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四.夢見心地

静寂。改めて部屋に漂う薫りを味わう。カビ臭いだけかと思ったが、実は木の匂いや金属の錆の匂いも混じっている。うん、ここが仕事場としてどれだけの年月機能してきたかを物語っているようだ。いかにも職人の住処という感じで、実に趣深いな。

今朝はトーストを食べてきた。バターやジャムは塗らずに、焦げそうになる直前まで焼いてカリっと仕上げるのが好みだ。それを牛乳で流し込むと目が覚める。俺のモーニングルーティーン。それで、ええと、他には…

そんなことを考えるくらいには脳が処理を拒否していた。先の辻村の発言を。で、何だっけ。魔法。MAHOU。まほう。

HAHAHA, Just a kiddingだよな。さすがに。しつこいぞ、俺を揶揄うのも。

「すまんすまん、聞こえなかった、魔法、だって、え?」

「うん、そうだよ。」

肯定。率直な返事と真っ直ぐな目。なぁ、いくら変人で言語機能に異常をきたしていると言っても、限度があるぞ。頭にまで異常があんのか?せっかく良いものを見せてもらったのに、それが相殺されるほどがっくし来たじゃねぇか。だったら俺は、どんな反応すれば良いんだよ、あぁ?!魔法、良いですよねってか?!なぁ頼むよ、俺を置いてけぼりにするのはもう、やめてくれぇ…

頭を抱えていると、

「信じられないよね、いきなり魔法だなんて。でも、間違いなく真実なんだ。」

辻村は俺に向き直り、真っ直ぐに視線を向ける。何でそんな目ができるの?

「これが私の家業、宝石に魔法の言語で文章を彫る。そして、」

何?まだあんの?魔法の続き?もう泣きそうだ、感動ではない何かで。

「その宝石を抱いて眠ると、その文章で描かれた内容を夢に見る。ただし、夢を見れるのは一回きりだ。」

「…」

「つまり、自分の望む夢を見れる魔法を込めた宝石を作って販売する、というのが家業、私の『秘密』というわけだ。」

テッテレー

効果音を自分の口で言いながら両腕を広げる。黙れや。

部屋は全体的に薄暗い。この机、舞台の中心だけが煌々と光を集めている。不思議な機械。それが隔てるは一組の青い男女。何も起きないはずがなく…

危ない危ない、こんな短時間で二回もトリップしたのは初めてだ。あまりにも脳の整理がつかない。辻村に合わせて都度アップデートを重ねてきたつもりが、いきなりハンマーでハードディスクごと破壊された気分だ。吐き気がするよ。現在フリーズ中。再構築完了までしばらくお待ちやがれください。

「混乱してるみたいだね。だから一応、SFが好きかどうか聞いたんだが。」

何の準備運動にもならねえよ。まさかガチトーンで魔法は実在しますって言われると思わねえから。

「…本気で言ってんだよな。」

半ば諦めの気持ちで声を掛ける。

「勿論、本気中の本気さ。そんなくだらない冗談を言うように見えるかい?」

見える見える、すっごい見える。もう穴が空くほど。ただ、さっき見せてくれた所作は本物だっただけに、完全に否定しきれない自分がいる。あれは確かに美しかった。それに、ここまで手の込んだたちの悪いジョークを繰り出しているとも思い難い。

「魔法、ねぇ、にわかに信じがたい。なんせ頭が堅いもんで。」

「そうだろうね。」

同意すんなよ。空気読む気無い?泣いてやろうか?

「あぁでも、すまない、正確には魔法というよりも、」

あ、違う?それなら助かるが。

「呪いや祈祷の方が近いかな。」

変わんねー。ほぼ変わんねー。ニアリーイコール。

「古くから世界中でその類は発祥し、現在まで受け継がれている。日本でも習慣として残っているものも多いだろう。神社とか寺とかさ。これも、そういったものの延長線にあると思ってくれれば良い。」

頭を抱えて考えてみる。確かに信仰の観念は多く残っている。新しく建物を建てる際にお祓いをするのも現在に残る風習だろう。ただ、宝石に文章を刻むのもその一種、かあ。それも願掛けや気休め程度の話だったら理解できた。そういう文章が入った宝石を身に着けることで、何か精神が落ち着く、とか。それくらいだったら全然ありうると思う。たださぁ、望んだ夢を見ちゃう、は行き過ぎてるよ。

「好きな夢が見れる、ってのは、そういう思い込みの話じゃないのか?こういう文章が書いてあるからその夢が見られるだろう、っていう潜在意識によるもの、みたいな。」

せめてこういうことだよな。強く意識したおかげで夢に現れてくる、くらいの感覚。じゃないと非現実的過ぎる。

「潜在意識が働いている可能性は否定できないけれど、それだけで百パーセント、望んだ夢を見れることはないだろう?だがこの宝石を身に着けていれば、確実に見ることができる。その実績を築いてきた私が言うから、間違い無い。」

非現実的過ぎるぅ。どうすっかなこれ。どう理解しようね。辻村は顔は笑っているが、目が真剣だ。まるで進路指導の先生のようにこちらを見据えてくる。恐怖を覚える。一体、どうしろというのだ。もう無い。俺の脳内に、これ以上理解するためのリソースが無い。

「辻村が本気なのは分かった。分かったが、まだ信じきれない。材料が足りない。もっと俺に、その魔法?呪い?が実現していることを信じさせるような、材料をくれ、どうか。」

ふむ、と辻村が仰け反る。頼む。分かっているだろうお前だって、あまりに突拍子も無いことに。だからもっと、情報を提供してくれ。じゃないと俺の人生なんて、託せるわけなかろうが。辻村はちょっと悩んだ素振りを見せた後、すっと立ち上がった。そのままデカ棚まですたすたと歩いていくと、一つ、引き出しを引っ張り出してごそごそしだした。何?怖い。俺を口封じで殺す気?

「そうだねぇ、橘君は奇人変人だけど普通の感性も備えているようだから、疑い深くなるのも無理はないか。分かるよ。」

奇人、って増えたぞおい。混乱してるところにさらっと付け足すな。見逃さねぇぞ。睨みつける俺を無視して、辻村はこれで良いか、と何か一摘み取り出して戻ってくる。

「百聞は一見にしかず、というのは本当か、試してみると良い。ここまではサービスしてあげよう。」

俺の目の前に指を置き、離す。そこには、黄色の宝石が置かれていた。宝石だぁ、綺麗。で、これが何?

「今晩、これを着けて寝てみてごらんよ。不思議な夢を見るはずだから。」

「何、実体験してみろと?」

「そういうこと。文章もちゃあんと入っているよ。」

これが件のそれか。一センチにも満たないくらいの宝石。それにしても、扱いが無造作過ぎんか。そのままて。

「ケースとかに入れておくものじゃないのか。」

「あ、これ?大丈夫だよ。滅多に割れたりはしない。」

そう?そういうもんなの?

「手に取ってみても、いいか。」

「どうぞ。」

手に取って光にかざして見る。鈍い黄色の輝きの中に、さっき見たような線、文章が刻み込まれている。ただ、線はより太くはっきりしている。

「綺麗だ。それに線もはっきり見えるんだな、こっちは。」

「さっきのは筋彫りなんだ。いきなり太く刻んでしまうとヒビが入って傷ついてしまうことがある。だから最初にごく細い線で彫っておいて、数日寝かせておくんだ。そうして線を馴染ませた後に、本格的に彫る。それは本彫りまで済んでると思う、多分ね。そこまでできれば完成、効力が現れてくるんだ。」

なるほどそうなのねふーん。てか薄々気づいていたんだが、もしかして、

「これって、お高いんじゃないのか。」

宝石を使うんだから当然、それなりの値段がしそうだ。俺がこれ使って良いみたいだが、大丈夫だよな、後で請求したりしないよな。

「そうだね、それなりにする。」

だよな、そもそも宝石自体が高いもんだし(相場は知らないが)、それに文章加工までしているんだから、結構するんだろうな、これ。

「それくらいだったら、大体三十万円くらいかな。」

ひゅっ

息が止まる。さんじゅっ、さんじゅうまん、だとぉぉぉおおお?!指から宝石が滑り落ちる。その瞬間、辻村と初めて出会った時のことが頭に浮かび、そうになったが、全身全霊で走馬灯をキャンセルし、キャッチ体勢に入る。雷光の如く腕を伸ばし、宙に舞う宝石の落下地点を予測して右の手を開く。直後、掌から固い感触が伝わる。ハッとして手の中を見ると、見事に宝石が掌の上で鈍く輝いていた。ここまで瞬きも、呼吸もできなかった。

はあああー

大きな息をつく。そして吸う。背中にじんわりと汗が吹き出るのが分かる。あ、危ないところだった。そっと手を動かして、慎重に宝石を机の上に移す。本当の本当に良かった。バイトに来たはずが、いきなり大金で弁償する羽目になるところだった。

「おや、大丈夫かい。」

もう脳内でつっこむのも疲れた。疲れたよ、もう。お前といると、生きた心地がしねぇ。

「…そんな高いものをポイと渡すなよ。」

「ああ、本来なら三十万円くらいになるはずだったんだけど、ちょっと失敗してしまってね。売り物にならないんだ。不良品ってことだよ。」

不良品?これが?改めて宝石を見てみるが、不良の理由なんて分かるか、こら。

「文章の内容が間違った、とかか。」

「まぁそういうことだね。私が仕事を継いだばかりの頃、文字を彫るのも上手くいかなかったり、そもそも顧客の要望通りの内容になっていなかったり、ということも多かったからね。今は大分少なくなったけれど、それでも不良品ができてしまって、手元に溜まっていくんだよ。」

そうなのか。だったら多少気楽になるか。いやでも、元は宝石なんだよな。

「そうは言っても元々が高いだろ、これ。」

「んん、いや、それがそうでもないみたいなんだよねぇ。」

眉を顰め、難しい顔をして辻村が言う。ゑ、そうなの?宝石ってみんな高いイメージだったわ。

「仕事で使う宝石は、全部同じものなんだけどね。」

机の上にあったケースを開けて見せてくる。本当だ、そこに小分けにされている宝石は、若干大きさや形が違えど、全て同じ、鈍い黄色だ。

「イエローダイヤモンド、聞いたことは?」

ダイヤモンドに、イエロー?

「ダイヤモンドは知っているが、イエローダイヤモンド、は初耳だ。」

そうか、と呟いてケースを閉じる。

「要するに黄色のダイヤモンドで良いよ、理解は。」

「何だ、結局ダイヤモンドの仲間なのか、だったら高いんじゃないのか、違うのか。」

ううん、とまた渋い顔をする。

「イエローダイヤモンドなんだけど、厳密には多分違うんだ。不純物がとっても多く含まれている。偽物と言っても差し支えない。」

あ、これ、偽物なのか。もう一度宝石に目をやる。変わらず鈍い黄色をしているが、偽物なのかよお前、全く。

「到底本物の品質には及ばず、仕入単価もめっぽう安い。これだけで十万円もしない、もっと安いかな?」

辻村がさっきのケースを指差して答える。確かに、ケースに雑に入れたり、素手で触ったり、こんな扱いを受けてるものが、高級品とは思えない。

「なるほどな、イエローダイヤモンドもどきを使ってて、それ自体にはそんなに価値は無いってことね。」

「そういうこと。それと、これはばば様から聞いたんだが、」

ん、待って待って何?ばばさま?って誰?新キャラ?

「ちょっと、ばば様っていうのは、辻村のおばあさんのことか?」

一応話を遮ってでも確認しておく。

「うん、そうだよ。」

あ、了解しました。どうぞ、続けてください。

「それで、ばば様曰く、このイエローダイヤモンドもどきに彫るのが一番らしいんだ。本物のダイヤだと硬過ぎ割れ過ぎで文字なんて彫れやしない。けれど、この偽物は適度に柔らかくて文字が彫りやすく、割れにくい。魔法の力も乗りやすい、だったかな。」

そうなのね。俺も知らんけど。何せまほうのことはてんで知らないもんで。

「そうか。」

だからこんな返事しかできない。が、ここでふと気づいた。

「宝石自体がそんな高くないのに、売る時にそんなに高くなるってことは、辻村の加工、とんでもなく評価されてるんだな。」

「そういうことになるね。」

照れる様子も無い。むしろ誇らしげだ。謙虚さが欠落しているのか?こいつ。

「それに、案外世にいる金持ちは、現実では満足しきれずに夢の世界で思いのままにしたい、と結構思っているんだよ。だから需要が尽きず、継続的に注文が入ってきているんだ。」

それは分かる。現実で、自分ができる上限まで裕福になったら、次は夢に縋りたくなるか。それに夢だったら、物質的限界や倫理を超えて何でもありだからな。そこに金を出すのも理解はできる、一応。

「まあまだ混乱しているが、とにかく、その魔法とやらが本当かどうかを確かめるために、こいつを使ってみろってことだな。それで納得すれば、改めてバイトを始めれば良い、と。」

「そう。でも、例え橘君が効果を実感できなくても、私がバイト代をちゃんと払いさえすれば、別に問題は無いんじゃないかな。あ、あと、安全も保証した上で、ね。」

それはそうかもしれん。魔法が嘘だったとして、ここでバイトすること自体は面白い体験になるのは間違いない。プラス金も貰えるんだったら、それで良さそうではある。まぁ、本当だったらそれほど面白いことはないが。期待はしないでおこう。それと、実体験する前に確認しておくことがある。

「本当に俺が使って良いんだな。」

「はい。」

「使えるのは一回きり、で合ってるな。」

「はい。」

それと、

「書いてある内容の夢を見るってことだが、」

「うん。」

「これには何て書いてあるんだ?」

すると辻村は、また口に手を当てて考え込む。もういい、気にしないけどさ、仮にも経営してるんなら整理はちゃんとしよう、な?

「覚えてないね、詳しくは。ちょっと貸しておくれ、見てみよう。」

すっと宝石を摘み取ると、台座にはめ込んだ。そしてスコープを調整し、覗き見る。

ふーん、ほーう

声が漏れる。何だ何だ、気になる。パッと目を離しこちらを向く。

「懐かしいね、大分前に失敗したものだ。こんな最初の方で駄目になったのもあったんだなぁ。」

台座から石を取り外しながら言い、また俺の前に置く。

「分かったよ、これは、」

うんうん。

「…」

何だ?辻村の目が宙を泳いでいる。おい、早く言えって。数秒した後、みるみる辻村の顔がにやけて悪い顔になってきた。まずい、もう分かってきた、こいつの性格。

「いや、せっかくだから内緒にしておこう。橘君には初見のリアクションを存分に楽しんで欲しいからね。」

思わず仰け反る。ほら出たよ。こいつの悪い癖。他人の気持ちを考えず、自分の企みを優先しやがる。俺がどんな思いをするかも知らないで。

「何でだよ。俺がどんな内容か知っていないと、いけないんじゃないのか。」

「いや、それは関係無い。内容を把握している、していないに関わらず、とにかく身に付けて寝る人がその夢を見ることになっているから。だから橘君が何も知らなくても、効果に影響は無いから、安心して良いよ。」

よくもまぁ、安心という言葉を吐けるもんだな。

「お前ってなかなかに性悪だな。」

おっと、口に出てしまった。すると辻村は口を尖らせて明らかに不服そうな顔に変わった。あーあ、やっちまったかも。でもお前が悪いんだぞ。

「そんなことはないだろう。私は常時二十四時間四六時中年中無休、他人に対して誠心誠意一所懸命の心がけで生きているぞ。」

意味重複し過ぎだぞ。色々。

「ああそうかい、それなら素晴らしいことだが。だったら、何で秘密を教えるのに一日かけたんだ。俺が打ち明けたあの場ですぐ、教えてくれれば良かったのに。」

すると辻村は恥ずかしそうに顔を下に向け、指をいじいじしだした。

「あれは、その、ひょっとしたら、この仕事場に案内することになるかと思って。でも昨日まで結構散らかっていたから、その日に案内するのは忍びなかったんだ。だから、一日待ってもらって、さっと片付けをしたんだ。そういうわけなんだよ。」

ゑ、これで片付け?!たまらず部屋を見渡した。埃っぽい、カビ臭い、書類の山脈、整理の欠片も無い棚…俺がおかしいのか?こいつには、これがきちんとしているように見えてるみたい。げにまっことに、価値観というものは多様なのだなぁ。分かった分かった、もういいよ。いつか俺がやっとくから。コホン、辻村が咳払いをする。

「とにかく、それはあげるから、今晩試してみてくれ。それで明日の放課後、またここに一緒に来よう。その時に結果と、働くかどうかの意思を教えてくれれば良い。」

「分かったよ。」

ちらりと宝石を見る。夢を見る、ねぇ。まあ不良品の在庫処理として付き合ってやるかぁ。

「失くしたら嫌だから、袋か何かくれないか。」

ああ良いよ、とその辺をごそごそして、チャック付きのプラスチック小袋を寄越した。もっと丈夫なもん無かったんかいと思うが、割れないらしいし、もし割れたとしても俺は悪くなかろうもん。受け取ると、従来三十万円の価値あるものとして、一応丁寧に袋に入れ、ゆっくりとバッグの奥にしまう。ちゃんと入っていることを目視で確認する。よし、ちゃんとある。

「じゃあ今日は一旦これで良いかな。続きは明日にしよう。あ、今日の分の時給は今欲しいかい?」

「要らねえよ。第一、まだ働いてないしな。」

どんだけがめついって思われんだ、俺。バッグを担いで立ち上がる。

「あ、ちょっと待ってくれ。今後のために、一応連絡先を交換しておかないか。」

それもそうか。クラスも違うしな。

「そうだな。」

スマホを取り出し、SNSでフレンド登録する。これで良し。ドアを開け、外に出る。日が落ちてすっかり暗くなってる。まぁ家には門限は無いし、連絡さえすれば何時に帰っても良いから大丈夫だけど。さっと、

『今から帰ります。』

とだけSNSで連絡してスマホをしまう。

「駅まで送ろう。」

「いや、」

「遠慮しなくて良いよ、私がそうしたいんだ。」

一蹴。はいはい、言い出したら聞かないんですよね。二人で夜道を歩く。あまり街灯が無いので本当に暗い。足元に気をつけてないと側溝に落ちそうだ。

「なあ、本当に教えてくれないのか、夢の内容。ちょっとでも。」

無駄だとは思っているけど、一縷の望みを託してもう一度聞いてみる。

「ううん、どう言ったものかな。でも、若い男女だったらきっと気に入る内容だよ。」

…?ヒントになってない謎は深まるばかり。。性別問わず楽しめるが、年齢が若くないと駄目な体験、か。何だろう。若者に人気な芸能人に会えるとか、かな。

「実のところ、一文しか彫ってなかったんだ、それ。だからヒントを出す余裕も無いんだ、分かりやすくて。」

知らんがな。

「まぁ寝るのを楽しみにするよ。」

「是非ともそうしておくれ。」

「身につけるってことだが、袋越しにポケットにでも入れてれば良いか。」

「うん、それで十分だ。顧客によっては、一回アキラさんを経由して、ネックレスみたいなジュエリーに加工してもらうこともあるよ。」

「本当に何なんだよ、アキラさんって。」

「それはね、追い追い、詳しく教えるよ。」

辻村の顔は笑っている。もう目は鋭くない。結局、辻村ってどういう存在なのか、未だに分からない。変態読書女かと思えば、宝石を弄り倒す性悪女。それで怪しさ爆発の宝石を俺に押し付けてくる。変だ、いかにも。変人と付き合うのって、楽しいことばかりじゃない、疲れるものなんだなぁ。息を吐き、空を見上げる。星が見える、たくさん。視野いっぱいに点在し、はっきり光るもの、淡く儚く光るもの、それぞれがそれぞれのストーリーをもって視覚に訴えてくる。人並みの感覚だが、本当に自分がちっぽけだと感じられる。こいつ、辻村もそう思ってたりしないだろうか。そっと目を横に向ける。伏目がちで歩き続けている。風情が無いやつだ、全く。

会話もそこそこのうちに駅に着いた。改札を通る前に振り返る。

「じゃあまた明日、放課後に校門で良いか?」

「いいよ。それじゃあね。」

辻村が手をふりふりする。くそ。ちょっと可愛い。手を軽く上げて格好つけて改札を通った。ホームのベンチが空いていたから座り込む。やっぱり疲れた。ここ数日色々なことがあったが、今日ほど精神を擦り減らしたことはなかった。特に今日は、な。バッグを開け、宝石が入ってることを確認する。今考え直してみると、詐欺じゃね?とも思える。仕入れ値数万円から文章を彫って数十万円になるって、どう考えてもおかしい。でも反社の影はなかったし、もしかして本当に何らかのパワーがあるのだろうか。俺や世間が今まで気付かなかっただけで。いやでもまさかな。いかんいかん、何を期待してんだか。思い込みの力だって、どうせ。電車が来た。乗ります。

電車に揺られながら、スマホでイエローダイヤモンドを調べる。本物だったら、あれよりさらに小さくて数十万円もするみたいだ。偽物というのは本当らしい。それと、宝石言葉、というのもあるらしい。イエローダイヤモンドが意味するところは、

「富」「自信」

なるほど、見た目通りだ。んで、これはその偽物だから、偽りの富と自信、か。良いじゃん。俺にはそのくらいがお似合いだよ。一人でクスクス笑う。ちょっと親近感が出てきた。今晩は一緒に寝ような。


帰宅。夕食を摂取し、軽く筋トレをして入浴。歯磨き後、すぐに自室に籠る。小袋を机の上に出す。相も変わらず鈍い黄色の光を放っている。

「お前が本当に魔法使いなのか、試してやる。感謝しろ。」

ポッケに突っ込む。寝る時間になるまで授業の予習復習を行う。が、集中できない。苛つく。今日は色々あったから、今からもあるし、な。これから寝るというのに、どこか緊張している自分がいる。今日は早めに切り上げよう。最低限のところで勉強を切り上げ、部屋の明かりを消し、ベッドに腰掛ける。スマホを手に取ってSNSを開く。フレンド欄に辻村の名前がある。苗字だけで、下の名前は分からない。そういや聞き忘れたな。働くのを決めたら、聞いてみるかな。数分間弄り倒した後、スマホを充電器に挿して置いて寝転ぶ。ポッケを摩る。とてもダイヤの触感までは分からないが、確かにそこにある。

電気を消し、寝転ぶ。不思議なことだ。最近の俺はおかしい。今までの俺は、自分の世界に引き篭もるばかりだった。他人のことなんて考えても仕方が無いと思っていたから。それが今はどうだ。他人に興味を抱くばかりか、ずっと抱えてきた秘密を打ち明け、家に上がり込んで、挙げ句の果てには魔法まで信じてやろうとしている。笑える。あの性悪女に出会ってからというもの、心乱されることばかりだ。全く、辻村某、め。

そう考えているうちに、うとうとしてきた。疲れが溜まっていたのか、眠気が来るのが早い。抗うことなく、そのまま受け入れる。静寂、心地良い脱力感、呼吸が、深くなっていく。やがて、瞼が開かなくなる。

ふぅ、はぁ、ふぅー

最後に、息を少し強く吐く。じゃあ、魔法のダイヤとやら、よろ、しく。


淡い光が閉じた目に滲む。何だ、まだ眠いんだ。無視して寝ようとしたが、段々強くなる光に耐え切れず、嫌々瞼を開ける。ぱちくりさせる。二度、三度。目だけ動かして辺りを見渡す。もう一回目を閉じてから、開く。暗い、けど、天井が、周りが、おかしい。見たことも無いものに囲まれている。どこだここ。what?where?勢い良く身体を起こす。目を擦る。頭を叩く。幻覚じゃ、ないみたい。結論、俺の部屋ではない、どこか別の空間で寝かされていた。

ゑ、どういうこと?誘拐された?俺?混乱しつつ、辺りをぐるぐる見渡す。やっぱ薄暗っ。分かるのは、そもそもベッドが違う。ふわふわ過ぎる。それに、キング?クイーン?とにかくサイズが大きい。プラス、お姫様みたいに、天幕やカーテンが付いている。何じゃこりゃ。ベッドの傍にはぼんやり暖色に光るスタンドが立っている。さっきの光はこれか。明かりはこれしかないようで、ベッド周りが薄く見えるだけだ。その傍にはお洒落な丸テーブルがあり、何か、ティーポット?擦ったら魔人が出てきそうなランプらしきものがある。床には毳毳しいラグ?カーペット?が敷かれている。以上、家具はこのくらいしかない。そのくせ部屋は広く、ドアまでが遠い。それに、だ。

すんすん

けほっ

何か甘ったるい薫りがする。アロマとか、芳香剤は何も無いようだが、その薫りが充満している。とにかくおかしい。立ち上がって色々調べたいが、妙に身体がだるい。頭がぼーっとする。ベッドから離れようという気が起きない。身体に力を入れようとするが、すっと抜けてしまう。ダメだ。ぼすん、と再びベッドに身体を預ける。寝心地の良いベッドだ。もう何も考えたくない。現状を理解しようとしたくない。あれ、何でだっけ、何か忘れてるような、気もするけど、何だっけ、思い出せない。

カチッ

びっっっくぅ

?!びっくり、跳ね起きた。何の音?狼狽していると、

キィィ

ドアノブが回された。ドアがゆっくりと開く。誰か、来るのか。ドアをしっかりと見据える。拳に力が入る。入ってきた。目を細める。が、暗くてよく見えない。

バタン

ドアが閉まった。誰かがいるのは分かる。が、姿はまだはっきりと見えない。鼻がひくつく。甘い薫りが一層強くなっている。警戒心を強めると共に、どこか胸の奥が撫でられるような、もどかしい思いも感じる。なぜだ。

ヒタ、ヒタ

一歩ずつ、噛みしめるように、こちらに近づいてくる。段々と、足元から光を浴び、その姿が露わになっていく。息を呑み、瞬きを忘れて目を凝らす。裸足だ。それにズボンは、履いてない。履いてない?!さらに近づいてくる。もうここで察しがついた、女性だ。脚のラインがもう女性のそれだ。それに、パ、パンツが、見える。黒の、エッティやつ。心に着火。それにはっきりしたとおへそ、くびれ、そそして、黒のブラジャーと、谷間がこんにちはしてる。でっっっか。バストの豊かさに思わず心の声が漏れる。ありがとうございますm(_ _)m

カップはF、G?分かんない。俺男だから分かんない。いやいや、いけませんいけません!こんなはしたない!もっと段階を踏んでお互いを知らないと!理性を働かせるものの、全身に火がついてしまった。燃えるように熱い。んで、結局見ちゃう。泣ける。腹や腕、首もスラッとしていて、スタイルが良い。そしてとうとう、顔が明かりの下に晒される。

「ああ、ん??」

目を疑う。両手で顔を覆って全力で目を擦る。もう一度顔を上げ、目線を合わせる。いや、でも、何で何で、何で、ゑ?信じ、られない、とても。

肩までかかる黒髪、前髪は綺麗に揃っている。ややつり目で、丸くて大きな瞳。青みがかった黒のグラデーションが映える虹彩。黒目もはっきりしている。そんな吸い込まれてしまいそうな目と顔立ちは猫を連想させる。

「つ、つじむらぁ?」

違う。自分で言っといて何だが、違う。顔はそっくりだが、目の前の女性は明らかに年上だ。二十代だと思う。身長も百六十くらいありそうだし、肉付きや肌の感じも違う。何かむっちりしている。エ、エッティ。最たるはバストが、もう、こっちはばるんばるんなんだもの。辻村はこんなに大きくない。でも結局、そしたら、この人誰なの?魅惑の全身を露わにした彼女は、もう俺の目の前まで来ている。それで、何、この状況?!辻村のそっくりさん、お姉さんか誰か、が下着いっちょで迫って来てるって!黒のレースのやつ!エッティ過ぎるって、直視できないって!でも目は離せないんだが、いや俺が変態などではなくむしろ向こうが痴女というか、とにっかく、俺はどうなるのぉ?!内心もうお祭り騒ぎだが、なぜか一向に身体に力は入らない。彼女が近づくのを拒めない。それと自意識とは裏腹に、全身の血液が沸騰している。特に、下腹部がもう、マグマ溜まり。いつ噴火してもおかしくない。

「待って待って、一回止まって!」

なんとか静止を促す。が、無視。すとん、と俺の隣に腰掛ける。

ぐっ

?おっ、わっ

肩に強い力を感じ、ベッドに倒される。

ずり、ずり

彼女が、俺の身体に乗り上げる。光に照らされた肢体が、実に、実に、俺のあれこれを興奮させる。

ふっふっ、いかんいかん、ふっふっ、やっぱダメかも。頭が痛いほど熱くなっている。心臓が破裂しそうなほど脈打つ。

ずいっ

と彼女の顔が視界いっぱいに広がる。顔を引こうとしたが、引けない。近くで見ると、ますます辻村そのものだ。少し歳を取ったらこうなるのか、と想像できるほど。まつ毛が長く、うっすら化粧もしてる?唇は、リップが塗ってあるのか、濃いピンク色だ。一旦顔を背けたいが、できない。拒む力が入らない。もう鼻と鼻が接してる。息が顔にかかる。甘い薫りが脳に届く。彼女の目がとろんと蕩ける。口元が歪む。わ、笑ってる?何で何で?あっ、

♡♡♡♡♡

されるがまま、筆舌に尽くしがたい快感を味わう。今日この時、なぜか俺は、大人の階段を上ることとなった。


白い光が閉じた目に沁みる。しばらく無視していたが、辛抱効かなくなり、重い瞼をやっとこさ開く。カーテンの隙間から漏れ出る朝日。見慣れた壁、天井。いつも寝ているベッド。それに学習机にクローゼットも。毎朝見る光景に戻っていた。上半身を捻って時間を確認する。いつもの起床時間より早い。再び枕に頭を埋める。頭は、どちらかと言えばすっきりしている。そして、あの行為も、鮮明に覚えている。結合した後、夜が明けるまで激しい結合合戦を繰り広げた。腰と腰をぶつけ合い、砕けるまで果てることとなった、はずだ。あまりの気持ち良さ?快楽?に脳が置いてけぼりになっていた。よく覚えている。あの人の顔も、その身体も。あれは、現実?それとも夢?思い出して下腹部に血が集まりそうになる。やめい。夢、あ、そう言えば、そうじゃん。ダイヤがあった。思い出した。なぜあの時思い出せなかったのだろう。あれは、どうなった?ポケットをまさぐる。くしゃっとした感覚。そのまま引っ張り出す。小袋、と、その中で輝くイエローダイヤモンド。ただ、気のせいか、昨夜よりも輝きが鈍くなっているような気もする。じっとダイヤを睨む。これのせい、だったのか?やっぱりあれは、夢?にしては、随分リアルだったが。これが魔法の力、何だろうか。小袋を机の上に置く。しばらく魔法について考えようとしてみる。が、思い浮かぶのはエッティ記憶ばかり。マジで悶々とする。いや仕方ないって、どうしても考えちゃうって、あんなの。どうしても反芻してしまうので、今深く考えるのは諦めた。そろそろ起きても良い時間だ。授業中にゆっくり考えて、その上で、辻村に問いただせば良いだろう。辻村、か。ちょっと大人びたあの顔を思い出す。顔直視できるかな?

ベッドから出ようとする。途端、硬直。背筋が凍る。額に冷や汗が滲む。なぜか?それは、全身で抱く違和感が答えてくれている。汗をかきまくっていた。枕がずぶ濡れ。シーツ、布団カバーがべしょべしょに濡れ放題。寝巻きもびちゃびちゃ。そして、下半身のアレを中心に、べとべとした感触がじんわり広がっている。匂い的に、アレから発射した弾痕で間違いない。パンツから染み出してズボン、シーツまで侵食していた。目前の惨劇に思わずフリーズする。

やがて、再起動。分かってはいた。目が覚めた時から何となく感じてはいた。だが、その現実から目を背けていた。ワンチャン何ともないかなって。しかし現実は残酷だ。この後始末をしないといけない。今から学校に行かないといけないのに、それに親にバレたら、どうなることか。

ふぅ

息を吐く。と同時に、ふつ、ふつと怒りとも悲しみともつかない感情が、込み上げてくる。

「これもっ、これも夢にしとけよぉぉぉぁぁぁあああ!」

夢は夢であって欲しかった。

魔法なんて嫌いだ。

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