29 無限に至れない病
死霊魔法は一般魔法である。
正確には一般魔法の中に、付与魔法だの、死霊魔法だののカテゴリーがある。
死霊魔法の主な使い方としては、死体を「動く死者」にして操る。自分を「不死者」にする。死者の霊を呼び出し、取り付かせる。霊を操るなどだ。
霊の情報を得る手段は、自分に霊を憑依させることだ。憑依させた霊を完全にコントロール下に置くことができれば、その霊の記憶を共有することができる。
ただ、死霊魔法は制約付きの魔法だ。
この世界は、何もしなくても動く死者が沸いてくる。そこにさらに動く死者を増やす死霊魔法は、習得しただけで制約が付けられる。
登録されていない野良術師は、見つかり次第、官憲にしょっ引かれる。
登録されていても、許可なく死霊魔法を使用すれば、登録時に掛ける制約の魔法によって、すぐに居場所と使用した魔法が把握され、拘束される。
スキルがあるので、制約の魔法は効かないかもしれないが、それはそれでまずい。制約を無断で解除したと取られなくもない。
そもそも、ドラゴンの魂に使われた例がないので、正確に作動するかも怪しい。
さらに、知りたいのは不滅の魂の構成情報であり、記憶ではない。記憶の方も十分貴重な情報になるとは思うが。
それでは、神聖魔法の方はどうだろう。
神聖魔法は神に祈り、その力を借り受ける魔法とされている。
魔法研究と神聖魔法は相性が悪い。
天至の塔には、神聖魔法を使える者はいない。
神聖魔法を使う者は、主に、その神を崇める宗教の機関に所属している。
塔では教授たちにより、研究だけが行われている。それは塔での神聖魔法の扱いによる。
聖地の守護者であるレイから聞いた言葉によると、神は精霊と同じである。正確には精霊とは、魔王による神の再現である。
魔導王国から魔法の研究を、ある程度引き継いでいる塔においても、基本的には同じ扱いである。
神とは、人が魔法を使うための手間を省く従僕である。
はっきり明言して、各宗教を敵に回すことはしないが、内部ではそれが暗黙の了解となっている。
守護者情報であり、魔導王国の定説によると、神は魔素と人から生まれた。
魔力持つ生物の、意思、願い、望み。意識無意識、或いは、目的をもって使う魔法。それらが世界中に充満する魔素に流れ、積み重なり、その中から明確な形と力を持って誕生したのが神だとされている。
魔素から生まれた神は、魔素を自在に操り、世界中の魔素を元にして魔法を振るう。
人の願いより生まれた神は、同じ願いを持つものに力を貸し、神聖魔法としてその者の願いをかなえる。
人に信仰され、崇められれば崇められるほど、その力は高まり、忘れられば、力を失い、存在さえも消える。
神を模して人ができたのではなく、人を模して神ができた。神が人型をしている理由である。
そして、ドラゴン型の神もいる。ドラゴンがいたという証明の一つとして挙げられる点である。それ以前の神というのも存在しており、ドラゴン以前から、魔力と自我を持った生物が存在したとも言われている。
魔導王国時代の神と、今の神は別物である。
古き神と、新しき神。古き神は消え、新しい信仰とともに、新しい神が芽吹く。百年もすれば、信仰の形も変わり、新しい宗派も生まれる。神も百年で、消え、新しい神が生まれる。
そんな考えをしている所に、信者がいつく訳がない。当然、信者でないと使えない、神聖魔法を使える者もいない。
神聖魔法の優れている点は、神の存在である。
人の使えない高度な魔法でも、魔素の申し子である神なら使える。
ドラゴンの霊を調査する魔法も、神ならば使えるだろう。
その神と接触して、制御して、己の望む魔法を使うように誘導できれば、ではあるが。
結論としては、どちらも望み薄。ドラゴンの不滅の魂の構造を調べる魔法を使うのは無理、と言ったところか。
自分で使えないなら、使える人を用意して使ってもらうという手もあるが……、根本的なこととして、ドラゴンの魂を調べるには、ドラゴンの――ウロボロスの協力がいる。
無理に調べて、ドラゴンを怒らせるのも、いかがなものでしょう。何しろ、生殺与奪の全権は向こうにあるのだから。
「無限竜の咆哮」は、向こうの意思で使える。いつでも。
聖地で意識を失い、目が覚ました時、ウロボロスは作られた肉体を失くし、魂になっていた。
一度、肉体を取り戻したウロボロスは、精神が落ち着き、正気を取り戻していた。
その肉体は、作る時だけではなく、維持にも魔力が必要になるらしい。膨大な魔力で形作られた肉体を消し、また魂だけの姿に戻ったのだそうだ。
そう言えば、ドラゴンの肉体は神に滅ぼされたのだっけ。ひょっとして、それを避けるために、魔王はこんな仕様――いつでも肉体を持ったり、失くしたりできる魔法にしたの?
と言うか、あのスキル、不滅の肉体を作っていたの。どーりで馬鹿みたいに魔力が必要になってくる訳ね。
しかし、ドラゴンを滅ぼした神って、ドラゴンスレイヤー神でもいたの?
神聖魔法「ドラゴンを皆殺しにする魔法」とか、使うのかしら。
霊の調査は、すっぱり諦めて、常夜灯作りの続きでもしましょう。
灯の魔法を半永久化するためには、とにかく魔力が足りない。
ここはセンサーやタイマーの方を先に考えてみよう。
センサーだと、光の強度を感知する仕組みと、強度によって灯をオンオフする仕組みがいるわけだ。オンオフは魔力が流れるか否かで実現できるとして、光強度感知魔法? 光強度測定魔法か? あるのだろうか、そんな魔法。
タイマーの方は、オンオフはセンサーの方と同じでいいとして、時間を計測する仕組みか。時間測定魔法。それとも自転計測魔法だろうか。
調べてみないといけない。
調べものは後にして、取りあえず、作ってみよう。
魔力タンク型の灯と、代行型の灯。混合型の灯。この三つを作ってみる。
これは時間さえかければできることだった。
組み立てるだけ感もあったが、魔法付与もうまくいき、三つの電気スタンドならぬ、魔法スタンドが完成した。動作も問題はない。
同時にセンサーとタイマーに仕える魔法を探してみたが、時間測定魔法は見つかった。魔法発動中は、頭の中に正確なタイマーが存在している形になる。これは物に付与して使えるのだろうか。
他の魔法は見つからない。
これまで多くの――それほど多くもない気がしないではないが――研究者たちが研究を重ねて、未だ完成に至っていない、魔法の永久常夜灯作成。それが、一研究者と言えるかも怪しい個人が、ちょっとやってみたぐらいで、すぐできるようになるはずがない。
このまま何十年と地道に研究を続けていけば、いずれは完成できるかもしれない、ぐらいのものだ。
私はそれでも構わないのだけど、地道な研究を何十年となく続ける。それも楽しいでしょう。
でも、私の魂はそれを許すのか。
……………………………………………
許されない。疾く、疾く、最短最速で無限に至れ。
守護者に恩を返せと迫り、精神の精霊魔法で塔の住人すべてを、無限の研究に従事する奴隷とせよ。資料も使い放題。すべてなくなってもいいから、実験に使い潰して、無限に至る情報を少しでも見つけ出せ。
或いは、精神に作用する精霊を感知できるようになるだけでいい。後は、自分でやる。
塔首及び、最高導師たちの精神に干渉し、少しずつ無限の研究に傾倒するよう導く。それで無限の研究は、今までとは違い、飛躍的に進むようになるだろう。
「マイアお嬢さま、ちょうどいいとこに来ましたね」
いつの間にか、研究室から部屋に戻っている。
「ついにリルに乗って、足を全く動かさないで移動することに成功したのですよ」
ダルシーは五体を完全にカリリルの背に任せ、力を抜いてだらけ切った姿勢で、誇らしげに自慢をしてきた。
ダルシーは口と生体維持機能さえ残っていればいい。スキルを使うにはそれで充分。それが効率的だ。
手段は問うな、道義などに縛られるな。最短最速で、無限であるべきである。それを成せ。
それはどうだろう。
それは短絡的で、近視眼的で、直情的で、直線的な考えだと思う。
相手がリアクションを取ることを考えず、自分の都合のいいように進む前提での話。
精神の精霊で洗脳しようとしていることに、誰か一人でも気が付けば、相手もそれ相応の対応を取る。無駄に敵を増やし、最短最速どころか、手段のための手間で、何も目的は進まない危険も十二分にある。
私は魂の促す衝動を否定した。
だが、否定しきれない部分も私の中には確かにある。
否定したのは、その方法は効率的だという部分だ。
それは、却って非効率である。
無限を目指すことも、早く至りたいことも、そのためにはあらゆる手段を取ることも、否定はしない。
それにしても何でしょうね、この衝動は。私でない、何かがこの身を突き動かすのだろうか。
転生ではなく、憑依で、真のこの体の持ち主、マイアベル・リノ・キャサザードの意思に突き動かされている、とでもいうのだろうか。
でも、
「無限に狂っている令嬢なんて、嫌よねえ」
「ええ~~」
ダルシーが、どの面下げてそんなこと言ってんのか、という目でこちらを見てくる。
まあ、私はこの体に転生する前から、前世からこうだったので、それはないと思うのだけど。
よしよしと、カリリルの顎の下を撫でる。目を細めて愛撫を受け入れる獣。
ついでに、その上にあるダルシーの顎も撫でてみた。
「あ~あ~あ~、愛玩動物じゃないで……、いや、それも悪くない? でも、愛玩動物って飽きたら捨てれそうな気も……」
「まいど!」
客だ。入り口を開けたままの状態でたむろっていた。客は白い歯を見せつけるように笑顔でトークする。
「天至の塔ハウスキーパー協会です。何か不満点や不具合などございませんでしたでしょうか」
「あは、あわ、あ」
恥じる心があったのか、ダルシーはまともに喋れなくなり、急いで自分の部屋に逃げ帰る。
白い歯を煌めかせてそれを眺めていた、ハウスキーパー協会の人間は、爽やかに言ってくる。
「お子さんですか」
……あったわね、そんな噂。
ここは丁重かつ誠実に、相手の冗談に応じて、まったくの噂であると分かってもらいましょう。
「あら、前歯をへし折られたいのかしら」
そもそもが、スキルを身に着けた理由はこのためだった。
好きに実験できるマジックアイテムがないなら、自分で見つけ出してくればいい。
各地の無限の研究に関係していそうな、マジックアイテムをスキルの力で、手当たり次第に漁って、力技で見つけ出してこよう。
それが、もっとも速く無限に近づくための方策だ、と思う。