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吉原遊郭一の花魁は恋をした  作者: 佐武ろく
第五章:遊女と私
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 でもそれ以上に八助さんには納得してもらいたかったから私は口を開いた。


「そう言う思うとったで。そやけどこらわっちの問題。わっちは朝顔姐はんに言われた通り最高の花魁を目指した。少しでもなんかを手に入れる為っちゅうのもあったけど、一番は姐はんに近づきたかったから。あないな人になりたかった。綺麗で優しおして温かい人に。そやさかいわっちは遊女として出来るだけの事をした。思てもあらへん事を口にして、したい思わへんのに相手に触れて。男たちに気ぃ良うしてもらう為に行動し振る舞うてきた。ほんならいつしか吉原屋の最高位花魁になっとってん。そやけど同時に男たちの欲望を受け止め偽りの愛で返し続けたわっちは酷う穢れとった。そないな手で触るにはあんたはあまりにも綺麗過ぎる。わっちの遊女としての手で触れればあなたも穢れてまうでうな気ぃして……それが嫌なんよ。わっちは遊女としての自分が好かん。そないなわっちの手であんたに触れて穢してまうのんは嫌なんよ」

「そんな事――」

「わっちはそう感じてまう。わっちの手が触れ、わっちの言葉届くたんびに段々とあんたを穢していくような気ぃして。遊女としての自分があんたに対してのこの感情は単なる錯覚で、この感情を伝えようとする行為も他のお客にしてるのとおんなじだって感じてまう。もしかしたらほんまにそうなのかもしれへん。ほんまは偽りでわっちはただそれがほんまもんやと信じたいだけなのかもしれへん。そやさかいこないにもしんどおして辛い気持ちになるのかもしれへん。そこにはほんまの気持ちなんてあらへんさかいそれ遮る遊女としての自分をどうにも出来ひんのやって。ただ自分が偽りちゃうほんまもんを手にしたって思いたいだけ、そないな夢を見てるだけなんやろうな。だってわっちはほんまの愛を知らへん。そやさかいただ勘違いしてそのまま夢から覚めへんように目ぇ背けてるだけなんや思う。やとしたらこうなって良かったのかも。このまま長引いたら最後にはあんたを傷つけることになっとったはず。そやけど今ならまだ大丈夫やろう? わっちの事なんてちゃっちゃと忘れて幸せになって。こないな偽りの中でしか生きられへん女のことなんて」


 それはいつしか自分に言い聞かせるような言葉へと変わっていた。というより微かな疑念に視線が向いたと言う方が正しいのかもしれない。男に対して本当の愛を知らない私がどうしてこの気持ちを本物だと言い切れるのだろうか。そんな疑念が頭の片隅でじっと私を見つめている事は知っていた。


「でもあの言葉も行動も、その辛い気持ちも本物なんですよね?」


 すると木塀に視界が遮られ一体何をしているのかは分からないが八助さんの力を籠める声と共に引きずる音が聞こえた。重い何かを。

 だが私はそれが気になりつつも彼の言葉に返事を返す。


「そうやけど……」

「なら――」


 そう言葉が途切れた後、少しの沈黙が間を埋めると私のすぐ隣に何かが落ちてきた。それを視界端で捉えた私は疑問よりも先に反射として顔を横へ。


「嫌です」


 私の眼前にいたのは八助さんだった。着地時の屈んだ状態から立ち上がり少し見開いた私の瞳を真っすぐ見つめている。数日会わなかっただけなのにその姿は遠い昔ぶりだと言うように懐かしく思えた。

 そして彼の予想外な行動で吃驚した分、遅れていた頭の中の言葉を私はやっと口にした。


「一体を何やって――」


 だが彼はそんな私の言葉を遮り私の手を取った。


「僕はあなたを忘れたりは出来ない。それにこんな形であなたを諦めたくない」

「そやけどわっちは……」

「僕も本物を語る資格がある訳じゃないですけど、もしかしたら僕がそう思いたいだけなのかもしれないですけど。でも苦しくて辛い気持ちになるってそれだけ真剣な証だと思うし、真剣って事はそれは本物なんだと思います。それに遊女を抜きにして接したいって言うのも僕には心を開こうとしてくれてるような気がします。そうやって普段の自分とは違うちゃんと納得のいく本当の自分で居たいっていうその姿勢っていうか気持ちは本物だからなんじゃないですか? 僕はそう思います。別に僕が相手じゃなかったとしても今と同じように悩んでたら同じことを言うと思いますよ」

「もしそうやとしても、やっぱしわっちは遊女としての自分を拭い切れへん。ほんでそれが出来ひんとわっちはあんたの傍でずっとしんどうて辛いまま」

「別に僕は夕顔さんの手が穢れてるなんて思いません。細くて長い指に白くて艶やかな肌。むしろ綺麗です。でもそんな事言ってもきっと変わる事はないでしょうね」


 彼の言う通りそう言われ確かに嬉しい気持ちもそう言ってもらえるこの手が少し好きになる気持ちもあるけど、この問題は解決しない。私は自分の手が依然と穢れて見える。

 そんな自分が情けなくて私は彼の手から逃れた。


「だからこう言う事にします」


 でも八助さんはすぐに離れた私の手を取った。そして今度はそんな私の手を自分の顔へ。掌に感じる頬の温もりと柔らかな肌。その感触は嬉しく心地好いはずなのに、何故か今は自分に嫌厭すら感じてしまう。いや、何故かじゃなくて理由は分かってる。

 だからすぐにでも彼から手を離してしまいたかったがそれを許さぬと言うように私の手を彼の手が包み込んでいた。


「もし夕顔さんの手が穢れてたとしても、その手で触れる事で僕が同じように穢れてしまうとしても。僕は構いません。今もそうなように例え穢れたとして気付かないと思います。もし気付いたとしてもそれも僕はあなたの手を握り続け、触れられ、言葉を口にして欲しいと思はず。だって穢れるとしても僕にとってはそっちの方が考えるまでもなく価値があるから。でも夕顔さんにとって重要なのはそこじゃないって事は分かってます。だからどすればいいかを一緒に考えませんか? 例えば……もういっその事、目一杯触れて想いを口にして穢してしまうとか。そうしたらもう穢れるなんて心配しなくて済むしそれに、夕顔さんにこうやって触れられるなら言葉を聞けるなら別にいくら穢れようと構いません。あとは……。気にならなくなるまで何度もっていうのは流石に力技過ぎますよね。んー。なら他には……」


 八助さんはまるで自分事のように考えては案を口にしてくれていた。でも私は(彼には悪いと思うけど)その案をちゃんと聞けてなくてただそうやって私の事を一途に想ってくれている彼の姿を見つめていた。突然、あんな手紙を書いたのにも関わらずこうやって会いに来てくれて私の問題を一緒にどうにかしようとしてくれてる。その姿に恋い慕う気持ちが胸を強く打つのを感じた。私は少しばかり恍惚としていたかもしれない。

 そんな気持ちを感じながら私は、そんな歩みより寄り添おうとしてくれる八助さんに比べて自分はどうなんだという疑心も感じていた。私は彼のように傍に居る為に何かしようとしているのだろうか? 自分の問題を解決する術すら見つけられず、自ら自分の気持ちを抑え込んではその辛さに悶え最後まで彼に伝える事が出来なかった。彼から伝えられる喜びを教えてもらったのにも関わらず私はそれをほとんど与えられてない。しかも原因は私の我が儘であり心の弱さ。なのに彼は未だ私に嫌気を差すどころか私の分まで歩み寄ろうとしてくれてる。


「――八助はん」


 こんな状況なら無理矢理にでも距離を埋め例えちゃんとした本物じゃなくても八助さんに少しでもお返しをすべきなんだろう。

 私は彼の声を遮るともう片方の手を彼の空いてる頬へ伸ばした。両手で顔を包み込むように挟む。

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