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9 無限貪食


 エンシャル導師への正式な処分が決まった。


 その処分の一つとして、研究室で所有していた実習用の森が取り上げられることになった。

 森には自然の精霊がたくさんおり、野外でなければできない調査や実験も行われる。


 「没収されるのは仕方がないが、困ることがある」

 その森には虚精霊と融合させて作った、何体かの精霊獣が放してあるそうだ。


 「そこに、見つかるとさらに罰が増える精霊獣が何匹かいるとナム君が言うのだ。なので、マイアベル君にそれを回収してもらおうと思ってね」

 それは事後共犯になるのでは?


 断ろうか、監査導師に売り飛ばそうかと考えたが、エンシャル導師から渡された精霊獣の資料を見ていて、気が変わった。



 「――そんなわけで、フィールドワークに出かけます」


 「はい?」


 買ってきた調査用の衣服をダルシーに渡す。丈夫で汚れにも強く動きやすい。フィールドワークに適した服だ。

 私はスキルがあるので、普段着で問題ない。


 「エンシャル導師が作った精霊獣の中に興味深いものがあって、それを調べに行こうと思うの。『無限に喰らい、無限に大きくなる獣』と言うのだけど、どんな胃袋なのか興味がわかない?」

 「ち、近寄りたくないです」

 「あら、そう。でも、あなたのスキルが必要なので、ついてきてもらうわ。『寄生の覚悟』があるって言ってたから問題ないわよね」

 「い、嫌すぎる。こんなブラックだったなんて」

 「あら、そうでもないわよ。これは金の力。金。つまりゴールドよ、ゴールド」



 「天至の塔」が所有している土地は膨大なものになる。一説によると、国土の一割ほどを占めるとか。


 その中の塔近くの森。今はまだエンシャル導師の管理下にある一帯。

 ダルシーを連れて調査にやってきた私は、機嫌よく道なき山道を歩く。サーヤはお留守番である。

 「天至の塔」にやってきてからは勉学や導師の使いっぱしりに終始していたが、本来の私の目的は「無限」の研究だ。

 知識を身に付けるのも必要なことだが、こうして調査に出かけると気分が高揚する。

 「『無限に喰らい、無限に大きくなる獣』というのは、伝承などに出てくる狼で、実在は確認されてないわ」

 「ゼヒー、ゼヒー」

 「目撃情報はあるのだけど、捕まえた人はいない」

 「ドヒー、ドヒー」

 「その獣の特徴を聞いたエンシャル導師はその狼が精霊獣なのではと思い、狼と虚精霊を融合させてその獣を作り上げられるか試してみたわけ」

 「なんてはた迷惑なことを」

 「それで生まれたのが、この森にいる『無限に喰らい、無限に大きくなる獣』と言うわけ――。いつまでも『無限に喰らい、無限に大きくなる獣』と言うのも面倒ね。前世で、どんどん成長していって最終的には神々を飲み込むようになった狼が出てくる神話があったから、そこから取って、『フェンリル(仮)』と名付けましょう」

 「ふ、不吉な引用を・・・・・・」


 この世界の伝承と、異世界の神話に似たものが登場するのは何故だろう。ただの偶然か。神話類型論というものもあったが、対象が異世界でも適用できるのだろうか。

 心地よく、とりとめのない思考を巡らせながら歩を進める。

 「そんなわけで、フェンリル(仮)の出没する地帯まであと少し。ククククク、楽しみだわ、クククククハハハハ!」

 楽しくて思わず高笑いが漏れる。

 「完全なる肉体(パーフェクトボディ)」は「融通無碍の肉体」にしてあるので、疲れない効果はそのままに精神は素の状態になっているので、こうやって感情を解き放てる。

 「マイアお嬢様、顔が怖いですよ」

 「安心なさい、誰も見ていないわ。フフフ」

 「お嬢様がそれでいいなら、いいですけど・・・・・・」

 「クフフフフ、クハハハハハ!」

 そういえば、笑いは健康にいいという研究もあった。この世界でもそんな論があるのだろうか。帰ったら調べてみるのもいいかもしれない。



 「ギョヘー、ギョヘー」

 ダルシーはだいぶん疲れてきているようだ。

 「少し休憩にしましょうか」

 背負っていた荷物を下ろす。荷物はすべて私が持っている。ダルシーは手ぶらである。

 私はスキルで疲れないので、効率を考えてそうなった。

 「グヘォぅ」

 ばったり倒れて寝転がるダルシー。

 

 「あなた、山育ちじゃなかった? 狩猟とか山菜取りとかで森の中は歩き慣れてないの」

 いくらか休んで、彼女の息の整ったのを見計らって声を掛ける。

 「は、はい、兄弟たちと一緒に山に入って食料を集めてました」

 「その割には体力がないみたいだけど」


 スキルの効果で無尽蔵の体力になっている私と比べるのは酷だが、それを抜きにしても疲れるのが速い。

 私の所で無労働生活を送っていた期間もそんなに長くはないので、鈍ったということではないと思うけど。


 「ぼ、僕は、なにしろ古郷でも大人気の、『孤児サーの姫』だったので、あんまりきつい労働は免除されていたのですよ。決して、働いても大して役に立たないから頑張らなくてもいいとか、無理して体を壊されて却って負担が増えるからとか、そんな事実はなかったですからね」

 なるほど、故郷の兄弟たちからも、快く送り出されたというわけか。誰も不幸にならない素晴らしい環境だ。

 「ほ、ほんとですからね。マイアお嬢様、信じてないでしょ。ほ、ほんとに、僕はいるだけで大喝采! そう、アレ。僕は『呪歌』が使えるんですからね」


 ほう、それは意外な情報。


 「呪歌」というのは魔法の一種で、歌うことで効果を発揮する。


 元々は魔物の一種が使っていた技能だったが、歌うことで効果を発揮するなら自分にもできると思った人が真似を始めた。そして、執念の果てに「呪歌」を使えるようになったのだ。


 しかしその出自のため、「呪歌」使いは魔物の血を引いている、魔物が化けている、などと言いがかりをつけられ迫害されたりもしてきた。


 「は、迫害」

 私の披露した雑学に恐れ、慌てて辺りを見回すダルシー。鳥が木葉を揺らして飛んで行った音にビビッて、私を盾にして隠れる。


 なかなか素早い動きね。結構回復してきたみたい。


 「昔の話よ。魔法研究の進んだ今では廃れた考えに過ぎないわ。特に魔法学の最先端を行っているこの国ではめったに見ない考えよ」

 「そ、そうですよね。迫害される時は雇い主のお嬢様も一緒ですよね。そんな奴らはお嬢様に叩き潰されますよね。必殺の『無限地獄』で生まれてきたことを後悔する羽目になりますもんね」


 この子は私のことを何だと思っているのだろうか。


 サーヤに教育を任せたことが間違いだったか。

 彼女は時に貴族令嬢を褒め称える話をしているのか、どこぞの破壊神を崇め奉る話をしているのか判別できないことがある。

 でも、他に人材がいないし。

 彼女は私にどうなって欲しいのだろうか。

 まあ、いい。


 「それで、どうして呪歌が使えるようになったの。だれかに教わったのかしら」

 「あ、そ、そうです。村に一人、呪歌使いのジジがいて、何か役に立つことを探してくれ・・・・・・、もとい、村のアイドルである僕にふさわしい技能として教わったのです」

 「そうなの。それで、どんな効果の呪歌が使えるの」

 「獣をおびき寄せる呪歌です」

 確かにそういう呪歌があると聞いたことがある。

 「それは狩りなどで便利そうね」

 でも、彼女のことだから・・・・・・


 「・・・・・・それでも、いまいち役に立たなかったの?」

 「な、なんで知ってるんですか!」


 やっぱり。

 これまで知りえたダルシーの情報を総合して予想してみたのだが、的を得ていたようだ。



 獣をおびき寄せる効果の呪歌だが、ダルシーが使うと、獣をおびき寄せすぎてしまうのだという。

 初めて狩りで使った時は、みんな必死で大量の獣から逃げ回る羽目になったのだそうだ。


 そんな経験がありながら、自信気に使えると提案してきたのか・・・・・・。

 ダルシーならよくあることね。


 「フェ、フェンリル(仮)をおびき寄せられるかな~、って思ったんですけど・・・・・・」

 だんだん自信無げに、声が小さくなっていく。

 「や、やっぱり、駄目ですか。駄目ですよね。僕なんか役立たずですよね。帰っていいですよね」

 最後だけ声が大きくなった。

 「いえ、やってもらいましょう」



 「マイアお嬢様が全責任を取るのなら、どうなっても僕には責任ないですよね」と、爽やかに言い切ったダルシーを連れ、資料にあったフェンリル(仮)の縄張りの辺りに到着した。


 私の求めに応じて、ダルシーは息を整え、大きく吸い込んで、朗々とした歌声で呪歌を奏でる。



 ♪~

  トンカツ二度揚げ

   ドーナツ 中はアンコで外は黒糖

                      ~♬


 ♪~

  パスタはミートマシマシ

    フライドポテトは塩

                      ~♬



 カロリー高そうな歌ね。

 食事に不満があるのだろうか、雇用主として考える。



 ♪~

  ドリアは米抜き

   ピザは半額

                      ~♬


 ♪~

  ビゼンクラゲのしゃぶしゃぶ

   ゼリーがノーカロリーならきっとプリンもノーカロリー

                      ~♬



 歌詞を理解できない獣に聞かせる呪歌なので、歌詞の内容は何でもいいのだろうけど。


 そのまましばらく見物していると、周辺一帯から集まってきた獣の姿が見え始める。


 ダルシーは歌を止めるが、呪歌の効果はすぐにはなくならない。この後も、どんどんこの場所に呪歌を耳にした獣たちが集まってくるだろう。


 「ど、どうするんですか」

 「こうするの」

 怯えるダルシーの手を握ると、私はスキルを発動させる。


 スキル 『定点座標』


 獣たちは次々集まってくる。そして、私たちはその上空にいた。眼下には木々の頭頂部が広がっている。


 「あわっ、うきっ、おちっ」

 一瞬のうちにワープした状況に付いてゆけず、慌てふためくダルシー。

 「大丈夫よ。座標を固定しているから、落ちたりしないわ」

 握っていない方の腕をブンブンと振り回すダルシーだが、落ちる気配がないのに気づいたか動きが収まってきた。


 「体の中心部がその位置に固定されて、その位置から動かないようになっているの」


 スキル「定点座標」は指定した座標に瞬間移動し、その後その場に体が固定される能力だ。


 それほど遠くには移動できないが、上空にワープすれば獣たちは手出しできる場所ではない。

 呪歌には鳥類を呼び寄せる効果はないので、ここなら安全だろう。

 呪歌とは関係ない野生の鳥とぶつからないようには注意しなくてはならない。


 触っているものに効果をもたらすスキル「挟持合一」を同時に使って、ダルシーにも「定点座標」の効果を及ぼしている。


 「だから、手を離すと落ちるので、離さないようにね」

 慌てて力強く私の手を握り締めるダルシー。 


 私たちの下には、集まってきた獣たちがお互いにうなりを上げ、威嚇しあっている。そんな獣たちの喧騒を聞きながら思案する。


 もう少し待つ必要があるわね。


 「下の魔物野生動物たちの声が聞こえなくなるまで、ここで待つことにします」

 ダルシーは不思議そうな顔で聞き返してきた。

 「魔物・野生動物、・・・・・・ですか」

 この状況にも慣れてきたのか、余裕とともに疑問も湧いてきたようだ。

 「どんな獣がいるのか分からないので、どんな獣がいても当てはまるように呼んだだけよ。魔物と野生動物は便宜上の分類が違うだけで、生物としての分類は関係ないのよ」

 「え、えーと・・・・・・」

 「人間に害をなすのが『魔物』、害をなさないのが『野生動物』。家に侵入して人を噛むムカデは『魔物』。洞窟に引きこもって、人に遭遇しないワイバーンは『野生動物』。分類上はそういうことになるわね。それがこの世界での『魔物』と『野生動物』の分け方。まあ、小さいムカデを魔物扱いする人なんて実際にはいないのだけどね」

 ダルシーは「成程、分からん」と言うような顔で唸っている。

 「じゃあ、ドラゴンとかも人に危害を加えなければ野生動物なんです?」

 「ドラゴンはもう絶滅しているから、いないわね。それにドラゴンは知性を持ち対話もできたそうだから、『魔物』や『野生動物』とはカテゴリが違うわね。リザードマンやマーマンみたいに、ドラゴンという一つの種族となるわ」

 「な、なんかよく分からないんですけど・・・・・・」

 「その辺りのところは、まず『魔族』の話から始めないといけないのだけど・・・・・・」

 知識を披露して時間を潰しているうちに、眼下からの獣たちの声が聞こえなくなっていた。


 「そろそろ時間かしらね。降りましょう」

 再度「定点座標」を使い、下に降りてゆく。


 「呪歌」で獣たちをおびき寄せ、お互いに鉢合わせる。獣たちは威嚇しあい、最後には集められた中で最も強い獣が残る。

 これを何度か繰り返し、フェンリル(仮)が見つかるまで続けるつもりだったが、


 「一度目で成功したみたいね。ついいてるわね」

 ダルシーは「ヒッ」と叫んだきり顔を引きつらせている。


 そこには白い体毛をたなびかせた巨大な狼の姿があった。



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