第10話「一貫の終わり?/THE FINAL」
日本語の曲を歌ってくれ。
そう言われた私がデンモクを手に取り操作していると、有我先輩がもう一つあるデンモクを手に取った。
「おっ、センパイも歌うかんじ?」
次に私が何を入れるのか、ワクワクした様子の春野さんが、期待の眼差しを有我先輩にも向ける。
見た目で歌の上手さは判別できないけど、正直パッとみた先輩の印象は、「何でもそつなくこなしそう」なので、普通に歌もうまそうだなぁと思っていた。
……あれ? これでもし先輩の方が歌が上手かったら、私いらなくない……?
「何か余計な事を考えていそうだが……まぁいい。ほら、彼女の次はキミだ。入れる曲を探してくれ」
ビクビクと怯えている私を無視して、有我先輩はデンモクを春野さんへと渡した。
「えっ、ウチ? ウチも歌っていいの?」
「ここはカラオケだ。歌を歌ってはいけない縛りをしていない限り、好きに歌えばいいさ」
クールな態度を崩さない先輩からデンモクを渡された春野さんは、めちゃくちゃ楽しそうに操作し始める。
私は今すぐにでもマイクを置いて帰りたい気分なのに。
「どうした? 早く入れてくれ。それともここで止めるか? 私はそれでも構わないが」
依然とした態度で言われ、私は慌てて曲を探し始める。
有我先輩が何を考えているのかまったくわからない。
歌えと言うから歌ったのに、今度は日本語の曲歌えって言うし。あとさっきから視線が合わないし、なんかお腹あたり見られてる気がするし……! ああもう!
沸々と黒い感情が煮えたぎってくるのを必死に抑え、私は次に歌う「日本語の曲」を入力する。
表示された曲は、日本を代表とするロックバンドと言っても過言ではない「DIR EN GREY」の曲、【THE FINAL】。
数あるヴィジュアル系ロックバンドの中で一番好きと言っても過言ではないバンドの、一番好きな曲だった。
「ディル!? しかもTHE FINALって……あやち曲選神過ぎない!?」
飛び上がる勢いで喜んでくれる春野さんを前に歌うのは緊張する。
カラオケで歌う日本語の曲って言ったら、基本的にヴィジュアル系=V系になるんだよね……。
coldrainやCrossfaithのようなラウド/メタルコア系のバンドの殆どが英語で、日本語で歌ってるラウド系のバンドの多くはV系だったりする。
ここ最近はV系以外にも増えてきてるけど、MUCCやthe GazettE、ギルガメッシュやlynch.等、日本語でラウド系の曲を歌ってきたバンドは、やっぱりV系の方が多かった。
そんな中で私が「DIR EN GREY」の【THE FINAL】を選択した理由は、純粋に好きだからというのと、DIRの中でも比較的に歌いやすいからだ。
サビ後のシャウトも綺麗にキマれば気持ちいいし、何より純粋に、京さんの歌声が好きなんだよね。
歌う時に何度も真似して京さんみたいに歌おうとするんだけど、多分彼の歌声に寄せる事は出来ても、完全に真似する事は出来ない。
唯一無二の歌声と叫声──。
もしも本当に、私がこのままバンドを組んでボーカルになるんだとしたら、彼のような「唯一無二」と言われる程のボーカリストになりたい。
そんな想いを胸に歌い上げ、私はそっとマイクを机の上に置いた。
隣にいた春野さんは凄まじい速度の拍手を送ってくれて、涙まで流していた……って、そんなに良かったですか私の歌!?
「ああああ〜! よがっだ〜! めっぢゃよがっだよあやぢぃ〜!」
泣くほど上手くは無いと思うけど……でも、こんなにも喜んでくれるのは、恥ずかしさの方が勝るけど素直に嬉しい。
ここまで私は、英語の曲と日本語の曲を2曲続けて歌ってみせた。
正直どれも「めっちゃ上手い!」とは思えない……というか、自分でそれを言うほど自尊心高くないので、どれもまだまだだと思うけど。
それでも、「気持ちだけは負けません!」という気持ちを胸に抱きながら、私は有我先輩の方を向いた。
「ど、どうでしたか? 私の歌は……!?」
おそるおそる、毒蛇を棒で突くように慎重に声をかけると、先輩は下にズレていた視線を上げて──
「……うん、わかった。次は春野、キミが歌ってみてくれ」
──私が置いたマイクを手に取り、そのまま春野さんに手渡した。あの、私の歌の評価は……?
「今考えてる最中なんだ。だからほら、キミも歌え。歌いたがっていただろう?」
「え〜? あやちの次に歌うとか、ハードル上がり過ぎてヤなんだけど〜!」
そう言いつつ、春野さんはノリノリでデンモクを操作する。
手慣れた様子で流行りのJ-POPソングを入れて歌い出した。
J-POPにはあまり詳しくないんだけど、「推しのアイドルが殺されて、そのアイドルの子供に転生する」大人気アニメのオープニングソングだったのは知っている。
だからテレビやラジオ、そしてYouTubeでも聴いた事があったんだけど──
「……………………えっ。うまっ……………………」
──春野さんの歌は、それはもうめっっっちゃくちゃ上手かった。声の抑揚の付け方から発声まで、正直文句の付け所が一つもない。
その上、可愛らしく踊ったりもしていて、心から歌うことを楽しんでいる。
え? いや…………ちょっと待って。
これ、本格的に私いらなくない……???
「楽しかった〜! あ、どうでしたセンパイっ、ウチの歌は!」
「ああ、とても良かったよ」
有我先輩は、私には見せることの無かったさわやかスマイルを浮かべる。
と、とても良かったって、私には一言も言ってくれなかったのに……!
そんなふうに考えていると、有我先輩はいつものクールな表情に戻り、私の歌の批評へと移った。
「歌ってくれてありがとう。先導、キミは確かに上手い。──けど、英語が壊滅的だ。『I break away』のとこなんて『あいぶぇいうぇー』になってて、歌詞を見ながらでも、とてもそう歌ってるようには聞こえなかった。ノリながら歌う事は良いが、少し発音をどうにかしてくれ」
開幕からオーバーキルレベルの批評を受けて、私は膝から崩れ落ちる。
「あと、『デスボイス使ってるんだから少しくらい発音適当でもいいでしょ』という浅はかな考えも透けているな」
その上私の思惑まで見透かされてるしぃ……!!
あっ、ダメだこれ。確実に私のせいでバンドに入ってくれないパターンだ。すみませんでした春野さん。私は今日ここで死にます……。
「──だけど。DIR EN GREYの【THE FINAL】、これは良かった。日本語だと感情がのりやすいんだろう。歌にも迷いが無かったし、何より発音の悪さも気にならなかった」
……それは、結局のところ褒めてるんでしょうか?
先輩からの厳しい批評を受け、多分褒めてくれてるんだろうけど、マイナス方向に受け止めてしまう私は、そのままソファーの上に突っ伏して倒れる。
そんな私の頭を、春野さんが優しく膝枕してくれて、「そんなに言わなくたっていいじゃないですかっ!」と抗議する。
春野さんの優しさが、今は心に染みて痛い……。
「カラオケに行く時、電車の中で『最強のガールズラウドバンドを作る!』と言ったのはキミだろう? 私は彼女の歌を聴いて思ったことをそのまま伝えただけだ。というか、それすら直せないようなら、私はこのバンドから抜けるだけさ」
言いながら、ジンジャーエールをちびっと飲む先輩。
そうだよね、ここまでダメ出しされるようなへっぽこボーカリストがいるバンドに入ってくれない…………って、いま有我先輩なんて言いました?
「え? あの、いまバンドを抜けるだけさって……」
「だからそう言ってるだろう。……正直、『歌』だけで言うなら、春野の方が上手い。J-POP系のバンドを組むのなら、私は迷いなく春野を選抜するだろう」
「──けど、これがラウド系バンドなら話は別だ。先導の歌、そして叫びには、痛みや悲しみ、憎しみや恨みといった感情が籠っていた」
「……それって、いい事なんですかね……?」
なんか、あまり褒める感じじゃない気がして尋ねてみると、先輩は否定も肯定もせず、
「刺さる人には刺さるさ」
と言い、これまで私に向けてくれなかった柔らかな笑顔を向けてくれた。
それに少しだけ心がときめいてしまったのはナイショだ。
「……でもセンパイ。あやちの歌を聴かなくても入るって決めてましたよね?」
「え!? そうなんですか!?」
私と先輩のやり取りを黙って聴いていた春野さんから、衝撃的な発言が飛び出した。
何それ、じゃあなんで私歌わされたの!?
「……先導、申し訳ないんだが、背筋をピンと伸ばして立ってみてくれ」
驚いている私の反応を無視して、先輩から立つように頼まれた。
私は言われるがままに立ち上がり、背筋をピンと伸ばす。
すると有我先輩は腕を組みながら「うん。やはり良い」と頷いていた。
「……何が良いんですか?」
「おっぱいだ」
「ああ〜なるほど、おっぱいが良い…………、え?」
急に何を言い出すのこの人……?
「あやち、見られてるの気付かなかった? あやちが歌ってる時、有我センパイずっとあやちの胸見てたよ」
「ずっとは言い過ぎだよ。九分九厘くらいしか見てない」
「ほぼ10割見てるじゃないですか!!」
私は慌てて腕で胸を隠す。ここ最近大きくなってきてたの気にしてたのに……!
っていうか、なんで私みたいな冴えないド隠キャ女の胸なんか見てるのこの人!?
「わ、私の胸なんか見ても何もなりませんよ!? どうせ見るなら、は、春野さんの胸見ててください!」
「……??? どこに見る胸が……?」
「センパ〜イ、ぶん殴りますよ〜?」
ゆらりと立ち上がり拳を構える春野さんを落ち着かせ、私はよくわからなくなりつつあった空気感を払拭ささるために、積極的に曲を入れていった。
それから約3時間。私の歌を聴きたい!という事で春野さんからリクエストを受けたり、有我先輩から英語の発音のレッスンを受けながら、バンドメンバーとのカラオケを楽しんだ。
サブタイトル
DIR EN GREY 「THE FINAL」