱が崩れ落ちた。

 ああ……ダメだ。何も言い返せない。っていうか泣きそうだ。

 首の下から込み上げてくる熱い何かが瞼を刺激してきて、押さえ込もうとしていた感情の波が水となって溢れ落ちそうになる。


 これを見られたら、また馬鹿にされる。

 そんな事を考えた瞬間、ウチは何も変われていなかった事に気がついてしまって、伏せた顔を上げる事が出来なくなってしまった。

 

 中学時代と違って、自分から積極的に動くことで過去の思い出(トラウマ)を掻き消そうとしていただけで、根っこは何も変わってない。

 根っこがそのままなのに、どうして変われるなんて思ったんだろう。現にウチは、先輩に好き放題言われてるのに、先輩と【その子】を重ねて結局過去に遡っている。

 熱い水が頬を伝って廊下に落ちる。

 ぼんやりとした感覚の中、先輩がウチに対して何か言っている気がした。

 

 けど、なんかもうどうでもいい。たぶんウチは夢を見過ぎてた。過去と決別した気でいただけで、結局過去に囚われたままだった。


 ウチのギターを聴いた訳でもないのに好き勝手言いやがって、とか思わなくもないけど、心の何処かで「そうかも」って考えてしまった。

 そこだけは否定したかった。いつの日かぜったいにバンドを組むって決めてたから、その日の為に弾き続けていたウチのギター()はカッコいいんだって、信じていたから。


 でもウチは、先輩の言葉()を少しでも受け入れてしまった。認めてしまった。


(……ごめん、あやち。ウチから誘っておいて)


 分不相応な夢だったんだ。

 何も変われてない自分みたいなヤツが、抱いていい夢じゃ無かった。

 

 震える指先を解いて、抱えていた大きな夢を手放そうとする──そのタイミングで、ウチに詰め寄っていた先輩の肩が大きく後ろに引っ張られた。


 

「──訂正、してください」


 

 ついさっきまでぼんやりとしか聞こえなかったのに、その声だけはハッキリと聞こえた。

 顔を上げる事すら出来なかったのに、その声を聞いた瞬間、反射的に声の主の方を見る。

 視線の先にいるのは、怒りを剥き出しにして先輩を睨みつけるあやちで、ウチから先輩を引き離したと思ったら、肩に手を置いて顔を覗き込きこんできた。


「えっ? ちょっ、急に何……!?」


 真っ直ぐな瞳を向けられて、ウチの心臓が思わず飛び跳ねる。いつものオドオドした時のあやちじゃない。今のあやちは、自分の好きな歌を全力で叫んでる時のあやちだった。

 

 瞳の奥で、黒々とした炎が燃え上がっているような。

 本気で怒った様子のあやちは、小声で「許さない」と呟いて麻里奈先輩に向き合い、怒りを叫びに変換して吐き出した。


 いつものあやちなら、こういう場面じゃ怖がって出てこない。なのにあやちは、ウチの為に怒ってくれていた。誰よりも怖がりで臆病なのに。

 

 だけど、そのときのあやちの背中は、ウチがこれまで憧れて見てきたどんな人よりも大きく見えて、誰よりも輝いて見えた。

 

※サブタイトル

NOISEMAKER「My Hero」


元々別のエピソードを入れる予定だったんですが、急遽変更して琴音の心情を差し込みました。

その為変なとこでの区切りとなりました。すみません……(どうしても琴音サイドで書きたかった)


次回更新日は2月12日です。よろしくお願いします。

 

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