第12話「忍び寄る羨望。/the shadow of envy」
怒涛のカラオケ大会(※ほぼ私しか歌ってない)を終えて次の日の朝。
ルンルン気分の私は朝ごはんをかき込み、「むふ〜」なんて言いながらさらにご飯をかき込んで、喉を詰まらせそうになる。
そんな馬鹿みたいな姿を晒す私を、華蓮先生と、私と同じ高学年組の女の子から、やや引き気味の視線を向けられた。
「……華蓮先生。どうしたの? コレ」
「こら愛海。ソレにコレって言わないの」
「いや先生もソレ呼ばわりしてるからね!? 普通に酷いからね!?」
午前6時。
小学生以下の子達がまだ寝ている時間帯に、私たち高学年(中学生・高校生組)は、電車通学という事もあって、起きる時間も朝食を食べる時間も早かった。
「……まぁ、別に何でもいいけど。様子がおかしいのはいつもの事だし」
私の隣で「はぁ」と大きめのため息をつくこの子は、同じ高学年組の愛海ちゃん。
短く切り揃えた黒髪のショートヘアーがよく似合う美少女だ。
中学二年生で、私より二つ年下の子なんだけど、高校一年の私以上に頭が良い。成績も常にトップクラスで、私はよく彼女に勉強を教わる程だった。
前までは私のことを「お姉ちゃん」なんて呼んでくれてたのに、今となっては「コレ」呼ばわりである。
成績不優秀な私を常に見ている訳だから、下に見られるのは当たり前なんだけどね……。
「おね……綾女ちゃん。今日もまた帰ってくるの遅くなるの?」
本日二杯目のご飯をかき込み、三杯目をよそおうとした手を華蓮先生に叩かれたところで、愛海ちゃんから急な質問をされた。
ああ、昨日帰ってくるの遅くて少しうるさかったとか? だから今日、いつもよりあたりが強かったのかな?
「う〜ん……もしかしたら遅くなる……かも?」
「………………そう」
がたん、と少し大きめの音を立てて立ち上がる愛海ちゃんは、食べ終えた食器を台所に持っていってさっさと洗い始める。
「別に、おね……綾女ちゃんの好きにすればいいと思うけど。そうやってバンドにばっかカマかけてたら頭おかしくなるよ。ただでさえおかしいのに」
「頭悪くなるじゃなくて『おかしくなる』の!?」
「こら愛海。綾女は最初からおかしいでしょ?」
「先生は少しくらい訂正して!?」
愛海ちゃんからは冷たい視線を向けられ、華蓮先生からは一緒になって馬鹿にされた。先生ってもしかして私の事嫌いなの?
「アハハ、ごめんごめん。……まぁ、愛海も色々と年頃でさ。あんたがここ最近帰るの遅くなったりしてるのみて、寂しいんだよ」
朝はいつも軽食の華蓮先生は、クロワッサン一つとコーヒーをさっさと平らげてそう言った。
「機嫌良さそうだったけど。バンド、結構いい感じなの?」
「うんっ! 昨日、春野さんと一緒にバンドメンバーにしたい人に声をかけにいって、その人が入ってくれる事になったの!」
「へ〜! すごいじゃん! その子の担当楽器は?」
「ベースだよ! それがもう、めちゃくちゃ上手くて……!」
口早になっていく私の話をうんうんと聞いてくれる華蓮先生は、とても嬉しそうな顔をしていた。
元々バンドを組んでいた事もあって、共感するところがあるのかもしれない。
「そっか。バンドメンバー集めは順調みたいだね。これはもしかしなくても、ライブするのも早いかもしれないね〜」
「……ライブ?」
そっか。バンドを組んでるんだから、いつかライブだってする事になるよね。ど、どうしよう。私、ちゃんと歌えるかな……。
「なに暗い顔してんのさ〜。ライブと言っても、すぐにやる訳じゃないでしょ。ドラムもまだいないし、集まって練習とかもしてないんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
「不安になるにはまだ早いよ。当分先の話なんだから、今はバンドメンバー集めと練習に集中しな。あ、それと勉強もね!」
華蓮先生から釘を刺され、私は大人しく頷いておく。
そうだ。ここでバンドにばかり集中してしまうと、いよいよ本当に愛海ちゃんに愛想を尽かされてしまう!
あっ、でも。もしバンドを組んで愛海ちゃんに見てきてもらえば、前みたいに「お姉ちゃんすごい!」とか「カッコいい!」とか言って貰えるかも……?
「……なんてね〜」
暴走する妄想を落ち着かせながら、身支度を済ませて施設を出た。
ライブをすると言っても当分先の話だし、華蓮先生に言われた通り、バンドも頑張るし、これ以上愛海ちゃんに愛想尽かされないように勉強を頑張るとしよう。
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それから私は学校に行き、屋上にて日課のシャウト練習を済ませる。
教室に戻り、登校してきた春野さんとギャル友さん達に挨拶し(麗奈さんからはガン無視された)、いつもの日常を過ごしてゆく。
そうして時間は過ぎてゆき、昼休みの時間帯になったタイミングで、いつも元気で明るい春野さんがバタバタと慌てて私のところに走ってきた。
「あやちっ! 今日の放課後時間ある!? あるよね!?」
ずいっ、と顔を近づけての質問に、私は無条件で頷いてしまう。ああ、今日はちゃんと勉強しようって考えていたのに……!
「オッケー! なら放課後、センパイがいた教室に集合ね!」
言うだけ言って、さっさと教室の外へと出ていく春野さん。
昼食はいつも学食らしく、いつもギャル友の面々と一緒に食べに行っていた。
私も一度誘われた事はあるんだけど、ギャル友の麗奈さんがめちゃくちゃ嫌そうな顔をしていたので辞退した。
なんでこんなに嫌われてるんだろ……まぁ、「嫌い」って感情を表に出してくれてるだけまだマシだけど。
多分麗奈さんは、陰口を言うより直接ハッキリ言うタイプだろうし。
「今日も屋上側の階段で食べよう……」
毎朝作ってきている弁当を手に持ち、屋上階段に向かう。
一度お昼の時間に行った事があるんだけど、赤髪の女性(多分二年か三年の先輩)がいて怖くて近づけなかった。
お昼休み時間中は一度も出てこなかったから、たぶん遭遇する事はない……と思う。もしもの時は、全速力で逃げるから問題ない。
そんなことを考えながら教室を出ようとすると、私のお腹目掛けて何かが突っ込んできた。
「ぐほッ!?」
「あっ、ごめんなさい……って、先導さん……?」
いったい誰が突っ込んで来たのかだろうと、涙目になりながら見下ろす。
そこにいたのは、今にも泣き出しそうな顔をしているゆるふわ系ギャルの夏帆さんだった。
「今たいへんなの〜! ことね達と一緒に学食行ってたら、急に二年生の人に呼び止められて、それで……!」
「お、おおおおおおおち、おちおちつつつてててくだささささささ……!」
クラス内でもトップクラスで可愛いギャルに抱きつかれて、つい慌ててしまう私。
でも、必死な形相で見つめてくる夏帆さんの顔を見て、暴走しつつあった心がクールダウンしていく。
彼女の様子を見るに、春野さんに何かよからぬ事が起きたに違いなかった。
「……な、何があったか、聞かせてもらってもいいですか?」
夏帆さんを落ち着かせるように優しく肩に手を乗せて、春野さんに何があったのかを詳しく聞く事にした。
※サブタイトル
FACT 「the shadow of envy」。
※中途半端なので明日も更新します。