past3 こんな日がくると思ってた【sideノア】
『カウンセラーの呼び出しって何だった?』
休みの日に、ハルトの部屋に遊びに来ていた俺は、気になっていたことを口に出した。
9年生が終わりになる頃、ハルトがスタッフルームに行ってから、時々上の空になることが増えた。
ハルトがアメリカに来た時から知ってる俺は、それが何を意味しているのか気づいていた。
だから、ハルトから言ってくれるのを待ちたかったけど、ついに我慢しきれず聞いてしまった。
『日本の高校からな、編入の話がきてるんだ』
(やっぱりそうか………)
『そうかなって思ってたよ』
わかっていても、思ってたより寂しいな。
ずっと一緒にいたし、バスケだってハルトとするのが一番楽しい。
ハルトの存在が当たり前になってるから、いなくなるとか寂しすぎる。
『やっぱノアなら気づくよな』
『もしかして、迷ってんのか?』
珍しく、ハルトが目を伏せた。本当に迷ってるんだ。
『何に迷ってる?』
ハルトは、俺が腰掛けるベッドの横に並んで座った。
『何せ急だったからな…………』
ハルトが黙ってしまった。
ハルトにとっても予定外のことだったんだ。
『こっちに来た時はな、高校から日本に戻れればいいなって思ってたんだ。でも、父さんに聞いてもまだ日本に戻れなさそうだから、高校卒業まではこっちだと思ってたんだ』
『そうだな』
『オファーがあった高校な? 男子校で全寮制なんだ。バスケの強豪校で、何人もプロ選手を排出してる名将がいるんだって。しかも、推薦があってスポーツ特待生らしいんだ』
『条件めっちゃいいじゃん。何で迷う?』
ハルトが、くっと目に力を入れて俺を見てきた。
『そんなの、ノアと離れることに抵抗があるからに決まってるだろ』
――――こいつ。
これな!
無自覚に、真っ直ぐに人の心を突いてくるんだ。
くっそ、嬉しい。
嬉しいけど、お前、ここに何しに来たのか見失っちゃダメだろ?
胸が熱くなるのを抑えて、ハルトに言った。
『俺、ハルトと出会った日のこと今でも覚えてるよ。俺も、ハルトと出会えてよかったって本当に思うよ。だからハルトが日本に戻ることは寂しく思う』
『ノア……』
『だけどな?』
お前はここで立ち止まって、グダグダ悩む奴じゃないだろ?
『ハルトは、子供の頃に出会った天才少年と並ぶ為に、こっちで頑張ってきたんだろ? もし、その強豪校にそいつがいたらどうするんだよ』
そう言うと、ハルトは目を大きく開いた。
その可能性を全く考えてなかったらしい。
お前らしいけどな。
俺のことだけを考えて、悩んでくれてたんだな。
もう、その気持ちだけで十分だよ。
『ハルトのことだから、日本に戻れはいつでもそいつに会える感覚でいるんだろ。今戻れば、そいつとバスケができるかもしれないんだろ? そいつに追いついてなかったとしても、十分こっちで頑張ってきたじゃないか』
くそっ。言ってて胸が締めつけられるな。
ハルトが遠く離れた場所に行く。
簡単に会えなくなってしまう。
それでも。俺はお前の足を引っ張りたくない。
『目標を達成するには、全力で取り組む以外に方法はないんだぞ? 目の前のチャンスを逃すなよ。お前が日本に戻ったからって、一生会えないわけじゃないだろ?』
ハルトは、俺の話を静かに聞いていた。
その目に、もう迷いはなかった。
『俺も、一度日本に行ってみたいしな』
これは本当。めっちゃ行きたい。
でも、ハルトの後押しになるか?
『何でもやってみないと結果は出ないだろ? タイミングもちょうどいいじゃないか』
まるで、タイミングを狙ってオファーをしてきたような。
それはさすがに考えすぎか?
『ノア、ありがとうな』
『ああ』
俺の大事な親友。
離れたって、関係が変わるわけじゃない。
一緒に積み上げてきたものが、失くなるわけじゃない。
いつか、ずっと一緒にバスケができる日がくるといいな。