8 無限連鎖
王族を天至の塔に招き入れるには、ちょっと手間がかかる。よって、こっちから天至の塔を出て移動する。
組織所有の山荘。
辺りに住人はなく、邪魔も入らない。
そこにダルシーの婚約者となっている王子が待っていた。
ケイ先輩が王子たちを紹介し始める。
「紹介するぞ。こちらがマーマンの第111王子ぺ・リアン殿。組織の協力者だ」
マーマンには初めて会う。バビルザク七種族の内の一つで、多産な生態だと図書館の資料にはあった。
ぺ・リアン王子はイルカが人型になって、鱗がついたような姿をしている。美形、なのだろうか?
「隣にいるのが護衛のグ・リムス」
まず目につくのは、鱗に包まれた筋肉。その上に黄色い蛸のような頭部がちょこんと乗っている。筋肉がでかすぎて、見ていてパースがおかしくなりそうな筋肉だ。
「君が俺の婚約者かな。初めまして」
「ひぃ、はぁ、はぁ、はじめまいて」
気さくに話しかけてくるぺ・リアン王子に、呼吸が荒くなりながら返答するダルシー。
それにしても初対面なのか。婚約はともかく、初対面でパーティーメンバーになれるのか?
「俺が王子とパーティーを組んでる。その俺がダルシーをメンバーに誘い、天至の塔まで二人で冒険の旅をした。それで条件は満たしたことになる。二人が会ったことがなくてもな」
私の疑問に気づいたケイ先輩が説明してくれた。
相変わらずガバガバな条件だ。それとも、システマチックと言うべきだろうか。
「111王子ともなれば、王位継承権にはもう関係ないと言っていい。王家からも見限られて、好きにされてる。婚約も婚約破棄も、好きにしろって扱いだ。だが、周りはほっとかない。王族に食い込むチャンスとして言い寄ってくる。そこで、異種族の女と婚約しては、捨てて回ってる放蕩の変態王子。そう周知されることでうっとおしい縁談だったりをシャットアウトする。その取引でぺ・リアン王子に協力してもらってる」
ケイ先輩が速やかに説明してくれた。
私も、速やかに準備を始める。
まず、ダルシーに麻酔魔法をかけて眠らせる。これで危険なスキルに目覚めても、起きるまで使用される危険はない。
「聖女」は例によって組織の仕込みで済ませているので、残る覚醒の条件は「王子に婚約破棄を言い渡され、王子の冒険者パーティーから追放される」こと。
別に本人が寝ていても王子が一方的に言い渡し、寝ている間にパーティーから追放されていた、で条件達成になってしまうわけだ。
早速、ぺ・リアン王子に言ってもらう。
「ダルシー、君との婚約を破棄して、俺のパーティから追放する」
さて、これでダルシーに、人類を皆殺しにする可能性のあるスキルが宿ったことになる。
ここからは私の出番だ。
「王子、この場にいるのは危険では。その危険なスキルがいつ発動するとも限りません。すぐに立ち去るべきではありませんか」
護衛として、まっとうな意見を述べるグ・リムス。
「案ずるな、グ・リムス。お前は俺が守る」
「おうじ」
今、何か変な会話が・・・・・・、いや、余計なことを気にしている場合ではない。
スキル習得者には、習得したスキルの名前と概要が分かる。
すでに知っている知識のように頭の中に浮かぶのだ。
ただし、実際に使ってみないと、使い勝手や詳細な仕様までは分からない。
スキル 「完全な肉体」 あらゆるものに耐性を持つ
こんな感じで頭に情報が浮かんでくるのだ。
スキル融合は組織のデータにもないスキルだが、概要によればスキル融合は自分のスキルだけにしか使えない。
では、他人のスキルを融合するにはどうしたらいいのか。
自分と他人の境界線をなくせば可能になるのでは。
ちょうど、そんなことがあったばかりだ。
精霊融合。
精霊と融合した私は、自我と精霊の境界線がなくなっていた。
さらに、今の私の体は、その時の後遺症で精霊化をしやすくなっている。
精霊化した私の体を使い、ダルシーの体と融合。精霊融合を試みる。
これで私とダルシーは一体化した状態となる。
その状態ならばスキル融合ができるのではないか。
あくまで予想に過ぎない。まず試してからだ。
「融通無碍の肉体」の効果、精霊化耐性を手の平の部分だけ解除。
早速、精霊化を起こし始めた手で、ダルシーに触れる。
それで、ゆうご、
「―――! ・・・・・・・・・・・・」
「どうしたよ。問題でもあったか」
思わず固まってしまった。私を怪しんだケイ先輩がこちらをうかがっている。
「いえ、問題ありませんわ」
そう、問題はない。全く問題にならない新事実が発覚しただけだ。
わざわざ精霊化して融合なんて方法は意味がなかった。
そんなことをせずとも、ただ触るだけで他人のスキルを融合させられる。
ダルシーに触った瞬間にそれが分かった。
概要では自分のスキルにしか効果を及ぼせないとされていた。だが、現実に今、他人のスキルも自分のスキルのように融合させられる。
まあ、この概要が絶対的な正解だという保証は誰もしてくれないわけだが・・・・・・。
・・・・・・まてよ、自分のスキル? 自分?
そうか、そもそもこの「スキル」というものについて、我々はきちんと理解しているわけではない。
よく分からないけど、使えるようになったから使っているだけだ。結構な年月と人数をかけて調査しているであろう組織ですらその有様だ。
この概要にある「自分」というのは、使い手である私たちを示す言葉ではないのではないか。
これらの「スキル」を作り、概要の文章を考えた者。このスキルの本来の持ち主のことではないのか。
「自分」のスキルを融合させられるとは、今のスキルの行使者が誰だろうと関係なく、「この本来の持ち主」が作ったスキルを融合させられる、と言う意味では?
これほどの力、そして、スキルと関係していそうな精霊の奥で垣間見た「無限の心臓」。
この「自分」が「無限の力」を持っている存在―――
いけない。今は思考に耽っている場合ではない。ダルシーのスキルを融合して無力化しなければいけないのだ。考えるのは後だ。
まず、ダルシーに触れた状態で、スキル融合を起動。ダルシーのスキルの概要を把握する。
できるか?
スキル 「連鎖獄」 ターゲット選定(血族)+連鎖+掌握(死)
名前が分かった。同時に概要と言えないような概要も頭に入ってきた。
この概要の表記は、スキル融合で作ったスキルと同じ形だ。
「融通無碍の肉体」 完全な肉体+融通無碍の宣下
のように。
連鎖獄は三つのスキルを融合させたスキルなのか。私のスキル融合は二つのスキルを融合することしかできなかった。
「本来の持ち主」とやらなら、仮の持ち主である私より強力な融合ができるのだろう。
ともかく、このままではどんなスキルなのか分からない。
組織からの情報だと、「家族」、「血族」を皆殺しにするスキルだということだが・・・・・・。
それっぽい単語は出ている。この概要に出てきている融合前のスキルと思しきものの、さらに概要が見れないだろうか。
見れた。
見れたというのは感覚的に違うが、確かに理解できた。
「ターゲット選定(血族)」と「連鎖」は単体で発動するスキルではなく、融合専用の素材のようなスキルだ。これを、スキルと言っていいのか。
ともかく、「ターゲット選定(血族)」はスキルの効果対象となる相手を決めるもので、この場合は『血族』と限定されている。
「連鎖」は「ターゲット選定(血族)」で決められた対象から、どんどん対象を連鎖させ増やしていく効果を持つ。
血族である父。父の血族である祖父。祖父の血族である父の弟。父の弟の血族である従弟。そんな風に対象をどんどん増やしていける。これが全人類に効果が及ぶと言っていた原因だろう。
そして、最後の「掌握(死)」。
これは単体でも発動するスキルだ。
「連鎖」も効果対象を連鎖的に増やしていいける、という効果でかなり危険な代物だが、はっきり言ってこれが一番やばい。
一言で言えば、掌握した対象に対して「何でもできる」スキルだ。
殺すことも、生き返らせることも、塵にすることも、完全な肉体にすることも、精霊にすることも、何でもできる。
これが全人類を殺す危険の本体と言える。
ただし、これを使うにはとてつもないエネルギーが必要だ。いや、これは「魔力」が必要なのか。
魔力を必要とするスキルは初めて見た。百近い私が習得したスキルの中にも一つもない。
それこそ、「無限」の魔力と言えるような、膨大な魔力がスキルの行使には必要だ。
なら、ダルシーには使えないかというと、そうでもない。
使用用途を死を与えることに限定し、さらに選定したターゲットにしか効果を及ぼせないように限定し、連鎖という回りくどい方法でしかターゲットを増やせなくする縛りを入れる。
そこまで縛りを入れることで、必要な魔力量を抑えることができるようになっていた。
膨大な魔力がなくても使えるように、融合させて魔力消費を抑えた形にした。
これがスキル「連鎖獄」の正体だ。
先ほど想定したように、本来の持ち主が「無限の力」を持っているとすれば、必要エネルギー量を抑えるような真似は必要はないはずだが。
別に無限ではないのか?
単に効率化するの楽しい、とかそういう趣味的な仕様だろうか。その気持ちは分からなくもないけど。
また、思考が横道にそれてしまった。
今の問題は必要エネルギー量を絞ったことによって、ダルシーでも使えるスキルになっているのかどうかだ。
・・・・・・、分からない。
習得しただけで彼女には使えないスキルでした、となれば無力化の必要もないかとも思ったが。
いえ、組織がそれで良しとするとは思えない。
外部からの魔力供給で使えるようになる危険性はある。そう主張して、抹殺させるだろう。
やはり、スキル自体を改造して無力化するしかない。
スキル「連鎖獄」に別のスキルを融合させてみようとする。
できない。
やっぱり。
「連鎖獄」が三つのスキルが融合しているのが分かった時点で、予想はしていた。
三つのスキルが融合した「連鎖獄」にもう一つのスキルを融合させるのは、言わばいわば四つのスキルを融合させるのと同義。
「本来の持ち主」ならともかく、私ができるのは二つのスキルを融合させることだけだ。
ならば、「連鎖獄」を構成している三つのスキル自体をいじることはできないだろうか。
例えば、「ターゲット選定(血族)」に「精霊に愛されし者」を融合。
結果 「ターゲット選定(精霊の血)」 ターゲット選定(血族)+精霊に愛されし者 エラー
「精霊の血」って何だ?
よく分からないものができて、エラーが出て消えた。
これまでも融合に失敗した時にはこうなっていた。
つまり、融合元の三つのスキルには、スキル融合が有効。ただし、スキル融合自体に、融合できない組み合わせがあって、その場合は融合できない。そういうことになる。
後は有効と思われるスキルの組み合わせを片っ端から試していくしかない。
試してみる私のスキルの数を百、これを「連鎖獄」の三つのスキルに組み合わせていけば、百の三乗、百万通りの組み合わせパターンがある。
・・・・・・さて、やっていきましょうか。
――――――――――――――――――――――――――――
僕の名前はダルシー。まあまあ、可愛いほうだと自負している。
いや、誰にもそんなこと言われたことないけど・・・・・・。こう、なんか、いい具合に庇護欲をそそる感じ・・・・・・だったらいいな、と思っている。
転生してこの世界の山間の小さな村に生まれた。親はいない。
この村では、親のいない子供は村長さんに面倒を見てもらっていた。
それも最低限の助力で、子供たちの自給自足の面が強い。
村には役に立たない子供を育てる余裕なんかないんだ。
血は繋がっていないけど、子供たちはみんな家族のように育った。
転生前の記憶は何の役にも立たなかった。
「だから、なんもかんも貴族が悪い。あいつらが贅沢な暮らしをしてるせいで、俺たちは苦しんでるんだ」
これは、いちにいちゃん。いつも貴族の悪口を言っていた。
「そうじゃないわよ。貴族様がたがいるから、こうして平和に暮らせていけてるのよ。貴族様がたがいなかったら、もっと苦しい生活になっているわ」
これが、いちねえちゃん。いつも、いちにいちゃんと言い合っていた。
「だったらよ、俺が貴族に成り上がっちまえばいいってことだろ。やるぜ俺は」
これが、にいにいちゃん。野心家でお調子者。
「ねえ、にいねえちゃ、ん? ・・・・・・ダルシーちゃんはどう思うの」
そして、にいねえちゃんと呼ばれているのが、僕ダルシー・・・・・・、あれ? ひょっとして、弟妹どもから目上だと思われてないの?
このままではいけない。何か、何か、他とは違う僕だけのイカした意見で尊敬を集めなくては!
「ぼ、僕は、貴族を・・・・・・、え~と、貴族を裏から操って、いい感じなあれをそれして・・・・・・」
「ふ~ん」
いけない。無関心になっている。
「へ~、それで貴族を裏から操って何をするの?」
は! 弟の方はまだ僕に期待を抱いている。な、何か、何か、
「き、貴族を裏から支配して・・・・・・寄生! 寄生してご飯を献上させるの!」
「「ふ~ん」」
それから、数年が過ぎて、ケイさんが僕の前に現れた。
組織のことは秘密にしなきゃいけないから、皆には貴族に養子にもらわれることになったって話した。
「よかったな。これで栄養のあるメシが食えるぞ。元気で過ごせよ」
いちにいちゃんは、いちねえちゃんと結婚して、僕たちの面倒を見る役目を村長さんから引き継いでいた。
「嫌なことがあったら、いつでも帰ってきていいからね」
いちねえちゃんのお腹には赤ちゃんがいた。いちにいちゃんの子供だ。
「俺もいずれ貴族になるからよ。そん時は子分にしてやるよ」
にいにいちゃんは、すっかり農作業の日焼けが似合う男になった。
「貴族! 貴族! 貴族を狩りに行くの?」
「うひひひ、内側から、貴族の財産を横流し。うひひひ、ダル姉、姉と思われたくば、わかってるよね」
弟妹達もすっかり狩人として成長して、何かおかしな方にも成長してしまった。
でも、誰も「なんでお前だけが」とは言わなかったし、「もう自分たちとは違う人間だ」とも扱わなかった。
そんなみんなに恥じないように、僕は、僕は!
「あ、あの、ケイさん! 貴族に寄生して、働かずに暮らせる能力とか使えるようになりますか?」
「そんなスキルはねえよ」
―――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・・・・はっ! ゆ、夢?」
何の夢を見ていたのか。ダルシーがバタバタとベッドから身を起こす。
「アナタのスキル改造は終わったわ。あれから眠ったままのアナタを天至の塔まで連れ帰って、一夜明けたところ」
簡単に今の状況を彼女に説明する。
ケイ先輩は無言で去り、組織からの反応もないあたり、彼女のスキルの無力化には成功したと思う。
試してないので、まだスキル融合の正確な結果は分かっていない。
上手くいっているだろうか。
とても心配だ。
「どうぞ」
まずは、起きたばかりのダルシーにフルーツジュースを差し出す。
素直に受け取り、飲み干すダルシー。
「どう? どんな感想か聞かせてくれる?」
「は、はい。さっぱりとして、まろやかで、果汁98%。ビレッジ農園の小作人シーゲルさん(36)が丹精に育てた、北から6番目西から8番目の木から採れた・・・・・・、って何です! これ?」
「どうやら、無事成功したようね」
満足のいく仕上がり。心配の必要はなかった。
一仕事を終えた匠の気持ちとはこういうものなのかしら。
「ターゲット選定(血族)+連鎖」を、「ターゲット接種(血)+連らなるもの」に変えて、「掌握(死)」を「掌握(把握)」に変えた。
血、体液、樹液、この場合は果汁。これらを口に含んだ時、原材料の情報が把握できるスキルへと改造したのだ。
「いやあ、大手術だったのよ。でも、私にはない情報入手系のスキルを作れるチャンスは他にないと思ってね」
「え、え、ええ!」
「精霊には体液なんてないけど、精霊の一部を口に含めば、精霊の情報も把握できると思うの」
「き、聞いてないんですけど」
「これからは使用人として、私の研究を手伝って働いてもらうわね。これからもよろしく」
もちろん、選択肢はダルシーにある。
スキルをフル活用して私の役に立つ使用人となるか。
クビになって一人で生きていくかだ。
どちらを選ぼうと、頑張って生きてほしいものだ。
こじんまりとした別荘風の館。
柔らかな日差しが差し込み、庭一面には草花で彩られている。
その庭の真ん中に、安楽椅子でくつろぐ人影があった。
穏やかな手つきで足元のペットを撫で、鳥たちのささやきに耳を傾け、その顔には柔らかな微笑が浮かぶ。
その様子はまるで、子供たちはみな独立し、あとは余生を過ごすだけの老婆の様。
そんな館の主人と思しき女性の前に、一人の女性が跪く。
「ご苦労様でした、ケイ」
跪く女性はケイであった。そして、声をかけた老婆のような格好の女性の声は若々しく、その顔もあどけない程に若い少女だった。
「・・・・・・恐縮です、グランマ」
短く答え、黙り込むケイ。
「あなたの気持ちはわかっています。この度の、ダルシー嬢。彼女のスキルに関わる措置に不満があるのでしょう」
「いえ、滅相も・・・・・・」
心にもない否定をしようとしたケイの、その背に何かが触れる。
ブヨブヨした触感の、恐ろしく冷たいその感触に、ケイの全身の毛がそそり立ち、全身が硬直する。
「これ、いけませんよ」
祖母と呼ばれた少女が一声かけると、ケイの背にあった感触はすぐに消えた。
「ごめんなさいね。心配しなくても、いだずら好きなだけで、怖くないですよ」
「な、何が・・・・・・」
見渡しても、その場にいる人影はケイとグランマ、それと執事服を着て、グランマに恭しく使える女性のみ。
その瞬間にケイは初めて気づく。
(グランマはペットを撫でていた。だが、そのペットが何なのか俺には認識できていなかった。確かに視界に入っていたはずなのに、何故だ? そうか、認識の笠か)
「怯えることはないのですよ。あの子は、わたくしの『不死転生』で、わたくしの子として生まれ変わったもの、ただそれだけです。優しい子なので、何も案ずることありませんよ」
(グランマが自分の固有スキルを教える? どんな意図が? いや、それよりも「不死転生」だと・・・・・・)
ケイの思考は千々に乱れ、その鼓動も同調し乱れる。
「ダルシーのことは、必要な措置だったのです」
ケイの混乱をよそに、グランマの話は続く。
「彼女のスキル『連鎖獄』と、わたくしの『不死転生』。それに『無限の力』。その三つが合わさった時、ようやくオリジンの域に到達する。それでようやく、『無限転生』に至るのです」
(これは何の話だ。これは聞いていい話のなのか)
焦りがケイの思考をさらに乱す。腕が小刻み震え始め、止められない。
「彼女の・・・・・・、ダルシーのスキルは、スキル融合で違うのものになったのでは」
乱れた脳の中で、必死で質問してもいいだろう点を探し、絞り出す。
「いいえ。あれは術式を重ね、出力を変えただけ。元のスキルは今もまだ、彼女の中にあります」
では、最初からダルシーを殺すつもりはなかったのか。自分にやらされたことは、ただの茶番だったのか。危険性はそのままなのか。
無数の疑問が頭の中を駆け巡るが、黙って顔を伏せたまま、ケイは退出を許され、その場から立ち去った。
ケイの頭の中には、先ほどの会話がいつまでもグルグルと回っていた。
不死転生。無限の力。無限転生。
一体、グランマは、――組織は、何をやろうとしているのか。
聞きたくもない話を聞かされて、やりたくもない仕事をまたやらされるのか。
思考は定まらず、誰彼構わず八つ当たりをして回りたい気分に満たされる。
「完全なる肉体」
起動させたスキルの効果で、血の昇っていた頭が落ち着き、平静さを取り戻す。
発熱や発汗といった現象もすっかり消え失せている。
組織の目的を探る。
いざという時、組織から逃れられる力を手に入れる。
今の自分がすることはこの二つだ。
組織の目的が、自分の生き方と相反するものでないなら、自分の身を守りつつ、今まで通り組織に従っていればいい。
組織の目的が、自分の生き方と反するものであれば、その時のために準備をしておく。
この二つを同時進行で行っておく。
平静に戻ったケイの思考はしなければならないことを素早く導き出す。
今度こそ、俺は好きなように人生を生きてやる。その邪魔になるものは、何であろうと排除する。
「グランマ、恐れながら・・・・・・」
ケイが立ち去った後、執事服の女が主に物申していた。
「かまいませんよ。あなたがわたくしのためを思って言う言葉を妨げる理由はありません」
「・・・・・・では、ケイは優秀な人材ですが、グランマへの忠心がありません。あの者は自分のことだけしか考えていません。あまり情報を与えすぎると、己のために身勝手な行動に移ることも」
言う事を終え、膝まづいた姿勢のまま顔を伏せる執事服の女。
「わたくしたちは圧倒的弱者です」
グランマは安楽椅子に座ったまま、空を仰ぐ。
そのまま、神託を告げる巫女のように、朗々と告げる。
「創造の奴隷たる創世神も、すべてを喰らう混沌も、無限の力の前に砕け散りました。圧倒的弱者であるわたくしたちが縋るべき希望はイレギュラーです。今のは、そのための種を蒔いたのです」
執事服の女は納得し、恐縮して下がる。
グランマは安悪椅子を揺らしながら、空を仰ぎ、ペットを撫でる。
ケイの来る前と変わらない光景がそこにはあった。
これまでも、これからも、ずっとその光景はそこにあるのだろう。