4 精霊に愛はあるのか
ようやくたどり着いた、留学先。バビブリル七種連合国。
ここは、その名の通り七種類の種族が連合して国を作っている。
ヒューマン、エルフ、ドワーフなど、多種族融和の志のもとに、二百年前に建国された国だ。
融和の志のもと建国された連合国だが、その志とは裏腹に違う種族が一緒に生活するのは不便なだけという結論に達してしまった。
今では一つの国の中に複数の国がある形となっている。種族ごとに地域を別けて、別々に暮らしている。
とはいえ、例外もいくつかあり、芸術都市セベク、中央行政区ネトゥ、特別魔導研究区ダガン。これらには、今も複数の種族が共生して暮らしている。
その特別魔導研究区ダガンの中心、国立魔導研究機関「天至の塔」が私の留学先となる。
かつて、魔族はその強大な魔導の力で、大陸を天に浮かべ国を作ったとされる。
天至の塔とはその伝説にあやかり、伝説レベルの魔導技術を目指すという志で付けられたネーミングである。
ちなみに伝説では、その後その国は神の怒りに触れ滅ぼされている。
よく、こんな神をも恐れぬ名前を付けたものだ。
国境を越え、「天至の塔」にたどり着く。
最も高い中央塔に連なるように建造物が連なっており、遠くから見ると一個の山のようだ。
「ようこそ、キャサザード嬢。話は聞いている。歓迎しようぞ」
歓迎しているのか威圧しているのか分からない強い語気で喋るのは、塔首のイガリム最高導師。
長い白髪を総髪にし、髭も白く長い。語気に負けぬ威圧感を持つ巨体で、顔にはたくさんの大きな傷跡が縦横無尽に走っている。傷跡は魔導士のローブに隠された胴体まで続いており、全身傷跡だらけではと思わされる。
「貴女のこの『天至の塔』での身分は『特別客員』である。存分に学んでいかれるがよい」
そう言って、一枚のメダルを渡される。これには魔法がかかっており、身分証変わりとなる。
留学と言っても、別に学生と机を並べて勉学に励むわけではない。研究室に客員として顔を出したり、研究員に弟子入りして魔法を教わることになる。
特に行動の制約はなく、どの研究室に入ってもいい。研究室によっては断られることもある。その辺りは当人の裁量だ。
また、必ずしも研究室に属さずともよい。一人で研究するも良し、研究せず遊び暮らすも良し。フリーな立場だ。
他国からの賓客としての扱いとなっている。コネと権力を使い、そうなるように仕向けたのだ。
私はシャシーのことを最高導師に話した。
「ほう、奇態な生態の生き物よ。そのような魔法生物の持ち込み、事前の報告にはなかったようだが」
「ええ、偶々、道中で見つけましたの。いけませんでしたかしら」
「よい! 『特別客員』にはそれが許される」
彼女に教育を施したい旨も伝える。
「よかろう。魔法生物の研究している導師たちに通達しておこう。彼らの中に相応の研究している者もいる。進んで向かうであろう」
やはり、そのような人材がいたか。事前の予測が当たり、満足な結果を得て退出しようしたところ、塔首が例の強圧的な声を掛けてきた。
「貴女は研究テーマは『不死』、だそうだな」
「ええ、それが何か」
私は表向き「無限」の研究でなく、「不死」の研究をしに来たということにしてある。
身分の高い人間が不死を求めるのは珍しいことでない。
各分野の魔法を学び、それを総括した魔術によって不死を目指す。
「不死」、すなわち「無限の命」の研究。
それが表向きの私の研究目的だ。
「吾輩の専門も『不死』の研究である。いずれ互いの道が交わる時も来るやもしれぬな」
「覚えておきます」
強圧的な声を背に、私は塔首室から退席した。
その他、雑多な手続きを終え、あてがわれた部屋に荷物を運びこむ。
私にあてがわれたのは、中央塔の上部。VIP用の居住エリアの一帯。実家の屋敷ほどではないが、かなりの広さがあり使用人用の部屋も複数用意されている。
広い空間があってもここに住むのは、私とサーヤ、後はシャシーぐらいもので、この人数で住むには大きすぎる。空いた部屋には研究資料でも置いていくことになるだろう。
そういえば図書室や資料室はどこにあるのだろうか。24時間開架されているといいなあ。
念願の研究生活が始まるとあって、気分が高揚しているのを自覚する。
まずは、各研究室の研究テーマや論文を見て、所属したい研究室を探すとしよう。
どこで調べられるのか。やはり図書室を探すところから始めるべきか。
「まあまあまあま、まあまあまあ。この子がその子かい」
私が研究室を決めるより先に、シャシーの教育をやってくれるという魔導士が来た。
魔導士は壮年のドワーフの女性で、名をレミラと言った。
ヒューマンの腰ほどしかない体躯でズンズンと走りこんでくる。三つ編みを揺らし、大阪のおばちゃんという感じの笑みを張り付けている。
まさか、異世界で大阪のおばちゃんを連想させられるとは思いもよらなかった。
彼女は魔法生物の研究、中でも魔法生物の知育を専門に研究している。研究のため乳母の資格まで取っているそうだ。
シャシーは初対面の相手にはまず戦闘態勢を取るのがクセになっている。
レミラは戦闘態勢を取るシャシーに反応せず、構えた腕を見据える。
「まあまあまあ、ほそっこい体して、ちゃんとご飯食べてるのかい」
魔法生物のご飯ってなんだろう。魔力をあげておけばいいと思っていたが、違うのだろうか。いや、違わないはずだ。
それに魔法生物の知育とは、人造生命体に命令を下す時に必要となる前提知識を入力しておくものだと思ったが、この人それの専門家目なのよね?
「まあ、どんな子でも大地の子、土の子よ。おばちゃんに任せておきなさい」
「チガーウ、シャシー、ママノコ。ツチノコ、じゃ、なーい」
馬車での移動中シャシーに会話を教えていたので、以前より流暢に喋れるようになっている。
「まあまあま、ママかい。あなたのママはどんな人だったんだい」
「ママ弱い。シャシーの方がツヨイ」
「あら、まあ。そうかしらね。ママも強いかもしれないよ」
「? イミわからない」
まあ、シャシーのことはこの人に、家事はサーヤに任せて、私は研究室を決めるのに集中しよう。
いくつかの研究論文を読んで気になったものが一つあった。
それはエンシャル導師という人の書いた、「精霊分類学」の論文だった。
現在の精霊学では、精霊は火・土・水・風の四大と、それに含まれないその他に分類されている。
これは正しくない。
エレメント理論が前提となっているため、物質と現象が混在した精霊の分類に用いるのは適していない。
正しい分類なくして正しい理解はない。
精霊の正しい分類を作り直すべきだ。
というのが、その論文の内容だった。
私は精霊の分類というものに興味があった。
もともと精霊に関しては、私の調査対象に入っている。
精霊には、老化も死も存在しない。さらに、世界中に普遍的に存在しており、個体ではなく群体で一つの意思を持つ存在とも言われる。
そして、すべての精霊は一つの根源に帰結すると言われている。
その精霊の根源。それは「無限」と言うべき力を持つ存在なのでは。
さらに、エンシャル導師は精霊獣という、新しい分類も掲げていた。
特定の生き物を挙げて、あれは精霊と生物の融合した存在であると主張する。
例えば不死鳥。あれは火の精霊と鳥が融合したもので、精霊と融合したので不死性を持つ生物になったと論文では語ってい。
不死鳥に関しても私の調査対象だ。その無限に蘇ってくる不死性に、「無限の力」が関係していないか調べたいと思っていた。
私はエンシャル導師の研究室を訪ねることに決めた。
さすがに塔首に紹介状を書かせるのは遠慮した。
レミラ導師に「特別客員」の立場に屈するであろう高位の導師を教えてもらい、その人に書かせた紹介状を渡し、弟子入りを求めた。
紹介状の中身を見ずに、表面だけ一読したエンシャル導師は快諾してくれた。
「かまわないとも。我が研究室は来るものを拒まない。明日からでも学びにくるとよい」
紹介状は必要なかったようだ。
エンシャル導師はエルフの女性で年のころは分からない。
エルフは個体ごとに寿命が全然違い、二、三百年で寿命を迎える者もいれば、一万年以上生きている個体もいると言う。
なんでも「純度」の違いでそうなるらしいが、詳しいことは分からない。
故国ザグーラントは、住人のほとんどがヒューマンで、エルフは住んでいなかった。自然とエルフの情報も少なくなる。
私の持っているエルフの知識は、主に森に棲んでいて、精霊魔法が得意というぐらいしかない。後で図書室で詳しく調べておこう。
エルフもまた、私の調査対象の一つなのだから。
そう思い、目の前にいるエルフに目をやるが・・・・・・。
「何か質問でもあるのか?」
「はい、なぜ師は服を着ていないのでしょうか」
エンシャル導師は全裸だった。
「うむ、いいところに目を付けた」
目を付けたというかなんというか、見たまんまである。
「何故だと思う」
「精霊は服を着ていないから。少しでも精霊に近づくために、同様な格好でいるのでしょう」
逆に聞き返してきたエンシャル導師に私は即答した。
「うむ、正解。君はなかなか筋がいいぞ」
いえ、あなたの論文にそんな感じのことが書いてあっただけです、とは言わないでおいた。
ともかく、エンシャル導師は研究のためには犠牲を問わない方だと思われる。自分が犠牲にならない限りは頼もしい師匠だ。
こうして私はエンシャル導師の元で、精霊と精霊魔法について学ぶことになった。
精霊魔法を使うには、大きく分けて三つのアクションが必要になる。すなわち、精霊の感知、精霊との接触、そして精霊の制御だ。
まず、存在を感知した精霊に接触し制御する。そして、精霊が力を振るい、精霊魔法として発現するのだ。
私は精霊魔法が使えない。身近に精霊魔法を使える人間がいなかったので、なんとか入手した書物で学んでみたが、まず感知ができなかった。
精霊魔法が使えなくても、精霊の研究自体は可能だ。
他人に使ってもらった精霊魔法の結果を、分析、評価するやり方もある。
だが、自分で使えた方が融通が利くのは確かだ。
スキルの中に、ちょうどいいものがあった。
スキル 『精霊に愛されし者』
その名の通り、精霊に愛されているかのように慕われるのだという。
このスキルの効果により、精霊は「自分を見て」と言わんばかりに、向こうから感知してくれと現れ、積極的に精霊の方から接触してきて、唯々諾々と制御に従う。
スキル「精霊に愛されし者」の効果で、私はあっという間に精霊魔法を習得していった。精霊魔法に関しては、修練より才能による所が大きい。
導師にも「たまに君みたいなのがいるんだ」と、特に怪しまれることはなかった。
このスキル、愛されるというより従われている感覚がする。そもそも精霊に「愛」という感情があるのだろうか。
疑問に思い、エンシャル導師にそのことを聞いてみた。
「唐突だね。何故急にそんなことを?」
「研究室を探して論文をあさっている時に、そんな記述を見たので、気になって・・・・・・」
「ふむ」
導師は過去に他の精霊魔法の導師と、ちょうどこの件について議論を交わしたことがあるそうだ。
エンシャル導師は「精霊は上位の存在であるが故に愛などという感情はない」という主張で、もう一人の導師は「精霊は上位の存在であるがゆえに愛という感情を持っている」と主張する。
どちらも精霊は上位存在だという見解は共通している。それでも意見は食い違う。
「君も精霊と接触しているのだから感じたことがあるだろう、精霊が感情を震わせる感触を。だいたい、我々でさえ有している愛という感情を、上位の存在である精霊が有していないはずはない。あと、そのの格好で辺りをうろつくな、服を着ろ」
「ハァ? 愛なんてのは生殖と種族維持のために必要な機能にすぎない。そんなものから解き放たれた存在である精霊に、そんな無駄な機能があるはずがないだろう。それは精霊を自分たちの枠にはめて矮小化する行為だ。君たちリザードマンやマーマンだって居住地では服を着ていないだろう。自分たちの枠に無理やりはめようとするな」
討論相手は頭からしっぽまで鱗に覆われた、リザードマン種の導師だったそうだ。鱗の色は赤。リザードマン中でもサラマンダーと呼ばれる種らしい。
サラマンダーは火の精霊と相性がいい種族だ。図書室で調べた情報である。
「それは居住地でも、昔ながらの風習を守っている一部のリザードマンたちだけだ。それに君はエルフだろうが。エルフにそんな風習があるなんて話は過分にして聞いた覚えはないね」
そんな感じに激論を交わしたそうだ。
「つまり、精霊の愛については、専門家の間でもまだはっきりとした答えはでていない、ということでしょうか」
「私はないと確信しているがね」
私自身の目的は精霊の研究をすることであって、精霊魔法を習得することではない。習得はスキルの力で早々に済ませて、研究に移りたいものだ。
精霊魔法と知識を学び、実践を積む。
通常よりもはるかに速いスピードで高位の精霊魔法まで使えるようになった私は、エンシャル導師に重宝がられ、いろんな実験に駆り出された。
導師の研究室には人が少ない。
導師と私、それに導師の助手の研究員が一人。それだけしかいない。
エキセントリックな導師の言動についていけず、人が定着しないのだそうだ。
助手はナムと言って、フェザーマンと呼ばれる種族だ。
リザードマンと同じく七種連合の一つ種の一つで、手首から上やふくらはぎ、耳の周りなどに鳥の羽のようなものが生えている。かつてはその羽で空を自在に飛んだらしいが、今ではその羽では退化しており空を飛ぶことはできない。
風の精霊と相性がよく、その力を借りれば現在でも飛ぶことが可能だそうだ。
そのため精霊魔法を学ぶ者が多い種族である。
この天至の塔でも数多くのフェザーマンが精霊魔法を学んでいる。
こんな研究室にただ一人残っているなんて、導師の全裸目当てだろうか。
ナム研究員は、精霊の制御の能力には長けているが、接触の能力は今一つだった。
よって高位の精霊魔法が必要な時は、導師か私がやるしかない。
それが面白くないのか、ナムの私を見る目は露骨に邪魔者を見る目だ。
まあ、いきなり現れて、自分の職分を犯してきた相手に好意を持てというのも難しいだろう。
私は精霊魔法をある程度学び終わったら、別の師について別の魔法を学ぶつもりだ。あらかじめエンシャル導師にもそう話している。
それだけに、それまでに使えるだけ使い倒いてやろうという思惑も感じられるが。
留学と言う名目の国外追放。それは実際の所、そっちの国で好き勝手やれるように手を回してやるから、こっちの国には帰ってくるなよ、ということだ。今頃、私に帰ってこられるとまずい、ドロドロの政争が行われていることだろう。
いくら目障りとはいえ、そんな何かあれば国際問題を引き起こしかねない他国からの賓客相手に、手を出そうとは早々思わないだろう。しばらくすれば研究室を去るとなればなおさらだ。
勉学と並行して、スキルについても調査を進めておく。
忙しくも充実した日々が流れていた。
転生してから十数年、ずっと夢見ていた研究ライフが今ここに。そう思うと多少の不安要素などどこかに行ってしまう。
「フフフ、フハハ、ハーッハッハハッハー」
心の底からスカッと爽やかの笑いが出てしょうがない。私の『無限』研究を邪魔するものなど・・・・・・
「そ、そこの、あ、あなた、よ、他所から来て、ず、ずいぶんオチョーシに乗ってる・・・・・・かもしれない・・・・・・方で、でしてか、かしら」
いないこともなかったか。
見たところ四人連れのお嬢様方のようだ。
人のことを言えた年齢でもないが、まだ、年若い。天至の塔に付属している育成機関の学生だろうか。この中央塔近くまでやって来ているのは珍しい。
幾人かの導師たちは同志たちは、育成機関に赴き講義を行っているようだが、エンシャル導師にはそんな役割は回ってこない。私も学生には初めて会った。
随分とつっかえながら、文句らしきものを言ってきたお嬢様は、・・・・・・・いや、こちらはお嬢様なのだろうか?
明らかに貴族でしか着れないような仕立ての服を着ているが、なんとも馴染んでいない。仮装をしていると言われれば信じるだろう。
体が小刻みに震えており、よく見ると他の三人は彼女を止めようとしているようだ。
「な、な、な、何とかおっしゃたらどうで・・・・・・ございますか」
「はあ、どうもこんにちは」
どう対応していいものか判断がつかなかったので、適当に返事をする。
正直、こんな絡み方をしてくる人間とは関わりたくない。何より、私の『無限』研究の邪魔をすることは、許されざる大罪。
そんなわけで、あまり関りを持つことなく、この場をやり過ごす方法を取ろうと思う。
そんな方法あるのかって、あるのです。そう、スキルならね。
スキル 『運否人賦』 相手との実力の差が運の差となって現れる。
要は自分が相手より強いと、相手の運が悪くなるスキルらしい。
これで相手が不運に襲われて退散してくれれば、私は何もせずに勝手に帰っていったことになる。下手に絡んで余計な恨みは買いたくない。
心配なのは、このスキル、私の方が実力が下なら私の方が不運になることだ。
完全な肉体を付けたままだと、確実に私の方が実力が上になるだろうが、逆に実力差がありすぎて、すごい不幸が相手に襲い掛かるかもしれない。
そんなものは望んでいない。適度に不運な目にあって帰って欲しい。
スキル「運否人賦」を発動させる。
「あ、あわ、あ、ご、ご機嫌よ、ぶっ」
不運が襲ったのか、お嬢様らしき人は私の適当な挨拶に答えようとして、すべって転んで、地面の石畳に顔面を強打した。折れた前歯が石畳を滑って私の靴に当たる。
「ダルシーちゃん!」
彼女と一緒にいた女の子たちがダルシーと呼ばれた少女に駆け寄る。
やりすぎだわ。
実力差とやらがはっきりと分からない概念な上に、任意で手加減が効かない。
どんな時に使うんだこのスキル。手加減の必要のない時だけ使うことにしよう。
私の仕業とは夢にも思われないだろうけど、それでいいのか。
私のミスでこうなったのだ。借りを作ったままというのは本意ではない。
私は杖を抜き、痛みよりもパニックに襲われているダルシーという少女に近寄る。
折れている歯を拾い、水生成魔法で洗い、消毒魔法で洗浄する。
「私が治療しましょう」