17 貴族になると村を出て、使用人になって帰ってきた
この村でいくらか過ごして、エルフにも詳しくなった。
エルフと言っても、ヒューマンと精神性に大きな違いはない。もちろん違う部分もあるが、そもそも環境や生態が違うのだ。
自然を崇拝し、自然の中で過ごすヒューマンがいる。シャーマンと呼ばれる一団だ。
森で暮らすシャーマンと森で暮らすエルフ。街で暮らすヒューマンとエルフの違う点も、森で暮らすシャーマンとエルフでは違わなかったりする。
環境や生態で違うだけで、同じ環境、同じ生態でヒューマンとエルフが育てば、そこには果たして違いが出るのか。
こうしてエルフと過ごしているうちに、エンシャル導師の考えたあの仮説も、まんざら見当違いではないと思いだした。
あのエンシャル導師でも公開していない、一つの仮説がある。
それは、エルフとは、エレメンタルヒューマンであるという説だ。
かつて精霊融合で精霊と同化したヒューマン。エルフとはその子孫ではないのか。人為的にヒューマンから作り出された種族、それがエルフ。
そのため、エルフは体内に精霊力を宿しており。代が下るごとに、完成形として誕生した始祖から遠ざかり、精霊力は体になじまなくなり、精霊力異常が起こるのではないか。
さすがの導師も思う所があったのか、この仮説は発表はしていない。
最初は信憑性の低い説だと思っていたが、ここでエルフと生活を共にするうちにこの説にも説得力を感じるようになってきた。
この旅の先、聖地にいるエルフの始祖を調べることができれば、その疑問にも答えがでるのだろうか。
レイラインの調査は終わった。
残念ながらレイラインは途中で途切れており、聖地までは繋がっていなかった。
だが、手前と思しき国までは繋がっていた。
問題はその国である。
他国との国交を断絶した閉鎖国家であり、気軽に横断というわけにはいかない。
ひとまず、その国のさらに手前の国、シャッガール連邦に拠点を移行して、その国について詳しく調べることにする。
シャッガール連邦は観光業が盛んなので、他国の人間である私たちが長期滞在していても悪目立ちしないだろう。
一気にシャッガール連邦まで行くことも可能であるが、止めておいた。密入国のリスクを鑑み、正式なルートで国境を超える。
具体的には「レイラインロード」で関所付近まで移動。手続きを行い、正式に入国。
また「レイラインロード」を使い、次の国への関所まで移動。おとなしく書類を交わし、国境を超える。
その繰り返しだ。
時間はかかるが、その方がいい事情もある。
実は、レイラインの途切れた先にある国で、その国の兵士に見つかってしまったのだ。
レイラインの途切れたその場所は警戒され監視されている可能性がある。
ほとぼりを冷ますためにも、途中で観光でもしながらゆっくりと、それでも通常の旅よりは大幅に速く、向かって行くのがいくのがいいだろう。
このバビブリルと隣国の国境付近に、ダルシーの生まれた村があった。
「どう、します? 通り道だし、せっかくだから顔を出していきましょうか?」
「そうですねえ……、故郷になんか、魚? を飾るとかあるじゃないですか。行ってみるのもいいかなあって」
故郷に錦を飾ると言いたいのかしら。
魚?
ニシンとでも間違えているのだろうか。
長老たちに別れを告げ、エルフの村を発つ。
「姉に会ったらたまには顔を出せと伝えてくれ。アレのことだ、この村に興味をそそるものはない、と言われるかもしれないが」
ふむ。
「導師は聖地に行こうと思ったことはないのでしょうか」
かつて、塔でそんな会話を交わしたことがあった。
エルフ始祖を調べればエルフの研究も飛躍的に捗る。探してみようと思ったことはないのだろうか。
「ないな」
即座に返答が返ってきた。
「そもそも、我々は人口が多すぎになったから森から出て行けと言われたわけだ。聖地はその風習を始めた元締めのような所だろう。そんな所に行っても、来るな消えろと追い払われるのが関の山だろう。そんな所に行く気はしないな」
「そうなのですか。元に住んでいた故郷の森とかにも帰りたいとは思わないのですか」
「森から出た時点で、そこはもう故郷などではないさ」
「そんなものですか」
「そうとも、自ら望んで森を出たというのに、そんなことも分かっていない連中が大勢いた。故郷に帰りたいなどどほざく輩がな。旅の途中は流浪の身だ。故郷などない。新しい森を見つけたらそこが故郷となるのだ」
「なるほど。それで、導師は故郷には帰らないのですか」
「そのうちな」
「そうか」
ビシャル長老は眩しげに空を見上げる。
「たまには帰ってこい、と伝えてくれ」
しばらくは「天至の塔」には帰らないだろうが、了解してエルフの村から発った。
ダルシーの故郷の村の近隣までレイラインロードで進み、後は徒歩で進む。整備されていない荒れた山道だが、みな平気で歩いていく。現地民のダルシーが一番辛そうであった。
山の斜面を切り開くように作られた、小さな村落が見つかった。
「僕たちは外れの方に住んでたので、こっちに」
村の入り口が見えた所で、ダルシーが道から外れた獣道に誘導しようとしてきた。
正面からは入りたくないようだ。
どうしてだろう。
閉鎖された村社会、孤児、落ちこぼれ。
それから連想されるものとは。
これが田舎の闇。
それともダルシーのことだから、村から出る時に勢いででかい口を叩いてしまったので、顔を合わせたくないとかだろうか。
次にこの村に帰ってくるときは金ピカの神輿に乗って、皆に金をばらまいてあげる、とか言ったとか。
ダルシーのことだから後者の方がありそうね。
木々の生い茂る山の中を少し登り、村の外れに出る。いくらか平地になっている斜面を切り開き、比較的新しい住まいが見える。
「どうもダルシーがご迷惑をおかけしまして」
初手謝罪から入られた。赤ん坊を抱えた若夫婦だ。ダルシーのよると孤児たちの中で一番年長の二人だそうだ。
ダルシーの経緯については、塔の食堂でレインにしたのと同じ説明をした。
結婚目的で引き取られ、婚約破棄で捨てられた。今は私の使用人、というやつだ。
「いいえ。迷惑をかけられた分は、ちゃんと仕事を増やしてプラマイゼロにしています」
とは言わず、当たり障りのない言葉を返しておいた。
「で、お土産は?」
「……あ、あ~。あ、うん」
ダルシーは妹にたかられている。お土産のことは頭になかったらしい。私は如才なく寄り道して、若夫婦にちょっとしたもの用意してきた。サーヤが進み出て渡す。
シャシーは戦いはないと伝えると、ランプの中で眠ってしまった。ここの人たちにシャシーのこと説明するのは面倒なので、そのままでいいだろう。
カリリルは旅の道中は、ずっと結構大きい狼の形態を保っている。
何の仕事をしているのかと聞かれ、「ペットの世話」と言ったダルシーが、「嘘だ~、お姉にこんな大きいの世話できるわけない」、と言われている。
ニュクスはずっと待機モードのまま眠っている。
前にサーヤにシャシーがよく分からない者扱いされていたが、実を言うと自分で作っておきながら、このニュクスのことがよく分からない。
この子は自我があるのだろうか。
精霊と融合すれば精霊の意思――疑似人格? 擬人人格? それが宿るのだろうが、ニュクスは精霊を循環させる出来上がりになってしまった。入っては出ていくだけの精霊の人格が宿るとは思えない。かと言って、元の体にも意思は宿らせていない。どういう状態の存在なのか。命令を聞いて変形する以外の機能は備えさせてないないが、ゴーレムなどと同様に、術者の命令を聞く機械のような存在になっているのか。
「おれ、狩りに行ってくっから」
ダルシーの弟と思しき少年が寡黙に告げて、森に入っていった。久しぶりの再会を楽しまなくていいのだろうか。
余裕のない生活なので仕事を休むわけにはいけないとか?
それともダルシーが嫌われてるからだろうか。
「すみません。。お客様がいらしているのに。人見知りなんです、あいつ」
女だらけで押し掛けたので逃げたのか。
それにしても兄弟姉妹たちは、日々の仕事で日焼けしているのに対し、ダルシーは焼けていない。
確か、最初に天至の塔で会った時にはすでに焼けていなかった。
室内だけで仕事をしていたのか。
それとも室内の作業だけしか、させてもらえなかったのか。
中でも最も日に焼けているのは、にいにいちゃんと呼ばれていた二番目の兄弟だ。その日に焼けた肌をさらしながら、次男が私の方に向かって近づいてきた。
「よお、あんた貴族なんだって」
畑仕事に使っていた鍬を肩に背負い、はすっぱに呼びかける。
夫婦は貴族への乱暴な言葉遣いを咎めるが、次男はお構いなしだ。
「ダルシーみたいに俺も雇う気はないか」
「それは、どうして」
「俺は成り上がりたいんだよ。そのためにはまず貴族に仕えるのが近道だろ。腕っぷしには自信があるんだ。女だけで旅してるみたいだし、護衛として雇ってくれねえかな」
ふむ。役に立つ護衛なら、確かに欲しいのだけど。
すっかり注目を集めている。ダルシーと妹もじゃれあいを止め、こちらを注視している。森に入っていた下の弟も、まだ近くにいたのか、様子がおかしいと見て戻ってきている。
「それでは、テストしてみましょうか」
望みは薄いと思うのだけど、念のためにね。
テストは模擬戦を行う。相手役は私が務める。
夫婦が止めなくていいのか、とダルシーに聞いているが、
「こんな時のマイアお嬢様は止める必要はないのです。僕は詳しいのです」
と、ドヤっている。
彼女、誰に対してもああなのね。
次男はお手製と思しき、木を削った木剣を持ち出してきた。
私は拾った木の枝にウッドゴーレム精製魔法をかける。
たちまち、木の枝は一振りの棍となった。
棍型ゴーレムだ。普通の木製の棍よりも耐久性が高い。
私は実家の教育で護身術として、棒術と杖術を学んでいる。
遠心力を使った動きは優秀だが、重心移動に難がある、というのが教師からの評価だった。
常駐させている防御系以外のスキルは使わない。
いきなり枝が棍になったので、ダルシーたちは皆驚いている。
「あ、あれが魔法というやつです。僕は知っているので驚きませんよ」
嘘をつけ。一緒になって驚いていただろう。
握りやすいように丸くなっている棍を掴み、次男に向ける。テスト開始だ。
次男は勢いよく駆け出し、木剣を振り下ろそうとしている。木剣とはいえその勢いで命中すれば、ただでは済まない。雇ってくれと頼む相手にも、躊躇のない一撃。
その点に関しては合格。
だが。
弧を描いて棍を振り下ろす。
一閃で木剣を叩き落とし、二閃で跳ねあがった棍先が次男の喉元でピタリと止まる。
凍り付いたように固まっていた次男だが、大人しく両手を上げ降参した。
技量もなにもない、力任せの動きでしかなかった。素の私に歯が立たない程度なら、護衛としては役に立たないだろう。
「もう一度やりますか」
「いえ、もう充分っす」
意気消沈し、俯いている。やがて意を決したように顔を上げ、
「あの、その……、ダルシーのやつ、やっていけてるんすかね。その、貴族の中で、……その、あいつ、どんくさいから」
もしかして、ダルシーが心配で付いて来ようとしたのだろうか。
私は社交界や貴族社会には関わる気はない。どうしても必要となれば、ダルシーではなくサーヤを連れていけばいいだけのこと。基本、ダルシーが関わるのは家内の仕事だけだ。
「そっすか……」
それを伝えると、一言呟き、私に頭を下げた。
棍に収納された腕が出てきて白刃取り。棍自体が変形して相手の体を縛る。
せっかく棍型ゴーレムならではの機能を用意していたのだけど、これは披露する空気ではないわね。
一晩厄介になって、ダルシーの故郷の村を出た。
昨夜、ダルシーにこのままこの村に残ってもいいと伝えた。
「でも、僕のスキルがないと困るんじゃあ」
「ここに血液なり樹液なりを持ってくればいいだけのことよ。レイラインが近くまで来ているのだから、すぐにやって来れるわ」
ちなみにカリリルを大きくしてベッドにしている。狼毛布団だ。
てっきり以前にも言っていた「寄生の覚悟」とか言い出すのでは思ったが、何も言わずに黙って出発についてきた。
「呪歌を教わったお爺さんには顔を見せていかないでいいの」
「ジイですか。ジイはいいかなって。もう僕のこと覚えてるか怪しいですし」
「他の呪歌を教わったりとかは」
「ジイが使えるのは、えっと、確か『獣を呼ぶ歌』と『鳥を呼ぶ歌』と『魚を呼ぶ歌』と『虫を呼ぶ歌』と……」
何かを呼びよせる呪歌ばかりである。もともとが獲物を歌で呼び寄せる魔物の能力から来ているのだから当然ではあるが。
「……あと、『雨を呼ぶ歌』ですね」
最後のは、なかなかすごい呪歌では。
「でも、降る時と降らない時があるんですよね。ほっといても降りそうな時は降るんですけど、晴れてるときはあんまり、上手くいと曇りになるみたいな」
「雨を呼ぶと言うより、『湿気を呼ぶ歌』なのかもしれないわね」
レイラインで移動する前にダルシーに最後の確認を取る。
「村には残らない、ということでいいのね」
「ま、まあ、ご飯も美味しいし、仕事も楽だし、言われてたほど危険地帯には行かない感じですし、……えっと、まあ、その、楽しいですし」
最後の方は早口&小声でもにょもにょと聞こえないように呟いた。まあ、完全に聞こえているのだけど。
「そ、それより、お嬢様強かったんですね。これなら危険とかもなく、平気で行けちゃうんじゃないですか。ただの、三食付き旅行なら、行かなきゃ損ですよ、損」
「そんなこともないのだけどね」
レイラインの途切れた先で兵士に見つかった話はすでにしてある。
「あの兵士には多分、スキルをフル活用しても勝てないでしょうね」
「……え?」
その兵士に勝てなくても、別に目的には関係ない。避けてさっさと先に進みたい所だが、そう簡単にはいかないだろう。
だから、手前の国で情報を集め、対策を練っておくのだ。
聖地への最後の障害、「鉄の国」を抜けるために。