act171.5 それぞれの事情 7【side斎藤拓弥】
時系列
本編act171の後の出来事
本編act233を読んでから、こちらを読むのがいいです。
「母さん、卓帰ってくるの遅くね?」
「そう? 今学祭前だからこんなものじゃないの?」
台所で食器を洗っている母親に聞いたけど、素っ気なく返された。
もうすぐ22時だぞ。
いくら学祭前でも、高校ってそんなに遅くまで残れたっけ。
あいつ最近イライラしてる感じがしてたから心配なんだよな。
昔から見た目で損をしてきてる奴だから。
また通りすがりにケンカ売られてないといいんだけどな。
とりあえずメールでもしとくか。
台所を出て、2階の自分の部屋に行こうと玄関の前を通った時、ちょうどガチャっと玄関の扉が開いた。
よかった無事に帰ってきた、と思ったのも束の間。
卓の顔を見て、目が飛び出るかと思った。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で帰ってきた。
「お、おま、お前、どうした!? 何があった!??」
「兄ちゃん、どうしよう、お、俺、とんでもないことしちゃったよ………」
「とんでもないこと………!?」
コイツの言う、とんでもないことって何だ。
やっぱり絡まれて揉め事起こしたのか?
バックンバックン心臓がうるさいけど、弟の世話が先だ。
時間も遅いから飯を食わせてやりたいけど、先に部屋で話を聞くことにした。
◇◇◇
「女の子の顔に傷…………?」
「顔だけじゃない。きっと身体に打ち身もあると思う。どうしよう、傷が残ったら……………」
何とか事情を聞き出せたけど、聞く限りじゃ大問題だ。
我慢が募ると確かに爆発するのはコイツの悪い癖だ。
その状況だと、またコイツにレッテルを貼られてもおかしくない。
昔からガタイが良くて、ちょっと目つきが悪くて色々不器用だからよく誤解されてきたからな。
やってないことも卓のせいになる、そんなこともしょっちゅうあった。
そのことは本人が一番よくわかってる。
本当は正義感があって優しい奴なのに。
何でこんなに不器用なんだ。
………また見た目だけで、物事を決めつけられて責められてきたのか?
「それで、その子に責任とれとか言われたのか?」
「その子?」
「顔に傷がついちゃったって子」
そう言うと、卓は目を大きく開いて、そのままボロボロ泣き出した。
ああ、またか。
そう思った時、卓の口から全く反対の言葉が出た。
「違うよ、兄ちゃん。その子は俺の心配しかしてなかったよ」
「え…………?」
「学校一の美人なのに、髪も土がついてんのに、怒るどころか俺に微笑んで大丈夫だよって言ってくれたんだよ………。一言も責められてない。だから、辛くて………」
「怒らなかった………?」
女の子が顔に傷がついたら普通ショックだろ。
その状況で微笑んでくれるって何だ。女神か?
「しかもな、兄ちゃん。俺、初めて誤解されなかったんだよ。先輩が、ちゃんと話を聞いてくれたんだ」
「マジで?」
そう言いながら、また涙が込み上げてきたみたいで、鼻を啜りながら教えてくれた。
「だから、俺、クラスで浮かなくてすんだんだ。ちゃんとみんなと仲直りできた。それも、全部、藤咲先輩が中心にいるからだと思う………」
「藤咲先輩?」
「その、花壇に飛び込んだ先輩。藤咲あきら先輩」
「あきら? え、男?」
「違うよ、学校一の美人だって言っただろ? すっごい綺麗で、すっごい優しいんだ」
「そ、そうか」
何かちょっと、卓に怒られた感があるけど、まぁ、いいか。
「それで、俺、どうしたらいいと思う?」
「え?」
急に話が変わったな。いや、目つきも変わったな。
さっきまであんなに泣いてたのに、雰囲気がいきなり変わってないか?
「俺に、何ができると思う?」
こんな目に力の入った真っ直ぐな卓、初めて見る。
気持ちの持ち方1つで、こんなに変われるんだな。
馬鹿やろう、目の前で急に成長すんなよ。心震えるわ。
「兄ちゃん?」
「………何でもねーよ。そうだな。お前に出来ることを、片っ端からやるしかないな」
「わかった」
「え、わかったの?」
「何となく」
「まぁ、それでいいんじゃないか? ………俺も、その子に会ってみたいな」
「学祭に来たら会えるかも。でも会って欲しくない」
「どっちだよ!」
「何か、そう簡単に会わせたくない」
そう言って、あの卓がにこっと笑った。
強面の顔を気にして、表情も上手く作れなくなってた奴が、無邪気な顔で笑った。
卓の心をそっと包んで動かしてくれた、その子は一体どんな子なんだろう。
一度会ってみたいな。
「俺、絶対学祭見に行くからな」
そこから、卓がだいぶ遅くなった夕飯を食べている時に、今日のことをもう少し聞かせてもらった。
些細なことから、本当にとんでもないことにならなくてよかった。
俺の弟を守ってくれたその子に、心から感謝した。
その日から、卓の表情がどんどん明るくなっていった。
不器用には変わりないけど、前よりも人付き合いが苦手じゃなくなったみたいだった。
学祭に行ったけど、結局、俺はその子に会えないままだった。
卓の学祭が終わった次の日のことだった。
大学からの親友が、大学の学食で昼飯を食べてる時に唐突に切り出した。
「俺、今度地元に戻ってくるな」
「何で? 法事とか?」
「いや、親父の代わりに修学旅行生のスキーの指導に入ることになった」
「ああ、お前、冬の間はインストラクターの仕事してたな。相手は中学生か?」
「いや、中学生じゃなかったような。東陽大附属? 学校名ちゃんと覚えてないから親父に聞くわ」
(東陽大附属…………!?)
「ごほっ、ごほっ!!」
「おい拓弥、大丈夫か?」
「わり、ちょっと咽せた………」
まさか………、卓の行ってる東陽大附属のことか?
そんな偶然あるか?
同じ名前で違う学校かもしれないからな。
卓に学校の予定を確認してから、また俊に詳しく聞こう。
もし、卓のとこだったら、あの子の学年だよな。
今度はコイツが心動かされるのか?なんてな。
でも、本当にそうだったらいいのに。
コイツも、心に硬いしこりを持ってるから。
そんな奇跡みたいなことが起こればいいのに。
「何だよ、じっと見て」
「いや。俺も行きたいなって思ったんだよ」
「お前、資格ないだろ?」
「現実的に返すなよ。………頑張れよ」
「ああ」
俺の弟が変わったように。
きっかけがあれば、人は変われる。
お前も、そのきっかけがあればいいのにな。
1-A
斎藤卓
壊滅的に不器用で、絵が下手。
不器用なのは絵だけじゃない。
斎藤拓弥(24歳)
卓の兄。
不器用な弟が心配で仕方がない。