6 そして 私は 迷いなく
それはそうなるだろう。
導師のぶち上げた虚精霊の仮説が正しかったとしても、虚精霊が何でもかんでもと融合するわけではない。
何とでも見境なく融合するのなら、封じている魔法装置、中にある空気、すでにそれらのものと融合してしまっているだろう。
そもそも、精霊は世界中にいる。
虚精霊が何とでも簡単に融合するのだとすれば、世界には虚精霊と融合した精霊で埋まってしまうだろう。
虚精霊は何とでも融合できる。しかし、実際に虚精霊が融合を行うのは一定の条件がそろった時だけなのだろう。
あるいは、高レベルの精霊魔法使いなら虚精霊を制御し、そんな条件を無視して融合させることができるかもしれない。しかし、そもそもそんな実力がないから、ナム研究員はこんな真似をしたのだ。
「・・・・・・う、う、おお、おおおお」
ナム自身もようやくそのことに思い到ったのか、頭を抱え嗚咽し始めた。
もう、危険な真似をするような気力はないと思うけど、あまり目を離すのも心配だ。
私は手早く、研究室の前で待っているサーヤにエンシャル導師を呼んでくるように頼み、部屋に戻った。
ナムは打ちひしがれたまま、その場でうずくまっている。
待つことしばし、サーヤがエンシャル導師を連れてきた。
なんと、それだけでなく他の導師も一緒に入ってきた。
よくエンシャル導師に説教をしに来ているサラマンダーの導師だ。確かザババ導師だったか。
呼びに行った時に居合わせたのだろうか。
そして、この研究は見せていいものなのだろうか。
今までに私の見聞きした「天至の塔」の論理基準だと、グレーな研究の気もする。
まあ、まずければエンシャル導師が止めるだろう。こんな所まで連れて来たのだからセーフなのだろう。
「なんだね、エンシャル導師、この部屋は。こんなもの導師会や中央監察部に報告されていないよ」
「ハァッハァー、これは我が叡智の結晶。築き上げた試行錯誤の果てに至った境地」
まずい、まずくない以前に、無許可だったようだ。それは組織に属する身として問題ないのだろうか。
「複数の精霊遮断の魔法装置の導入については報告があったと思うけれど・・・・・・、この中にいるのは? これはまさか・・・・・・」
さすがにザババ導師も精霊魔法使い。すぐに中にあるのが何なのか理解したようだ。
「中身に関しては後でじっくり教授してご覧にいれよう。それより我が助手のことで呼ばれたのでは?」
どうやら師には、その辺の機微が分からないようだ。
これは師と塔側との問題だ。私は関わらないでおこう。
最悪、エンシャル研究室が取り潰されても、別の研究室で学ぶだけの話だ。
「ああ、そうだね。この件については、後でゆっくり話し合おう。他の導師たちと一緒にね」
それに、どのみち私にはどうすることもできない。
この部屋のことは置いておいて、ナムがここで何をしようとしていたのか事情を話した。
「そんなことを考えていたのかナム君。・・・・・・そうだな、ナムよ、見たまえ。ザババ監査導師の様子を」
この導師、監査官なのか。よりによってなんて人を連れてきているのか。
「実に怒っている。どうやらこの部屋は秘密にしておかないとまずかったようだ」
いや、秘密にしていたからまずかったのだと思います。
「だが、私にはそれがさっぱり分からない。私には足りないところがある。それを埋めるために君が必要なのだ」
「うう、導師ぃー」
「うむうむ」
なんだか感動の光景らしきものが繰り広げられる。
それにしても、ナム研究員、導師を真面目に慕っている。
全裸目当てではなかったのか。
そして、ザババ監査導師によってエンシャル導師は査問会に連れていかれた。
ナム助手も「導師ぃー!」と叫んで、それを追って行った。
静けさに満たされる室内に、サーヤと二人取り残される。
虚精霊が一体、魔法装置から解放されたままになっているが、このまま放っておいて大丈夫なのか?
それにしても、
虚精霊、か――
精霊を生み出す精霊。精霊の根源に最も近い精霊。精霊の根源。
精霊融合。
「精霊に愛されし者」の力があれば、おそらく虚精霊との融合も可能だろう。
虚精霊と融合すれば、精霊の根源を垣間見ることが可能だろうか。
その根源は「無限の力」なのだろうか。せめてヒントだけにでもなりはしないだろうか。
危険すぎる。仮説とも言えない当て推量にすぎない。
仮に行うとしても、より研究を進め、危険性をできる限り排除できるようになってから行うべきである。
そんな真似をして誰が責任を取るのか。今でさえ査問されている導師をさらに不利な立場にするのか。
一瞬のうちに、やめるべき理由が次々と頭に溢れる。
そして 私は 迷いなく 虚精霊に手を伸ばした。
精霊よ、私と融合しろ。
引き裂かれるココロ。際限なく伸びるカラダ。
薄まる意識。収縮する感情。
広がる。縮む。
何が。私? それとも虚精霊。
境目の消えるセカイ。閉塞されたソラ。
渦を巻き、凪になるナミダ。
血が沸騰し、脳が凍り付く。
どこまでも空間を満たす自我。万能感が辺りを満たす。矮小なセカイ。それとも矮小なのはワタシ?
弱世は存在を許されな、なななない。強胞は次元を凌駕しししして。
そして、
―――何かがある。
私でも虚精霊でもない何か
それに繋がっている。どっちに?
そして、我はアタシはワタシは目にする。
あれが、無限。
訳もなく直感する。私でない私がそれをその手に・・・・・・
恐怖が全身を覆う。
これは私? それとも虚精霊?
次の瞬間、私は虚精霊から弾き出されていた。
「マヤ様!」
サーヤが駆け寄り私を抱き起す。私、私はマヤ? 私は虚精霊? それとも、τ崎梢?
違う。
私はマイアベル。マイアベル・リノ・キャサザード。
砂をかけて捨てた家の権力を、研究のために最大限利用するので家名は捨てない。
それが私。
そう、私は精霊と融合して、そのまま飲まれて消えるところだった。
それを察知した虚精霊が、愛するものが消える危機を察知して、融合を解除したのだ。
いや、あれは愛だろうか? 愛というより絶対なる・・・・・・
虚精霊に異常が走る。
虚精霊は私と融合した影響か、それとも愛する者が失われる恐怖の感情を知ったことで、虚ろではなくなってしまったからか。虚ろではない別の精霊に変化し、どこへともなく消えていった。
「マヤ様!」
私は「二重心」を発動させ、呼びかけるサーヤの相手をさせる。
我ながら最低の行為だと思うが、それでも、「無限」に焼かれた私の魂は優先すべきはと、私を突き動かす。
二重心にサーヤの相手をさせ、私は思考の海に沈む。
確かに「見た」。
目も鼻も口も精霊に溶けてなくなっていたはずなのに、確かに見たのだ。
虚精霊の奥にあるあれを。
あれが『無限の力』?
あれは何。
二つに分かたれたパーツ。それが、一つにくっついていたような。
あれは歯車? それとも勾玉? 太陰太極図? エンジン? それとも・・・・・・心臓?
そうか、あれは、
『無限の心臓』
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二重心に侍女の対応をさせ、一人考えに耽るマイアベル。
彼女はそのため目にしない。
彼女を介抱する侍女の、その目の奥に、狂喜の光が宿っていたことに。