59 ∞-2 → ∞-3
ギャンブルだった。
取り付いているモノの正体は、自分で自分の血を飲んで調べた時におおよそ分かっていた。
後、必要なものは一つ。
名前。
名前さえあれば、私に取り付いているモノ。私を無限に追い立てるもの。私の魂に食い込んで影響を与えている異物を擬人化できるのでは。
これは仮説。
擬人化できさえすれば、交渉できるのでは。
これも仮説。
狙いはエロヒム。
エロヒムは起動したスキルの名を告知した。
仮説 私に取り付いているモノは、私の死と同時に起動する。
仮説 エロヒムの前で私が死ねば、名前が告知されるのでは
仮説 魂をその場に留めて置ける方法が見つかれば、死後にでもその名前が聞けるのでは。
魔女から霊魂魔法と転生魔法で魂を繋ぎとめる方法を学ぶ。
二十四時間の死を無効化する――二十四時間以内に体をどうにかしないといけないスキル『帯同する天使』も使っておく。
保険は用意していたが、ゲヘナの火で魔法やスキルごと焼き尽くされる。その可能性はあった。
これはギャンブルだ。
仮説に仮説を重ねたギャンブル。
しかし、それが証明された時の快感は至高である。
ギャンブル中毒にならないように気を付けないと。
今から転生してやり直すより、今の私のままで転生するのが、明らかに無限に近い。
私の交渉により変容を受け入れた「無限転生」――「むげてんちゃん」と名付けよう。むげてんちゃんの力で私はそのままの姿でこの場に転生する。
光る蓮が咲き誇り、新たな肉体を得て、生まれ変わった私は、ギャンブルの至高の快感を表現する。
「 」
表音出来ない私の笑いに、預言者が引いているのが見える。
「アリ得ヌ」
ゲヘナに焼かれたはずのイガリムが言葉を口にする。
いや、イガリムの形をしたゲヘナだ。
ゲヘナが喋る。預言者にとってはそちらの方があり得ないことのはずだった。
「マサカ、ソンナ事ハ、アリ得ナイ筈。コノ光ハ転生ハ……」
(いや、それほどの事態が起こっているのですか?)
「エロヒム!」
預言者はすぐに正気を取り戻し、エロヒムに寄る。
しかし、
『神声の祝福』 [告 神声の祝福 起動]
私が生み出した「神声の祝福」に、私は言葉を告げる。
「黒い炎は消える」
ただ転生しただけではない。
むげてんちゃんの所有していた力を、かつて接触した別の無限転生を、精霊を、その力で頂ける者はすべて頂いてきた。すべて。覚えていない、前世以前の転生の記憶も。転生の始まりから。
エロヒムをガードしていたゲヘナの火は消え去り、本体の黒真珠がむき出しになる。
そして、二つのエロヒムは音を発す。
お互いにしか認識できない音で共鳴したエロヒムたちは結論を出した。
[引継ぎ 実行]
エロヒムの使命は己で実行しなければいけない理由はない。
エロヒムにはない。
エロヒムは実体化させた、この世界の音を司る存在。
その術式の中に、人格などといったものは含まれていない。
指令を全うするための、疑似人格――内実を知らない者が外面だけを見れば人格があると勘違いする程度のものしか仕込まれていない。
ならば、自分に変わり、指令を、言語意思変換の命を実行できる存在に引継ぎができれば、自身の存在などに頓着はない。
これは完全に計算された疑似人格なのか。図らずも術者本人の人格を複写してしまった側面があるのか。
[引継ぎ 完了]
古きエロヒムは使命を終え、その存在を停止した。
物質としての存在を保つ必要もなくなり、生まれる前の形に還る。実体を失い音に。
ドサッ
預言者の腕が砂となって崩れ落ちる音がする。
彼女はエロヒムのためだけに生きると宣言した。そのエロヒムが役割を終えたのならば。
「――こんな……違う。私、私がエロヒムを……、こんな……はず……」
預言者の全身は砂となって崩れ落ちた。
ゲヘナはわなわなと震えるだけで、動きを見せない。
さて、他のみんなはどうなっているのかしら。
『神眼の祝福』
私はこの世界の映像を司る存在を具象化した。
銀の月のような球体が生み出される。
私は見る。
ふんふん、じゃあまずは……。
私はゲヘナでも燃え尽きなかった宝玉を手に取る。
ああ嫌だ。もう苦しい。生きたくない。殺したくない。でも、マスターが目覚めちゃった。
「オマエ、いつもいつもうるさいゾー」
シャシーは文句を言う。
うるさい。自分がどんな状態になってるのか分かってるの。
「見れば分かるダロ。シャシーは元気いっぱいダゾ」
あなたはあの馬鹿な愚弟の成れの果てに重ねられて、もうここにしかいないの。
「何言ってんだー意味わかんネー。マスターは頭いいやつは話すの上手いって言ってたゾ。オマエ頭悪いナー」
ああ、もう! あなたとわたしは繋がってるんだから、直接伝えておげるわよ。
「……なるほどー。つまり合体だな!」
そんなんじゃないわよ。特にあんたが一番儚い存在なんだから、もっと危機感もちなさいよ。合体とかしたら消えちゃうかもしれないのよ。
「リルとニュクスだけやっててズルいと思ってたんダー」
聞きなさいよ。今度のマスターは怖いんだから、なんとかやらないと。もう、生きたくもないし、やりたくもないのに。そう言ったら、こんなことを……。
「オー、シャシーのマスターも怖いぞ。寝てる間に口からビーム出せない体に改造されそうだ。それで『そんなの必要ない』とか言うんだ。……そういやオマエビーム出せるカ?」
ああ、もう! どうなっても知らない、なんもかんも兄やんが悪い。……やっぱり死ねるといい。マスターからもらった術式を使うから。愚弟にもホントのあり方を教えてやるんだから。
竜魂転生
竜人の足元にはバラバラになった不死者の破片が散らばっていた。再生の様子はない。
空中にはバラバラになった魔法生物の断片が漂っていた。
その断片が活性する。
群れ集った魔法生物の断片から、新たな命が生まれる。
それは実体を持った存在であった。
魔法生物ではない。竜でもない。
シャシーの姿をして、実体を持ち、その体の一部には竜の鱗が張り付いていた。
まるで目の前の竜人に、これが本当の竜との融合だと見せつけるように立ちはだかる。
「リベンジってやつだ。シャシーそういうのも嫌いじゃないゾ」
竜人が動いた。
すでにエロヒムも預言者もない。
だが、預言者の下した命令の効果は未だ健在なのか。
それとも、もともと見境なく暴れる存在なのか。それでゲヘナの火台の下に拘束されていたのを預言者が解き放ったのか。
重なった相手に存在消滅を引き起こす竜人の拳は、シャシーには届かなかった。
それ以上行ってはいけない。拳はそれ以上前に進めなかった。
これ以上進めない。自分の意思でそう止めたようにも、どうしても貫けない層がそこに存在しているようにも思える、理解不能の現象。
それが竜人の動きを妨げていた。
「リベンジって言ってモナ―。ニーズヘッグの事象重複はアナンタの拒絶層念とは相性が悪すぎて、勝負にもならないんダゾ。だから、これは、情けないことにナってる愚弟へのお仕置きッテことにしておこう。そうシよう」
層が押し寄せてくる。
ふさぐ、ふせぐ、ふさがれる。
この世界で存在を許された場所が狭まれる。
塞がれて押されて、不滅竜の魂は人の肉体より押し出された。
不滅性を失った竜人の肉体はこの世界から拒絶され、排除された。
いつ間にかシャシーの手には、アナンタの入っていた宝玉があった。
押し出されたドラゴンの魂は、そこに押し込まれた。
「あとのことはマスター次第だナ」
決着のついたシャシーは、他のメンツの様子を探る。
見つけタ。
「……何やってんダー」
シャシーは空間を押しのける。すると押し出された跡に異空間への穴が生じた。
シャシーはそこに飛び込んで行った。
異空間。
この異空間を作ったユーリは、突如として空間を越えて現れた不死者の一人に、別の異空間に連れていかれた。
残るは負傷の度合いが高い者たちだけ。
いや、ダルシーたちだけは無傷だ。
へスティナはライトの「無限の心臓」を拾い、使おうとするが、反応なし。その身は度重なる負傷でまともに動けない。
不死者たちも、限界に近い。
その場にいる、敵エレメント融合の不死者。その数二〇名。
彼らはグランマたちが暴れ出した時に、真っ先に逃げ出していた。
それだけに狡猾で、隙を見せない。
じわじわと着実に追い込む行動を取る。
残された不死者も有死者も死に近づいていた。
そこに空間を塞ぎ、ねじあけ、侵入してきた者がいた。
「何やってんダー。さぼりカ?」
シャシーだった。
シャシーの話しかける先には、合体したニュクスたちがいた。彼女らは無傷。
「ボ、ボクは、ボクが……」
泣きながらダルシーが言葉にならない気持ちを吐露するが、
「違うゾー。お前ダー、お前」
シャシーが語り掛けていたのは、変形しダルシーの上に覆いかぶさっているニュクスだった。
「ニュ、ニュクス? ……あれ? シャシー? シャシー、だよね? なんか違くない?」
「そうだゾー。でもちょっと違うゾ。シャシーは知ってるゾ。名前は二つあってもイイんだ。シャシーは、シャシー・アナンタ、だ」
シャシーはニュクスに話しかける。
「オマエのとこにもマスターから来ただロ。サボってないで早くしロよ」
ニュクスには発声機能が付いていない。だが、意思を発すことはできる。低く鳴いたニュクスの泣き声に、シャシーはその意思を受け取った。
「いいカ。お前はマスターに作られたんだ。ツマリ、シャシーたちに続く、十番目のキョーダイだ。キョーダイの中では姉の方が偉いんだゾ。リンドヴレイク姉やんそういうことにしたんだゾ。姉やんに逆らうと無限の拷問されるんだゾ。だからお前はシャシーの言うことを聞くんダ……」
ニュクスとシャシーが会話をしている。
しかし、ニュクスの泣き声は人には意味を感じ取れない。
不死妖鳥だけが、うんうんと頷いている。
「ん……そうだパパだナ……うん……おお……そっちは違うゾ……ママか……お前のママはナ……」
チラと視線を向けるシャシー。その視線の先には……。
「……話が良く見えないんですけど……僕がニュクスのママとかいう話になってませんか」
「よく分かったナ」
「なんで僕が……、そりゃあお嬢様と一緒に作りましたよ。作りましたけど、手伝っただけで……」
「オオ! ママのために頑張るってヨ。ヨかったな」
「僕は家族とか……」
ニュクスがカリリルの上から離れる。
ダルシーをその内部に包み込んだまま、周囲の精霊力を、空間を越えてこの世の精霊力を、支配して集め、応じた形に自らを変形させる。
マスターより授かった精霊を統べる力を行使して。
必然か偶然か、その姿はドラゴンを模していた。
無限循環型精霊、精霊王モード。
精霊力を支配した精霊王の元に精霊力は流れる。
エレメントと融合して不死を得た不死者たち。その身を構成するのは地水火風などのエレメントだ。
しかし、そのエレメントたちは、より優先される上位の命令によって、融合者から引きはがされる。
エレメントをすべて奪われたエレメント融合者たちは、棒人間のような黒ずみの芯だけが残り、その芯も風化するように散っていった。
エレメント融合した不死者たちは、すべて消えた。
しかし、それで精霊王の猛りは収まらなかった。
初めての昂ぶり。高らかに雄たけびを挙げ、収まらぬ精霊力は宙に浮かぶ精霊王から地に伸びて、火柱となる。表面にプラズマの放出がみられ、超高温を発している。
これは何のエレメントなのか。それともこれこそが真のエレメントとの融合とでもいうのだろうか。
内部のダルシーには影響はないが、混乱の極みに至っている。
へスティナや不死者たちは、その猛り狂う高熱にさいなまれる。離れていても熱波が肌を焼く感触を感じる。
このままで異空間ごと蒸し焼きになるのでは。
そんな危惧さえ抱く。
そんな中、シャシーはおもむろに火柱に近づくと、その中に自分の腕を突っ込んだ。
焼けるシャシーの腕。竜と融合して形作られた肉体でさえ、あまりの高熱にたちまちの内に融解する。
それに気付いたニュクスが正気を取り戻した。
高い叫びを挙げると火柱を収め、慌ててシャシーの元に飛んでくる。
「な、な、何やってんです」
ニュクスの内部から脱出したダルシーが問う。
「イヤー。すっげえ熱いカラさー、中はどれぐらいアツいのかなーって。気になったら確かめてみたくならネー?」
焼けて失われた腕。しかし、そこには腕の形をして揺らめいるものがあった。
魂だ。
不滅の魂は融解することなく、元のままの腕の形をして、そこ存在していた。
その魂に沿って、肉体が戻っていく。
完全に再生したシャシーの腕。その感触を確かめるかのように指を開いたり開けたりしていると、ニュクスが弱弱しく鳴いて、その指を舐めた。
「気にスんな。シャシーの方がおねえさんだからな。オトートの……イモートだったカ? どっちだっけ? まあ、オトイモの面倒を見るのは当然だ。……いいカ、シャシーの方がおねえさんだからな。そこが重要だぞ。忘れるなよ」




