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ひさが亡くなった日の夜とは思えないほど豪勢な酒宴。そんな宴を開き私の隣に座っていたのは勝蔵さんだった。
「どうした夕顔? 今日はいつもより元気がないみたいだな」
「そうでありんすか? もしかしたら少うし疲れてる所為かもしれんせん。それより勝蔵さんはお仕事どうでありんすか?」
「おいおい。仕事の話は止めてくれよ。美味い酒と」
勝蔵さんはそこで一度酒を呷ると続きの言葉と共に私の顎へ手を伸ばした。
「美しい花があるのによ」
「嬉しい事言ってくれんすね」
「それに巷で噂になってる辻斬りの事は気がかりだが、仕事が上手くいってなかったらここには来れないからな。お前とこうやって酒を酌み交わせてるのが答えだ」
私は顔に伸びている彼の手を両手で包み込むとそのまま頬へ当てた。
「わっちたちを繋げてるのはお金だけではないでありんしょう?」
「よく言うぜ。支払えなきゃ会えないだろ? 違うか?」
「わっちは良いけど、吉原屋はどうでありんしょう」
「嘘でもそう言ってもらえて嬉しいね」
笑みを浮かべた勝蔵さんは私の頬から手を離すと酒を注ごうとしたが、私はそれを彼の手から取ると空になった猪口に溢れんばかりに注いだ。
「なぁ、夕顔。ひとつ頼まれてくれないか?」
「何でありんしょう?」
それが何かを言う前に勝蔵さんはまた酒を呷った。そして私へ顔を近づける。
「今夜は俺の相手だけをしてくれ」
言葉と共に彼は巾着を差し出した。それを受け取るとずっしりとした重みが布越しに伝わる。中を見ずともそれが何なのかは分かる。
「それを決めるのはわっちではないでありんすよ」
「分かってる。だからそれを持って来たんだ」
私は若い衆の一人に目をやり無言で呼ぶと巾着を渡した。そしてその若い衆は巾着を手に部屋を後にした。
「たった一夜の間、一緒にいてもらう為にあれだけ用意したんでありんすか?」
「あぁそうだ。分かってないのか? お前はそれだけ金のかかる女でそれだけの価値がある女だって」
「価値があるのはわっちではなくてこなたの地位とこなたの体だけでありんしょう?」
すると勝蔵さんは私との僅かな距離を全て埋めると腰に手を回し私を抱き寄せる。だが彼に寄り添うように抱き寄せられても私は気にしてないかのように平然を保っていた(いや、実際に気にはしてない。すっかり慣れたものだ)。
そして彼の顔が息を感じる距離まで一気に近づく。
「俺を他の奴らと一緒にするなよ。俺は他は気にしちゃいねー。最高位遊女であるお前を見せびらかすのに興味はない。ただたまたま気に入った女が最高位遊女だっただけだ。もしお前が下級遊女だっとしても俺はお前を選んでた。いや、その時はすぐに身請けしてたな」
「主さん程の男が下級遊女でも? どうでありんしょう」
「疑うなら疑え。だが、この体はっていうのとこはあながち間違いじゃないな。全てじゃないが確かにお前の体には価値がある」
少し腰に回っていた手に力が入り私の体もそれに合わせ彼の方へ寄せられた。
「正直なんでありんすね」
「当たり前だ。愛する者に嘘はつかん。お前のは偽りだとしても俺のは本物だ。現にまだ結婚もしてないしな」
「わっちのは偽りでありんすか。傷つくことを言いんすね」
「俺は馬鹿じゃない。ちゃんとそれを承知でお前に会ってる」
巷では遊女との口づけは『おさしみ』なんて呼ばれているらしい。鮮度のいい刺身はそうそう食べられるものじゃないからそれぐらい貴重ってことらしい。現に口づけを交わすのは恋人だけと決めている遊女も多いが、私は必要ならする。限られた人物しか馴染みになれない夕顔花魁。その更に限られた上客にはすることもある。
「それなら偽りかどうか試してみんすか?」
私は彼の首に腕を回した。
「是非ともそうしてみたいな」
「他の客とは違う 。これは特別でありんすよ」
ゆっくりと短い距離を更に縮めていく私。
そしてあの時とは違い何の躊躇も抵抗もなく私と彼の唇は重なり合った。そこには何の感情も無くただの接客の一部でしかない。でもあの人とはしたいと思っても抵抗があったのにお客とはこんなにも簡単にしてしまう。その事実に私は秘かに一人惝怳としていた。そして同時に思った。
やっぱりわっちは夕顔なのだと。




