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 暴走した無限の魔力の奔流を収める。

 ユーリの依頼は叶えた。

 後は、もう一つの依頼。

 帰還だ。



 第二玉座を除く他の玉座には、それぞれの「混沌の心臓」だったであろう欠片が散らばっていた。

 約束では、これが私の報酬になるはずだが……。


 生存者がいないか、自分の玉座から何やら操作していたユーリは、手を止めずにこちらに語り掛ける。

 「私の『心臓』もあったと思ったのですが」

 「……つけられているではなかったの」

 「はい、まだ。成長してから移植されると聞いてました。そのはずが見つかりません。壊れてしまっているのでしょうか」

 「……ないのなら、仕方ないでしょう。他の欠片だけでいいわ。そっちはそれでいいの?」

 「いいとは?」

 泣きはらしてから、再度泣きはらして、ぐちゃぐちゃになった顔をこちらに向けてくる。

 「これは、暴走して「七玉座(セブンススローン)」を滅ぼした原因でしょう。そんな危険なものを他所に渡していいの」

 「それは……」

 言いよどむユーリに、私はさらに突き付ける。

 「私は、無限の研究をしているの」


 「!」


 「ほいとあげちゃって、いいのかしら」

 「それは………………」

 それ以降告げないでいる。彼女には答えられないかしら。

 「ねえ、あなたたちは何のために無限の魔力を求めていたのかしら。「七玉座(セブンススローン)」はアガルタを――過去を越えるため。この世界の狭間に来てからは、元の世界に戻るため、だけど、現場の人の意見はどうだったの。参考までに聞いておきたいわ」

 長い間をおいて、ユーリは答えた。

 「…………………分かりません。マイアベルさんは?」

 「私は、そういう衝動があるのと、楽しそうだったからだけど」

 すぐに返した私と対照的に、ユーリはなかなか言葉を紡げないでいた。



 「……どうして」

 長い沈黙を破り、出てきたのは、

 「……どうして、こんなことになってしまったんでしょうか」

 返答ではなく疑問だった。それでいい。

 「私が思うに、『万能願望素』。そう名付けた所から齟齬が始まったのだと思うわ」

 「――え?」

 意外なところに話が進んだので、ユーリは戸惑っている。

 「万能なら、直接『無限の魔力を生み出す魔法』が作れるはずでしょう。そうでなく、別の方法で『無限の魔力』を生み出そうとした。そこからズレが始まった」

 ユーリは玉座から降り、こっちを見つめている。

 考察を披露するのはいいのものだ。一人でしているのもいいが、聞き手がいるのも良い気分。

 「万能願望素――魔素。願望に反応して魔法を生み出す。でも、願望に反応するのは、願望だけだと思うの」

 「願望、ですか」

 「願望、或いは意思と言い換えてもいいかもしれないわ。魔法の使い手の願望と、向こうの願望。その二つが一致した時だけ、その願いは叶う。決して、こちらだけの願望を叶えるための都合のいい代物じゃない」

 「それでは、魔素に誰かの意思が宿っていると――」

 「そうかもしれないし、そうではないかもしれない。『万能願望素』だって、つい最近知ったばかりの言葉だから、まだ考えが練られていない、だたの思い付きよ」

 話がどこに着地するのか分からなくなって、ユーリの戸惑いは増す。

 「さて、それで、依頼の帰還についてなのだけど……、私はこんな風に『無限』を研究しているの。でも、ここであったように暴走されるのも困るわけで、ユーリ、あなたには私の研究に参加して、監視して、暴走しそうになったら止める役をやって欲しいの」

 「え?」

 「向こうの世界に行った後の、衣食住と身分は保証するわよ」

 「え? ちょっと、待ってください。そもそも、帰還が為せるかどうかが……」

 「行けると思うのよね。なんとなくだけど」

 「なんとなくって……」


 「七玉座(セブンススローン)」がここに追放され、その痕跡は世界から消された。


 「……でも、向こうにも残ってたわよ。『七玉座(セブンススローン)』の痕跡が」

 記録もあるところには、残っていた。


 「すべてがこっちに追放されたわけじゃないのは記録にもあったわ」


 「七玉座(セブンススローン)」のものと思われる研究施設も残っていたし、無限迷宮の入口もあった。あれは、追放されなかった「七玉座(セブンススローン)」の人間が作ったものではないだろうか。

 そして、世界を超える通信が可能な彼らは、元の世界とこことで連絡を取り合った。その結果、時間制限アリとはいえ向こうからこちらに入る入り口を作ることに成功した。

 「時間が経つと、隔離世界から排除されるのは、こっちでコントロールしているのではないのでしょう」

 「はい、あれはこの隔離領域の自浄作用のようなもので、だからこそ、それが働かない我々は、ここからは出られないのだと……」

 「追放された人たちは、もうみんないなくなっている。この隔離領域で生まれたというだけのあなたたちが、世界から排除される理由はないと思うのだけど」

 「そうでしょうか……」

 まあ、そんなことを言われても、急には飲み込めないでしょうね。


 「では、ここで、関係ないような、あるような話をしてあげましょう」

 「はあ?」

 突然何を? という感情がはっきりと顔に出ている。

 「『七玉座(セブンススローン)』は世界から痕跡ごと排除された。実は小規模だけど、似たようなことを私も経験しているの」

 息をのむ、ユーリ。

 「どちらというと、真逆なのだけどね。痕跡が、いきなり現れたの。我が家に代々仕えている騎士がいた、という痕跡がいきなり生えてきた」


 ザグーラントにおける騎士は、貴族階級に属する。そして、すべての騎士は王家に帰属している。どんな大貴族であろうとも例外はなく。騎士を自分の家に所属させることはできない。王家以外の勢力が兵力を持つことを抑止するための法である。

 配下、傘下、同盟。いろんな言葉を変えて、実質下に置いて命令することはできる。傭兵を雇うこともできる。だが、貴族に仕える騎士の存在は認められていない。王家に次ぐ地位を持つ八公家でも例外ではない。

 それがいきなり生えてきた。私が知らないだけの例外。この法を知らない使用人が思い込んでいる。いろいろと考えてみたが、どれも違う。

 キャサザード家には代々仕えている騎士がいる。そして、すでに死んでいる。

 皆、そう()()()()()。何の矛盾も覚えない。私だけが違和感を持つ。

 法との矛盾さえなければ、皆の記憶がおかしいのではなく、私の記憶だけがおかしいとさえ思ったかもしれない。

 人々はその騎士の存在を知っており、その騎士がいたという痕跡も存在している。

 まるで、誰か、ザグーラントの法など知ったことではないという、誰かがその騎士が存在していたということにした、という風に。

 そう、その騎士はすでに死んでいた。まだ、幼い一人娘、一人を残して。私がその騎士の話を聞いた、幼いその時には。


 「不思議、不思議。不思議な話よね。その謎も解き明かしたいと思っているの。協力してくれる?」

 私はユーリに手を差し出す。

 世界の壁は私からヨルムンに話を付ければ、通り抜けられるだろう。ユーリが通り抜けた先に入れるかどうかは、ギャンブルだ。

 「ユーリはどう? ここから出で、やりたいことはある?」


 はたして、彼女は私の手を取るか。





 「ヒィーー、マイアお嬢様。ついに幼女を連れてきてしまったのですか」

 ダルシーが失礼なことをのたまう。

 「失敬ね。私が連れてくるのは役に立つ人材だけよ」

 「それは、それでどうなんです……。僕は、役に立ちますけどね」


 無事をユーリを連れ、私たちは天至の塔まで戻って来れた。

 もはや役目を終えた、隔離領域の隔壁世界はそのままにしてある。最後の住人であるユーリの要望だ。

 あそこで得た情報も、今はまだ公開したくない、というユーリの要望に応え、公開はしない予定だ。

 レポートには、螺旋になった坂道がずっと続いている縦穴に飛ばされ、時間が経つと排泄された。そう報告する。


 「役に立たない奴は追い出すつもりかもしれしれませんよ。僕は役に立ちますけどね。どう思いますボス」

 「そんなことしないのだけど……」

 「マヤ様が、そう望むのであれば、私は姿を消しましょう。マヤ様の御意思のままに。そして、影ながらずっと見守るでしょう」

 「これはサーヤ。私の付き人というか、秘書というか、そんな感じね。……しないからね」

 ユーリに紹介する。

 「ミストレスがそう望むのであれば仕方がありません。おそばを離れ、ミストレスの役に立つよう己を磨いて参ります。再び役に立つ人材になれれば、舞い戻ります。ミストレスに恩を返すまでは」

 「彼女はへスティナ。私の部下で、マジックアイテムなんかの研究をしているわ」

 「何で、僕がおかしいみたいになってるんですか。僕は役に立つから関係ないですけどね、僕は役に立ちますから」

 「彼女はダルシー。よく自爆するけど、特に気にしなくていいわ」



 常夜灯は完成した。

 スキル「二糸結索」で編み込んだ光源魔法を、センサー機能が完成している素体に、付与するだけの簡単なお仕事。

 魔力の編み込みも報告しないことにしているので、これも研究成果として提出できない。

 常夜灯研究は止めたと報告し、自分の部屋で活用しよう。

 見つかったとしたら、遺跡でこれを発見して、研究するののが馬鹿らしくなって止めたと言うつもりだ。


 遠回りこそが近道だ。楽そうな道は却って遠くなる、短絡的だ。なんて語って、常夜灯作成を始めたが、こうして振り返ってみると…………無駄だったわね。

 楽しかったけど。



 ユーリの身分は、私が保証人となり、研究員見習いとして登録した。飛び級の天才みたいな者に適応される立場になる。実際には、そんな次元にはいなくて、今より魔法文明が進んだ「七玉座(セブンススローン)」最強の魔導士、いえ、「七玉座(セブンススローン)」でも測定不能な魔法使いなわけだけど。


 彼女は「七玉座(セブンススローン)」の人間なので、聖女の結界の効果があるのかと尋ねてみたところ、

 「確かに抵抗のようなものはありますね。ですが、このぐらいなら無効化できますので」

 と返ってきた。ユーリ、恐ろしい子。



 「僕は役に立つのですけど」

 ユーリに対してマウントを取ろうと頑張って、

 「はあ、そうなのですか」

 と、気のない返事を返されているダルシーに役に立ってもらう時間が来た。


 ユーリの血からも情報をもらいたいところだが、それはおいおい。


 ダルシーと手を繋ぎ、スキルを起動。体液であればいいので、唾液でもいいのだが、血の方が情報収集効率が高いので、血にする。

 私は、スキル「融通無碍の宣下」を使い、指先の皮膚を裂き、血を流す。それを舐める。


 私は、私の情報を収集する。


 名前、出身、身長、体重、知ってる。

 ウエスト……ちょっと増えた?

 令嬢時代は付けていたコルセットに、「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果でこんなものは効かない、逆にコルセットが粉砕、などと遊んでいたせいかしら。

 まあ、今はそんなことより、もっと私を知るべきね。


 その後も数々の情報が頭の中に流れてきて――これ以上は魔力が足りなくて情報入手できない、となった。

 他人のスキルは使えても、他人の魔力でスキルが使えない以上、ここまでだ。


 竜の咆哮(ドラゴンブレス)系のスキルは他人の魔力でいけるのに。これもどうにかならないだろうか。

 竜の咆哮(ドラゴンブレス)系はドラゴンの意思でスキルが発動させられるので、また別なのだろうか。

 そう言えば、ウロボロスは他のドラゴンに、勝手にスキル発動させるなよと、言っておいてくれているのだろうか。無限の魔力がない今現状で、竜の咆哮(ドラゴンブレス)が発動されると、とても死に至る。

 兄弟を助けて、ウロボロスの好感度を稼いでおいて良かった。下手をするとミランダ相手に使った時に自爆していたかもしれない。


 スキルで入手できた情報を元に、話し合おう。私はユーリを呼んで、これまでの事情を説明した。

 「――――そういうわけで、熟慮した結果、私には魔王が作ったやつら、その同類みたいなのが取り付いていると思われます」

 「……、精霊の根源。転生後のバックアップシステム。そう言ったものと同じもの、ですか」

 「無限への渇望も、それが私の魂に取り付いているから起こるのではないかしら。暴走した時に止めてもらうからあなたにも話しておかないといけないと思って」

 「確かなのですか」

 「う~ん。魔力不足で推測でしかないのだけど……。いったんそれが正しいとして検証してみましょう」

 「前世……から取り付いていたのですよね。魔王が前世の世界に行っていた? 何の用で? 年代的にすでに死んでいるはず、死んでいなかった? それとも世界が違えば時間の流れも同じ都は限らない? 魔王に会った記憶はあるのですか」

 「覚えはないのよね。転生した時のバックアップシステムなんて用意してあるぐらいだから、転生して異世界に生まれた時用に、異世界にもそんなのを用意していた、とか」

 「できるのですか、そんなこと。……『無限の魔力』、ならできるのかもしれませんが」

 「まあ、バックアップシステムとかではないと思うの。それにしては取り付いてる人間に優しくない」

 「不具合では? この世界のバックアップシステムにも不具合が出ているのですよね」

 「そもそも、同類らしきものというだけで、魔王が作ったものとも限らないからね」

 「いっそ、マイアベル様が魔王の転生であるということなら、話は早いのですが」

 ユーリの保護者になった時から、呼び方が「マイアベルさん」から「マイアベル様」に変わった。こういうことはけじめが肝心だとユーリの主張であった。

 「前世は違うのだけど、それより前の前前世以前がどうかは分からないことだからね。魔王の転生ならバックアップシステムがそう判定するのじゃないかしら」

 「でも、不具合が出ているシステムですから、判定もどこまで信用できるか」



 まあいい。


 現状、情報不足で答えは出ないが、今後も情報を探っていこう。

 暴走さえしなければそれでいいのだ。何が取り付いていようとも、嫌悪はない。

 せいぜい、無限判定機として役に立ってもらおう。


 足りないものは、あとワンピース。


 それが満ちた時、ようやく。



 楽しかった。すべてが。あのくそみたいな生活も。楽しいしかなかった。

 贅を凝らした寝台での眠りも、庭を歩くアリの行列も。色とりどりに咲きほこる庭園も、腐って捨てられる食材も。

 厳しい教育も、振るわれる鞭も、空腹で眠気が起きない夜も、近寄りがたいと恐れる使用人も、年相応の振る舞いでころって優しくなる料理人も、執事の怒声も、乳母の慈しみと抵抗も、別れも。


 すべてが楽しかった。それしかなかった。


 遥か上流の身分の幼子を鞭うてる、歪んだ快楽に浸る教育係には、慈母のようにその身を優しく包んであげたい気持ちになった。


 このままでいい、と思う心と、駄目だ、無限を追え、となる心が衝突して、とても楽しかった。




 あの時、私に最初の願いが生じるまでは。



 それで私は前世の記憶を思い出した。客観的視点を持ち、自分の異常性を認識し、前世の人格で覆い隠した。

 すでに覆いは本性になっているか。それとも被っているだけか。



 この無限への探求が終わった時。私は最初の願いに向けて歩みだせる。

 私のいびつな、無限譚の終わり。


 楽しみだ。


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