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19 鉄の国 鉄の掟 鉄より強き者


 この島の中央部には大森林が存在する。

 この森は気候の影響を一切受けず、常に青々とした木々が生い茂り、豊かな実りをもたらしている。

 そして、その実りの及ばない荒れ果てた荒野が森の周りを覆っている。


 エルフたちはこの森に住み、周りの荒野には森から追い出された者たちが暮らしている。そこが鉄の国だ。


 この大森林がエルフの聖地ではないか、と当たりをつけやってきたのだが、ここでレイラインが途切れてしまった。

 しかし、地理的に見ればあと少しの所までやってきている。


 このまま突っ切るべきだろうか。


 見回りの兵士の前で私は考え込む。

 兵士は何事もないように見回りを続ける。

 スキルの効果で兵士には私が認識できない。ゆっくり考えていても何も問題は発生しない。


 そう、兵士には私が認識できない。よって、兵士は辺りに誰もいないと思っている。


 兵士は突然立ち止まった。

 辺りを見渡して、ズボンを下ろす。

 立小便を始めた。


 ええ……。


 兵士は周りに誰もいないと思っている。そうなんだけど、なにもこの密閉された空間でしなくても、トイレにぐらい行きなさいよ。


 「貴様!! そこで何をやっている!!」


 突然の怒声に兵士はビックリ。私もビックリ。


 二人の男がこちらに向かってきていた。


 一人は兵士と同様の兵装の壮年男性。

 こちらの方が装備が高品質か。

 髭を蓄えた唇は忌々し気に震え、あの怒声はこの男が発したもののようだ。


 もう一人は背の高い若者。

 他の二人と似たような兵装だが、メットをかぶっていない。その手で兜をもてあそんでいるが、これは自分の兜ではない。隣の壮年兵士の背中の兜で手慰みして遊んでいる。


 このせいで兜が鳴る音が聞こえなかったのだ。小便をしていた兵士も、誰か来れば、この音で分かると思い込んでいたため、突然のことに過剰に驚いてしまったのだろう。


 「何をしている! と、聞いているのだ!」

 「あ、これは、その……」

 怒鳴りこむ壮年兵士。上司と部下なのだろうか。

 なんとか言い訳をし始めようとする部下に、髭の上司はそれを断ち切る怒声を浴びせる。

 「鉄の戒律!!」

 するとどうだろう。兵士はそれまでの態度から打って変わって、素早く背中にぶら下げていたフルフェイスの兜を被り、直立不動の姿勢を取る。

 「職務を怠った! 第三条!! 怠慢の罪!!」

 「押忍!」

 「坑道内での所定位置以外での用足しは禁じられている! 第五条!! 禁令の罪!!」

 「押忍!」

 「言い訳を行おうとした! 第一〇条 弁解の罪!! よって! 三罪を三拳にて罰す!!」

 「押忍!」


 うるさい。いちいち怒鳴らないと喋れないのか。不法入国しつつ隠れている身で言うことでもないが、狭い坑道内でこうも怒鳴られては耳がキンキンする。勢いに飲まれてスキルの騒音耐性をオンにするのを忘れていた。


 私が騒音耐性をオンにしていると、上司らしき兵士が、鉄の小手をした拳で、部下の頭部を兜越しに三発殴っていた。あおむけに倒れる部下。


 まさかこのために兜を常備しているのか? どっちも痛いだろこれ。


 「鉄の戒律!!」


 まだあるのか。


 上司の怒声に部下は傷む首を抑えながら立ち上がる。

 「部下の管理不行き届き! 第一条!! 連帯の罪!!」

 今度は上司が兜を被って、直立不動の態勢を取る。

 「一拳!!」

 上司がそう叫ぶのと同時に、部下が鉄の拳で上司を殴る。直立不動のまま部下の拳を受け切った上司は倒れなかった。


 よそ様の国のやり方にいちいち口を出す気はないし、実際にしないが、こうして目の前で見せつけられると、見て楽しいものではない。この国の軍隊なりの、これが必要な事情はあるのだろうが。

 最も、見せつけられるも何も、勝手に盗み見ているだけなのだが。


 「そろそろいいかい、たいちょー。そっちの用が終わったなら、こっちの用に取り掛かりたいんだけど」


 この光景を、薄ら笑いを浮かべながら見ていた、背の高い男が初めて口を開く。


 「うむ! 侵入者の気配を感じたのだったな! 特別武官!」

 「ああ、この辺にな。俺の勘がそう囁くのさ」


 侵入者の単語に、再度心臓が跳ねる。だが、根拠は勘か。まあ、する必要もないが、息をひそめておこう。


 「囁きによると……その辺だな」

 そう言って、特別武官と呼ばれた男が指さした方向には、私がいた。


 ちょっと、まさか。


 驚いている暇間もなく、特別武官は躊躇なくこちら向かって走りだし、その勢いのままこちらに殴りかかってきた。


 両手を交差させて、飛び込んできた拳を受け止める。受けた腕の表面にピリッとした痛みが走る。


 痛み? 痛み!?


 組織(アガペー)の魔導書籍によると、スキルによる肉体の耐性は無制限ではない。至近距離で大砲を撃ち込まれれば痛みが出る、と記してあった。


 この特別武官は素手で大砲並みの威力を出したということなのか。


 いや、だとしても認識ができないはずだ。


 特別武官は私の姿が見えない。拳が当たった時の感触も感じられない。腕が反動で何もない所を殴ったのでない動きをしたが、その動き自体を見ても、それが異常とは認識できない。……そのはずだ。


 「何も異常はなかったようだが」

 隊長の壮年の髭が、言葉に合わせて動く。

 「ええ。確かに何もなかったですね」


 良かった。ちゃんとスキルは働いている。


 「でもね」

 そう言って、特別武官は私を指さす。違う、見えていないはずだ。つまり指をさしたのは、私の後ろの


 「俺はあの壁をぶち壊すつもりで殴ったんですよ。なのに、あの壁が壊れてないってことは」

 本当に大砲並みの威力ならあの岩壁ぐらいなら壊せるだろう。

 「見えないし、触れもしないけれど、そこに何かあって、それで防がれたってことでしょう」

 「エルフの妖術か!!」

 隊長が叫ぶ。


 まずい。エルフとは関係ないが、これはまずい。


 撤退すべくレイラインを探すが、ちょうどレイラインの出口と私の間に鉄の国の兵士たちが挟まっている形になっている。


 「そこか」

 特別武官はまたも、認識できないはずの私の位置に蹴りを撃ち込んでくる。

 蹴りを躱し、さらに必要ない程大きく後ろに下がる。

 「囁きが聞こえるぜ」

 特別武官は必要ないほど大きく下がった私の位置を完全に把握している動きで、こちらに迫る。


 待てよ。


 感が囁く、囁き、囁きが聞こえる?


 こいつは私を認識できていない。だが、「囁き」が教えていると言っていた。


 囁き。


 私を認識できる何者かがここにいて、そいつがこの特殊な兵士に私の位置を教えている?


 悠長に、閃きに思考を浸している状況でもない。


 「定点座標」


 特別武官の男、その後ろの一般兵、その後ろの隊長。すべてをワープして飛び越え、レイラインに向かって走る。


 「そっちか」

 特別武官は超反応ですぐに振り向き、こちら向かってくる。


 鉄の精霊よ


 精霊魔法が即座に発動する。

 兵士たちの手首と足首の鉄の防具が変形し、手枷足枷となる。


 特別武官の動きは一瞬だけ止まり、すぐに腕と足首の鉄枷を引きちぎって、こちらに向かおうとする。

 そこには枷で縛られて倒れこむ兵士の姿があった。特別武官の後ろに付き事態をうかがっていたのだ。

 倒れこむ兵士を跳ね飛ばしてこちらに向かってくることもできただろうが、それをせず、兵士を受け止める特別武官。

 私はレイラインロードを発動させ、その場から消えた。



 「どうなったのだ! イーヒン特別武官!」

 変形して枷となってしまった防具を、素早く脱ぎ捨てて、立ち上がる隊長。


 「……ふう、逃げられたみたいです」


 「あ、申し訳ありません! 特別武官殿!」

 イーヒンに抱きかかえられながら謝罪を叫ぶ兵士。


 「たいちょー、俺の邪魔をするのは、戒律違反にはならなかったですよね」

 「ああ、そういうことになる」

 隊長は部下に制裁を下そうとはしない。


 「ま、気にすんな」

 イーヒンは人懐っこい笑顔を浮かべ、兵士を拘束する鉄を()()()()()()その手足を開放する。


 「じゃ、戻ってますわ」

 「ああ、後の処理はこちらでやっておく」


 イーヒンは最初からランタンを持っていなかった。そのまま暗闇の坑道に、危なげない足取りで消えていく。


 「特別武官殿は寛大な方ですね」

 兵士はキラキラした瞳でその後姿を見送る。

 「機嫌が良かっただけだ」

 隊長は不愛想に吐き捨てた。


 彼は知っているのだ。

 機嫌が良かっただけ。では、機嫌が悪ければ?

 特別武官の腕力は素手でたやすく人体を引き裂く。彼は、それを()()()()()

 「あれは獲物を見つけて機嫌のいい時の獣の顔だ」



 鉄の戒律  最終条  ‐鉄より強くなれば、戒律に従わなくても良い‐




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