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2 阿修羅姫

 馬車から降りた私を、侍女が粛々と送り出す。

 「いってらっしゃいませマヤ様」

 黒髪をゆすって頭を下げる侍女。彼女は私のことをマヤと呼ぶ。

 私、マイアベル・リノ・キャサザードは振り返り侍女に答える。

 「行ってくるわ、後のことは任せるわね、サーヤ」


 侍女――サーヤは私に使えるメイドだ。代々我が家に仕える騎士の家系で、母親を病気で亡くし、父親も戦死したと聞いている。そのため、幼くして主君である我が家に引き取られ、使用人として育てられた。そして、幼い頃より私付きの侍女となった。


 家の意向より私の意思を優先する子で、婚約解消して国外に出る計画も彼女にだけは話して協力してもらっている。留学先にも一緒に行く。


 その彼女と一旦、別行動を取るのには理由がある。


 一つに、身についたスキルの効力を試しておきたいこと。

 そしてもう一つに、この国を離れる前にやっておきたいことがあるからだ。


 実質国外追放である留学でこの国を離れると、簡単には戻ってこれない。その前に、この国にある『無限の力』に関係するかもしれない事柄を調査しておきたい。



 父である公爵閣下は、厳格で辣腕であった祖父を真似、厳格であろうとしていた。だが、公爵閣下はどうも祖父の厳格さをはき違えているように思われた。


 私は基本、実家に閉じ込められ、王太子妃、そして将来の王妃として必要な教育のみを受けさせられていた。それ以外のことは無駄と断じられ、一切が排除された生活だった。私に求められたのは家のためのパーツであることだった。


 私には弟が二人いるらしい。


 らしいというのは一度も弟に会ったことがないからである。

 「なぜ弟と会わせないのか」と聞いた私に公爵閣下はこう言った。


 「王子の婚約者であるお前や、我がキャベルザード家の後継となる弟が不慮の死をとげた場合、身代わりを立てる必要がある。そうなれば言動の節々に、影武者だという意識が現れてしまう。最初から会ったことのない姉弟であれば、別人になっても気づかず、自然に接せられるだろう。リスク管理の一環だ」


 それが公爵なりの処世術だと宣った。


 どこかズレた対処法であるし、突っ込みどころも多い。だが、公爵の中では筋道の通った理屈なのだろう。


 公爵閣下としては他人にも自分にも厳格な人間のつもりのようだったが、あくまでつもりでしかないように思えた。


 ある日いきなり、公爵はサーベルで私の目を斬り付けた。自分でも親から見て可愛げのない子供であると自覚していたが、そんな次元の話ではない。


 公爵は斬ったあと「その目が気に食わない」とポロリと本音をこぼし、そのすぐ後に、「そんな目つきでは王子が気に食わないだろう。回復魔法で治して目つきを変えてもらえ」と言った。

 本人はこの言い訳で厳格さを保ち、威厳を取り繕っているつもりなのだ。


 むろん、公爵は王子の好みなど知りもしないし、回復魔法で治せば目つきが変化するなどということもない。


 他の貴族たちからの評判も宜しくないようで、国王陛下にも良く思われていなかった。婚約解消すれば、公爵を外戚にしないで済む。その考えが婚約解消の後押しになったであろうことは否定しない。


 母の印象は薄く、ほとんど会話を交わしたことがない。

 王太子妃、王妃になった時、身分が下になる母親とはどのように話すべきかという授業があった。そこで、相手役として母を相手に実践会話した。それが数少ない母娘の会話のすべてである。



 私はそんな生活を送りながらも、できる範囲で『無限の力』に関係するかもしれない情報を集めていた。

 自由意思で外出できない家であったが、王子から呼ばれた時にはあっさり外出が許され、泊りになっても何も言われることはなかった。

 泊りといっても実際のところは、冒険者としての活動---何日かかけて、遺跡に行って調査していたのだけど。

 そうやって、情報を集めたり、独学で魔法の勉強をしていた中、「ゴーストの噂」を聞いた。



 それは、「無限に戦い続けるゴースト」の噂。



 山深い渓谷の谷間。かつての打ち捨てられた戦場跡。

 その場所に、ゴーストが現れる。

 それは女のゴーストで、妙齢の女だという説もあれば、幼い少女だという説もある。

 その戦場跡に迷い込んだ男は、そこに野犬の群れを見つけた。飢えた野犬の恐ろしさを知る男は、すぐさまその場から逃げ出そうとした。だが、どうも野犬たちの様子がおかしい。野犬たちは何者かと戦っていた。

 男は恐る恐る近寄り、野犬たちの相手を見た。

 それは黒く半透明で、下半身のない、女or少女のゴーストだった。

 ゴーストの腕が野犬たちを打ち、爪が野犬たちを引き裂く。野犬たちも決死の反撃を仕掛ける。その牙がゴーストの腕を噛み千切るも、千切られ地面に落ちた腕はばらばらに分解し、黒い瘴気になった。黒い瘴気は再びゴーストの体にまとわりつき元の腕に戻る。その調子で、いくら傷を負わせてもゴーストはたちまち元に戻ってしまう。野犬たちに勝ち目はなかった。それでもあくまで向かってくる野犬をその場で引き裂き、逃げだした野犬も、追って引き裂いた。

 すべての野犬の命の火が消えた時、ゴーストもまた姿を消し、周囲の瘴気に溶け込むように消えていった。

 呆然と佇む男の目に再び動くものが見えた。それは先ほど殺された野犬たちであった。

 何百年もの間、戦場跡に漂う負の念が野犬たちをアンデッドへと変えたのだ。その瞬間、周囲の瘴気が一点に集まり、先ほどのゴーストの姿となった。

 ゴーストは自分と同じアンデッドとなったゾンビ犬たちを、先ほどと変わらず、打ち据え、引き裂き始めた。反撃するゾンビ犬たち。戦いは生前と同じ流れを辿り、アンデッドであっても動けなくなるほどにゾンビ犬たちがバラバラにされると、先ほどと同じようにゴーストは消えていった。

 普通、ゴーストは生者を恨み襲ってくるものとされている。しかし、このゴーストは生者も死者もお構いなし。あらゆる動くものを襲い続けるのだ。

 いつまでも、いつまでも、無限に戦いを求めて。


 これが私の聞いた噂の概要である。


 「ゴースト」、それもまた私の研究対象の一つである。

 実体を持たない精神体で、怨念を持って死んだものがゴーストとなると言われている。実際は、もっといろんな要因でゴーストが生まれるのだが。


 私が着目したのは、ゴーストの消滅条件である。


 ゴーストは誕生のきっかけとなった怨念が晴らされた時に、成仏して消滅する。

 或いは浄化魔法などで強制昇天されても消滅する。


 この二つがゴーストの消滅条件である。


 逆に言えばその二つが満たされない限りゴーストは消滅しないとされている。

 消滅しないということは、つまり無限の時間を存在し続けられる、永遠の存在ではないか。そう考えられる。少し無理があるのかもしれないが、考えられる。一応。理屈上は。


 とはいえ、正確なゴーストの生態?(霊態?)について、解明されているわけでない。

 何千年、何万年と放置されていれば、怨念もすっかり忘れてしまい、勝手に成仏してしまうかもしれない。そんなことをわざわざ確かめた者はいないので分からない。

 この場合はゴーストは無限の力で永遠に存在しているのではなく、ゴースト本人の恨みの感情、精神力を消耗し存在しているということになる。


 そもそも、噂では「無限に戦い続けるゴースト」と言われているが、内容を聞く限り『無限の力』とは関係ありそうにない。そもそも噂なんて、どこまであてにできるの怪しいものだ。

 さらに言えば、私のゴーストの知識も独学による中途半端なものでしかなく、この状態で調べてもよく分からなかった、という結論しかでない可能性が高い。

 噂は噂でしかなく、そんなゴーストはいなかった、と言う結果になる可能性も大いにある。


 はっきり言ってしまえば、今しか調査のチャンスがなさそうなので、信憑性の低い噂であっても、スキルの性能を試すついでに行ってみようというだけにすぎない。




 私は噂の場所から、それなりに離れた場所に身一つで降り立った。噂の場所までは、徒歩で数日はかかる距離だ。

 スキルを試してみるために、こんな場所に降りたのだ。


 私は全力で目的地に向けて走り出した。

 森を突っ切り、山に飛び込み、野生動物や魔物、山賊にも遭遇しても、無視して全力で走り続けた。ひたすらペースを落とさず、木々深い山中を全速で走り続ける。追ってくるものもいたが、追っ手はやがて力尽きて足を止める。一方の私は、まったくペースを落とすことなく、そのまま一昼夜走り続けて目的地の付近までたどり着いた。


 疲労もなく、息も切れず、汗もかいていない。一日中走ったのに足に痛みもなく、豆もできていない。

 森の中を無理やり突っ切ったので、突き出した木の枝などに何度もぶつかり、植物の棘や鋭い葉にが刃となってこの身に裂かんとしたが、傷一つなく、痛みもなく、肌にはアザすらできていない。

 眠気もない。

 途中食事を一切取っていないのに、空腹感もゼロ。

 体だけでなく、服も靴も無傷だ。何度も枝に服が引っかかった。その度に力ずくで引っ張って走り抜けたのに、裂き傷どころか、ほつれもない。頑丈で丈夫な生地などではなく、見た目と優美さを最優先した貴族の着る服でだ。

 硬い地面に容赦なく靴を叩きつけ、泥でぬかるんだ地面にも躊躇なく踏み込んだ。だというのに、靴はどこも壊れていないし、汚れすら残っていない。舞踏会にでも出席するようなヒールの靴でだ。

 障害物たっぷりの道なき道を全速で走ってきたのに、一度も足を踏み外すことも、滑らせることもなかった。


 「完全な肉体(パーフェクトボディ)」、「挟持合一」、「融通無碍の宣下」、この三つのスキルの効果だ。


 スキル「完全な肉体(パーフェクトボディ)」はあらゆるものに耐性を持つ肉体になる。

 毒や精神攻撃への耐性効果もあるらしい。「便利だが、酒を飲んでも酔えなくなるので気を付けろ」とケイ先輩が言っていた。

 スキル「挟持合一」は身にまとっている物や触っているものに別のスキルの効果を及ぼす。

 スキル「融通無碍の宣下」は自分の思った通り体を操れる。


 身に付いたスキルの内、三つのスキルの効果を試してみたが、どれも便利な代物で十分に満足している。

 「異世界から転生して、貴族令嬢となり、聖女と呼ばれ、王子に婚約破棄を言い渡され、王子の冒険者パーティーから追放される」などという、おかしな条件を満たしただけの甲斐はあったと言えよう。

 組織(アガペー)に渡されたリストと照合してみた結果、百近くにも及ぶ共通スキルはすべて使えるようになっていた。

 そして、もう一つ、「ブレス」というスキルがあった。

 ブレスというからには、ファイアブレスでも出せるようになるのかと、試してみたが何も出なかった。追放じゃなくて解散、などの条件を正確に満たせなかったせいで、習得失敗したのだろうか。

 まあ、使えないものは使えないでしょうがない。


 それにしても「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果で疲労がないのは、無尽蔵の大量。すなわち『無限』の体力がもたらされているからなのだろうか。これもいずれ検証する必要がある。



 目的地に到着した私は、その戦場跡を見渡した。


 聖女の結界の効果で、国家間の戦争は抑制されているが、内乱に対しては、結界は何の効果もない。ここは百年以上前に、そんな内乱によってできた場所だ。片付けるものもない、おびただしい数の死骸が打ち捨てられるままになっている。


 ゴーストやゾンビなどと言ったアンデッドは、この世界では自然発生的に生まれてくる。特に死者の怨念や無念が集まった場所からはアンデッドが生まれやすくなる。戦場跡などももその一つだ。なので、戦いが終わった後には、清掃や浄化などが行われるのが常なのだが、あまりにも戦場の規模が大きいと作業途中でアンデッドが発生してしまう。そのため、作業が打ち切られ、土地ごと放置されることがある。ここもそうやって打ち捨てられた場所なのだろう。


 こんな場所に一人でいるのに、恐れや怯えなどの感情が全くない。


 これも「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果の一つか。


 よって、私は覚悟を決める必要もなく、平静な心で戦場跡に足を踏み入れた。


 二歩、三歩ほど進んだところで、「ケケケケケケ」という雄たけびが後ろから聞こえた。


 私は慌てず騒がず、ゆっくりと落ち着いた動作で振り返った。

 そこには鋭く伸びた爪を振りかざすゴーストが、空中に()()()()()()


 スキル「不意打停止」の効果が出たのだ。

 その名の通り、不意打してきた相手の攻撃が停まる効果があるスキルだ。


 まるで時間が止まっているかのように停止しているゴーストを観察する。

 ゴースト出現の噂は本当だったようだ。噂では妙齢の女性説と、幼い少女説の二つがあったが、今目の前にいるゴーストは少女だ。十二、三才ほどの容姿に見える。

 噂では黒の半透明の体で、下半身はないとの話だった。

 確かに半透明の体は黒みを帯びており、向こうが透けて見えている。

 下半身どころか胸下までしか体はなく、その下は辺りを漂う黒い瘴気のようなものと繋がっている。


 「不意打停止」で停まっている時間はそれほど長くない。


 私はゴーストの後ろに回り込み、距離を取る。

 三歩、四歩と離れたところで、ゴースト少女は再び動き出した。突然、目の前から標的が消えたように見えたのだろう。戸惑ったように左右を見渡すが、後ろにいるとは気付かなかったようだ。やがて周囲に溶け込むようにその姿を消していった。


 ずいぶんと人間味のある仕草だった。

 ゴーストには生前の記憶と人格を保っているタイプと、狂化して話の通じないタイプがいるが、彼女は話が通じるタイプかもしれない。

 その後も何度か確認してみたが、ゴースト少女は消えた場所から一定の距離に侵入すると再び出現する様子。


 私はその距離に踏み込まないように注意して、周辺から木片を見つけてきた。杖を取り出し魔法を使う。


 スキルの力ではなく、私は魔法を習得している。

 万有魔法、一般魔法とも呼ばれ、この世界の人間なら誰でも覚えられる魔法だ。

 もちろん何もせずに使えるわけではなく、きちんと学ぶ必要がある。


 幼いころから研究のために、ぜひとも魔法を習得したいと思っていたが、王太子妃教育の中に、魔法の授業は含まれていなかった。


 この国の貴族にとって、魔法は使うものではなく、配下に使わせるものだからだ。


 そこで侍女のサーヤに頼み、キャサザード家に雇われている魔導士から、魔法の勉強のやり方を聞いてきてもらった。

 貴族の使用人が魔法を覚えるのは特に珍しいことでないので、主人から命令されたサーヤが魔法を習ってもおかしなことはない。

 私はサーヤからの又聞きで、王太子妃教育の合間を縫って魔法の勉強をした。冒険者として家から出ている時には、頼み込み、報酬を払い、他の冒険者に教わりもした。


 そのためある程度の魔法ならば使用できる。主に研究の役に立ちそうな魔法を選んで習得した。


 サーヤは私に勉強法を教えるだけで、自分では魔法を覚えようとしなかった。

 私が「サーヤも何か魔法を覚えてみれば」と促すと、食器生成魔法を覚え、魔法で出したティーカップで紅茶を入れてくれた。


 物質生成系の魔法は一時的に魔力から物質を生み出す。術者が解除するか、一定の時間が経過すれば生み出した物質は消える。


 初心者の魔法だったからか、私が飲み切る前にティーカップは消えて、紅茶は絨毯のシミとなった。

 サーヤは「お嬢様の要望に応えただけですが何か?」という顔でいそいそと絨毯の掃除を始めた。シミはあっという間に消えていた。シミを消す魔法でも習得していたのだろうか。



 私は拾ってきた木片に杖を振るい、ウッドゴーレムを精製する。

 木片は形を変え、人型になっていく。

 ゴーレムと言っても巨大なものではなく、人の腰のあたりまでしかない丸太に、指もない手足がついただけの代物にすぎない。

 複雑な機能を備えると魔力の消耗も増すので、必要な機能だけを乗せて作る。


 そのゴーレムをゴーストが出現した方に向かわせる。


 のそのそ短い手足を動かして歩いてゆくゴーレム。

 黒い霧のようなものが収束し、再び少女の姿となってゴーレムに襲い掛かった。


 ウッドゴーレムに戦うための機能はない。ゴーレムは一方的に攻撃されながら、最初に出した指示どおり、歩き続けるだけだ。


 動くことができないほどに破壊されたゴーレムは、魔法が解け、元の木片に戻った。

 戦う相手がいなくなったゴースト少女も、動きを止めしばらく漂っていたが、また先ほどと同じように周囲に溶け込むように消えていった。


 ゴーストは普通、生者には襲い掛かるが、命を持たないものには反応しない。したがってゴーレムに反応しないことも考えられたが……。

 試しに、拾った石や木片をゴーストが出現した辺りに投げ込んでみたが、無反応。

 命あるものかないのもかは関係なく、戦えるか戦えないかで判定して襲ってきている、ということだろうか。


 「なるほど、無限に戦い続けるゴースト、ね。これを目の当たりすれば、そういう噂にもなるかしらね」


 実際のところは、「無限に戦い続けるゴースト」と言うより、「戦う間だけ現れるゴースト」が正しい表現だろう。


 「もっと戦いたい」という怨念からゴーストになったバトルジャンキー。そんなゴーストであれば、戦う間だけ現れるゴーストになるかもしれない。

 ゴースト少女の様子からはそうは思えない。一見、雄たけびを挙げ、戦闘を楽しんでいるように見えたが、よくよく観察してみるとそうでもない気がしてきた。

 喜んでいるように見えて、戦闘行為自体は淡々とした作業的なものを繰り返しているだけのようだ。


 これはもっとよく観察をする必要がある。


 そう判断した私は、「不意打停止」を解除し、スキル「二重心(ドッペルガイスト)」を発動させる。


 本人と同じ思考、同じ記憶をもった仮想人格を作り、そいつにオートで体を動かしてもらうスキルだ。戦っている間しか出現しないなら、このスキルでゴースト少女の相手をし、その間ゴースト少女をじっくり観察することにした。


 ゴーストの現れる範囲に進み、待つ。

 今までのパターンから背後に現れると予想する。


 案の定、背後から襲ってきたゴースト少女に「二重心(ドッペルガイスト)」が自動で対応する。


 ゴースト少女は技術もなく、ただ腕を振り回すだけだった。

 オートにした私の体はそれを捌くが、このスキルはオートになるだけでそもそもの私の技量以上の性能は発揮できない。

 振り回すだけの攻撃でも捌ききれず、いくつかは食らってしまう。

 ただし、「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果があるので、攻撃が当たっても痛くも痒くもない。


 それなら、対応する必要すらないのではと思い、「二重心(ドッペルガイスト)」を解除し攻撃されるがままにする。

 棒立ちで効かない攻撃を食らいながら観察していると、ゴースト少女はしばらくして攻撃を止め、消えてしまった。


 その場でしばらく待ってみたが、ゴースト少女は現れない。

 一旦その場から離れ、時間を置いてまた戻ってみると、またゴースト少女は現れ襲い掛かってきた。

 今度は「二重心(ドッペルガイスト)」を起動したまま戦いながら、観察する。すると、今回はゴースト少女は消えなかった。



 以下、検証過程は省略して、判明した事実をまとめる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ゴースト少女は戦闘中にのみ実体化する。

 ゴースト少女が一方的に相手を攻撃し破壊するのは、「戦闘」とみなされる。(例 ウッドゴーレム)

 ゴースト少女が一方的に攻撃を仕掛けるが、相手は無抵抗で一切ダメージを与えられないのは、「戦闘」とみなされない。

 一切ダメージを与えられないが、相手が攻撃に対して反応している限り「戦闘」とみなされる。

 会話が可能。(戦闘をしながら。会話しかしていないと消える。)

 名をシャシーと名乗る。

 母親から生まれてきたと主張。(注1)

 母親も同じゴースト(生態)。

 言葉や名前は母親から教わった。(注2)

 戦闘していないと消えるという自覚を持っている。

 戦闘に楽しいという感情はない。ただ、()()()のが楽しいと感じている。

 消えている間の意識はない。

 消えたくないという感情はなく、ただ、母にそう言われたからそうしているだけ。

 母はいつの間にかいなくなっていた。

 元々は別の場所におり、戦いの時だけ実体化。それにより少しずつ移動し、いつしかこの戦場跡にたどり着いた。

 ここに来た当時、ここには大量のアンデッドがおり、それと戦っていた。

 やがて、アンデッドを倒しつくしてしまい、野生動物や旅人がこの場に迷い込んだ時だけが実体化する機会だった。

 母以外にこんなに話をしたのは初めて。

 母はシャーリーにたくさんの話をしてくれた。そのの話の中には魔法使いの老人の話があった。その老人が「恩人」なのだそうだ。



 (注1) ゴーストは複数の怨念が寄り集まって生まれる場合がある。その寄り集まったゴーストから分離し、別のゴーストが生まれることがある。ただし、このケースがそれにあたるとは考えにくい。

 (注2) 子供を育てるゴースト。子供を亡くした母親の怨念で生まれたゴーストなどは子育てに執着する。だが、それはあくまで生者の子供に執着するのであって、この場合とは別ケースと考えられる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 以上がゴースト少女から得られた情報である。

 会話が成立するとはいえ、ゴースト少女の言葉はかなり不明瞭で、意思疎通にはかなりの手間がかかった。

 こんな時に使えるスキルがあれば良かったのだが、スキルには調査の役に立つ効果のものはあっても、直接情報を入手できる類のものはなかった。

 痒い所に手が届かないとはこのこと。



 次からは、上記の情報をもとに、考察をまとめる。


 基本ゴーストには実体がないが、このゴースト少女は戦っている間は実体化する。

 ゴーストは人を襲うときなどに、一瞬だけ体の一部を実体化し、物理的な攻撃を加えてくることがあるので、それ自体は不思議はない。


 「戦わなければ消えてしまう」、その生態と、母親がそれを知っていたこと。

 そんな生態のゴーストの情報はない。ただし、私の知識が不十分であるため断定はできず。


 境遇により情緒が育っておらず、自分の境遇を理解できていない様子が見られる。

 精神的には人間と変わりない印象を受けた。

 それ故、これ以上の会話は危険と判断。

 情緒が育ち、自分に境遇を理解できる知性を身に付ければ、自身の異常な状況に精神が耐えられなくなる危険性があると思われる。


 魔法使いの老人。

 何らかの情報を持っていると推測。

 この老人がゴースト少女とその母親を、この生態に変えた可能性が高い。


 これはゴーストではなく、別の存在ではないのか。

 ゴーストだというのは噂に過ぎない。違う存在である可能性は高い。



 結論


 現状の私の知識、能力では結論は出せない。




 やはりこうなったか。薄々こうなる予測はついていた。

 あくまでスキルの効果を試すのが本題で、ゴーストの噂はついでに過ぎない。だから、結論が出なくても別に構わない。

 構わないのだが……。


 これ以上の情報を得るには、魔法使いの老人とやらを見つけるしかないだろう。

 ゴースト少女のシャシーはその生態のため、正しい時間間隔を持てない。生まれたのが何年前なのか、その老人は何十年前の人物なのかもはっきりとしない。

 移動にかかる時間。アンデッドを絶滅させる時間などを考えるに、かなり昔の人物であろう。


 そして、最も肝心な疑問として、これは無限の力とは関係ないのではないかと言う疑問。

 つまり、この件、私が調査する意味があるのだろうか。


 ゴースト少女への感情はまったくない。これも「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果だろうか。


 現実問題として、私がこのゴーストにできることなど何もない。

 ゴーストを祓える払える人を寄越して、消滅させるぐらいか。

 連れてゆく?

 「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果で、ダメージがないとはいえ、常に戦いながらこのゴーストを連れて歩くのか。

 人里に行くのさえ危険だ。人里を避け、私が死ぬまでこのゴーストの面倒を見る。

 そんな真似をする義理があるのか。

 第一に、それは『無限』の研究より優先されることなのか。


 私が放っておくなら、これからもゴースト少女はこの場所に襲える存在が現れた時だけ具現し、襲える存在がなくなったら消える。それを繰り返すのだろう。永遠に。


 特に感傷はない。

 相手は出会ったばかりの相手。特に思い入れもない。当然のことだ。或いはこれも「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果によるものだろうか。


 最後にもう一度考えよう。


 この件は無限の力とは関係あるのか。調査する意味があるのか。


 ()()


 「完全な肉体(パーフェクトボディ)」の効果のおかげか、私は平静で冷静な精神は一つの結論を導き出していた。


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