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14 森嫌いのエルフの割合


 準備を整え長期外出に必要な手続き終え、導師から紹介されたエルフの村に向かう。


 私とサーヤ、ダルシーにシャシーも連れていく。もちろんカリリルとニュクスも一緒だ。

 シャシーも必要な分の教育は終わっている。


 「でもね、まだ十分とは言えないのよ。でもねまあ、十分な教育なんて誰に決められることでもないでしょ、これが。一生勉強だからね。まあ、今のままでも必要な分は詰め込んであるから、続きは帰ってきてからやるからね。必ず帰ってくるのよ。シャシーちゃんの体の秘密も気になるからね」

 レミラ導師は最後に研究者としての顔を覗かせた。


 「カリリルには精霊力を与え、大きくなって番犬の役割を担ってもらいます」

 ちょっと手を出すのを躊躇する大きさの狼となり威嚇してもらおう。それに加えスキル「認識の笠」を併用していく。

 その二つの方法で身を守り、トラブルを避ける。

 「この辺りは治安もいいけど、油断せず気を付けていきましょう」

 そして、出発する。


 道中は何事もなく過ぎていき、私は道中の時間つぶしに聖女の結界の話の続き、国を守るためにさらなる悲劇を招いた国の話をした。



 その国は聖女を他国から守るために、最も安全な場所を選び、聖女をそこに閉じ込めた。

 そこは王城の地下。地下牢であった。

 それが愚かなことであると判明するまでには、幾分かの時を必要とした。


 いつしか国を覆っていた結界が無くなっていた。

 地下牢に急ぎ、聖女を引き釣り出そうとする。

 やせた聖女の腕をつかみ、引き釣り出そうとする牢番。抵抗する聖女。牢番の腕は引きちぎられ、牢獄の壁に叩きつけられていた。


 結界は消え去ったのではなかった。

 結界は牢内だけを覆っていた。結界の効果を得られる国民は一人、聖女だけ。王城にいる他の者はすべて敵とみなされていた。

 結界は聖女の認識によって形を変えていたのだ。

 聖女本人でさえ、牢番の腕がちぎれた時に初めてその事実を知った。


 結界が効果を失ったことを知った周辺諸国は、こぞってこの国に攻め込んだ。

 結界の効果が失われていること知った国民は、こそって政府を責め反乱を起こした。


 結界に変わり混乱と戦が国を覆い、長い年月が経った。

 結界はいまだ国を覆わず、元王国はとっくに滅び去り、崩れ去った城跡の地下に何物も寄せ付けぬ結界だけが残っていた。

 やがて、その結界も消え、さらに年月が流れる。


 他国の勢力と自国民の勢力。それぞれが複数に分かれ、群雄割拠の様相をなしていた。

 その中から一つの勢力が台頭してきた。その勢力は指導者個人の武力によってのし上がってきた。


 その指導者は単騎で敵陣に突撃した。たった一人の進撃を止めることもできず、乱れた陣形に後続の軍勢がとどめを刺す。

 指導者は幾多の戦陣でただ一度も傷を負ったことさえなかった。指導者の部下であり友である八人の幹部が指導者を支え、やがて国内勢力は統一された。

 指導者が王を名乗り、新国家の樹立を宣言する。時を同じくして、結界が国を覆い効果を発揮し始めた。

 他国の勢力は駆逐され、民草は新たな王こそ我らの光と崇めた。


 新王の母は聖女であった。

 彼女にとって庇護の対象となるのは自身と息子のみが国であり、国民であった。息子は結界に守られ、無敵の強さを発揮していたのだ。

 その息子が国家を樹立した瞬間、庇護の対象はその国家そのものへと変化した。


 王は自分を支えた八人の幹部たちを「八公家」として特別な待遇と身分を与えた。

 長い年月が過ぎ、八公家は粛清と断絶により今では五つの家を残すのみとなっていた。


 そして、そのうちの一つの家は先代当主の時代に最盛期を迎えるも、そのことにより王家や他の貴族勢力に睨まれる。

 先代当主が死に、脇の甘い当代当主になる。

 王子とその家の令嬢の婚約も解消され、王家とのつながりも絶たれた。


 三百年の伝統を誇るキャサザード家もどのような末路を辿るのだろうか。



 「今頃どんなことになっているのやら」

 「今の、お嬢様のご先祖様の話だったんですか!?」

 「ザグーラント建国叙事詩ね。最後の方は違うけど」

 ダルシーは良い反応をする。話し甲斐があるわね。

 「マヤ様にお仕えする身でその程度のことも把握していないとは、使用人として恥ずかしいですよ」

 ダルシーに知識マウントを取るサーヤ。

 そりゃ、あなたは知ってるでしょうよ。

 「よく分からナかったけど、そのゴセンゾってやつが強いのか? シャシーと勝負サセロ」

 「それは無理ね」

 シャシーは御先祖と言う概念を理解してないようだ。

 彼女に先祖を理解させようとすると、まず彼女の母の体のことから説明しないといけなくなる。それはまだ早いと判断されたか。




 トラブルもなく旅路は過ぎ、エルフの村に着く。

 トラブルはエルフの村に着いた途端に起こった。


 バビブリル七種連合国は七種類の種族が住んでいる。その国内はそれぞれの種族が住む、六つの国に分けられている。


 エルフは固まった国土を持たず、連合国各国の森に住んでいる。村単位の規模の集落が六国中に何十といった数で点在しているのだ。


 これはエルフの生態によるもの。

 連合国に属する身として一応王が定められているが、それも各村の長老の中から持ち回りとなっている。




 そのエルフの村はヒューマンの国の中にあり、周辺の村落と交流していた。森では取れない物を交易で交換したり、エルフの能力や知恵を貸し与えたりしていた。


 交流自体は珍しくはないのだろうが、客人は珍しかったのか。「認識の笠」を解いて村に入った一行に、子供を中心とした見物が群がって来た。


 まず、エンシャル導師から紹介された人物に会いたいのだが、この状況だとそうもいくまい。

 どうしたものかと思案する私の前で、見物していたエルフの子供の目の色が目まぐるしく変化した。


 あれは導師から聞いていた症状の・・・・・・


 思案する暇もなく子供が倒れた。


 悲鳴を上げる母親。どよめく周り。祭祀様を呼べと叫ぶ大人。泣き出す子供。

 あっという間に平和だった村が惨事の態を成す。


 今後のことを考えると、ここで子供を救っておくのは有利に働く。

 打算を働かせ、子供を抱きかかえる母親に「私が診ましょう」と声を掛ける。藁にも縋る思いの母親は、信用もないよそ者に「お願いします」と頼み込む。


 ダルシーが、

 「これって、僕の時と同じじゃあ、また自作自演じゃないですよね」

 と呟く。

 そんなことはなく、まったくの偶然だ。


 私はスキル「精霊に愛されし者」を起動させ、苦しみ唸っている子供を見る。やはり、体内の精霊力が異常を見せている。


 体内に複雑に入り組んでいる精霊ごとに適切な調節を行うことでこの症状を収めることができる。

 私にそんな真似はできないが、「精霊に愛されし者」なら力技が可能だ。


 体内の()()()の精霊に命令する。



 安定せよ。



 子供の瞳の変化は止まり、即座に起き上がる。精霊力異常が原因だったので、それが取り除かれれば急激に元気になる。

 母親からは感謝され、遅れてやってきた祭祀に驚かれる。



 エルフの体には精霊力が働いている。ドワーフやマーマン、フェザーマンにリザードマン、巨人にもだ。ヒューマンにはない。この辺りが精霊との相性に関わっていると思われる。

 最も、これはメリットだけではない体質だ。


 精霊力は体内の状態に関わっている。体内で火の精霊力が高まれば熱が出る、といった具合に。


 正直、エルフ以外の種族は、そんなはっきりとした影響が出るほどの精霊力を宿していない。


 エルフは宿している精霊力が大きいため、体に出る影響も大きい。


 エルフの瞳は定期的に色が変わる。体内の精霊力の変化に応じて、瞳の色に影響が出るのだ。

 瞳の変化と時間が、体内の精霊力のバロメーターになっている。

 他の種族にはそんな特徴は見られない。


 エルフとしては通常の生態で、ある程度の時間を置いて変化する程度の精霊力の変化なら、体に異常は発生しない。

 先ほどの子供の用にすさまじい速さで瞳の色が変わるのは危険な状態あることを示す。


 特に長老の木から発生した森の中では精霊力は安定する。エルフはそれ故、森に住むのだ。逆に言えば森に住まざるを得ないとも言える。

 森から離れれば、精霊力が乱れ体調を崩し、いずれ死に至る。

 大部分のエルフは森から出ることができない。森の中で生まれ育ち、一生を終える。


 中には森に縛れていないエルフも存在する。

 体内の精霊力が安定しているエルフは瞳の色が固定され、変化することはない。

 エンシャル導師の瞳は生まれた時から変化しなかった。やがて成長と共に瞳の色が増えた。二色の色が同時に瞳の中に存在していた。さらに成長するに従って、三つ、四つと色が増えていった。色の数が七色になった時点で変化は終わり、それ以上変化することはなかった。

 導師の体内には七種類の精霊力が宿っており、それは常に安定し肉体を損なうことはないことを示している。


 先ほどの子供のように精霊力が安定する森の中にいても精霊力の異常を起こすエルフもいる。

 時代が下るにつれ、そういったエルフが増えてきている。

 エルフたちにとっては深刻な問題であるのだ。



 「この村の子供を救ってくれて感謝する」

 祭祀に案内され、村の長老の元に連れていかれた。

 長老はこの村で最も年経たエルフである。外見は50代ほどに見え、頭髪に白いものが目立ち始めていた。

 ここに案内してきた祭祀とは村の医者的な立場にある。その外見は完全に老婆のものだが、年齢は長老よりも若い。


 私はエンシャル導師から託された「紹介精霊」を呼び出す。導師がこの村の森の精霊と契約し、その一部を呼び出して森の外まで連れて行っていたものだ。


 紹介精霊は長老の耳元に近寄り、こちらには聞こえないように囁きかける。

 時々、意味ありげな目でこちらをちらと見てくる。

 精霊は自我を持たないはずだが、影響されたのかその仕草は契約者によく似ている。

 「ふう」

 導師のことをよく知っている長老は誤解なく理解して溜息を洩らした。

 「姉が面倒をかけているようだな」


 長老はエンシャル導師の弟である。



 長老ビシャルはここではないエルフの村に生まれた、何の変哲もないエルフだった。

 皆と同じ食事を取り。皆と同じ酒を飲む。皆と同じ森に住み。皆と同じく、森から出ると精霊力異常で死に至る。皆と同じ、森に縛られたエルフだった。


 他と違っていたのは姉の存在だけだった。


 姉エンシャルは森に縛られず、自由に森の外に出ることができた。姉は外の世界を旅し、ほとんど実家に帰ってくることはなった。

 こうなると姉と言うより、たまに顔を合わせる親戚のような感覚になる。


 幼き日には姉を羨んだこともあったが、成長するにつれ姉と自分は違う存在なのだと割り切るようになった。

 仲間のエルフたちには森に縛られていることに憤り、森を嫌うものもいたが、ビシャルはこのまま森を出ず、穏やかに朽ちていくのも悪くないと思っていた。


 ビシャルが生まれて百年ほどが過ぎたころ、長老たちに呼び出された。

 「ビシャルよ。お前は若木たちを連れ、新しい安住の地を探しに行くのだ」

 若木とは百歳未満の若いエルフたちのことである。

 「この長老の木の枝を持っておれば、数十年ほどなら精霊力異常を発症することもなかろう。その間にこの枝を育てられる土地を探すのだ」


 これはエルフたちが古来より続けてきた行いだ。長老の木の加護を受けられる森の範囲には限りがある。長寿であるエルフは減るスピードよりも増えるスピードの方が遥かに速い。これはエルフたちが生命の本能にのっとり増えていく過程では必要なことなのだ。長老たちも遥か昔に別の森から旅を始めて、この森を作り上げた。


 いろいろな思考がビシャルの頭を回るが、それはすべて一つの思考に行きついた。


 なぜ自分が。


 長老の木の枝の効果があるとはいえ、命懸けの使命になる。さらに自分は命を懸けでも森の外に出たいと望む、他のエルフたちとは違う。このままこの村の中で一生を終えても良いと思っていた。

 「不満のようじゃのう」

 長老たちにはお見通しだった。千年を超える生を生きている長老たちにとって、たかだか百に過ぎないビシャルの思考を読むのは難しいことではなかった。

 「私などではなく、森の外に出ても命に支障がない姉上などに任せるべきでは・・・・・・」

 「ならぬ」

 千年以上(よわい)を重ねても、未だ幼き容姿と声を持っている最長老がビシャルの意見を断ち切る。

 「あの者は森の加護を必要としておらん」

 しわがれた声の長老の一人が後を継ぐ。

 「かの者は長老の木によって安住の地を作る必要がないのだ。そのような者に託せる使命ではない」


 確かに姉なら受け取った長老の木の枝を、その場に捨てて立ち去りかねない。そうしたところで普段から森の外で暮らしている姉には、何の不都合もないのだ。


 姉は千年以上研鑽を重ねてきた長老たちにさえ勝るものを確かに持っているのだ。ビシャルには長老たちに勝るものなど何一つない。


 ビシャルは使命を受け入れ、若木たちを引き連れ旅立つことにした。

 命の危険があり、限られた時間にすぎないとはいえ、森の外に出られるのだ。ビシャルの思っていた以上に志願者が集まった。


 旅立つ前に珍しく姉が姿を見せた。


 「それでは行こうじゃないかビシャル」

 ビシャルは戸惑いつつも聞く。

 「姉上も着いてくるつもりなのですか?」

 「そうとも。私は森の外のことを色々と知っているから役に立つぞ」

 「いえ、それは大変ありがたいのですが、何故、姉上が」

 どういうつもりなのだろうか。

 「君が生まれてから瞳の色が初めて変わるまで三日かかったのだよ」

 姉が姉だけに、ビシャルが生まれた時には村中の関心を集めた。

 姉と同じように弟も、瞳の色が変わらず森の加護が必要ない体質ではないか、と。

 結果、ビシャルは姉とは違ったが、瞳の色が変化するまで三日というのはかなり長い期間になる。体内の精霊力が安定し、異常を引き押しにくい体質と言えた。

 それは使命向きの体質であることを示す。

 「その時からこんな日が来ると思っていたのだ」

 エンシャルは屈託なく笑った。



 旅は二十年の長きにも渡った。

 数々の苦難が彼らを襲う。

 国境を越え旅は続く。エルフには聖女の結界の効果もない。ある意味森がエルフの結界と言えるだろう。それ故、国同士の謀略に巻き込まれることもあった。


 たどり着いた適正地にはすでに他のエルフが村を作っていることもあった。

 いずれバビブリルと呼ばれるこの地にたどり着いた後にもそんなことがあった。

 四千年を生きるというその村の長老に、ここから東の地に手つかずの地脈があると教えられ、この地にたどり着いた。


 今から五百年ほど前のことだ。


 そして、二百年ほど前に新しい国ができた。バビブリル七種連合国である。

 魔道研究機関である「天至の塔」もその頃に設立された。

 村が出来てからも一所に留まらず、あちこちを飛び回っていたエンシャルは塔ができると、そこに所属した。そして、二百年塔に居続け研究に耽っている。


 「何の研究をしているかは知らぬが、あの人にしては珍しいことよ」


 エンシャル導師、創設からあの塔にいたのか。それに恐らくは精霊魔法であの人の右に出る物は、天至の塔にはいないだろう。

 それなのに、まったく出世せず導師のままで、他の導師たちに怒られる日々を送っている。

 まあ、出世などには興味がないのだろうが。


 「精霊から聞くところによると、長老の木を調べたいのだそうだな」

 ビシャル長老は厳しい眼差しでこちらを見据える。

 「樹液を採取してその成分を調べたい。そうだな?」

 樹液さえあればダルシーのスキルで長老の木の情報を調べられる。問題は果たして許可がもらえるかどうかだ。

 「神聖な木を傷つけることが許されないとおっしゃるのであれば諦めますが、そうではないのであれば、なにとぞ」


 無理を押し通してまで調べるつもりはない。

 許可が出なければ、周りの他の木から情報を採取。長老の木の影響を受けて、似た性質になっている可能性が高い。

 それから、「認識の笠」で隠れながら長老の木を観察。自然にできた傷から樹液が沸いていれば、こっそりそれを採取する予定だ。

 「別に神聖でも何でない。アレは我々エルフにとって、愛憎入り乱れる隣人のようなもの。それに木にとっては、傷などあるのが自然だ。逆にまったく傷のない木など薄気味悪くてならん」

 無事許可が出そうな感じだ。

 「村の子供を救ってもらった恩もあるしな。()()は認めよう」

 「我々は」か、含みを持たせた言い方をする。

 「あれは隣人(・・)だ、と言っただろう。これ以上のことは隣人(・・)から直接許可を取るのだな」



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