3 無限回帰
私はゴースト少女――シャシーの話に出てきた魔法使いの老人を探すべく、思考をめぐらせる。
ゴースト少女が最初に母親といたであろう大体の地点を予測。
そこから近い順に集落をリストアップ。
魔法の勉強にはある程度の金がかかる。それなりの大きさの村でも一人もいないことがザラだ。
実用する魔法ならともかく、研究をしている魔導士となると、大きい街でもかなり珍しくなる。
それを基準として、リストを再構築。リストにある街に訪れ、魔導士を探す。
探すのは、魔導士の中でも不死の研究をしていた魔導士。
幸いなことに時間はある。留学のために準備期間が与えられているのだが、早々に王都から出発したためかなりの余裕がある。
まずはサーヤと約束した街で合流。その街で資料をあたり当たり、目的の街を探すとしましょう。
その時、ふとゴースト少女と交わした言葉を思い出した。彼女からシャシーという名前を聞いた時、自分の名前を聞かれたが答えていなかった。
そんなことを思い出し、私は最後に一度だけ振り返り、誰もいない空間を見た。
私は自分の名を答えずに去った。
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ジョーは友人から「お前はいつも金のことで悩んでいるな」と、よく言われる。
だって、金がないから仕方ないじゃないか。
金さえあれば、祖父の代に建ててボロが来ている家を修繕できるし、継ぎはぎだらけの服がほつれていないかと心配することもなく買い換えられるし、代金のことを考えずに女の子を食事に誘える。
ああ、金はいい。そして、おれには金がない。
そんな風に金のことで悩んでいるジョーの耳に、家のドアがノックされる音が聞こえた。
借金取りではない。以前、金貸しに金を借りに行ったけれど、返済能力がないと断られた。
もしや、金に羽が生えて俺の所に飛んできたのではと、荒唐無稽な妄想を抱きながらジョーはドアを開ける。
ノックしていたのは金ではなく来客だった。
ジョーは一目見て、「金だ!」と思った。
来客は明らかに金持ちに仕えている人間だった。つまり金を持っている人間からの使いだ。
「恐れ入ります。こちらに魔導士の方が住んでいたと伺いまして」
「・・・・・・ああ、金、・・・・・・じゃなくて、おれの爺さんが魔法使いだったぜ。もう二十年も前に死んじまったがな」
「わたくし、ある貴族の使い者です。こちらの魔導士殿がなさっていた魔法の研究について、主人が大変興味を持っております。研究の資料などが残っていれば譲っていただけないかと、ご相談に上がりました」
「・・・・・・、ああ! あるぜ! 親父がいつか金になるかもしれないって、残しておいたんだ! ・・・・・・でございます。少々お待ちを」
言わなくても良いことまで言って、ジョーは急いで祖父の研究資料を探し始める。
しばらくして、ジョーは資料と思しきものと、何に使われるのか分からないガラクタを持ってきた。
ガラクタに見える物は、祖父が使っていた研究道具だという。
差し出された資料を確認したメイドは、ガラクタもすべて引き取ると述べ、ジョーに袋を差し出た。
受け取った袋の中で金属がこすれあう音がして、ジョーは上機嫌ですべてを引き渡した。
やっぱり金だったじゃないか。
ジョーは内心で自分の勘の鋭さを褒め称えつつ、来客を見送った。
資料を手に入れたメイドは、少し離れた場所に止めてある馬車に戻る。
「ただいま戻りました、マヤ様」
「ご苦労様、サーヤ」
マイアベルが差し出された資料を受け取る。
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在野の魔導士などそれほど多くはいない。いくつかの街を巡ったところで、当たりと思しき人物が見つかった。すでに亡くなっていて、生前に不死の魔法を研究していた魔導士だ。
不死の研究は特に禁忌とされていない。むしろ貴族たちはスポンサーになり、不死を手に入れようと魔導士たちに研究させている。問題が起きるほどに研究が進んでいない分野という側面もある。
この魔導士はスポンサーなどなく、個人で研究をしていたようだ。私は研究資料を読み込み、目当ての部分を見つけた。
ある日、魔導士のもとに女がやってきた。
女は余命いくばくもない身で、不死の研究をしているという魔導士なら自分を救ってくれるのではないかと、藁にも縋る思いでやってきた。
女は妊娠しており子供を産むまで死ねないと魔導士に訴えた。
残念ながら魔導士にはどうすることもできなかった。彼の研究は女の命を伸ばすのに有効なものではなかった。
諦めきれず懇願する女に、魔導士は自分のできることで何とか方法をひねり出そうした。
この女の命を助けることはできない。ならば発想を変えて、死んでも構わなくする。つまり、死んでも死者蘇生で蘇れられればいいではないか。
魔導士は死者蘇生などできない。だが、魔導士はある魔法生物に目を付けた。
普段は実体を持たない形でランプなどの中に入っている。主人が「戦え」と命じると、ランプの中から出てきて実体化して、主人を守って戦う。戦いが終われば、また非実体化しランプの中に戻る。
魔導士たちが自身の護衛などに使う魔法生物である。
この女の肉体は死ぬ。それは止められない。だが、死んだ直後、まだ魂が残っている状態ですぐに新しい肉体を用意し、それに魂を宿せば。
それは不確かな方法にすぎない。胎児がどうなるかの保証もない。だが、このままでは子供諸共に死ぬしかない女はそれにすがった。
魔導士はその魔法生物を生み出す術式を改良した。その上で、不滅の象徴とされる「竜の骨」を触媒として使った。「竜の骨」は怪しげな行商人から手に入れたもので、灰白い石のような、指先ほどの塊だった。魔導士は本当にそれを竜の骨と思っているわけではなかった。だが、魔力に反応するものであり、触媒としての役目は充分に果たせると思い使うことにした。或いは、それが本当に竜の骨であり、魔導士自身も思いもよらぬ効果を発揮してくれれば、とわずかな期待を掛けたのかもしれない。
魔導士は改良した術式を、女にかけた。
術後の経過を観察したかったのだが、女は術をかけられるとすぐに姿を消した。
魔導士の元を立ち去った女が、その後どうなったのかは記されていない。
スキル 『外付け記憶脳髄』
このスキルを起動させている間に見たものはすべて完全に記憶され、忘れることはない。
このスキルを付けたまま資料を読み終わった私は、研究資料を燃やした。
老魔導士の研究成果も、シャシーを生み出した魔法も、私の外付け脳髄の中だけにある。
今は『完全な肉体』の効果は発動させていない。
シャーリーに対しては同情を覚える。だが、無限の研究のためならば、私はこの魔導士と同じ類のことをするだろうか。
やるでしょうね。
私は確信する。
この無限への衝動をなくすためならば。
私はそういう人間である。
研究資料を読んでいる間に馬車は街中を出ていた。窓を開け、灰を外に捨てる。
さて、ある程度予想が付いていたことだが、これで答え合わせはすんだ。
まず、疑問に思ったことは、魔法でシャシーのような存在が作れるのかという点だ。
人を魔法生物のような体にする。そこまでなら可能かもしれない。
だが、それが子供を産み、子供も同様の体質になり、何十年たっても存在していられる。
はっきり言って、そんなものを生み出すことは不可能だ。
最先端の魔導技術に、人材も金もつぎ込んで、長い年数を掛ければ、或いはできるかもしれない。が、少なくとも個人で研究している在野の魔導士にできることとも思えない。
そもそも、この類の魔法生物の肉体はとても不安定で、長時間外に出していると空気中に散って、消滅してしまう。基本は魔法をかけたランプなどの閉鎖空間に閉じ込めておかなくてはならない。
だが、シャシーは何十年も外におり、一旦消滅してもまた元に戻る。消滅している期間が何年続いても、「戦闘」をキーに復活できるのだ。
魔導士が改良したという術式を見ても、そんな効果をもたらせるとは思えなかった。
可能性のあるのは触媒に使われた「竜の骨」と呼ばれる物だ。
魔導士本人も言及していたが、まさか本当に「竜の骨」というわけでもないだろうが、これが意図せぬ結果を生み出している要因と考えられる。
私の研究的に重要な点を言おう。
あの「竜の骨」と呼ばれる物質が、シャシーに「無限に復活する」能力をもたらしている。
「竜の骨」と呼ばれた物質は、触媒となり形を変え、シャシーの肉体に宿っている。
そう考えられる。
私は魔導士の残した研究道具の中から、ある品物を探した。それはすぐに見つかった。
私はそれを持ち、再び「無限に戦い続けるゴースト」の噂の元である戦場跡に向かった。
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スキル「レイラインロード」を使い、戦場跡近くまで瞬時に移動した私は、「完全な肉体」を使い、走って目的地まで向かう。
「レイラインロード」はレイラインと呼ばれる地脈の走っている場所なら瞬時に移動できるが、目的地に都合よく地脈があるとは限らない。目的に近い地脈で出て、そこからは自力で向かうことになる。
戦場跡に着いた私は、「二重心」を使いシャシーの出現を待つ。
じきに現れ襲い掛かってくるシャシーと戦いを始める。そして、「二重心」に戦いを任せ、戦いながら彼女の意思を確認する。
ここから出て、戦わずとも存在していられる身になるか?
「ただし、その代わり、私に使役されるしもべにならなくてはならない。どうするか選びなさい」
「し、もげぇ、って、なんが えら、ぶ、ってなんが」
不明瞭にしか喋れないシャシーに、私は「しもべ」と「選ぶ」の概念を説明する。
選べとは言ったものの、シャシーに選ぶような余地はあるのか。
まあ、いい。
私のしもべの待遇が不満ならば、その時に口に出すだろう。その時に要相談だ。
彼女には嘘をついたり、口を噤んだりするような社会性はない。あるがままに不満を口に出すだろう。
「シャシーは・・・・・・」
自分の名前だけは明瞭に発音できる彼女の答えを聞いた私は一旦その場から離れる。シャシーの姿が消えるのを確認し、魔導士の遺品にあったランプを取り出す。
あらかじめ魔力を注ぎ待機状態にしていたランプを起動させる。
件の「竜の骨」を触媒として生み出された存在は、このランプと魔法的に繋がりを持っているようにされている。
私は再び戦場跡に踏み込み、シャシーを出現させる。
出現したシャシーとランプは共鳴し、ランプはシャシーを吸い込み始める。
シャシーの体はあっという間にランプの中に入ったが、吸い込みはまだ止まらない。
戦場跡に充満していた黒い瘴気のようなものも吸い込まれていく。
まさか、この戦場跡一帯に広がる黒いものが、すべてシャシーの肉体の一部なのか。
やがて、黒いものはすべてランプに吸い込まれ、遮るもののなくなった戦場跡に日が差し込まれる。
今まで黒い瘴気のようなものに隠されていた光景がはっきりと視界に広がる。動けないまでにバラバラになったアンデッドの躯。それが彼方まで敷き詰められている。
一つため息をつき、ランプに命じる。
「出なさい」
ランプから煙が噴出し、少女の形を取る。
「ケケケッー!」
「それはもういいから」
「ケ?」
反射的に戦いを開始しようとしたシャシーを止める。
「もうあなたは戦わなくても消えません」
「ケ・・・・・・。・・・・・・ケ!」
戸惑いながら、やっぱりとりあえず戦っておこうと動き始めるシャシー。
「はあ・・・・・・、止まりなさい」
動きを急停止させるシャシー。私の魔力で起動しているランプに入った以上、私の魔力を込めた命令には逆らえない。
動きを止めたまま時間が経過する。
そろそろいいだろう。
命令を解除する。
「あ・・・・・・」
動けるようになり、戦わなくても消えない自分の体を確かめるように確認するシャシー。
とりあえずは済んだようね。
「クククククハハハハ!」
これで「無限に復活する力」は私の手元に入った。
揺れる馬車の中、今度こそ留学先を目指し道を進んでいる。
私の隣にはランプが置かれている。
シャシーはランプの中で眠っている。
戦わなくても消えなくなった彼女に、私はまず寝ることを進めた。
生態的に生まれてこのかた、眠ったことはないだろう。寝るという単語の意味も分かっていないようだった。
まず睡眠が必要ではないかと判断した。
そもそも睡眠が可能なのかとも思ったが、問題なく眠れたようだ。
ランプの中で実体化せずに眠る方が快適なようで、最初はランプの外で眠っていたが何度か起きて、しまいにはランプの中に入っていった。
次は情操教育が必要かしら?
留学先に着いたら彼女に物を教える人間を雇わないと。
家庭教師、それとも家政婦? 乳母?
そもそも魔法生物にしか見えない彼女に教育を施してくれる人材などいるのだろうか。
疑問には思うが、それほど心配はしてない。
何しろこれから向かう先は・・・・・・
「お疲れ様ですマヤ様」
そうこうしているうちに、サーヤが食器生成魔法でカップを出し、ポットからお茶を入れていた。カップは魔法で出したが、ポットはどこから出したのだろう?
「冷めないうちにお召し上がりください」
揺れる馬車の中、サーヤの差し出す紅茶にはまったく波が立たない。
私が受け取ると紅茶は馬車の振動に合わせて波紋を作る。
「ねえ、サーヤ」
「はい、マヤ様」
「このカップはいつ消えるのかしら」
サーヤは穏やかに微笑んで答えた。
「あと一時間ほどです」
馬車は国を挙げて魔法の研究が行われている留学先のバビブリル七種連合国に向かう。
ガタガタと車輪の音だけがをその場に残して。