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21 やはり、良くなかったようだ


 その瞬間、壁から床から天井から、鉄を含む鉱石が一斉に噴き出してくる。そして、鉱石は私の命令に従う。

 坑道内を埋め尽くさんばかりに浮かんだ鉄鉱石は、勝手気ままに踊り始めた。


 「オオ~」

 シャシーの体をすり抜ける鉄鉱石。実体を持たないシャシーは感嘆の声を上げるが、肉の体を持つイーヒンは、

 「ちっ、ぐっ、くそ」

 高速でぶつかってくる鉄に出血もしないが、うっとおしがっている。鉄の精霊は踊っているだけでイーヒンを狙っているわけではない。それが故に軌跡が読めないでいる。

 一方のシャシーはすり抜けるので、鉱石など無視して攻撃を仕掛けてくる。

 さらに鉱石が飛び出してきた地面は抉れ、穴だらけになっており、足を取られる。

 精霊にはイーヒンを中心にして踊るように伝えてある。私はこの隙にダルシーたちの所まで下がる。そして、鉄の精霊を宿した鉱石をひとつ呼び寄せて、カリリルに食べさせる。

 「うわ、ホントに食べた」

 カリリルはその牙で鉱石を粉砕して、飲み込む。

 消化した精霊を含む鉱石を精霊力に変え、自分の肉体に変える。カリリルの体は膨らみ、坑道を塞いだ。

 「来なさい」

 手短な呼びつけに従って、カリリルは膨らんだ体を捨てて、本体で飛び出してくる。

 「シャシーも」

 「チェ~」

 不満を口にしつつシャシーもこちらに戻ってくる。もちろん坑道を塞ぐカリリルの抜け殻はすり抜ける。



 イーヒンは頭部を腕でかばい、鉱石の中を突っ切る。足止めに残されていたアイアンゴーレムを体当たりで片付け、道を塞ぐ抜け殻に、迷いなく拳の一撃を食らわせる。

 今までに感じたことない感触。

 己の一撃で壊れない物質に意外さを隠せないイーヒン。


 鉄の精霊力を宿したカリリルの抜け殻は、鉄の硬度と肉の弾力を併せ持つ物質になっていた。鉄の硬度を持ちつつ柔らかい毛と肉。初めての感触に戸惑いつつ、手でまさぐって確認する。

 「はっ、これで俺のあ「シャシーキック!」

 鉄の壁をすり抜けて、シャシーの巨大な蹴りが、イーヒンの顎を下から打ち抜く。完全に予想外からの攻撃に仰向けに倒れこむイーヒン。

 「ケケケケケ、ざーこ、ざーこ、隙ダラケ」

 そして、また鉄の壁をすり抜けて、向こう側に消えるシャシー。

 イーヒンは上体を起こし、落ち着いた仕草で顎を撫でる。

 「ふう」

 そして、大きな溜息を一つ。

 ゆっくりと、慎重に起き上がる。

 顎から手を外し、拳を握り締める

 その握り締めた拳に、破裂しそうなほどに血管が膨張して浮き上がる。

 「あ・の・ク・ソ・ガ・キ・が」


 坑道が揺れた。

 カリリルの抜け殻は揺れながら、坑道をこすり、削りながら、こちらにズレて動いてきた。


 最後の煽りは余計だ。

 あれがなければ、壁をすり抜けての攻撃を警戒し、時間が稼げたかもしれないのに。


 また、坑道が揺れる。カリリルの抜け殻に亀裂が走った。


 急がなくては。レイラインがそんな遠くまで途切れているはずはない。

 「レイラインロード」を起動した状態で、逃げながらレイラインを探す。


 これでレイラインの光が……見つけた。


 違う。

 これはレイラインの光だ。それがどんどん広がっている。

 光は床も壁も天井も埋め尽くし、さらに光量が増す。


 そこから何者かが出てきた。


 この精霊力は、エルフだ。


 エルフにレイラインロードが使えるのか? それともエルフの転生者? 一見したところこのエルフは男のようだが。能力を使えるようになるのは女の転生者だけのはず。

 しかし、こんな精霊力は……。


 エルフは何色なのかも判別できないほどに色の混ざった瞳をこちらに向け、

 「妙な気配がしたから、来てみれば……」

 こちらを睥睨する。


 やはり精霊を勝手に増やしたのがまずかったのだろうか。

 怯えて、子供の体になったカリリルの後ろに隠れようとするダルシー。サーヤは冷たい目で見下している。こんな時でもいつもと変わらない、先ほどと同じ対応だ。


 その時、サーヤが一歩進み出る。

 鉄の抜け殻が轟音とともに砕かれ、その破片が蹴り飛ばされてきた。

 サーヤは素早くストールを抜き放ち、飛んできた鉄片を包み込み、受け止める。

 護衛としての訓練も受けているため、スキルの無しの戦闘力では、私よりサーヤの方が上だ。


 次は自分の身で飛び掛かってくるイーヒン。


 前門のエルフ、後門のキレた超フィジカル。どうしたものか、この状況。


 マスター代行権限で命ずる。


 何て言った。

 言葉を発したわけではない。今のは精霊に命令を伝えるコマンドだ。エルフか、しかし、マスター? 精霊に命じる時にそんな言葉「時の精」聞いたことが、しかもだいこ「〇〇よ」とか……


 !


 瞬間、考え込んでしまったせいで、とてつもない何かを聞き逃したような。


 戻り始めた。


 鉱石が地面に壁に天井に戻り始め、複写した鉄の精霊が消えていく。砕けたカリリルの抜け殻も破壊される前に戻り、それから縮んで一つの鉱石に戻り、坑道に帰っていく。


 これは、時間を戻している?


 飛び掛かってきていたイーヒンが巻き戻るかのように、後方に飛び戻されていく。


 「? ? ! ?」

 イーヒンの意識は巻き戻っていないようで、その顔には混乱に満たされている。


 意識は戻さず、体の動きだけ時を戻している?

 それは普通に時間を戻すより面倒で手間がかかる技術なのでは。


 「ふん」

 エルフは一言だけ残して、レイラインの光の中に消えていった。同時に広がっていたレイラインの光も巻き戻るように消えていく。


 来た時と同じように、唐突にエルフはいなくなった。

 後ろでは巻き戻りが終わって、跳躍した場所に戻ったイーヒンが再びこちらに向かっている。

 だが、先ほど巻き戻りが始まった地点まで来ると、再び体だけが巻き戻されて、元の位置に戻ってしまう。再び、向かって来ようとするが、再度同じことになる。


 いけない。ぼけっと観察している場合ではない。巻き戻りが続いているうちに逃げなくては。


 レイラインの光がやってきた方向に走る。おそらくこの方向でいいはずだ。

 まもなく壁に突き当たる。


 土の精霊 鉄の精霊 両方に命じて壁を変形させる。

 上手くいかない。

 その二つ以外の構成物が壁に含まれているためか。中途半端にしか道が開けない。なら、


 壁に含まれるすべての精霊


 今度は無事、壁にトンネルが空いた。それを潜って先に進む。とにかく急げ。

 トンネルは通りすぎた後、元に戻るように命じておいた。


 いくつかの壁と長いトンネルを抜けた先、日の光が差した。

 鉱山を抜けて外に出たのだ。

 まだ、レイラインは見えない。

 いや、そもそも、今、レイラインを使うのは……。

 

 外に出たのならば、ニュクスの出番だ。周囲から精霊を集めてニュクスにぶち込む。

 それにより、待機(ヒヨコ)モードから不死鳥(フェニックス)モードに変形したニュクスの背に乗り、空を飛ぶ。


 「最初からこれで行けば良かったのでは」

 「背中に火の精霊の影響が出ないように飛ぶのは難しいの。それに、これだけの人数を乗せて、あまり長い距離は飛べないわよ」

 ダルシーの苦情に答えながら、荒野を見下ろす。

 「見つけた」

 空からならと思っていたが、レイラインの光を見つけた。

 鉱山から少し離れた所にあった。

 私はそのレイラインの続いている先を見る。地平線にかすかに見える黒い影。あれは木の連なりか。

 あそこがエルフの聖地なのか。


 「行かないんですか」

 今レイラインを使って移動すれば、出る先では、おそらく先ほどのエルフと鉢合わせるだろう。


 「何? 追ってきたの? ストーカーかよ。キモ!」となって攻撃でもされたら、逃げる間もなく時間逆光で胎児以前の状態に戻されて、消えてしまうかもしれない。


 「ストーカーは良くないですよね。止めましょう、そうしましょう」


 しかし、あのエルフ。

 そこから感じた異常な精霊力。

 それは精霊力異常とも違う。イーヒンの精霊力異常活性とも違う。

 まるで森が凝縮されて人型になっているような……、いや、違う。そんな次元の精霊力ではなかった。もっと恐ろしい何かがあそこにある。

 そう精霊が警告してくれていたような……、もしかしてこれが「囁き」というやつなのだろうか。

 いや、囁きが聞こえるあの男は、あのエルフをまるで気にしていなかった。頭に血が昇っていて囁きに耳を傾ける余裕がなかったのか。

 それとも、囁きとは別の、「精霊に愛されし者」の効果なのだろうか。

 それに「マスター代行権限」とかいうもの。スキルの効果で精霊にしか聞こえない命令が聞こえたのか? これまで他の人が精霊魔法を使った時には、そんなものは聞こえなかった。

 さらに、よく聞き取れなかったが、おそらく「時の精霊」を行使した。

 「時の精霊」 そんなもの初めて聞いた。そんな精霊がいるのか。

 それに、確か、「時の精霊〇〇〇〇〇〇〇」。こう言っていた。精霊の後に、何か言葉が続く。こんな精霊魔法の様式も聞いたことがない。


 次から次へと疑問が沸いていくる。

 しかし、今考えなければいけないことは……、


 もしかして、あのエルフが聖地の守護者なのだろうか。

 そうであっても、違っても、どちらでも宜しくない。


 あれが守護者でない、ただの聖地住みのいちエルフにすぎないならば、聖地にはあのレベルのエルフが複数存在していると考えるべきだ。

 あれが守護者であれば、守護者が守護する対象を置いてまで来るようなことをやらかしてしまったことになる。


 どうしたものか。


 こちらとしては、情報収集のためには最悪、血さえ手に入ればいいのだから。


 大量の蚊でも放ちましょうか?




 壁をぶち破って外に出るイーヒン。

 「クソっ!」

 ようやく巻き戻りが終わり、後を追ったが、すでに侵入者たちの姿は見えない。

 囁きがここから上空に移動したと教えてくれるが、もはや影も見えない。


 「どこへ行く! イーヒン特別武官!」

 勢いのまま後を追おうとするイーヒンの背に、隊長の怒声がぶつけられる。

 邪魔スンナ。


 「ここの守護が貴官の仕事だ! これは戒律とは関係のない貴官の任務だぞ! 『鉄血』の特別武官と言えども勝手な行動は許されない」

 怒りの表情で一歩も引かず、イーヒンをにらみつける隊長。その横には部下の兵士が、信じられないものを見る目でこちらを見ている。

 煩ワシイ。


 「うるせーよ」

 一言だけ吐き捨てて、背を向け。振り返らず飛び出していくイーヒン。


 イーヒンが去って、静寂がその場を包む。

 「追いますか?」

 心を落ち着かせるまで、いくばくかの時間を必要とした部下の提言に、隊長はゆくっりと首を横に振った。


 「どのみち、我々には止められはせんよ」

 沈痛な顔で、若い兵士が去って行った方向を見やる。それも一瞬のことで、すぐに普段の鬼隊長の表情へと戻り、部下をどやしつける。

 「駐屯地に連絡しろ! 急げ!」



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