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18 一方的な蹂躙ではない、一方的な実験だ


 鉄の国は大陸の北西、そこから突き出た島国である。


 地球の立地で言うとイギリス的な場所になる。


 イギリスとの違うのは、イギリスは対岸が見えるくらい大陸に近い場所もあるが、鉄の国はかなり大陸から離れている点。


 なにしろ、鉄の国と大陸の間には、一つの国が挟まっているほどだ。


 海に浮かぶ数十もの諸島が集まって形成された国。シャッガール連邦である。


 諸島に対して、聖女の結界はどのように働くのか。結界は土地に対して張られている。

 この場合は島を結界が包む。数十もの島、その一つ一つに対して結界が存在している。

 もちろん海もシャッガール連邦の海域である。島からはみ出して、海にも結界の効果は及ぶ。

 しかし、それでも、空隙というのものが存在する。

 結界と結界の間、ほんのわずかな海域に結界の空隙ができてしまうのだ。


 まず、この国の海賊を装う。

 客船を襲う。

 標的となった客船は、周辺に救援信号を出し逃げる。逃げる先を誘導し、密かに結界の空隙に追い込まれていくようにする。

 結界の空隙となる領海に入ったならば、正体を現した鉄の国の海賊が本格的に船を襲う。


 「――と、いうことになっているらしいわ」

 海賊の襲撃により、客は一番大きな船室に集められていた。

 私は認識を操り、こっそり船室から出て、状況を把握して戻り、旅の仲間に説明をしたところだ。

 ダルシーは怯えるが、他のメンツは一向に恐れを見せない。サーヤはいつも通りで、シャシーは船旅が退屈で寝てしまっている。

 他の船客たちも怯えている者は少数だ。

 酒を飲み、見物したがり、船員に止められている者もいる。

 ちょっとしたショー気分だ。これがこの国の国民性だろうか。


 レイラインは海を越える。海底を走り、鉄の国まで繋がっている。

 逆に、海に浮かぶ無数の諸島からなっているシャッガール連邦は、地上部にレイラインが通っていない。大部分が海底を通っているため、「レイラインロード」で移動できのるのは限られた島の一部だけだ。

 それにほとぼりが冷めるようにゆくっりと進むつもりであったので、船を利用した船旅としゃれこんでいた。

 そこを海賊に襲われたのだ。


 船長室に行くついでに見てきたが、船上での戦況は互角。船の警備兵と賊は一進一退の攻防を繰り返していた。こちらの船に乗り込まれている時点で、後れを取っていると言えるし、船側は救援が来るまで持ちこたえればいいだけとも言える。


 「じゃあ、行ってくるわ」

 「いってらっしゃいませ」

 優雅に送り出してくれるサーヤと、「えっ? どこに?」と混乱するも答えてもらえないダルシーを後ろに、私は再び「認識の笠」で存在を隠し、広間を出る。


 ちょうどいい。


 鉄の国の賊なら、ひとつ実験対象になってもらおう。




 一人の船員と、一人の賊が渡り合っている所を見つけた。


 私はそこに割り込む。


 賊の振り下ろす曲刀が私の細腕に当たり、音もなく跳ね返る。スキルの効果がある限り、かすり傷も負わない。


 そして、私は「認識の笠」で認識できない状態にある。その状態で、今の状況では、どうなるのかというと。


 賊は私の姿が認識できていない。私の腕に振り下ろした曲刀が当たったということも認識できない。見えない何かに当たった、という認識さえ抱けない。

 すると、賊の脳内ではどういうことになっているかと言うと、

 賊は攻撃に失敗した。そのぐらいの認識はできる。しかし、何故、失敗したのかは認識できない。そして、それを疑問にさえ思えない。

 船員の方も同じ認識だ。賊の攻撃は自分には当たらなかった。何故、当たらなかったのか疑問に思うことはない。


 お互いに疑問を差しはさむことなく、何事もなかったかのように、シームレスに次の行動に移っている。


 私は腕を動かし、賊の方に手の平を向ける。そして、別のスキルを発動させる。


 スキル『柏手』


 シンプルな名前のスキルだ。突き出した私の手から、両手を叩き合わせた時の音が何倍にも増幅された、大音量の破裂音が発生する。同時にその破裂音に準ずるだけの威力の衝撃波も放たれる。


 脇腹に衝撃を受けた賊は吹き飛び、船の柵を叩き壊し、海に落ちる。


 このスキル、音も衝撃波も、手の平を中心として全方位に放たれる。

 つまり、スキルを使う本人もうるさいし、手が痛い。

 他のスキルで騒音耐性と衝撃耐性を付与しているので平気だが、欠陥スキルではなかろうか。


 スキルによる大音量が鳴り響いたが、誰の注目も集めない。至近距離で聞いた船員も賊も、一切音を認識できていない。衝撃も認識できないので、賊はどうして自分が吹き飛ばされ、海に落ちたのか理解できない。気づいたらこうなっていた、としか思えないだろう。船の揺れで落水したと脳内補完するかもしれない。

 衝撃波による負傷も認識できない。痛くはないのに、痛みに硬直するような動きになってしまうこと不思議がるのだろうか。

 船員も何故賊がいなくなったのか理解できない。今は近距離で大音量を聞いたので、耳が馬鹿になっていることも、まったく気づいていない。他の船員の救援に向かおうと急ぐが、バランスを崩し膝を付いた。


 その瞬間、矢が落ちた。


 「不意打停止」が機能したのだ。

 離れた距離からこちらを狙っている賊がいる。今までは味方に当たるかもしれないので止めていたが、何故だかは分からないが、味方がいなくなって船員だけになったので矢を放ってきたのだ。

 認識できない私を狙ってのことではない。

 矢の軌道上に、認識できないが私が存在していたため、スキルが発動し、矢は停止して落ちた。

 矢が落ちたことも認識できないが、船員に当たっていないことは認識できる。賊は次の矢をつがえ、放とうとしている。

 私はその賊の方向に手の平を向ける。


 『定点柏手』


 弓を構える賊のいる、その場に柏手の音と衝撃が発生する。吹き飛ばされた賊は、柵を超え海に落ちる。


 スキル「定点座標」と「柏手」を融合させたスキルだ。指定した座標に「柏手」の効果をワープさせる。


 再度、鉄の国に行った時のために、いろいろと手段を考えている。これもその一つだ。


 せっかく鉄の国の賊なのだ、試し打ちをしておきたい。


 もう一度、「定点柏手」で賊を海に落とした時、船が揺れた。

 波の揺れでない動きを感じ、船縁から乗り出して水面を見る。


 そこには小舟に乗った賊の一団がいた。賊の中に一人、魔法使いと思しき者がいる。

 彼は杖を振るい、魔法を発動させていた。


 海の水が一振りの巨大な槍となって船体を突く。

 船体に穴を開け、内部に侵入しようとしているのだろうか。


 鉄の国の海賊に魔法使いがいることに違和感を抱く。


 鉄の国は魔法を禁じている。使うことも学ぶこと禁じられている。それぐらいの情報はシャッガールに来る前ですら手に入った。


 あの魔法使いは国元を離れてから魔法を学んだのだろうか。それとも、あの魔法使いは鉄の国の人間ではなく、鉄の国から賊を引き込んだ、この国の人間なのだろうか。地元民だから結界の空隙を知っていたということなのだろうか。


 またしても魔法使いが水の槍を作る。

 私は、それを見てから、精霊魔法を発動させる。


 水の精霊が具現化し現れる。今回は精霊魔法の素養がない者にも見えるように、精霊を具現化させた。

 その精霊の作った水の槍が、魔法使いの槍を相殺し、どちらも水しぶきとなって降り注ぐ。


 いきなり現れた精霊に驚愕する魔法使い。そして、水の精霊を見て、狂乱するそれ以外の賊たち。

 「エルフだ!」

 誰かが叫び、逃げ場のない小舟の上で逃げまどい、慌てふためく。


 鉄の国の人間にとってエルフは恐怖と憎悪の象徴だ。そして、精霊はそのエルフの象徴なのだ。

 ただ一人、魔法使いの男が、落ち着かせようと賊たち怒鳴っているが、効果は期待できない。


 精霊魔法と一般魔法は同じ効果を生み出せる。どっちの魔法を使っても、同じ効果の魔法が使える。

 正確には、一般魔法は万有魔法というもう一つの名の示す通り、できないことがない、万能の魔法なのだ。


 それなら、精霊魔法を使う意味はないのか。

 そうではない。


 万能と言っても、術者の技量や魔力による限界がある。精霊魔法は精霊が多く集まっていれば、術者の魔力を遥かに超えた魔法を使うことが可能だ。それに即効性でも精霊魔法が上である。

 一旦、精霊を介するため、一般魔法より発動が遅くなると思われがちだが、実際には動作が必要な一般魔法より、頭の中で命令するだけで発動する精霊魔法の方が早い。

 一般魔法の発動を見てから、精霊魔法を使い始めても十分に間に合う。

 敢えて精霊の姿を具現化させてから水の槍を作らせても、間に合った。


 そう、賊たちには精霊の姿が見えている。精霊の作る水の槍も見えている。そして、精霊は私の命令を()()して、命令通りの攻撃を行った。


 これで()()()起こったことに、少し予想が付いた。実験の結果としては上々だ。


 続いて、私は杖を使い、一般魔法で水の槍を作り、混乱している賊の小舟に打ち込んだ。

 自分たちのど真ん中に水の槍が撃ち込まれても、誰も反応しない。


 認識できていない。


 水の槍は、船に空いた穴から海の水と同化して、消えていった。


 いつの間にか船に穴が開いていることに賊が気づく。

 「エルフの妖術だ!」

 小舟の上はさらなる混乱に引きずり込まれる。


 その時、汽笛の音が鳴り響く。


 救援の海上警備艇がやってきたのだ。


 賊たちは慌てて引き上げにかかる。

 穴の開いた小舟に乗ったメンツも急いで、やってきた大型船に戻り始める。無事戻れるのかは、神のみぞ知る。


 私は一方的な蹂躙――ではなく、一方的な実験を切り上げ、サーヤたちの待つ船室に戻る。


 実験の結果は出た。

 やはり、鉄の国の人間が異常なのではなく、あの兵士が異常だったのだ。それがはっきりと分かった。




 途切れたレイラインの先。そこで私は強制排出された。


 ここはどこだ。

 シャッガールか、それともその先か。


 暗くて何も見えない。手触りでざらざらした感触が伝わってくる。


 スキル「空膜把握」を使う。これで暗くとも見えるようになる。

 正確には視覚情報が入手できるようになる。範囲は自分の視力に準ずる。

 明るい時と同じように見えるのでもない、空から見下ろす形の視界を得るのでもない。視力の範囲内にある視覚情報をすべて入手できるスキルだ。

 視力さえ足りていれば、裏返したカードの裏面まで把握できる。

 ギャンブル用のスキルか何かだろうか。


 スキルで見えた情報から判断するに、ここは洞窟の中か? 天然の洞窟ではなく、人工のもののようだ。岩肌には鉱物が含まれている。

 鉱山か。

 鉄の精霊力を感じる。鉄鉱山のようだ。


 鉱山が掘り進まれた結果、レイラインの通っている土地を裂いてしまった。それでレイラインが途切れているのか。


 さて、どうする。


 一旦戻って、鉱山の外に出て迂回するか。それとも、レイラインの切れている部分はそれほど長くないと見て、このまま進んで、途切れたレイラインの先っぽを見つけるべきか。


 悩みが決着する前に状況が動いた。


 鉄同士がぶつかり跳ね返るような音が近づいてきていた。

 近づくにつれ灯が見える。ランタンを持った見回りの兵士だ。


 動きを阻害しない程度の鉄製の防具に身を包んでいる。

 頭には落石対策のメットをかぶり、背中にフルフェイスの鉄兜を紐でぶら下げている。

 これと鉄の背中当てが当たり、音を出していたのだ。


 暗い洞窟の中で視界が狭いフルフェイスの兜を外すのは分かる。代わりにメットを付けているのも分かる。

 なぜ、わざわざ使わない兜を持ち歩いているのか。

 それは分からないが、兵士の様相やレイラインの中での時間感覚からみて、ここは鉄の国で間違いないだろう。


 よりにもよって鉄の国でレイラインが途切れるとは。この国は他国からの人間を受け入れていない。正式に入国して、鉱山の前でレイラインを出て、そのまま地上を移動して、途切れた先のレイラインまで移動。そんな真似ができない。


 鉄の国とは俗称で、この国の人間は「グランギュストール」と自称している。

 自称である。

 他国からは独立した国と認められていない。

 地理的にはここはエルフの国である。


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