11 フェニックス作ってみた
カリリルを連れ帰るだけが仕事ではない。
他の精霊獣の処置もやらなくてはならない。放ってしまって問題ないものは解き放つ。処分対象になっている精霊獣には、融合解除を試してみた。
スキルの力で精霊融合が可能だったのだから、融合を解除することもできるのではないか。
できた。
精霊獣を元の獣と精霊に分離することができた。
「これって、どんな感じ何ですか。ほら、人格? 獣格? とか?」
「虚精霊には自我や意識といったものは存在してないの。だから、精霊由来の能力が無くなっただけで、意識には何の変化もないでしょうね」
分離した獣は逃げていき、精霊は大気に溶け込むように消えていった。
エンシャル導師が精霊獣を作り始めたのは、ここ数か月のこと。それほど前から融合させられている精霊獣はいなかった。
それでも、融合させた日付が古い程、融合解除に抵抗が感じるようになっていった。おそらく、長い年月融合していれば、融合が安定し解除はできなくなっていくのだろう。
仕事を終え、「天至の塔」の部屋に帰る私たち。
「この子、エサは何を・・・・・、あ、何でも食べるんでしたっけ」
「そうね、何を食べても精霊力にして取り込んでしまうから、・・・・・・いっそのこと、精霊そのものを食べさせてしまうというのはどうかしら? 精霊ならタダだし」
「やっぱり、お嬢様はマッド・・・・・・」
危険地帯では自分の身だけでなく、調査装置・・・・・・もとい、調査に役立つダルシーの身も守らなくてはならない。私だけでは手が足りないので、彼女の護衛を作る。
「陸の護衛、カリリルを手にした今、次は空の護衛を作りましょう。海の護衛・・・・・・は必要になってからでいいわね」
「はあ・・・・・・」
ダルシーが気のない返事をする。まあ、空の護衛とか言われてもピンとこないだろう。
「・・・・・・と言うわけで、不死鳥を作ろうと思います」
鳥と火の精霊を融合させれば、不死鳥となる。
エンシャル導師はそんなことを堂々と論文に書いていた。
「不死鳥? ああ、だめだめ。全然上手くいかなかった」
そして、私の質問に堂々と答えた。
鳥と虚精霊を融合させることには成功した。精霊に火の属性を持たせることにも成功した。
「だけど、出来上がったのは『火を吹く鳥』と、『抜け毛が燃える鳥』だけだったよ」
そんなものを森に放つわけにもいかないので、それらの鳥は研究室で保管されていた。一旦は、監査官に証拠品として没収されていたが、処分が下された今、研究室に戻ってきている。
「燃えて灰になって、灰からまた復活するのが不死鳥だ。いやあ、どんな生態をしているのだろうねえ」
それは私が知りたいことだ。
「火を吹く鳥」と「抜け毛が燃える鳥」に融合解除を行う。
「ほう、本当に分離させられるのだね。それほど制御に力を入れる必要はないようだね。精霊は元々、決まった形を持たないもの。形態を変化させる融合解除にも、それほど制御力が必要ないのかな。それでも、高位の精霊魔法並みの力はいるようだが」
「そして、導師から虚精霊を融合させる方法を学んできた、と言うわけ」
その間、ダルシーはカリリルを一緒に食っちゃ寝していた。
「へええ。でも、偉い導師も不死鳥は作れなかったんですよね。マイアお嬢様が作れるんですか?」
「導師は不死鳥を作ることに拘っていたわけではないしね。精霊獣を作るついでに、伝承にある生物を再現してみようとしただけなの」
カリリルを膝に抱え、顎を頭部に乗せるダルシー。嫌がるカリリルがヘッドバッドを繰り返すが、威力が低く、ダルシーの頭部を揺らすだけになっている。
「何度も手を変え品を変え試してみましょう。最悪、作れなくても作れなかったという結果が出れば、それでいいわ」
「そんあ、もにょ、ですきゃ、ねへ」
揺らされて明瞭な発音ができなくなっている。
「それに不死鳥の生態にも興味があるの。生と死を繰り返す、無限循環系の生態になっているのか、調べたいと思っていたの」
「はい、マイアお嬢様」
しゃきっと、手を挙げて質問するダルシー。
「何かしら」
「今更なんですけど、『無限』って、どういうアレなんですか?」
「そうねえ、・・・・・・まず、アナタは『無限』というものを、どう理解しているのかしら」
「えっ、えと、すごく大きいとか、多いとか・・・・・・ですか?」
「『無限』とは『限りの無い』ことね。限りなく小さい『無限小』というのもあるわ。概念であり、神でもあり、人には認識できないもの」
「え、え、え」
「空間であり、時間であり、数式上の定義にすぎない時も、負の無限大」
「・・・・・・」
完全に付いてこれなくなって沈黙する少女。でも、私にこんな話を振るのが悪いのよ。こうなってしまうのも仕方がないことなの。
「思考遊び、想像力の限界、それも楽しいのだけれど!」
「!」
肩をつかまれ震える少女。カリリルはその隙に抜け出し、どこかへ駆けて行ってしまう。
「どうにも気になるのよね。果たして『無限』があるのか。あっても観測できないから、ないのと同じ? あって欲しいのかしら? 違うわね。あるべきだと思っている」
もはや、少女には話しかけていない。それは自分の深淵を除く行為なのか。
「あるべき、いえ、そうでなくてはならない。『無限』でなくてはならない。だから、探すの。その果てに『無限』が待っているものを」
語り終えた令嬢。固まる少女。微笑む侍女。
侍女――サーヤは重い空間を意に介せず、用を告げる。
「マヤ様、お食事の準備が整いました」
まずは、文献にある不死鳥の生態を調べることにしよう。文献によって書かれてあることが違うこともあるし、矛盾することもある。それらを総括して整理。私なりの不死鳥の正しい姿をそこから抽出する。
不死鳥の記述がある文献は多い。まず、この中から信用に足るものをより分けて、そこから信用度のランク付けをして、読み込みつつ適宜・・・・・ああ、時間が、時間が足りない。
時間が足りないのに、まずは食事を取らなくてはならない。
「融通無碍の肉体」の効果で無補給無休憩でも作業はできるが、心体のバランスが崩れる恐れがあるのでできる限り避けるようにしている。
時間さえこなせばいいという作業ではない。
バイオリズムを維持しつつ頭の回転が良く働くようにする必要がある。
それでも足りない時がある。さらに、余裕がなくなり頭の回転が足りなくなるような真似は避けなくては。
日常のサイクルを保ちつつ、研究を行う。それがベストの結果にも繋がる。
というわけで、食事だ。
だが、それにつけても時間が足りない。
「そんなこともあろうかと思い、本日は摘まめる食事に致しました」
サーヤは気が利く。
早速、私は集めてきた文献を見繕い、読み始める。
そこにサーヤが食事を差し出す。食べる。ページをめくる。咀嚼する。食べる。
「僕は何を見せられているんですか。空気の寒暖差で風邪をひきます」
ダルシーは呆れた顔で、侍女に食事を食べさせらながら文献を読む令嬢を見つめる。
「・・・・・・、そう言えば、食事ということは、僕の分も厨房にあるはず、今こそあのシステムを開発する時!」
部屋の隅っこで顎を掻いていたカリリルを見つけ、詰め寄る。
「いいですか、リル。マスターである僕の命令です。あっちの」
厨房を指し示す。
「厨房に行って、僕の食事を持ってくるのです。これは取りに行かなくても、ベッドで寝ているだけで食事が届く画期的なシステムの始まりなのです」
カリリルを抱えて、厨房の方向に向かせる。
「よし! 行ってくるのです」
解き放たれた獣は厨房めがけて、まっしぐらに走り出す。
「よしよしよし、よしよしよしよし、よしよしよしよしよしよし、よしよしよしよしよしよしよしよし・・・・・・、戻ってこない」
カリリルを追って厨房に消えるダルシー。
「ああっ! 主人のはずなのに! マスターのはずなのに! ご主人様の命令が食欲に負けてる!」
どうやらダルシーの命令を無視して、厨房にあった自分の食事を食べているようだ。
ダルシーは頭が固いな。せっかく精霊獣なのだから、その能力を生かさないと。
カリリルは精霊力で大きくなれるのだから、しっぽだけ長くして食事を掴んで持ってこさせるとか、そういう工夫をしないと。
ダルシーにダメ出しをしながら私は、咀嚼する。ページをめくる。また口を開く。
「これを不死鳥の素材にします」
そう言って出したのは鳥の骨。
「え、鳥と合体させるんじゃなかったんですか」
「復活する能力があるかどうか確かめるには、まず死んでないと駄目でしょう」
調査をまとめ、私なりの不死鳥像を作り出した。次はそれを実際に作り上げる番だ。
持ち出された骨を指でつつくダルシー。
「ほえ~、あ! そう言えば合体するには、虚精霊とかいうのがいるんじゃなかったですか。どうするんです」
虚精霊はどこにでもいて、どこにもいない。
ある意味どこからでも呼び出せる精霊だ。
そして、一度虚精霊と融合した私にスキルの力が加われば、
「『擬人の精霊』よ、ここに」
呼びかけに答え、どこでもないどこかから現れ、人型を取る精霊。
「はあ~、あれ? これ僕にも見えてます? いつの間にか僕も精霊マスターに?」
「精霊を感知できない人にも見えるように具現化させたの」
「へ~え」
おっかなびっくりと精霊に手を伸ばそうとして、やっぱり引っ込めるダルシー。「ちょっとマウント取ってこい」と、カリリルをけしかけようとするが、カリリルはちらっと見ただけで意に介せず壁に体を擦り付け始めた。
「むう。・・・・・・噛んだりしないですよね、このきょ・・・・・・、なんか名前違いませんでした?」
「虚精霊はエンシャル導師が付けた名前よ。融合してる時に、精霊から伝わってきたの本来の名前が」
「『擬人の精霊』とな。・・・・・・なるほど、『擬人』。『擬人』か・・・・・・、面白い」
精霊の名をエンシャル導師に伝えた時のこと。
「擬人の精霊」こと、虚精霊と融合したことは話さなかった。
精霊と融合したことを導師が知れば、自分の目の前で再現しろと要求してくるはずだ。どれほど危険でも「真実の追求のためには仕方がない」と押し切ってくるに違いない。
導師たちが監査導師に連れていかれた後、虚精霊と接触を試してみたら知ることができたということにしてある。
「現象・自然・物質。それらがヒトと接触できるようになる! 虚精霊と融合することによって! それが『擬人』の名を持つ? いやはや・・・・・・」
激しく興奮する導師。それも無理はない。
「ならば、精霊はヒトののために作られたというのか? 誰が作った? 神か?」
虚精霊と融合した時に見た「無限の心臓」。そのことはさすがに話していない。融合のことは秘密にしているし、アレは人に話すべきではない。そう感じる。
神は無辺なり。
無辺とは果てしのないことであり、要するに無限である。
前世で聞いた言葉であるが、精霊の奥にあった「無限の心臓」はこの世界の神なのだろうか。神であれば無限の力を持ち、精霊を創造したとしても不思議はないが。
実験開始
1日目
「擬人の精霊」を鳥の骨に融合させようとすることに失敗。
「擬人の精霊」が反応しない。指令に対し、何を言っているのか分からない、とでも言いたげな反応だけが返ってくる。融合しようとしない。
3日目
「擬人の精霊」を鳥の骨に融合させようとすることに成功。
何らかの抵抗を感じる。これは水の精霊をクラゲと融合させようとした時と同じ。「骨の精霊」などは聞いたことがないが、そんなものがいるのだろうか。
融合自体はできなかった。
7日目
無理やり融合を慣行。
できたの、のか?
骨の中に精霊が入り込んでいるだけの様子。
融合しそうにない。
9日目
まず火と擬人の精霊を融合させてみることにした。
一瞬で融合するものか。時間がかかるのか。時間がかかるなら融合中に骨をぶち込んでみるのも手だ。
一瞬では融合しない。骨をぶち込んでも無反応。
火の精霊にはならなかった。
16日目
火の精霊は生み出せた。
しかし、骨には反応しない。
22日目
骨ではなく灰を使ってみることにした。
25日目
鳥の骨を火の精霊で灰にして使ってみる。
28日目
鳥の骨を、融合で生み出した火の精霊で灰にして使ってみる。
30日目
骨と灰、両方を使ってみる。
46日目
骨が動き出した。
これはただのアンデッドだ。チキンスケルトン。