最終話 希望
「やっと動けるよ……」
床に寝かされていた弘樹が身体を起こす。
「ああ、起きたのねヒロ」
「弘樹さん目が覚めましたね!」
朱音も里美も着替えをすませている。
「パーティ、終わったな」
「盛り上がったわよ」
「じゃあ、私は帰りますんで。また明日お仕事で!」
弘樹が起きるや、里美が早々に帰宅したいと言う。
彼が駅まで送ろうとしたが、丁重に断られた。
時刻は夕暮れ、慌てて帰るほど遅い時間ではない。
「なんだろ里美さん。急に慌てて」
「召喚で来てるアリスちゃんたちと同じにするため、仕事以外でヒロに会わないようにするんだって」
弘樹は里美の律義さに驚きながらも、パーティの間中、意識だけはあったことを朱音に打ち明けた。
それを聞いた朱音は恥ずかしそうにする。
「つまりよ? 朱音はヒロに生のトナカイコスプレを見られたってことなの??」
「え? うん。可愛かったよ」
「きゃあー!!」
二人してしばらく盛り上がってから、朱音が真面目な顔で話を切り出す。
「聞こえてたってことは、ヒロの『寝落ちスキル』が限界突破して11レベルになったことも、称号『人間の限界を超える者』を習得したのも知ってるの?」
「ああ。そのおかしな称号を聞く限り、ここまで『寝落ちスキル』を極めた人間なんていないんだろう」
「そしてあの裏面よ……」
「俺もマジで驚いた。特殊効果が増えてるとは」
弘樹がローテーブルに置かれたスキル診断のプリントを確認する。
すぐに朱音がのぞき込んできた。
・熟練度10レベル到達で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『小人の靴屋』
(やりかけたことを助けてくれる高い実力があり、かつスキル所持者の理想の存在を、寝落ちしている間だけ召喚可能。寝落ちから状態回復すると召喚は解除される)
・熟練度11レベル到達で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』の寝落ちが睡眠麻痺になる。
「ヒロの特殊効果、いつのまに増えたのよ!」
「睡眠麻痺が何かを里美さんが調べてたよな。金縛りの病名だっけか」
みんな、俺の睡眠麻痺を心配してた。
たぶん、意識があるのに身体が動かないあの状態がそうなんだ。
里美さんが調べた話だと、睡眠麻痺は夢を見てる状態らしい。
でも、俺には意識があった。
目も見えたし音も聞こえた。
身体は動かなかったけど。
金縛りって目が見える場合もあるのか?
「それよりもよ! 下に書かれているグレーの文字の方が大切でしょ?」
・熟練度20レベル到達で特殊効果付与。
『寝落ちスキル』特殊効果:『限定解除』
寝落ちから状態回復しても、やりかけたことが続いていれば召喚は解除されない。
朱音がこれを読み上げて、どういうことか説明したら、アリスちゃん泣いてたな。
「うそ!? 私、弘樹を諦めなくていいの?」
せせらぎちゃんは笑ってた。
「弘樹さんと腕を組んで嗅ぎながら外を歩けます!」
理沙さんも笑顔だった。
「お洒落なバーへ酒飲みに連れて行こうっと」
三人の様子を見てた里美さんも朱音も本当に嬉しそうだった。
どうにか、五人を悲しませなくてすんだんだ。
「今夜は彼女らが仕事だから、召喚はなしよ」
「ああ。三人同時召喚は明日から再開する」
朱音が今後のことを確認してから弘樹に釘を刺す。
「ヒロ! あ、朱音のことは気にしないでいいんだからね! NPC扱いでも怒らないから」
「? 馬鹿だな。俺にとって朱音は親友以上の存在なんだ。大切に思ってるんだからそんなこと言うな」
返事を聞いた朱音は驚いて表情が固まった後、とても嬉しそうに笑った。
彼女の瞳が潤んだ、弘樹がそう思った直後だった。
すっと距離を詰めた朱音は、両手で弘樹の頬を挟むと唇を重ねたのだ。
急に訪れた朱音の小さくて柔らかい唇。
いきなりの不意打ち。
弘樹は身動きできずにされるがまま……。
そして頬を染めた朱音はゆっくりと離れながら、視線を合わせてじっと弘樹を見つめて。
そこから彼女はコロッと表情を変えて楽しそうに笑った。
彼のおでこに軽いデコピンを当てて帰っていった。
あ、あ、朱音!?
い、今のは一体……。
か、からかった!?
いや、ふざけてキスなんかしないよな?
ま、まさか、朱音が俺のことを!?
……か、可愛かったな、朱音。
不意打ちに呆然とした弘樹は、自分を取り戻すのにたっぷり三十分を要した。
ようやく再起動した弘樹は、考えをまとめるためにベッドで横になる。
いや、さっきの朱音には驚いた……。
彼女の真意は分からないけど、からかわれたにしても男として見てもらえてるには違いない。
うーん、考えることが増えたぞ。
朱音も可愛いが、ゲーム実況アイドルたちのことだ。
弘樹はもう一度スキル診断のプリントを手に取る。
『寝落ちスキル』はレベル11。
彼女たちを呼び続けてレベルを上げ続ければ、いずれは20レベルに到達するかもしれない。
そのときこそ彼女たちをこっちの世界へとどまらせる!
とどまらせて、デートに誘うんだ!
それまでのレベル上げは、睡眠麻痺の状態で彼女たちの過激アプローチを堪能するしかない……よな?
今日の召喚をしないと弘樹は決めていた。
クリスマスまでに彼女を作る、立てた目標の最終日。
もうクリスマス当日は終わろうとしている。
ついに弘樹には彼女ができなかった。
だが彼は悲観していない。
彼女たちと『寝落ちスキル』の召喚が切っかけで出会い、そして関係が深まった。
むしろ、これから始まる生活は期待しかない。
そしてその先に待つ彼女たちとのデート。
弘樹は、寝ている自分にさんざん過激アプローチをしてきたアリス、せせらぎ、理沙、里美、そしてさっき帰った朱音のそれぞれに想いをはせるのだった。
了
◇◇◇
おまけ
「こんばんはー。みんな来てるー?」
朱音はいつものようにパソコンアプリの音声通話で弘樹の部屋へ呼びかけた。
最近、有名なゲーム実況アイドルたちと友達になったばかり。
今日も一緒にネットゲームだ。
通話相手の画像欄には、さっきから寝落ちして机に突っ伏す弘樹が映っていたが、その隣にこちらをのぞき込むように金髪の女性が映った。
『あー、こんばんは、朱音! 昨日のクリスマスパーティは楽しかったね』
綺麗な金髪を頭の上でお団子にして、顔の両側だけフェイスラインに沿うように髪を垂らした胡桃アリスが笑顔で答えた。
アリスは超人気のゲーム実況アイドルだ。
『弘樹はいつも通り、横で寝とるよー』
アリスは状況を説明しながら、机に突っ伏して寝落ちする弘樹の右腕に勢いよく組み付いた。
その拍子で彼女の大きな胸が彼の腕に押し当る。
『あのアリスさん! そこは私の席なんですー。代わって欲しいですー』
アリスの横から割り込むように画面に映ったのは、艶やかな黒髪が腰まで伸びる、大川せせらぎだ。
ゲーム実況アイドルのせせらぎは、朱音にとってアクションゲームを教えてくれる師匠でもある。
『ちょっとせせらぎちゃん、狭いよー。座るならこっちにして。弘樹の隣は私だもんねー』
『アリスさんズルいですー。それじゃ弘樹さんの匂いが嗅げな……いえ、私も弘樹さんの横がいいです!』
朱音は微妙な顔をした。
自分の師匠がよく知る友人の匂いを嗅ぎたがるからだ。
だが、性嗜好は人それぞれだと思い直して黙って見守る。
『うるせぇなぁ、お前らは。え? 何? あ、間違えた。騒がしいですわよ。弘樹さんの隣ならそちら側も空いていますわ。椅子はありませんけど』
立ち上がったのか、弘樹を取り囲むみんなの後ろに椿理沙の姿が見えた。
理沙もゲーム実況アイドルでセクシー系だ。
彼女はモニターに付けられたカメラを見ながら、クセのある赤く長い髪をかき上げる。
それからネイルが塗られた人差し指で弘樹の首筋に触れると、ニマニマしながらカメラに向かってウインクした。
ほかの二人は冬用の可愛らしいパジャマだが、理沙だけいつもTシャツに短パンだ。
真冬だが部屋の暖房が効いているのと、今日も酒を飲んで酔っ払っているので寒くないのだろう。
『あ、じゃあそっち側は私がもらいます!』
机に突っ伏して寝落ちする弘樹の反対側に田中里美が場所をとったのか、画面から姿が見切れている。
里美はセミロングの眼鏡娘で、弘樹と一緒に働くバイト仲間。
最近はゲーム実況アイドルたちから弘樹を奪われまいと、この時間になると弘樹の部屋に押しかけているのだ。
今度は弘樹の左腕をつまむ里美を引き剥がそうと、せせらぎが反対側へ移動した。
『ああ、里美さんズルいですー。せめてそちら側は私にください。里美さんは私たちが召喚される前から、いるじゃないですかぁ』
『ほんの数分だからズルくないです。そもそも私だけただの一般人なんですから、それくらいハンデです』
せせらぎがアリスと里美を弘樹から引き剥がそうと頑張り、そうはさせるかと二人が必死に弘樹に引っ付いている。
この様子を朱音はモニター越しに黙って見ていた。
なんで朱音は毎回毎回、こんな羨ましい状況を見せつけられてるの?
朱音だって本当はヒロを触ったりしたいのに!
でもヒロも大変よね。
こんな可愛い女子たちが部屋に詰めかける天国状態なのに、自分が寝落ちしないと始まらないんだから。
朱音の心境は弘樹に同情するというより、安心するものに近かった。
なぜなら自分の好きな相手が女性に手を出すことはないからだ。
でも最近、ヒロには寝落ちが睡眠麻痺になるという特殊効果が増えたのよね。
彼女たちの過激アプローチを見たり聞いたり感じたりできるらしいし。
それでも彼は身体を一切動かせないし、彼女たちが何をしても返事もできない。
目覚めて会話できるようになると、今度は彼女たちの召喚が解除されて転移で帰っちゃう。
里ミンだけは普通に部屋へ来てるけど、アイドルたちと正々堂々戦うとかで、ヒロが目覚めると一目散に帰るし。
朱音は彼女たちが落ち着いてから声をかける。
「えと、じゃあ、今日は何のゲームをする?」
きゃいきゃいと楽しそうに騒ぐ彼女たちへ朱音が呼びかけると、ゲーム好きの彼女たちから一斉に回答があった。
『MMORPGでもよい?』
『バトロワを希望しますー!』
『麻雀ですわよね、麻雀!』
『れ、恋愛シミュレーションでもいいですか?』
弘樹がいつも寝ているので、部屋に来た彼女たちは手を出せても会話はできない。
一方朱音は回線越しとはいえ、彼女たちが来る前と帰った後に弘樹との会話を独占できる。
大人気ゲーム実況アイドルたちを差し置いて、弘樹を独り占めして一緒に盛り上がれるのだ。
朱音は、自分とアリスたちのどっちがいいかなんて、考え方次第で変わると分かっている。
だが、どうしても譲れないことがあった。
あのアイドルたちが恋のライバルなのは、正直かなり厳しいよ。
でも、いくら彼女たちが魅力的でも、朱音はヒロを譲れない、譲れないんだから!
ヒロの初めては絶対に私がもらうわよ!
想いをよせる弘樹のことを絶対に諦めたくない、まだ十分希望がある、彼女はそう自分を奮い立たせた。
それでも今日もこれから繰り広げられる、彼女たちの過激アプローチを想像すると、回線越しで弘樹に手出しできない自分が悔しくて羨ましくて、静かに唇を嚙むのだった。
おまけおしまい
最後までお読みいただき、感謝いたします。
どうか朱音にも、頑張れって応援をお願いします。
あと完結のご祝儀で、下の広告の下の☆☆☆☆☆で応援していただけると嬉しいです。




