act0③ 胸に吹く風 3【side律】
階段を軽やかに上ってくる音。
今日はいつもより勢いがいい。
バスケしてきたくせに元気だな。
「律!!!!」
当たり前にドアをバン!と開けて、ベッドに寝転がっていた俺の上に跳んできた。
俺の服を掴んで、ぶんぶん振ってくる。
首がガクガクする…………。
「律、聞いて! 新しいお友達ができたの」
「友達?」
「そう、練習をよく見に来てる子で、父さんが見学させてもいいって言ってくれて」
「へぇ、ふーん。そうなんだ」
友達ねぇ。たぶん、プロに興味があって覗いてた奴だろ?
だいぶ年上なんじゃないのか?
それできっと男だろ?
そいつ、あきらのこと、女の子だってちゃんとわかってんのかな。
「なんで、そんなつまらなさそうなの!」
「いや、だって。どんな反応したらいいのかわかんないじゃん」
「…………よかったねって言えばいいんだよ」
「じゃあ、よかったな」
「何か違う」
「めんどくさいな!」
「律、バスケしよ?」
「さっきの話、終わりかよ!!」
俺の上に跨ったまま、にこっと笑う。
あー、もう。
あきらがにこっと笑うと、何も言えなくなるんだよな。
「とりあえず、そこどけ」
「バスケするって言ったらどいてあげる」
「お前、今日バスケしてきたとこだろ?」
あきらとバスケをしてると、気づいたら圭介がいて、死ぬほど練習させられてるんだよな。
途中で我に返って、あれ、俺何やってんだ??みたいになるんだよ。
でも今は腹減った。飯食いたい。
「あ………、明日にしないか?」
くっ、口が勝手に……、いいのか? 俺!
明日の日曜日が、全部バスケ三昧になるぞ。
いや、バスケをするのはいいんだけど…………。
そう考えていると、時すでに遅し。
目の前に目を輝かせたあきらがいる。
「明日? わかった、明日ね! 朝ごはん食べたら?」
「おおぅ、はえーな」
「えっと、じゃあ、朝ごはん終わって10分したら?」
「いや、30分はあけたいだろ、食べたばっかはしんどい」
「じゃあ30分したらね!」
「おう……………」
明日の休みが、これで決まった。
どこかでやまじを引きずり出そう。
「律、今日ここで寝てい?」
「聞かなくても、飯食ったら勝手にきて、勝手に寝るだろうが」
「人の布団って居心地いいの、何でだろうね」
「知らん。ほら、もうどけって、重い」
あきらはそのままベッドの奥にごろんと転がった。
今日機嫌いいな。
寝転んで両手をぐっと胸の前に伸ばしてる。
「今日友達になった子ね? 律と気が合うと思うんだぁ」
「どんな奴?」
「目に力があって、真っ直ぐな子。何かキラキラしてた」
「わかるようで、わかりにくいな」
「たぶん、同い年くらいだと思うんだよね」
「え……………」
なんだ? 胸がチクっとしたぞ。
………………気のせいか?
「いつか、3人でバスケできたらいいのになぁ」
「そ、そうか」
いきなり、気持ちがもやっとしてきた。
何でだろう。
腹が減りすぎたのか?
「律、どした?」
「腹が減りすぎて、胸が気持ち悪いのかも」
「ええっ、たっ、大変だ! もう下りよう?」
「そうだな…………」
慌ててあきらがベッドから下りた。
立って俺に両手を出してきた。
あきらの手を握るとあったかくて、なんだか安心した。
「あきら、ちなみにさ。俺の朝ごはんが終わってから30分後でいいんだよな?」
「えっ……………?」
えって、お前!
自分が起きた時間に、俺も起こすつもりか。
日曜日の朝は、起こされずにゆっくり寝たい。
「わかった。ちゃんと時間を決めよう」
いや、こっちで寝るなら、時間を決めてもあまり意味がないか。
でも、決めないより決めてた方がいいよな。
「じゃあ、8時?」
「いや、せめて9時」
「間とって8時半?」
「9時でいいだろ」
「わかった、9時ね」
そう言って、にこっと笑った。
本当にバスケが好きなんだな。
俺も好きだけどな。
あきらの好きはもっとすごい。
いいな。それだけ夢中になれるものがあって。
◇
俺がバスケに本気になるのは、ここから2年後だった。
2年後に、俺は晴翔と出会う。
その時に観たあきらの試合は、今もずっと胸に残ってる。
この時、誕生日を迎えていない8歳の律は圭介呼ばわり。