10 フェンリル解剖
「う~ん、もう少し。あと少し大きくなっていれば、森の上からでも発見できたのに」
フェンリル(仮)は四足の状態でこそ森の中に納まっているが、後ろ足で立ち上がれば確実に樹木の背丈を超えるであろう大きさをしていた。
こんな大きさでは、森の中で移動するのでさえ困難だろうが、資料にあった情報通りの生き物であれば問題ないないはず。
だとすれば問題なく森中を移動しているであろう、今目の前にいる狼が精霊獣フェンリル(仮)で間違いないはずだ。
フェンリル(仮)はこちらを見ているような、見ていないようなそぶりで体を伏せている。
私はいそいそと荷物から密閉された鍋を取り出す。
「何です、それ」
木の後ろに隠れているダルシーが聞いてくる。
鍋を置いて蓋を開くと、中から匂いが広がってくる。
「臓物の煮込み。フェンリル(仮)の好物だって資料に書いてあったので、サーヤに用意させて持ってきたの」
「へえ、何の臓物なんですか?」
匂いに反応してフェンリル(仮)が動き出す。
速やかに鍋から離れる。
「見なさい、あの牙と口のサイズ。子牛ぐらいなら一口で食べられそうじゃない」
「はい、で、何の臓物・・・・・・」
鍋に寄ったフェンリル(仮)は、二度ほど匂いを嗅いだ後、鍋ごと煮込みを食らった。
「なんでも食べられるらしいから、あの鍋もかみ砕いて飲み込んでしまうんでしょうね」
「ねえ、何の臓物なんです」
鍋を牙で突き刺し、口を持ち上げ煮込みを胃袋に流し込む。その後は、鍋自体をを噛み千切り、口内に放り込んだ。
私は荷物から出したものさしでフェンリル(仮)の全長を図る。
わずかだが大きなっている。
確かに「無限に喰らい、無限に多くなる」という宣伝に即した変化をしている。
あのサイズであの量を食べただけではそれほど変化が見られないが、それは仕方がない。
「ねえ、どうして教えてくれないんですか。何を食べ、・・・・・・食べ? ん? ・・・・・・! 今気づいたんですけど、フェンリル(仮)の調査って、もしかして、あのフェンリル(仮)を僕に食べさせる気なんですか!」
「そうよ」
煮込みを食べ終わったフェンリル(仮)は、また伏せの姿勢に戻って欠伸をしている。昼寝でもするのだろうか。
「そうよて、ちょ、な、む」
「本当はもっと簡単に情報が得られるスキルに改造したかったのだけど、なかなか難しくて。現状が限界だったの」
改造後のダルシーのスキルは「ターゲット接種(血)+連らなるもの+掌握(把握)」となっている。新しく名前が付いたりはせず、このままだ。
血を摂取したものを把握し、その構成情報が頭に流れ込んでくる効果になっているはずだ。
「『ターゲット接種(血)』となっているけど、血だけと限定されることはなく、毛細血管の流れる肉の塊でもいいし、血液がなくても、樹液、体液なんかでもいけるわ。精霊なんかだと体の一部を口にするだけで良し」
「そういう問題じゃないです」
そういう問題なんだけどな。
その前に、あのフェンリル(仮)から血に類するものを摂取する段取りを整えないと。
私は「精霊に愛されし者」を発動させる。
フェンリル(仮)は虚精霊と狼を融合させて作り上げられた精霊獣だ。いわば、半分精霊と言ってもいい。
そして、私自身が虚精霊と融合した時の感触。あれを思い出すに、おそらくは半分どころではなく・・・・・・
ゆっくりとフェンリル(仮)に向かい歩を進める。フェンリル(仮)は私をじっと見つめている。
予想が外れて襲われても、「融通無碍の肉体」を起動しているので大丈夫だと思う。
ゆっくりと近づき、そっとその足に触れる。
攻撃でなくともじゃれつかれただけでたやすく引き裂かれそうだと思っていたが、この触った時の感触は・・・・・・、これなら多分いける。
例え、この巨大な大きさを持つ爪を頭に振り下ろされようが、問題はない。
やはり、「精霊に愛されし者」が効いている。
このフェンリル(仮)は私のシモベも同然だ。
その確信を得た私は、抵抗しないフェンリル(仮)の体毛に腕を埋める。
腕はずぶずぶと毛の海に埋まっていく。
綿、いやべたつかないわたあめ。
まさにそんな形容がふさわしいフェンリル(仮)の毛まさぐり、全身を埋める。
ダルシーはアワアワしている。
思う存分調査を済ませた私は、体に纏わりついてきたフェンリル(仮)の一部を振るい落とし、身支度を整える。
「さあ、解剖しましょうか」
スキルを使わせるべくダルシーを呼ぶ。
「マッド! お嬢様はマッド博士」
近寄ろうとしないダルシー。
どうやらあれは勘違いをしている。別に体を切り開くことだけが解剖というわけではないのに。
それならそれで。
私はフェンリル(仮)の毛の海に再び腕を突っ込む。そして、引き抜く。
引き抜いた手の中には、フェンリル(仮)の体の一部が山盛りにモフモフしていた。
すかさず、スキル「定点座標」を使い、ダルシーの直近にワープする。
素早く手に持っていたモフモフを、ダルシーの口に突っ込む。
「ん! ん~! んん ん? んん? んー!」
ダルシーの声なき叫びは、途中から理解と驚きの叫びになっていった。
ダルシーの口からこぼれ出たモフモフが宙を舞い、粒子となって空気中に溶けていく。
あれは風の精霊力になったかな。
「どうかしら、情報は得られたの? 教えてくれない」
「しょうがないですねぇ」
先ほどまでの動揺は消え去り、立派なドヤ顔となっているダルシー。
「では、マイアお嬢様に教えて差し上げましょう。このダルシー教授の講義を!」
「わー」
関心の声を上げ、拍手をして盛り上げてあげる。
ダルシー教授のフェンリル(仮)徹底分析
フェンリル(仮)、それは「無限に喰らい、無限に大きくなる獣」。
その伝承はある意味では間違っていなかったと言えるでしょう!
フェンリル(仮)はその口で食べたものを、すべて「精霊力」に分解してしまうのです。
なんでも食べれます。
栄養を取るわけではないので、本当になんでもいいわけですね。
そして、分解された精霊力を使い、精霊獣である自分の体に還元するのです。
それによって、どんどんどんどん食べるほど体を大きくしていくのです。
さっき、マイアお嬢様が僕に食べさせられたのは、フェンリル(仮)の肉体ではなく体の周囲に纏わりついている精霊のようなものだったのです。
フェンリル(仮)は無限に大きくなるわけではありません。
自分の身に纏っていられる精霊力には限界があります。
それ以上はいくら食べても大きくなれず、精霊力は周囲に拡散していってしまうのです。
無限には食べれるけれど、無限には大きくなれないのです。
それがこのフェンリル(仮)の正体だったのです。
「わー」
締めの歓声と拍手を鳴らす私。
「どうですか、お嬢様。この僕の有能ぶりは」
「ええ、見事だったわ。正解よ」
「そうでしょう、そうでしょう、・・・・・・正解?」
「導師からもらった資料に書いてある通りよ。見事、正解」
「・・・・・・え? 正解があったんですか。じゃあ、なんでわざわざ、僕にこんな真似を」
「まず正解の分かっている問題でスキルの効果を試さないと。正しく機能しているか分からないでしょう。そのためにまず試さないと」
ダルシーはショックを受けているようだ。
まあ、先ほどのドヤ顔講義がただの茶番だったと判明すればショックを受けても仕方ないだろう。
「フルーツジュースと今回で二回。もうしばらく機能テストを行って精度を確認しないとね。それに今回は別の目的もあるの」
ショックを受けるダルシーを慰めようかとも思ったが、ダルシーは慰めるとすぐに、「僕可愛いでしょう、一生飼って面倒を見たくなったでしょう」と、調子に乗ってくるのが面倒なので止めておいた。
「スキル『掌握』には、情報を得ることや、死を与えること以外の効果があって・・・・・・、どちらかと言うとそっちの方がメインなのだけど・・・・・・」
説明をいったん区切り、フェンリル(仮)に指示を出す。
「精霊に愛されし者」の効果は効いているが、精霊を制御するようにはいかない。だが、それでいてこちらの意図を組んでくれているような気配は感じる。
身振り手振りをまじえつつ、フェンリル(仮)に体をブルブルさせることに成功する。
身震いするたびに、フェンリル(仮)の体から飛んでゆく白い物。
どんどんと飛んでゆき、仕舞に残ったのは小さな体の子オオカミ。
導師の資料には子オオカミと精霊を融合させたと書いてあった。資料通りね。
子オオカミと虚精霊を融合させたのは、2,3か月ほど前。そこからの成長を考えると、思ったよりも小さい気がする。
それが精霊の融合の影響か、前世のオオカミとは成長速度が違いこの世界のオオカミの成長はこんなものなのか、オオカミの種類によって違うだけなのか、そこまでは調べていなかったので分からない。
帰ったら調べておきましょう。
私はフェンリル(仮)に好きにして良しと指示する。途端、小さなフェンリル(仮)はダルシーに向かって走りだす。そのまま、戸惑うダルシーに飛びついて押し倒す。
「ギャー、食われる! 食われてしまうー、精霊になってしまうー・・・・・・あれ?」
フェンリル(仮)はダルシーを食べたりせず、スリスリしたりポフポフしたりペロペロしたりする。
「なんか、なつかれてません?」
「それがスキル『掌握』の効果ね」
スキル「掌握」は、まず対象を掌握・支配して、それから情報を抜き取るなり、死を与えるなりする。
この掌握・支配の段階で、対象は術者の支配下に入る。
支配下と言っても、人に掛けた場合にはほとんど影響がない程度のもの。
人よりも野生動物には影響力が増し、自我を持たない精霊の場合はさらに効果を増す。
「精霊と野生動物が融合したこの子にも効果てきめんというわけね。この子はアナタの使い魔にしなさい」
「えっ、急にそう言われても・・・・・・、いや、待てよ」
今は小さいオオカミだが、フェンリル(仮)は先ほどまでのように巨大にもなれる。
「よし、僕の飯を持ってくるのです」
「ワン」
一声鳴いて、皿を加えて持ってくるフェンリル(仮)。
「動くのだるい・・・・・・、トイレまで連れていくのです」
ダルシーを背に乗せ運ぶ忠実なるシモベ、フェンリル(仮)。
「それもいいかもしれませんね」
妄想を膨らませるダルシー。
「そうよ、危険地帯に調査に行く時に、アナタの護衛も必要でしょう」
「そうですかねえ・・・・・・! 今、さらっと何言いました?」
「じゃあ、この子に名前を付けてあげましょう。いつまでも、フェンリル(仮)では、ねえ?」
「それはそうですけど・・・・・・、そうじゃなくてですね・・・・・・」
「う~ん、フェンリルかっこかり、フェンリル、フェンリルかり、仮、狩り、かり、かりフェンリル・・・・・・、ようし、カリリルと名付けましょう」
「セ、センスが!」
慄くダルシーを他所に、フェンリル(仮)改め、カリリルは我関せずと耳の裏を掻いていた。




