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吉原遊郭一の花魁は恋をした  作者: 佐武ろく
第二章:三好八助
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2

 きっとこれを口にしても源さんは否定するかもしれないが、彼が独り身なのは僕の所為なんじゃないかって思ってる。まだ幼い僕の世話の所為で彼の人生の時間をあっという間に奪ってしまった。そう考えると心が咎める。でもそれは言わない。どうせ関係ないと言われるだけだから。

 だから僕は少しでも彼に恩返しがしたい。今でも十分助かってると彼は言うけどもっと出来る事があるって思ってる。その為にはやっぱり料理を手伝えないと。引手茶屋や妓楼の酒宴は複数の店から出前を取ってるとは言えその量は凄い。だから今の仕事をこなしつつもそっちも手伝えるようになりたい。だから明日もう一度、頼んでみよう。


「料理?」

「うん。僕も手伝いたいんだよ」

「今のままで十分助かっとる」

「でももっと楽にしてあげられる」

「それでそのままこの店でも継ぐつもりか?」

「それでもいい」


 僕の迷いない返事にまず源さんの溜息が返ってきた。


「別にここで育ったからといって継ぐ必要はない。お前さんもそろそろ江戸でも好きな所に行ってやりたい事をやれ。何人かは儂のツテも紹介してやれるぞ」

「別にやりたい事なんて。それにそうしたら源さん一人になっちゃうじゃん」

「今までもそうじゃったから別に変らん。それに人手が必要な時は鶴ノつるのえの婆さんに言って借りるさ」

「でも……」

「少しでも手伝いたいなら口じゃなくて手を動かせ。ほら、止まっとるぞ」


 結局こうなる。いつもそうだ。でもこんなやり取りも、もう既に変わらない日々の一部になりつつあるのかもしれない。

 でもそんなある日の夜。突然、源さんがこんな事を言い出した。


「そんなに気になるのなら一度行ってみるといい」

「どこに?」

「吉原屋にだ」


 その瞬間、何が言いたいのかすぐに分かったが、同時に僕は思わず呆れたような声を出してしまった。


「源さん。自分だって言ってじゃん相手はここの頂点で住む世界が違うって。それに彼女を呼ぶにはまず引手茶屋を通さないといけないし、認められるには最低でも三回は通わないといけない。何より莫大な量のお金が必要になる。今の僕じゃ一回分の半分すら支払ないよ。全部知ってるでしょ?」

「分かっておる。なら直接行ってお願いしてみろ。お前さんもよく配達に行っとるしもう顔馴染みだろ。もしかしたら一夜、とはいかなくとも少しぐらいなら会わせて貰えるかもしれんぞ?」

「全く。冗談はよしてよ。無理に決まってるじゃん。それに多分だけどちょっと会うだけのお金も払えないよ」


 すると源さんはテーブルに巾着袋を投げた。着地音を聞く限り重そうだ。


「何これ?」

「まずは駄目元で行ってみろ。今はもう新規の客もおらんから迷惑にはならんはずだ」


 僕は彼の顔から巾着に視線を落とすと中を覗いてみた。そこにはそれなりの額のお金が入っていた。


「足りない分は貸しといてやる」

「急にどうしたの?」

「ただのきっかけだ。全てに望みがあるとは言わんが、人生においては思っても無い事が起きる事もある。良くも悪くもな。だがそれに関わっていなければ何も起こらん。絵を描かぬ者に絵師になる機会はこないし、俳句を詠まぬ者に俳人になる機会はこない。空に身を晒さぬ者が陽光を浴びる事も雨に打たれる事もないように行動は必要だ。それでどうする? 行かんのか?」


 もう一度巾着袋へ視線を落とし中のお金を見下ろした。どうせ無理だという事は分かってる。行ったところで意味はない。だから別に行かなくても同じ事。


「無理にとは言わん。行く気がないのならこれは――」


 源さんはゆっくりと巾着袋へと手を伸ばした。だが彼が手に取る前に僕は巾着袋の口を閉じた。

 行っても行かなくても一緒なら行ってみよう。こんな僕が通常の手段であの夕顔さんに一度でも会える確率なんて無い。こういう賭けというにはあまりにも勝率の無い事でもしない限り。


「分かったよ」

「ならさっさと行ってこい」


 僕は巾着袋を手に立ち上がると戸へ歩き始めた。


「朝はゆっくりしてきていいぞ」

「朝どころかすぐに戻ってくるよ」


 茶化すように口元を緩めた源さんにそれだけを言い残し僕は吉原屋へ。

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