13 無限転生は普通
「ダルシーの経過を確認しに来たのですか」
またケイ先輩が来た。
「ん。まあ、そんな所だ」
歯切れが悪い。
この人も大概顔に出る。組織絡みで何かあったのだろうか。
しばらく押し黙った挙句、躊躇いながら口を開いた。
「『無限転生』ってどう思う」
それだけ聞かされて「どう思う」と言われても。
私を「無限」と付いているものなら何でも答えられる専門家とでも思っているのだろうか。
私は、しばし沈思して答えた。
「普通」
考えた末、率直に答えたが、これだけでは意味がわからないだろう。
ケイ先輩もあからさまに困っている。
説明しよう。
「自分がするまでは転生なんて信じてなかったのですけど、こうして転生している以上、転生は存在すると言わざるを得ないでしょう」
ならば次は、自分たちだけが転生したのか。その是非を問う。
現状、転生者と非転生者を分けるのは、前世の記憶の有無だけ。
輪廻転生の思想によれば、すべての生き物は転生を繰り返しているものとされている。それも際限なく。この世の始まりから、あるいはそれよりも前から、無数に。
つまり、我々だけでなく、すべての生き物は無限に転生を繰り返している。
我々は例外ではなく、そのうち一つ前の生、前世の記憶があるだけにすぎない。そう考える方が妥当だろう。
よって「無限転生」とは、記憶にないだけで誰もがみんなしているものに過ぎない。
「つまり『普通』、と言うわけです」
「ふ~む」
納得したのか吐息を漏らすケイ先輩。心なしか、話を言い出しかねていた時より気が楽になっている様子がある。
「それで、どうして急にそんなことを聞き出したのですか。そんな名前のスキルを発現させた転生者でも現れたのですか」
「ああ、そんなところだ・・・・・・。仮に、『無限転生』がスキルだったら、お前はどんな能力だと思う」
どうやら本当に「無限転生」とはスキルのことのように思われる。分かりやすい人だ。
「そうですね。先程の『無限転生』が普通という考えでいくと、普通でないものを普通に、転生しないものを無限転生するようにする能力。つまり『転生者』を生み出す能力でしょうか」
「そうか」
一言残し、唸りこんで考え出す。今度はあまり考えず直感で答えただけなので、そんなに考え込まれると気まずい。
どうやら悩みの根は深いようだ。
納得できる面もあり、納得できない面もあり、といった風情を出している。
組織と私をつなぐ線はこの人しかいない。この調子で組織の情報を落としていって欲しいものだが。
「そういえば、転生した時のこと、覚えていますか」
こちららかも聞いておきたいことがある。
「情報のすり合わせがしたいのですけど、ダルシーは覚えていないと言うもので」
「ああ、俺は覚えてるよ」
痛い。
とにかくそのことだけを覚えている。
どうしてこうなったのか。どうして痛いのか。どこが痛むのか。
それらは一切記憶になく、とにかく痛みだけがすべてを支配していた。
突如、その痛みが消えた。
過剰な痛みに脳内麻薬が分泌される、というやつだろうか。
そう考えていたが違った。
俺が俺を見つめていた。
上から自分の体を見下ろす俺。
これが話に聞く幽体離脱というやつだろうか。
痛みがなければそんなふうにのんきなことも考えられれる。
それから急に何かに引っ張られた。すごい力でどこかに引き寄せられていく。あっという間に俺の体が見えなくなっていく。
これが死ぬってことか。そんなふうに考えていた。
どこへ引き寄せられるのか、今どこにいるのか分からないまま引き寄せられるに任せる。
やがて、なんだか感触の違うものに触れたと思ったら、その中に引きずりこまれた。
あれが何だったのかは分からない。最初に触れた時は空気の膜のようなものかと思ったが、違うような気もする。水の中に入った時の感触のような気もする。三途の川ってやつだったのだろうか。
やがて俺は膜を抜けた。
その先にあったのは、大きな小さな少女だった。
矛盾しているが、そうとしか表現できなかった。
生きてる時と、魂か何かだけになってるときじゃ感覚も違うんだろう。
「ともかく、俺はそのまま引き寄せられてその『大きな小さな少女』の中に入っていった。そして、気が付いたらこの世界に生まれ変わってた」
私の体験と大体同じだ。
「あれが何だったのかは分からねえ。多分、あれの中に入ることで転生したんだと思うんだが。あれはこの世界の神か何かだったのか」
ただ、少しだけ違う点もある。
確かに、あれは「大きな小さな少女」にも見えた。しかし、私には違うものにも見えた。
それは「枝を張り巡らせた巨大な木」に見え、木を象った「巨大な蛇」にも見えた。
「生物学は私の専門ではないよ」
エルフについて知りたい。
エルフであるエンシャル導師に尋ねたところ、つれない答えが返ってきた。
「君の研究対象は不死だったか。確かに『不死』と目されれるエルフはいる」
黙して考え込むエンシャル導師。
しかし、この人は黙っているとまるで妖精のようだ。これだけの期間一緒にいて、いまさらそんなことを初めて思った。彼女の普段の言動の賜物であろう。
「まあいいか。『擬人』の精霊の件では実に役に立つ情報を提供してくれた。この件でも君に教えておくと有用な情報が得られるかもしれん」
そう言って、棚から鍵付きのファイルをまとめたバインダーを取り出す。
「実は私もエルフについて研究していてね」
「鍵」の精霊を呼び出し解錠させる。
またマニアックな管理の仕方をしている。
分厚い装丁の表紙をめくり、紐で留めた羊皮紙をめくる。
随分と古いものだ。
読み進めていくとそこには確かにエルフについての研究が記されていた。しかし、これは・・・・・・
「これは本当のことなのですか?」
これが本当のことだとすれば、導師が「精霊獣」なるものを作り出す実験をしていたのは・・・・・・
「さあ、まだ実証できるほどに研究は進んでいないよ」
私はファイルを閉じる。それから気を切り替えようと息を大きく吐いた。
「そこにある通り、エルフの寿命は代を重ねるごとに短くなっている傾向にある。あくまで傾向だ。子世代が親世代より長生きするケースは、私の体感だと三割程度かな。どちらにせよ君の求める不死には程遠い生き物さ」
私は黙って導師の次の言葉を待つ。
「それでも、エルフに不死を求めるなら始祖を見つけ出すことだね。少なくとも彼らが最も長く生きる、最も不死に近いエルフだろうね」
それにしても、導師は何故こんな研究をしているのか。
「それはちょっと話したくないかな。恥ずかしいじゃないか。まるで私が善人みたいに思われてしまうよ。研究の理由が人情だなんてね」
導師は歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべた。
灯にしている光の精霊が導師の感情に呼応するように揺らぎ、導師の影の陰影を濃く浮き上がらせた。
その様相は妖精とは程遠い、悪魔のような笑いだった。
「『世界樹』って、どこにあるんです、それ」
時は戻り、ニュクスこと不死鳥らしきものを完成させた直後。
「それは分からないわ」
ダルシーの問いに率直な答えを返す。
「じゃあ、どうやって行くんですか」
「まずその場所を探りに、エルフの村に行きます」
「精霊に愛されし者」とはスキルの名前だが、その名はエルフにこそふさわしいと思える。
バビブリルに住んでいる七つの種族。
ドワーフは土の精霊と相性がよく、フェザーマンは風の精霊、マーマンは水の精霊と相性がいい。
リザードマンはさらにリザードマンの中でも部族が違い、部族ごとにそれぞれ火・土・水の精霊と相性がいい部族がある。
巨人も部族により違い、火・土・風、それぞれの精霊と相性のいい部族がいる。
ヒューマンはどの精霊とも相性はそこそこである。
そして、エルフはすべての精霊と相性がいい。
あくまで全体的な傾向であり、エルフでも精霊魔法が使えないものもいれば、人間でも他の種族以上に精霊を扱えるものもいる。土よりも風の精霊を操るのが得意なドワーフだっている。
エルフたちは「聖地」と呼ばれる場所から発祥した種族だと言われている。
「聖地」に満ちたエルフたちは、やがて世界各地に旅立った。そして、ふさわしい土地を見つけると、そこに古郷から持ってきた枝を刺す。その枝の周囲に新しい集落を作る。
枝はやがて成長し、長老の木と呼ばれる樹木となる。その木を中心に集落が広がっていくのだ。
そして、その集落にエルフが満ちると、再び集落の若いエルフたちは長老の木の枝を持って旅立つ。
そうやってエルフたちは世界に広がっていったのだ。
導師に紹介されたエルフの村に行き、長老の木を調べる。その木が聖地から持ち出された世界樹の枝に連なるものであれば、その木を通して、世界樹の情報が手に入るかもしれない。
一説によれば、世界樹はこの世の始まりからあるとされる、貴重な情報の宝庫である。
「樹液飲むんですか。なんかセミみたいで嫌なんですけど」
「メープルシロップみたいな味がするかもしれないでしょ」
あれは濃縮したものだから多分しないと思うけど。
さらに、転生の時に見た木。あれと世界樹に何らかの関連があるのかも気になる。
さらに、さらに、エルフたちの旅を逆に追って行けば、いずれエルフの聖地にたどり着ける。
そこには世界樹の本体がある。
そして、聖地には世界樹の守護者がいる。それこそ世界樹を守るエルフの始祖の一人だ。始祖こそ何万年、いやそれ以上の数えきれない悠久の年月を生きている最も古いエルフなのだ。
「そこでがぶっーとダルシーが噛みつく。これで血と無限の命の秘密は頂いた。そういう計画でいこうと思うの」
「通り魔か強盗じゃないですか」
「いやねえ、冗談よ。本当にエルフの始祖にそんなことしたら、噛みつく前に強力な精霊魔法で灰にされているわ。もっと平和的手段で献血を求めましょう」
「マイアお嬢様は本気でやりかねないから怖いんですよね」
ダルシーがすっかり人間不信になってしまっている。困ったわね。
「そもそもエルフたちの旅を辿っていくって、それすごい時間がかかるんじゃ」
「何十年と旅してようやく枝を刺せる土地を見つけられると言われているわね」
そんなものをいちいち追っていては膨大な時間がかかるだろう。
そこは移動を超短縮する手段を考えている。実際に長老の木を調べるまでは確かなことは言えないのだけど。
「世界樹って確実に国内にないですよね」
「海外旅行ね。いろいろと面倒な手続きや書類が必要になってくるけど、金と権力で何とかしたいところね」
「そうじゃなくて、聖女の結界とかあるんじゃなかったんですか。国の外に出て大丈夫なんですか」
どこから仕入れてきたのか、ダルシー聖女の結界とか知っていたのね。何となく偉い人と思っているものだと思っていた。スキル覚醒の条件に出てきた単語だから、自分なりに調べてみたのかしら。
「すでに私がこの国の外から来ているでしょう。観光や旅行などでは聖女の結界は反応しないのよ」
聖女の結界はかなり複雑で面倒な仕様になっている。転生者のスキル覚醒条件と同じく、よく分からないまま使っている類のものだ。
聖女の結界の範囲はその国全域に及ぶ。そして、その結界内では他国の人間は大幅に弱体化されるのだ。
国境を越え、隣国に攻め入る軍隊。
兵士たちは重い甲冑を身に付け、重量ある武器を振るうことができる。
長い行軍に耐える体力もある。
乗馬し、時に暴れる愛馬を御す力もある。
これらは敵国に侵入し、結界の中に入っても失われることはない。
だが、その兵士たちが進攻した国の農民と戦うとどうなるだろう。
兵士の振るう武器は地元の農民を傷つけることができず。農民の振るう木製の鍬はいとも簡単に鉄の防具を貫通し、兵士の内臓を抉る。
一人の農民に何百もの軍隊が壊滅させられる。
農民無双である。
なおかつ、これで農民がすさまじい力を手に入れいれている、というわけではないのである。
農民は何も強化されておらず、振り下ろされた鍬はやすやすと兵士を貫通し、いつも畑を耕す時と同じ程度にしか地面にめり込まない。
兵士たちの力が弱っているわけではない。
農民の力が増しているわけでもない。
でも、両者が戦うと、先のような結果を生み出す。
どのような力が働いてこんな結果になるのか、まったく解明されていない。使えるから使っている。
聖女の能力を解明しようと実験するにはリスクが大きすぎる。実際、それで滅んだと思われる国も存在する。
「じゃあ、戦争を仕掛けても絶対に負けるんですね。それで平和になったんですか」
「そう、上手く話は進まないのよ」
聖女の結界に侵略が阻まれるならば、次にとる行動は聖女の暗殺だ。
他国にスパイを侵入させ、聖女の居場所を探る。どの国も見つけさせまいと聖女を隠す。
隠匿と能力の複雑によって国民は聖女のことを理解しない。「なんか偉い人」という認識になる。
スパイにも結界の効果は有効で弱体化される。道ですれ違った時に肩がぶつかっただけで骨折する。
よって、スパイは接触を避け、なんとか聖女を見つけ出そうとする。逆に聖女を守るためにどの国も敵国のスパイを見つけ出そうとする。戦争は形を変えて続けられた。
聖女の存在は王よりも重い。王なれば他の王族でも替えは効くが、聖女はそうはいかない。
王太子の婚約者程度では面会することもできないほどに厳重に隠されている。
聖女が死んでも、また新しい聖女が生まれてくる。ただし、それは国のどこかにだ。
全国民の健康医療が国によってデータ化されリアルタイムで把握されているのでもない限り、すぐに見つけ出すことはできない。
見つけ出す前に他国に見つかってしまえば終わりだ。
いくらでも手段はある。
それに、前聖女の死からすぐに新しい聖女が生まれてくるとは限らないのだ。
大体、前聖女が寿命を全うするよりかは早く、新しい聖女が生まれてくることになっている。その新聖女が成長し、ちょうど結界を張れるようになるころ、前聖女の寿命が尽きる。そういうサイクルになっている。
前聖女が寿命を全うする前に死ねば、結界の空白期間が生まれる。そこから新しい聖女が生まれるまでにも期間が空くこともある。期間が空かずにすぐに新聖女が生まれてくろこともあるが、新聖女が力を十全に震えるようになるまでにも年月はかかる。
その間はまったくの互角の条件で戦うことになる。
各国は聖女がいるからといって軍備を緩めることはなかった。
観光には聖女の結界の効果はない。
観光で国を出て、旅先で受け取った手紙に「スパイをしろ」と命令が書かれてあった場合、その手紙を読み終わった瞬間に結界の効果が有効になる。
工作により母国を裏切り、国を売り渡すつもりになった人間は結界の効果に囚われた。
母国を裏切り、敵国に情報を流し、自国が混乱した隙に反乱を起こし、自国を乗っ取った男がいた。男には最後まで結界が効果を発揮することはなかった。
聖女の結界の効果の条件がよく分からないこともあり、次から次へといろんな手段が試された。
内乱のための工作。土壌汚染。輸出制限。薬物を氾濫させる。
結界が反応しない範囲での諍いは続いた。
国境付近から遠距離砲撃で隣国の国境近辺を破壊し、土地を使いものにならなくさせる嫌がらせなども行われた。
結界の効果は国境を越えて初めて発揮される。国境外からの攻撃には影響はない。
超長距離砲撃が可能になれば、戦争の様相は変わると言われている。
中には国を守るためにしたことで、さらなる悲劇を招いたケースもあった。