act45.5 心が震えた日【吉良誠一郎】
時系列 本編act44、45の後
『どいてっっっ!!!』
体育館に、彼女の声が響き渡った。
普段の彼女からは、とてもじゃないけど想像がつかない声。
本能で、ここをどかないといけないと理解させられた。
俺達は誰かに操られるように、その場を離れることに必死だった。
サイドラインから飛び出たボールを、彼女が迷わずジャンプして片手でキャッチして、正確に東陽大附属の蓮見さんへとパスを繋いだ。
(あ、ありえない…………)
まるで、翼があるかのように空中で身体をコントロールしているように見えた。
しかも、蓮見さんを見ていなかったと思う。
目の前で起きた信じられない出来事に、たぶん呼吸を忘れてた。
ありえないのはそれだけじゃなかった。
彼女は、つま先だけで椅子に下りたと思ったら、そこから椅子を蹴ってコートに戻って蓮見さんからパスをもらっていた。
――――信じられない。
俺だけじゃない。
このベンチにいる全員が、そう思ってる。
そこから4点を決めた彼女は、さらに俺達に信じられないものを見せた。
東陽大附属の先生が打ったフェイダウェイシュートを、空間を翔けるように彼女は高く跳んで、狙った先にボールを弾き落とした。
彼女もすごいけど、そのボールに追いついてコートに戻した蓮見さんもすごかった。
その後、彼女から放たれたボールは、宮野先輩が力強くリングに叩き込んだ。
何これ。
生きてきて、こんなに心が震えることなんて初めてだ。
指も震えてるし、涙が止まらない。
こんな感動知らない。
こんなバスケ知らない。
こんなに1人1人が力強く結びついたチームを知らない。
自分が悩み続けてきたことが吹き飛びそうなくらい、彼女の持つエネルギーが凄まじい。
あんなに華奢なのに。
相手はプロ選手だったのに。
彼女は、本当に天才なんだ。
◇◇◇
藤咲あきら。
全国区の彼女の名前は、中学でバスケをしてる奴なら知らない奴はいない。
それくらい有名だった。
俺は彼女を知っていたけど、俺の中学はそこまで勝ち残るチームじゃなかったから、直接彼女の試合を観ることはなかった。
ネットに上がってくる試合を観るくらいだった。
彼女の容姿もあって、まるで憧れの芸能人のような存在だった。
それなのに。
『えっと。改めて。東陽大附属バスケ部マネージャーの藤咲あきらです』
あの親善試合の時、初めて間近で彼女を見た。
まさか、彼女が男バスのマネージャーをしてるなんて、思ってもいなかった。
俺を含め、全員が一種のトランス状態に陥っていたんじゃないかと思う。
それくらい、目の前で彼女が動いていることが、夢でも見ているような気分だった。
1人1人にアドバイスを的確にしていく彼女は、俺達とは次元が違うことを短い時間の間に知らしめていた。
彼女がその時に俺にくれたアドバイスは。
『えっと、吉良くん?』
そう言って、じっと俺を見てスパっと言った。
『軸足に迷いがある。右足が軸の時も、思いきってピボット踏み込んで大丈夫だよ』
かけられた言葉にドキっとした。
時間もないし部員も多いから、俺が彼女と話したのはそれだけだった。
俺のことに気づいたのかどうかはわからないけど、俺を真っ直ぐに見て力強く言ってくれたその言葉は、明星で辛くなった時に思い出すようになっていた。
そこから、約2か月後。
俺は、彼女に救ってもらうことになる。
ずっとずっと醜く歪んで心にこびりついていたものを、彼女が見つけて前に進める力に変えてくれた。
俺が夢をあきらめずにすんだのは、間違いなく彼女のおかげ。
だから、俺は彼女のいる場所まで、絶対に上りつめる。
それに、そこは、宮野先輩も蓮見さんもいる場所だから。
あの時の試合を観て、宮野先輩と蓮見さんと並びたいと思ったんだ。
――――俺も、あの輪の中に入りたい。