46 ある姉妹の話
玉座の間には「無限の魔力」が吹き荒れる。
玉座にいるのは白い少女。
その瞳は虚ろ。何も映っていない。
玉座の間の扉が開く。
その先には、黒い少女。
その瞳は足元を見下ろす。
視線の先には愚者の躯。
吹き荒れる「無限の魔力」に押され、転がってくるその断片たち。
黒い少女は氷点下の眼差しで、それを見下ろす。
視線を前に戻し、足を進める黒い少女。
その足に、押し寄せる躯が引っかかる。
少女の足元から、青い刃が生えた。
躯たちを串刺しにして刺し貫く青い刃。
躯は凍り付いて砕ける。砕けた躯は、破片すら、粉すら、粒子すら残さず、散っていく。
再び前を向く、黒い少女。
この間も、「無限の魔力」は荒れ狂い、暴威となって押し寄せているが、少女は小揺るぎもしない。
視線の先には白い少女。
白い装束。髪も瞳も白くはない。だが、最終的な印象は白。白い少女。
対面するのは黒い少女。
黒の装束。髪の瞳も黒。最終的な印象は恐怖。その黒は飲み込まれそうな恐ろしさを感じさせる。黒い少女。
じっと白い少女を見つめる、黒い少女。
やがて、黒い少女は、黒い刃をその手の中に生み出した。
一閃。
刻まれた黒い残光に、少女は身を投げ出す。
残光の中に少女は消えた。
白い少女の胸に、金色の刃が突き刺さっていた。
刃の先には黒い少女。
残光に消えた黒い少女は、扉から玉座までの距離を一瞬にして詰めていた。
「無限の魔力」の奔流は、収まっている。
刃から手を離す黒い少女。
貫かれた白い少女の体が金色の光に包まれる。光る蓮の花弁に包まれる少女。やがて、花弁は開き、その中には寸分変わらぬ白い少女。
その開かれた瞳は、先ほどまで違い、意思の光を宿していた。
白い少女の瞳は、黒を捕らえる。
膝づいて主の覚醒を待っている黒い少女。
「手間をかけましたね」
「姉さまのための行動に、手間など存在しません」
呼吸をするように、心臓が鼓動するように、自分が生きるために意識せず行っている。彼女の存在こそ、自分が生きるすべてだ。
過剰なまでの妹の信仰に、白い少女は苦笑を漏らす。
「『無限転生』は失敗したようね」
「あの愚か者どもが、余計な横やりを入れたせいです」
「そうじゃないわ。もうこれ以上の『無限転生』は魂がもたないのでしょう」
無限の魔力に耐えうる肉体を得るために編み出した、秘術『無限転生』。
その術で無限の魔力に耐えられる体を作る。その体で耐えられる限界の『無限転生』を使い、さらに無限の魔力に耐えられる肉体を作る。
異常が起これば、もう一人の、無限の魔力を持つ姉妹が対応する。
何度もその術を繰り返し、今に至る。
だが、これ以上の転生は限界だ。
意思を失い、記憶を失い、ただ「無限の魔力」だけがそこに脅威として残っていた。
未だ、完全なる無限力には至っていないというのに。
「では、私を実験に使ってください。それを元に、姉さまは安全な『無限転生』を……」
白い指で、黒い妹の唇を止める。
「もう、止めておきましょう。これ以上の力は必要ないわ」
必要はあった。未だ、完全なる無限力には至っていない。
完全なる無限力に至る。その意味を姉は知っており、妹は知らない。
いや、知っていても喜んで賛同するだろう。
彼女のすべては、ただ一人のためにある。
それを悔いている姉の嘆きを受けても、それだけは譲れない彼女のたった一つの願いだった。
玉座の間に集まる配下の者たち。
「皆にも、迷惑をかけましたね」
恐縮する配下たち。
優し気な眼差しでそれを見つめる、白い少女王。
対照的に、黒い少女の眼差しは冷たかった。
どの面下げて出てきた、この役立たずども。
語らずとも、その黒い瞳がそう語っている。
「改めて通達します。『不死の軍勢』を作りなさい」
拝命し、平伏する配下たち。
その命令に承服しかねるのは、黒い少女だけであった。
「まだ、あの子たちが苦手?」
「いえ。……ただ、あんなトカゲどものためなんかに、姉さまのお手を煩わせる必要はないと思うだけです」
目をそらし、すねたように呟く少女。
そこには、最前までの、恐怖が色となって具現化していたような面影は見当たらない。
必要はある。私が真の無限力に至れない以上、その必要が。
口には出さず、白い少女は、黒い少女を優しく抱きしめる。
身を委ねる黒い少女。
そう、必要がある。私がすべてを投げ出す前に、為さなくてはならない。