第14話「ぜったいに、/おまえをゆるさない」
突然割って入ってきた私を、怯えた表情で見上げてくる側近2人。
そして、私に邪魔をされて心の底から嫌そうな顔を浮かべている馬鹿女。彼女は苛立った様子で、私の手を振り払った。
「……なに? 誰よアンタ。今あたし達取り込み中なんだけど。邪魔しないでくれる?」
「あやち……?」
馬鹿女は放っておき、私は春野さんの肩に手を乗せて、顔を覗き込んだ。
「えっ? ちょっ、急に何!?」
びっくりした様子の春野さんの瞳は、赤く充血していて、うっすらと涙のあとが見える。
声もどこか震えていて、いつもの活発な声音が暗く翳っているように感じた。
「…………して、下さい…………」
純粋に、「許せない」と思った。
何も知らないクセに、自分が勝手に展開させた被害妄想ワールドに浸って、相手に辛くあたって泣かせて。
その上、春野さんの奏でる音を聴いたこともないくせに「下手くそ」だとかどうとか──
「は? なに? なんて言ってんのか聞こえないんだけど──」
「て ゛い ゛せ ゛い ゛ッ ッ ッ ! ! !」
「「「!!?」」」
「…………して下さい」
──ふざけんなって、そう思った。
春野さんを背中の後ろに隠して、マリナと正面から睨み合う。
「み、耳がどうにかなるかと思った……」
「っていうかなに今の声……。モンスターみたいな声出してなかった……?」
さっきまでノリノリで春野さんに突っかかっていた側近2人は、マリナの後ろに引っ込んでいく。
麗奈さんと美羽さんも同様に私から距離を取った。滅茶苦茶大きい声出してすみません。ただ味方陣営である筈のあなた達から距離を取られるのはショックなので、離れないでいてくれると幸いです。
「うっさ……! 何よアンタ!? 急に出ていたかと思ったら大声出しやがって!!」
私に張り合おうとしているのか、マリナも大声で反論してくる。
そんな彼女に、私は急接近して言いたいことをぶちまけた。
「──春野さんのギター、聴いたことあるんですか!? 無いですよね!? 無いクセに適当なこと言わないで下さい!!」
「はぁ!? そんなもん聴かなくてもわかるわよ!! 真先輩に擦り寄ってくる奴の殆どがド下手くそだったんだから!! どうせそこの女も同じでしょ!?」
どういう理屈なんだ。
それじゃあまるで、真先輩に関わる人全員が「下手だ」と言ってるようなものじゃん……!
「同じじゃない……ぜんぜん同じじゃないですよ!! 春野さんの弾くギターは感情が乗ってて、聴いてて楽しくなれるというか……とにかく、本当にすごい音を鳴らしてくれるんですよ!! ちゃんと聴いた事も無いクセに適当なこと言わないでくださいッ!!」
「あやち……」
「何よ、すごい音って。7弦使ってるから音が増えました〜って? 馬鹿じゃないの!?」
「はぁ!? そっちだって真先輩が〜真先輩が〜って馬鹿の一つ覚えでごちゃごちゃ言ってるじゃないですか! 誰がどう見てもそっちの方が馬鹿ですよ!! バカ! このバーカ!! アホ!!」
「こ、このクソ一年ッ……!!」
「ちょっとあやち落ち着いて! なんか後半から小学生の言い争いレベルの罵倒になってるよ!?」
春野さんが暴走する私の手を引いて、現実に引き戻してくれた。
側近2人も、これ以上騒ぐのはマズいと思ったのか、私同様に暴走するマリナを必死に止める。
「ちょっと麻里奈、落ち着きなって!」
「流石にこれ以上騒ぐのはマズいよ! そこのデカ女が大声出したせいで人集まってきてるし……!」
言われて周囲に目を向けると、何だ何だと窓の外や廊下側から此方の様子を伺ってくる生徒達の姿があった。
「……はぁ。もういいわ。なんかシラけたし」
ことの発端である筈のマリナは、人が集まってきた途端に踵を返した。
まさかこの人、このタイミングで逃げるつもり……?
そっちから春野さんに喧嘩売っておいて……!?
「待って下さいよ!! さっきの発言、訂正してください!!」
「訂正? する訳ないでしょ。その女が下手くそなのは事実なんだから」
側近2人を引き連れて離れていく麻里奈。
なんでこの人は聴いても無いのに、勝手に決めつけていこうとしているのだろう?
ああ、本当に心底腹が立つ。
お腹の底からムカムカしてきて、今すぐにでもこのムカムカを吐き出してやりたい。
出来る事なら、マリナの後頭部を思いっきり蹴飛ばしてやりたいと、そんな暴力的な感情が顔を覗かせるけど、私はそれを必死に抑え込む。
「……あやち。もういいよ。それより、これ以上人が集まってくる方がイヤでしょ? ほら、あやちって人混みとかニガテじゃん?」
春野さんが私の制服の裾を掴んで、軽く引っ張る。
振り向くと、無理して笑顔を作っている春野さんの姿があった。
「っていうか、先輩の言う事も一理あるって言うか……ほら、ウチ7弦しか触ったことないし、確かに基礎的な部分が出来てないかな〜みたいな。あはは……」
無理して笑おうとしているのは、短い付き合いでもわかった。
心の中では悔しくて仕方がないのに、今にも泣き出してしまいたいのに、そんな感情を必死に押し込んで耐えている──
今の春野さんは、自分の言いたい事も言えずに塞ぎ込んでいた、かつての私の同じだ。
私は、そんな春野さんが見ていられなくて、去り行くマリナにとある提案をする。
「……マリナ先輩。私たちと勝負しませんか?」
「………………は???」
足を止めて振り向いた彼女が、ギョロリという擬音が聞こえてきそうな勢いで睨みつけてくる。
「なに? 勝負? 何の?」
「ライブで。生徒達の前で演奏して、どっちのバンドが上手かったのかを判定してもらうんです。それでこっちが勝ったら、春野さんのギターが下手じゃないって理解してくれますよね?」
「……なにそれ。バカじゃないの? っていうか勝手に口挟んできてるけどさぁ、アンタはその一年の何なの?」
「私は春野さんと 真 先 輩 と同じバンドを組んでいる先導綾女です。ボーカルやってます」
「ま、麻里奈アイツ……!」
「わざと真先輩のとこ強調して言ってきてるよ……!?」
「真先輩」の名前を強調して言うと、側近2人が真っ先に反応を示した。
するとマリナは瞼をぴくりと動かして、今度は私に敵意を向けてくる。
「……なるほど。アンタもあ た し の 真 先 輩 に取り繕うとしてくるメス豚ってワケ……」
「こ、今度は向こうが強調してきた!?」
恐怖心から口を閉じていた美羽さんが声をあげる。
麗奈さんは、いまだに口を開こうとせず、麻里奈の方……では無く、何故か私の方を見ていた。
麗奈さん、私の事が嫌いなのはわかったので、今だけは味方でいてくれませんか?
「……まぁ、だから何って話だけど。なんであたしがその話に乗らないといけないのよ? あたしはただ事実を言っただけ。真先輩はまだ軽音部に所属している。部として引き抜き行為は認めてない。たとえアンタ達が部活に入っていようとなかろうと、そこは絶対に認めないわ。いい? 悪い事は言わないから、さっさと真先輩を解放しなさい」
それだけ言い残すと、麻里奈は再び歩き出そうとする。
言いたいことだけ言って、自分の想いを、考えだけを押し付けて……。
春野さんを貶すだけ貶して、挙げ句の果てには「真先輩を解放しろ」?
いよいよ堪忍袋の緒が切れた私は、マリナの性質を考え、絶対に立ち止まる一言を告げた。
「──そんなに私たちに負けるのが怖いんですか?」
「………………何ですって?」
マリナが立ち止まる。
私はそこで言葉を止めずに続けた。
「まぁ、そりゃそうですよね〜。あれだけ下手だってバカにしていた相手に実力差を見せつけられたら、いくらマリナ先輩でもショック受けちゃいますもんねぇ〜。しょうもない自尊心を守るために必死なんですもんね、マリナ先輩は」
「……………………………………………………………………」
「あ、あやち……?」
マリナの足は止まり、しばらくの間沈黙が続いた。
そして、マリナが深いため息をついた後、ゆっくりと此方を振り向いた。
「…………ソレ。あたしらが勝ったら大人しく真先輩から手を引いてくれんの?」
「ええ。もちろんです」
「ちょっ、麻里奈っ!?」
「デカ女の話に乗るつもり!? やめときなって!」
「そうだよ! わざわざ話に乗らなくても何とか真先輩と引き離して──」
「黙りなさい」
マリナの一言に、側近2人は「ひぃっ」と悲鳴をあげて引っ込んだ。
そしてマリナはゆっくりと私に歩み寄り、ギラリとした鋭い眼光で私の顔を覗き込む。
「……言質とったから。今さらやめるとか言われても無駄よ。あたしの前で吠え面かいた事、後悔させてあげるわ」
「望むところです。ただ、こっちが勝ったら絶対に訂正してもらいますから。春野さんを下手だって馬鹿にしたこと!!」
負けじと睨み返す私の視線をしっかりと受け止めた麻里奈は、ふんっと鼻を鳴らして立ち去った。
残された私たちは、去っていくマリナがいなくなるのを確認してから、深いため息をついた。
こ、怖かったぁ〜……。正直、いつぶん殴られるだろうってビクビクしてたんだよね……。殴られなくて良かった……。
「……あやち」
胸を撫で下ろしていると、春野さんの声が聞こえて、私は思わず背筋を伸ばした。
よくよく考えたら私、とんでもない提案しちゃってない……?
春野さんを馬鹿にされた事に腹を立てて、マリナに何とか謝罪の言葉を出させようとして、「ライブで勝負しましょう!」とか口走っちゃったけど、春野さんや真先輩の意見とか聞かずに勝手な事言っちゃった……!
どうしよう。マリナの反応を見るに、今さら「やっぱ無しで」とか言えないし……春野さん、怒ってるよね……?
私は頭の中で春野さんに謝罪する文言を考えてると──ギュッと。
春野さんが後ろから、私のお腹に手を回して抱きしめてきた。
「えっ? あの、春野さん……?」
「……ごめんねあやち。少しだけ、こうさせて……」
回された手が、僅かに震えているのがわかる。
声も、涙が出るのを我慢しているような、そんなふうに聞こえた。
「……麗奈。行こ? ほら、夏帆が先生とか呼んできてくれてるかもしれないしさ。もう大丈夫だよって言っとかなきゃじゃん」
「え? ええ……」
美羽さんが、麗奈さんの手を引いてこの場を去っていく。
泣いている春野さんを気遣っての事だろう。本当に彼女はいい友達を持ってるね春野さんは。
まったく、ソレを考えるとマリナはとんでもない女だ。怖かったけど、いなくなった今は怒りの方が勝っている。
「──春野さん。泣く必要なんか無いですよ。私たちでマリナたちより良い演奏をしてやればいいんです! そこで証明しましょう、春野さんの弾くギターはすごいんだって! 下手なんかじゃないって!!」
振り向いて、彼女の両手を取って告げた。
「……うん。ありがとね、あやち」
春野さんは少しだけ驚いた表情を浮かべていたけど、いつもの晴れ晴れとした笑顔を浮かべて笑ってくれた。
ああ、やっぱり春野さんは笑った顔が一番似合ってる。彼女は私にとって大切な人だ。こんな私なんかをバンドに誘ってくれて、暗闇でウジウジしていた私を光の元に連れ出してくれた──いわば神。太陽神アマテラスのような存在なんだ。
そんな彼女を、あの女は泣かした。
マリナ、私はぜったいにお前を許さない。
ライブで必ず、春野さんはすごいんだって証明してやるんだから。
※サブタイトル
été「おまえをゆるさない」
次回更新日は2月5日(水)となります。
よろしくお願いしますm(_ _)m