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第13話「お前は私を怒らせた。/Hatred」


 夏帆(カホ)さんから詳しく話を聞く。

 けど、改めて話を聞き直しても「春野さんが二年生に因縁をつけられた」という事しかわからなかった。


「そ、その二年生の人は誰かわからないんですか?」


 夏帆さんに、春野さんに絡んできた二年生が誰かを聞いてみる。けれど夏帆さんは泣きそうな顔で(かぶり)を振るばかりだった。


「それがわかんないの〜……。でも、ことねちゃんを名指しで呼び止めてて、『真先輩から手を引け』とかどうとか言ってて〜……」


 真先輩? それに手を引けって、どういう事だろう?

 

「……あっ。も、もしかして、軽音部の人……?」


 まったく心当たりが無かった私は、初めて真先輩と会った時のことを思い出す。

 確かあの時、真先輩は私たちのことを「軽音部の差し金」だとかどうとか言っていた。


 あと確か、マリナ? って人がしつこいとか、そういう事も呟いていた気がする。


「真先輩、マリナって人と何があったんだろう……」

「マリナ…………そうだよ、そのマリナって人だよ〜! なんか訳わかんないくらいことねに突っかかって来てて、れいなとみうが間に入ってくれてるんだけど聞く耳持ってくれなくて〜……!」


 今にも泣き出しそう……というかもう泣き出してる夏帆さんを落ち着かせながら、私はどうすべきかを考える。


 このまま春野さんたちのところに行くか。

 それとも真先輩の呼びに行って仲裁して貰うか。


 でも、呼びに行っていない可能性だってあるし、その間に口論がエスカレートする可能性だってある。


 それだけじゃない。話を聞く限りだと、多分マリナって人は、春野さんたちの言うことをまるで聞く気が無い人だ。


 自分達が正しいと思い込んで話を進める人は結構いる。

 私が小、中学生時代にもそういう人がいたし、そういう人は「悪」のレッテルを容赦なく貼り付けてくることだってある。


 実際はどうなのかはわからないけど、相手が「真先輩を取られた」と思って春野さんに因縁をつけて来ているのは確かだった。


 春野さんは何も悪くないのに。


 ただバンドが組みたくて、上手い人を誘おうって、最強のラウドロックバンドを組もうって、そう思って行動に移しただけなのに。


「……春野さんたちがいる場所、どこかわかりますか?」


 頭の中に渦巻く、黒くてドロっとした感情が、臆病な私を支配して勝手に動き始めた。

 

「えっ? ちょっと、先導さん……!?」


 泣いている夏帆さんの手を引いて、何処かもわからないのに歩き始める。


 春野さんは、私に道を示してくれた、私にとって大事な人だ。そんな彼女に、自分の思想を押し付けるだけ押し付けて好き勝手言ってくる人が、私は心から許せなかった。


 :


 夏帆さんに案内され、私は正面フロアの外へと続く渡り廊下、その外側にある吹き抜けの廊下に足を運んだ。


「夏帆さん。あそこにいる怖そうな顔をしている方がマリナさんですか……?」

「そうだよ〜。っていうか先導さん、いい加減わたしの背中に隠れるのやめて欲しいんだけど〜……」


 角際から顔を覗き込ませて、睨み合う女子高生たちの様子を伺う。


 春野さんを睨みつけるように見つめている茶髪のセミロングの女子。この人がマリナさんで、学食へと向かう春野さんたちを呼び止めて因縁をつけてきたとの事だった。


「夏帆さん、よくあの空気感の中で抜け出せましたね……」

「抜け出したっていうか、れいなが『人呼んできて』って言ってくれて、逃してくれたって感じ?」


 なるほど、だから慌てて教室に駆け込んできたのか。


「……あれ? それを考えると、明らかに人選ミスでは?」

「うん。わたしも事情説明する相手間違えたかなって思ってる〜」


 明らかな悪手に、今更になって気づいた私たち。

 今からでも先生を呼びに行こうと、その場から離れようとすると、

 


「──なんでウチが真センパイから手を引けとか、そんなこと言われなきゃならないんですか。ウチが誰とバンドを組もうが、センパイたちには関係ないじゃないですか!」



 春野さんの声が聞こえてきて、私の足は根を張ったように動かなくなる。


「はぁ? なに言ってんのこの一年?」

「関係なく無いから、こうして直接手を引けって言ってあげてるんだけど。そんなこともわかんないの?」


 恐る恐る振り返ると、マリナさん側の側近? の方々が、春野さんに詰め寄ろうとしていた。


「……真先輩から手を引けってだけ言われて、何を理解しろって言うの? アタシらより一年上のクセしてまともに日本語も話せないのかよ。バカじゃないの?」

「……は?」

「ちょっ、ちょっと麗奈!? 一々煽るようなこと言っちゃダメだよ!!」


 春野さんを護るためなのか、彼女の前に立って堂々と睨みつける麗奈さん。

 美羽さんは、そんな彼女と、ブチギレ寸前の先輩の間に入って取り繕うとするけど、先輩二人が美羽さんを押し出して麗奈さんの胸ぐらを掴んだ。


「なに? 殴るつもり?」

「だから麗奈! 変に煽っちゃダメだって! 先輩もやめてくださいよ! 先生に見られたら進路に響きますよ!?」


 地雷(ぴえん)系な雰囲気マシマシなのに、誰よりも状況を冷静に見て仲裁に入る美羽さんに、私は心の中で拍手を送る──って、そんなことを言ってる場合じゃない……!


「か、夏帆さん。ここは私が見張ってるんで、先生を呼んできて貰っていいですか!?」

「う、うん、わかった……!」


 夏帆さんにお願いして、先生を呼びに行って貰う。

 私も一緒に行った方がいい気もしたけど、いよいよ本格的に殴り合いの喧嘩になったら大変なので、一応残っておいた。


 私みたいな身長がデカいだけの女に止められるとは思わないけど、それでも、春野さんが危険に晒されるなら、私は盾にだってなってやる……!


 まぁ、怖くて足が動かないんですけどね!!



「……はぁ。もういいわ。二人とも下がって」

「で、でも麻里奈……」

「いいから下がれって言ってんの」


 背筋が凍りそうな、キツめの印象を受ける声が聞こえてくる。 

 側近二人の後ろに立っていた麻里奈さんが、キッと麗奈さんと美羽さん二人を睨みつけた。

 

「……っていうかさ、そっちの二人は関係ないよね。なんでいんの? あたしはそこの一年にだけ用事があるんだけど」

「はぁ!? そっちから喧嘩売ってきて何を──」

「だ〜か〜らぁ〜……アンタらじゃなくて、そこの一年に用事があるって言ってんじゃん。誰もお前に喧嘩とか売ってないんだけど???」


 今にも人を殺しそうな目線を向けられ、麗奈さんは何も言い返せずに目を逸らした。

 美羽さんも、彼女の眼力の強さに押されて、一歩二歩と後ずさる。


「……んで。さっきから何度も言ってんだけどさ。真先輩から手を引いてくれない?」

「……ウチも何度も言ってますけど、イヤです。真センパイはウチのバンドに必要な人で、」


 声を震わせながら、何とか言い返す春野さん。

 そんな彼女の声を遮って、


「アンタのバンドに必要だとか、そんなの知らないわよ!!」


 麻里奈さんが怒りの声をあげ、春野さんは怯えた様子で肩を揺らした。


「真先輩は、()()()()()()()()()()()()()!」

「……」


 ……真先輩が、軽音部の部員?

 そんなこと、一言も言って無かったけど……。


「……引き抜き行為とか認めてないんですけど。勝手なことすんのやめてくれる? これ、部長としての忠告だから」


 そう言って人差し指を突きつける麻里奈さん。

 この人が軽音部の部長なんだ……。春野さんが「一緒に軽音部入ろっ☆」とか言わなくて良かった。ぜったいすぐに辞めてただろうし……。


「……でも。でも、センパイは、ウチらのバンドに入ってくれるって……!」


 

 やや涙声になりながらも、何とか言い返そうとする春野さん。

 そんな彼女に、麻里奈()()()()()が詰め寄り、



「アンタみたいな下手くそと真先輩が釣り合う訳無いでしょ。つーかなに、七弦って。変わったギター使ってあたしの真先輩にアピールしようとか思ってんの? コスいマネしてんじゃねーよ」



 とか言い出した。 

 ……この女はいったい、なにを言ってるの?


「違う……! ウチはただ、ラウドロックバンドを組みたくて、それで……!」

「は? なに、ラウドロックって」

「あ〜、アレじゃない? なんかギャーギャーうるさく叫んでる、ロックのジャンル」

「なにそれ、メタルと何が違うの?」

「知らない。ってか何? もしかしてあんたが歌うの? うわ〜、変わったギター使ってボーカルもやるとか、どんだけ真先輩に好かれたいの?」


 必死の想いで否定しようとする春野さんに詰め寄り、滅茶苦茶な事を抜かすマリナと側近。


 春野さんが歌うとか、有我先輩に好かれたいからとか、何も知らないくせに好き勝手言うな。


 春野さんはギターで、ボーカルは私だ。

 有我先輩の加入してくれた理由に、後ろめたい事なんて一つも無い。

 彼女自身の意思でバンドに加入してくれた。ただそれだけの事だ。


「ラウドロックだか何だか知らないけど。流行からズレたジャンルの音楽やって、変わったギター使って、そんなんで真先輩に取り繕うとしたって無駄」


 それも違う。全然違う。

 私たちは純粋に、ラウドロックが好きなだけだ。


 そして春野さんは、大好きなラウドロックバンドを組んで、純粋に音楽を楽しもうとしているだけだ。


 それなのに、春野さんの事も、有我先輩のことも何にも知らないクセに好き勝手に言って……。

 あなた達に、春野さんや有我先輩の何がわかると言うんだ。


 そうした強い怒りを感じてからすぐに、縮こまるようにして壁際に隠れていた私は立ち上がる。

 怖くて、近づく事さえ出来そうになかった。

 だけど私の足は、春野さん達の元に向かって一歩ずつ進んでゆき、


「っていうかさ。アンタみたいなコスい手使って人のもの勝手に取ろうとするヤツなんか、下手くそに決まってんだから。下手くそは大人しく曲だけ聴いてなさいっての──」


「……訂正、してください」


 何も知らない馬鹿女の肩を掴んで、春野さんから引き離した。



※サブタイトル

Crystal Lake 「Hatred」。

次回更新日は1月29日となります。

よろしくお願いしますm(_ _)m

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