部屋から追放された幽霊、実は……。
3月25日改稿しました。
怪談好きの女子高校生ふたりが話しながら歩いて行く。
「追放された貧乏神のたたりって知ってる?」
「知ってる。貧乏神にとりつかれると、貧乏になるんでしょ?」
「違うの。その貧乏神は棲みついている間は特に悪さをしないんだけど、追い出すと災いをもたらすんだって。うちの近くの呪われたアパートの話なんだけど。貧乏神がすみついていたからお祓いしたら、とたんに住人達が不幸な目にあいはじめたんだって。たばこの不始末で火事を起こして死んだり、ギャンブルで失敗して借金まみれになって自殺したり、強盗にあって殺されたり」
「こわっ。リアル追放ざまぁじゃん」
「ついほうざまぁ? 何それ?」
「……なんでもない」
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「はじめまして、失礼します。今日からこちらにお邪魔します、となりのアパートを追い出されてきた幽霊です」
ぼくがそう自己紹介しながら部屋に入ると。
「キャー!」という大きな声で迎えられました。
小さな子どもを抱えたお姉さんが青ざめて震えています。
幼い子どもの方は、ぼくを見て、楽しそうにキャッキャッと笑っています。
「落ち着いてください。あやしいものじゃありません。幽霊です」
「あやしい! あやしすぎる! ていうか、幽霊! キャー!」
若い女性はもう一度そう叫びました。
その時、横の部屋からドン! という大きな音と「うるせーぞ!」という怒鳴り声が聞こえました。
「ほら、静かにしないと。近所迷惑ですよ」
「そ、そうね。いくら突然、痩せこけてボロボロの着物みたいな服を来た青い顔のおじいさんが壁をすり抜けて目の前にあらわれたとしても。騒音トラブルでここを追い出されたら大変だから、静かにしないと」
憔悴しきった顔でお姉さんがそう言いました。
「ええ? ボロボロのおじいさん? ひどいなぁ。心は美少年なのに」
「見た目は悪霊じじぃで心は子どもなんて、最悪」
「そう言わないでくださいよ。ぼくも部屋を追い出されて困ってるんです。というわけで、今日からこちらに住もうと思います」
「なんで? なんで、わざわざ幽霊が私の部屋に来るの? 妊娠したとたん彼氏に捨てられて、家からも追い出されて。この子を守るために朝から晩まで必死に働いてやっと暮らしてきたのに。この上なく不幸なのに、さらに貧乏神みたいな幽霊にとりつかれるの? なんで?」
お姉さんは泣き出してしまいました。ぼくは同情しながら言いました。
「まるでそっくりな境遇ですね。ぼくも何も悪いことをしていないのに家から追い出されちゃったんです。幽霊がでるから住人が出ていくと難癖つけられて、除霊師が呼ばれて。だから、隣にあったもっと貧相なこちらのアパートに移ってきたんです」
「別の部屋でもいいじゃん! なんで、私の部屋なの?」
「なんとなく。でも、ほら、これはウィンウィンの関係ですよ。同居人がいる方が、その子にとってもいいですよ。ぼくがめんどうをみてあげます」
お姉さんの顔が一瞬、輝きました。
「え? あんた、子どもの面倒みれるの? おむつ換えられる? ごはんあげられる?」
「そういう物理的なことはちょっと。幽霊ですから。でも、バッチリ笑いをとれます。いないいないパー!」
「完全に役立たずじゃん! 面倒みるの絶対無理じゃん!」
「まぁまぁ。情操教育にとてもいいんですよ。ほら、ぼくは、その辺のペットとちがって食費や医療費がかかるわけでもありませんから。何もマイナスにはなりません。お得でしょ?」
お姉さんは疲れ切った表情でうなずきました。
「そっか。何もマイナスにならないなら、いっか。ペットと幽霊って比べるものじゃないと思うけど。もう疲れたから、寝よ。疲れすぎて何も考えられないし。仕事と育児でいっぱいいっぱいなのに、幽霊なんかにかまってられないもん」
「じゃ、おやすみなさーい」
というわけで、ぼくは無事に新しい家に迎え入れられました。
一か月後。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
お姉さんが子どもといっしょに帰ってきました。
「ねぇ、聞いてー。幽霊くん。こないだ拾って交番に届けたお財布、持ち主が見つかったんだけど。お礼にって10万円もらえて、食事にもさそわれちゃった。高級そうなスーツ着たイケメンだったよ。こないだは宝くじで大金あたるし、最近、めちゃくちゃついてるよね。心配になっちゃうくらい」
「そうですか? ぼくの知る限り、皆さん、そんなものですけど。宝くじって毎月当たるものじゃないんですか?」
お姉さんは、ビニール袋を振りながらうれしそうに言いました。
「ほら、幽霊くんにも、おみやげ買ってきたよ~。ふしぎだよねー。幽霊くんって。物欲しそうに見ているからお供えしてたら、どんどん若返って幽霊のくせに顔色がよくなっていくんだもん。今じゃ、ほっぺた赤くてふっくらまん丸、お坊ちゃまみたいに見えるよ」
「そうですか? ぼくは自分の姿が見えないので、よくわからないんですが。やっぱりぼくは美少年ですよね」
「自分の顔を見たことないのにそう言い切るポジティブ思考がえらいよね。そうそう。幽霊くんが前に住んでいたあのアパート、また事件があったらしいよ。強盗だって。先週はギャンブル依存症の人が借金苦に自殺してたよね。その前には、ボヤ騒ぎもあったし。すんごい不幸の連続。まるで何かの祟りみたい」
「へぇ。不思議ですねぇ。ぼくが住んでいた時は、そんなこと一度もなかったですけど。みなさん、ドジだったり貧乏だったりしても幸せそうでしたよ?」
お姉さんは、ぼくにむかってうれしそうに手をのばす子どもを見ながら、ほほ笑んで言いました。
「幽霊くんが来てからは、病弱だったこの子も病気しなくなってすっかり健康になったし、ほんと、毎日幸せ」
「ほら、言ったでしょ。子どもには、ぼくみたいな同居人がいたほうがいいんですよ」
「そうかもね」
というわけで、幽霊のぼくは新しい家で大事にされて楽しく暮らしていました。
さらに2か月後。
お姉さんは食材をふんだんに使った豪華な料理を作りながら言いました。
「幽霊くんが住んでいたアパート、事故物件で全国的に有名になっちゃって、家賃、激安になってるらしいよ」
「へぇ。家賃が下がるのはいいことですね」
「そうだね。借りる方はね。オーナーはとても困ってるだろうけど。そうそう、財布を拾って知り合ったお金持ちイケメンいたでしょ? 彼と結婚を前提に付き合うことになったんだー。彼、わたしのこと溺愛してて、すっごく優しくて、甘々で。それで、さっそく同棲しようってさそわれてね」
お姉さんはニヤニヤしています。まだとても若いお姉さんは、最近は見た目に気をつかう余裕ができたらしく、とてもきれいになりました。
「へぇ。彼もここに住むんですか。にぎやかになって良いですね」
「まさか。わたしたちが、彼の家に引っ越すんだよ。こんなボロいアパートに彼が住むわけないじゃん。だから、幽霊くんとは……」
「そうなんですか? じゃ、ぼくも引越しの準備をしないといけないってことですね」
「え? 幽霊くん、ついてくる気?」
「だって、ぼくはこの子の保育士ですよ?」
ぼくは寝ている子どものそばに座ってつんつんほっぺをつつきながらそう言いました。
「せめて守護霊にしときなよ。幽霊くん、保育士っぽいことは何もしていないでしょ。……だけど、本当についてくるの?」
お姉さんは不安そうにたずねました。
「何か問題でも?」
「彼に幽霊くんが見えないなら問題ないかもだけど……」
「見えますよ。ぼくは誰の目にも見えるフレンドリーな美少年幽霊ですから」
「……」
こうして、ぼくはお姉さんたちと一緒に財布を落としたイケメンが住むタワーマンションに引っ越すことになりました。
ですが、引っ越した翌日、お姉さんの交際相手は、ぼくを見て「幽霊がいる!」とギャーギャー騒いで、なぜかぼくが追い出されてしまったのです。
彼はぼくの美少年っぷりに嫉妬したのかもしれません。
幽霊とはいえ、美少年ですから、恋のライバル扱いされてもしかたありません。
しかたがないので、ぼくはひとり、誰もいないアパートの一室に戻りました。
誰もいない部屋はちょっとさびしいですが、前に住んでいたアパートもしょっちゅう空室だったので、ぼくは一人暮らしには慣れています。
幽霊の一人暮らしは、やることがひとつもないので、本当にひまですが。
それから一月すぎた頃。
ドアが開き、ぼくを見つけた子どもがうれしそうな声をあげて、よたよたとこっちに駆け寄ってきます。
それに続いて、ちょっと暗い声が聞こえました。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
「幽霊くん、やっぱり、ここにいたんだ。って、幽霊くんがまたげっそり痩せこけたおじいさんになっちゃってる!」
「やだなぁ。ぼくはいつでも美少年ですよ」
お姉さんはとっても申し訳なさそうに言いました。
「ごめんね。すぐにお供えするからね」
「お構いなくー。ぼくは幽霊ですから。食べなくても死にません。その辺のペットとは違いますから」
「そういう割に、お供え物の有無で見た目の変化が大きいよね。お供えしないとどんどん痩せこけて老化しちゃうんだもん。そういえば、となりのアパート、解体工事中だね。近所の人が話してたよ。先週の地震で半分倒壊しちゃったんだって。あのアパートって、実は今まで倒壊しなかったのが不思議なくらいの建物だったんだって」
「へぇ。こっちのアパートの方がもっと貧相ですけど、地震が来ても全然ゆれませんでしたよ。今日はどうしたんですか?」
お姉さんは、荷物を置いて、伸びをしながら言いました。
「この部屋、解約しないでよかったぁ。あの男、性格最悪だから、別れることにしたの。なんだかさ。ぼろ儲けしかけて全財産投入したら突然株価が大暴落して大損したとか言って、毎日すんごい不機嫌になって。わたしに向かって疫病神とか貧乏神とか、毎日モラハラ発言で」
お姉さんは、ぼくの横に座ってうれしそうにしている子どもを見ながら言いました。
「それでも、この子のためにがまんしなきゃかなって思ったんだけど。この子もタワマンがあわないっぽくて、ずっと元気がなくて病気がちだったの。お金持ちのお父さんがいたって、それで幸せになれるとは限らないもんね。だから、また、この部屋に帰ってくることにしたんだ」
「へぇ。実はぼくも高所恐怖症なので、あの部屋は嫌いだったんですよ。1日しか住んでいませんけど。やっぱりタワマン高層階なんて人の住むところじゃないですよね」
お姉さんは、突然、ぼくをまじまじと見ながら言いました。
「ねぇ、幽霊くんって……」
「どうしました? ぼくの美しさがそんなに気になりますか?」
「今は貧乏神みたいな見た目だけど……。もしかして、うちに幽霊くんが来てからあのアパートが不運続きになったのも、わたしの買った宝くじが3回も当たったのも、まさか、全部、幽霊くんの力? 幽霊くんって、実は幽霊じゃなくて、福の神なんじゃ……?」
「服の神? そうですね。ファッションコーディネートには自信があります。でも、ぼくは美少年だから何でも似合うんですよ」
「そうじゃなくて、幽霊くんって、ただの幽霊じゃないんじゃ?」
「そんなことありません。ぼくは人畜無害でフレンドリーな地縛霊的幽霊です」
「全然土地に縛られていないくせに地縛霊? 県境すら越えてタワマンまで移動してたじゃん」
「地球に縛られているんです。月や火星にはいけないんです」
「月まで行こうとしたの? ま、いっか。また、よろしくね」
そう言って、お姉さんはどっさりお菓子をたくさんお供えしてくれました。
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今は更地になった呪われたアパートの跡地で、怪談好きの女子高生ふたりが、やたらと血色の良いふっくらとした少年が語る話を聞いていた。
話が終わったところで、女子高生のひとりがたずねた。
「で、結局、あなたは何者なの?」
「もちろん、ぼくはただのフレンドリーな幽霊ですよ。あ、そろそろうちの子どもが保育園から帰ってくる時間だから、ぼくは行きますね。さようなら~」
隣のアパートの壁をすりぬけていくふっくらとした少年を見送りながら、怪談好きの女子高生ふたりは会話した。
「どっちだと思う?」
「あんなぷくぷくほっぺの貧乏神いるわけないじゃん」
「だよね。帰ろっか」
おわり