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31 無限の魔力 《プリズマ》


 始原の泥


 「触れたものを、すべて泥にする巨人が出たそうですね」

 「リザードマン領に現れて、進撃中だ。すでに対策班が結成されて会議中。生物じゃなく、ゴーレムと推定されてる。どこぞの馬鹿が、あやまって起動させちまったんじゃないかって話さ」

 50メートル級のデカブツが、あらゆるものを泥に変えながら、さ迷い歩いている。恐ろしい被害を生んでいる。

 魔法関係の代物なので、天至の塔を中心とした討伐部隊が組まれることになっている。

 「討伐後の調査は」

 「立候補はしてる。どうなるかは未定だがね。まあ、できても、この件はアンタには関係ないからな。調査結果を教えてやる義理はないねえ」

 私は、持ってきた荷物を下ろす。泥の巨人に関する資料だ。レイラインロードで巨人の出現点に行って、関係しそうなものを漁ってきたのだ。

 「これで、巨人の弱点なり、制御法なり、対抗策を見つけ出せれば、討伐後の調査で優先権を主張できますよね」

 「……このガキ。……いいさ、やってやろうじゃないか」



 バビブリル魔法兵団を中心とした大部隊が、十日十夜の激戦の果てに泥の巨人を討伐した。



 巨人の動力源と思しきマジックアイテムが回収され、シュマリア研究室に運び込まれてきた。

 太陰太極図を立体にしたような球体。二つに分けれたパーツがくっついて、一つになっているように見える。


 これは、あの時に見た……


 「どうやら、あの巨人は古代魔導王国のブツ。それも、魔王と呼ばれる存在が作ったゴーレムだってことだよ。普通ゴーレムにこんな動力源はついてないんだけどね。作る時の魔力が膨大すぎて、勝手に結晶化した、って資料にはあるけど、どうだかね。古代魔導王国時代の資料は、魔王サマ関連のことは、取りあえずアゲとけって記述ばかりだからね」


 泥の巨人は、「世界を書き換える魔法」を発動させていた。それにより触れるものすべてを泥に変えていたらしい。自身のボディさえも泥に変えていた。討伐は半ば自滅であったそうだ。

 動力源の球体は、魔力タンクのようなもので、その中に残された魔力量は測定不能。

 「いずれ、大量の魔力を要する、古代魔導王国の魔法設備が何かが見つかれば、それを動かすために、こいつが使われるだろうね」


 その膨大な魔力量は、本来の目的を終えた残りカスであると推定される。

 本来の目的とは、「世界の始まりを観測する」こと。

 用が済み、残りカスにだけになったから、雑に倉庫に突っ込んでおいたそうだ。


 「どんな感覚してやがる。当時のやつらは」

 シュマリア高導師は、忌々し気に、吐き捨てる。


 彼女は「魔王」の実在を信じていない。


 「膨大な魔力を生み出す魔導装置か何かのことをそう呼んでたんだろ。個人で生み出せるようなものじゃないよ、これは。魔王が死んだってのも、装置が壊れて、再建設ができなかったってことだろ」




 魔力の結晶化。

 そんなスキルがある。魔王が作ったスキルの中に。


 スキル「蜉蝣カゲロウを抱く猫」


 概要には、少量の魔力を安定させ結晶化する、とある。


 組織(アガペー)の調査では、少量(測定不能)。どれだけ大きな魔力を用意しても、結晶になる、と結論づけている。


 魔王の部下であった、世界樹の守護者レイに聞いた所、密度無限大のブラックホールに吸い込まれるように、魔力無限大の魔王には少量(無限基準)の魔力は吸い込まれてしまう。それで少量の魔力を用いた魔法が上手く使えない。それが不便で、吸い込まれない結晶に変えて、安定して魔法を使う方法として編み出したらしい。


 さて、この魔力タンク。精霊の奥にあったものと同じように見えるが、これは無限だろうか。


 違う。


 すぐに答えは出た。

 すぐに答えを出せるほどの情報はないのに。何故か確信がある。

 精霊の奥で同じ形のものを見た時には、これは無限だと確信したのに。


 どうもこの辺りが、無限に狂う要因になっていそうね。


 それにしても、「世界の始まりの観測」、「魔力の結晶化」、「超高密度の魔力の塊」、「魔力的ビックバン」


 魔力的ビックバンを起こした、超高密度の魔力の塊。それを再現した? それが魔王の無限の魔力の正体なのか?


 これ以上は、魔王のことをもっと知る必要がある。



 大量に回収した資料には、歴史的な資料文献もある。それらも活用して、「魔王」について詳しく調査していこう。



 まず、歴史的な資料文献には読み方がある。

 資料文献は人が書いたものだ。文献を書くAIを生み出す魔法が、なかったとは断言できないが、まあ人によって作成されたとする。

 人が書いた以上、完全な客観性はありえない。そんなものを書けるのは人ではない。

 当然、書いた人間による意識無意識の主観が生じる。


 三国志演義ではなく、正当な歴史書である正史の「三国志」では三国の君主、曹操、劉備、孫権の扱いが違う。

 曹操は、皇帝にしか使えない表現や字を使い、記されている。

 劉備は、王にしか使えない表現や字で記されている。

 孫権は、呼び捨てである。


 「三国志」を編纂したのは西晋である。西晋は、魏の後継の国であるため、自国の正当性を主張するため、曹操を正当な皇帝として扱っている。

 孫権は、正当でない皇帝を自称した叛徒して、庶民クラスの扱いで記述される。

 劉備の扱いだけがよく分からない。

 劉備の死後、その子劉禅が魏に降伏し、安楽公に封じられた。その後、魏は西晋になり、劉禅の子が安楽公を継ぐ。

 自国の貴族の先祖なので、配慮した記述になったのか。

 それにしても、王扱いは過剰に過ぎないだろうか。


 ここで、「三国志」を書いた人、編纂者の陳寿に目を向けてみる。陳寿は最初、蜀に仕えていた。後に西晋に仕え、「三国志」を書くことになる。

 つまり、陳寿は最初に仕えた国である蜀に身びいきがあり、「三国志」は全体的に蜀がひいき目に書かれている可能性がある。


 文献はこういった、作者によるフィルターが存在していることを前提に読んでいく必要がある。

 そうして、資料を読み解いていく。


 そうしてみると、魔王は人でないという意見も妥当に思える。

 やたらと崇め奉り、過剰に飾り立てた文章で表現されているが、人としての活動が一切記されていない。

 どこで生まれたとか、子供を作ったとか、王なら残っていそうな、人としての記録が一切ないのだ。

 褒める以外の言葉で魔王を語ることはタブーとされている感じがする。


 あと、当時の人間はやたらと魔力が高い。魔族と言われた当時の人間。ヒューマンに限らず、魔法が使える者は、すべて魔族とされた。彼らは杖なしで魔法が使えた。

 現在でも、稀に杖なしで魔法を使える者が生まれることがある。だが、その者たちとそれ以外の者たちでは、魔力量に大した違いはない。杖なしの方が、若干魔力が高いか、というぐらいである。

 だが、当時のマジックアイテムに必要な魔力量や、資料から推察する魔族たちは、現在と比べると、二倍とか三倍とかいうレベルではない。二乗ぐらい魔力量に差があるように思える。

 これも、魔王人でない説の根拠になる。

 魔王と呼ばれる装置の力で、当時の魔族たちは二乗クラスの魔力を使えるようになっていたとする説だ。


 だが、魔王が実在の人物であったことは確かだ。


 魔王の死んだとされてからも、数百年ほどはタブー扱い、というか節々から恐れを感じ取れる。それほど恐ろしい存在だったのか。それとも、表向き死んだことにしていただけで、実はまだ生きていたとか。



 ある時代を境に、ぱったり記録が途切れる時がある。大断絶と称される、歴史の空白期だ。

 大きな戦乱があって、資料が失われたとも、「永続」が使えなくなったので、普通に時間経過によって失われたとも言われている期間である。


 精霊郷で、その貴重な時代の資料を手に入れた。

 この時代の記録には、魔王について結構突っ込んだ記述が見られる。

 この時代になると、魔王様サイコー、魔王様バンザイな機運も鳴りを潜めて、客観的に魔王を分析し始める。

 魔王人でない説もこの時代から既に存在していた。


 一つ気になる学説を見つけた。

 魔王=異世界からの漂流物、とかいう説だ。異世界の部分が目に留まったのだが、


 当時――魔王の現れた時代、この世界には異界から来たと思われる、漂流物が多数存在していた。文明レベルにそぐわない遺物。オーパーツみたいなものが見つかっていたらしい。その中には非常に強力な力を持つものもあり、国家間の勢力図にも影響を与えていた。

 魔族が非常に強力な漂流物を手に入れた。その力により、漂流物を独占し、より強力になっていった。それを「魔王」と称した、と。

 その根拠として、魔族が強力な魔王に率いられるようになった時期から、漂流物が発見されなくなる。これは魔族が漂流物を独占した証拠である、と。


 この説の正否はともかくとして、漂流物に関しては、どこか別の所で見た。

 そのはずなのだけど、確か、何故そんな名前になっているか、とか言う話が……


 しばらく、別の資料を漁って、漂流物について書かれている資料を見つけてくる。


 ティラリス川。川の源流が不明で、どこからともなく水が流れ込んでくる。だどった先は地底になっていて、それ以上の調査はできない。

 地底から水が逆流してきているのか? まあ、この手の話でそんなことに突っ込んでいても仕方ない。そういう不思議な川だから超常現象が起こるというアピールだろう。

 その、よく分からない源流が異世界に通じていて、この川には異世界の物が流れ込んでくる。そう言う話だ。

 川から流れてくるので漂流物という名前になったと。


 それで、この川は実はこの国、バビブリルにある。

 バビブリルを縦断するように、この川が流れていた。

 過去形である。

 推定、一万年以上前の話のため、すでに水も枯れ、地上部分には跡すら残っていない。ただ地下に、水の通った跡とされる、洞窟が何箇所か現存している。


 ここがティラリス川であり、異世界からの漂流物が本当にあったかどうかはともかく、魔導王国はこの川近辺から発祥した。だから、バビブリルは魔導王国発祥の地である、という主張の根拠として使われている。


 そして、例の洞窟跡の一つに、遺跡が存在しており、やっぱり魔導王国がこの国あったのだという根拠として挙げられる。

 しかし、その遺跡は調べられない。

 その遺跡は、まだ当時の魔法による防御装置が稼働している、生きた遺跡だからだ。

 その遺跡に侵入しようとした者は、防犯装置により異空間に取り込まれる。その異空間の中は迷宮になっている。迷宮に果てはなく、無限に続く、無限迷宮である。


 正直、迷宮に限りが無くとも、興味はない。どうやって、限りが無い迷宮を形成維持しているかは、興味がある。


 迷宮は天至の塔の管轄――というより、遺跡研究のために作られた施設が天至の塔の前身になった――なので、申請すれば行けなくもないだろうけど……



 だんだん、話がズレたことを考えていた私の元に、一通の手紙が届いた。



 手紙を読んでいくうちに、先ほどまでの内面思索は鳴りを潜め、現実的問題に対処すべく、頭は動き始める。

 手紙は故国ザグーラントからのものだった。どうやら、一度国に戻らなければいけないようだ。

 わざわざ、迎えの使者まで送られて来るそうなので、それまでに準備をしておかなければ。



 ザグーラントにはサーヤだけを連れていくことにした。

 あと、シャシーも持っていく(・・・・・)。


 「あの国は、あまり他国人に優しくない国だから、ダルシーは行かない方がいいと思うのだけど……、一人でおるすばん、できる?」

 「バッ、馬鹿にしてるんですか、僕のこと」

 「でも、帰って来てみたら、ベッドの上で餓死してないと言い切れるかしら」

 「そっ、そんな馬鹿な……、そんな……、ねえ? いっぱいお金とか置いていってくれれば、いいんじゃないですかねえ」


 う~ん。何人か知り合いに、定期的に様子を見てもらうように頼んでおきましょう。





 レイラインロードが使えれば一瞬でザグーラントまで行けるのだが、迎えが来てくれるのだから、そう言うわけにはいかない。

 私はサーヤと二人馬車に乗り、ゆっくりザグーラントを目指すのだった。


 「こうして二人きりになるのも久しぶりですね、マヤ様」

 「そうねえ。昔はずっと二人きりの時が多かったのに、変わっていくものねえ」

 「ええ」

 こんなにご機嫌なサーヤも久しぶりに見る。


 迎えの使者である、アートン男爵婦人が私も馬車に乗っていると、咳で主張するが、そんなことは気にしない。


 私は久しぶりにサーヤと二人きりの時を過ごしながら、ザグーラントに向かうのだった。


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