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第二話 清楚系美女の靴下

「ハッ。あ、朝か。何かビクッとした」


 急な身体のビクつきを感じて飛び起きた弘樹は、無理な姿勢で寝たために疲れが取れていないのを感じた。


 だが以前ならともかく今の彼には、ゲームをしながら寝落ちするのをやめる気はない。

 もちろん彼女たちを召喚したいからだ。

 いくら寝落ちをしているとはいえ、最近は彼女たちと手紙などでコミュニケーションが取れている。

 そして近いうちに、自分が起きている状態で彼女たちと会いたい、会って話がしたい、そう彼は強く思っている。


「アリスちゃんから手紙が来てる!」


 キーボードの上に二つ折りで置かれた便せんを見つけると、まず落ち着いて時間を確認する。


 時間は九時過ぎ。

 まだバイトまで時間があるから大丈夫、弘樹はそう判断して大きく息を吸い込んでから便せんを開いた。




 弘樹さんへ


 まず、私は怒ってます!

 なんでいつも私を呼んでくれないの⁉

 毎晩毎晩、弘樹の家に行けるのを楽しみしてるんだよ⁉

 もちろん、せせらぎちゃんとか理沙さんとかが、弘樹を気に入ってるのは知ってるよ。

 でもね、私の方が彼女たちよりもずっと弘樹のことを想ってるんだから(あ、言っちゃった)。

 もう少し私の気持ちを大切にして欲しい!

 次にちゃんと私を呼んでくれなかったら、もう弘樹のことなんか知らないからね。

 ということで、今晩も弘樹と触れ合えるのを楽しみに待ってるよ。

 メアド、すっごい嬉しかった。

 私のメアドも書くね!

 でも、メールじゃなくてこうやって手紙でやり取りするのも、逆に新鮮で楽しい!

 あと、住所を教えてくれるかと思ったら、私の住所を書くなんてヒドイ冗談だよ。

 いくら理沙さんから私の住所を聞いたからって、弘樹、ふざけすぎ!

 次はちゃんと、この弘樹の家の住所を教えてくれないとダメだからね!


 アリス☆彡




 最後の名前が可愛らしいサインになっていて、弘樹はアイドルからの手紙だと実感させられてドキリとした。


(やっぱりアリスちゃんは怒っていたな。彼女からの好意は感じていたけど、いろいろあってせせらぎちゃんや理沙さんも召喚したからな。でも困った。せせらぎちゃんや理沙さんにも、きちんと自分から住所を伝えようと思っているのに……。二人を召喚している間はアリスちゃんを呼べなくなるから、彼女にまた怒られるぞ。……あ、後で、朱音に相談しよう)


 自分の抱える悩みが女性関係だと気づいて、にへらと笑みを浮かべる。


(それにしても触れ合えるのを待ってるって! なんて甘美な響き! ああ、何で俺はいつも寝ているんだっ! あのアリスちゃんが手を握ったりあれやこれやしてくれてるのに、俺の意識がないなんてもったいなさ過ぎるだろ!!)


 あまりに贅沢な悩みに、弘樹のにやけが止まらない。


(でも、もう大丈夫だ! なぜなら彼女とメアドの交換しちゃったから! やっほぅ! まさかのアリスちゃんのメアドゲットだ! これで連絡を取り合えば、昼間に会うなんてこともできたりして! 流石にメアドまで教えてくれるんだ、会おうって誘っても冷たく断られたりはしないよな⁉)


 アリスと外で会える。

 メアドをゲットして、希望が確信に変わったことで喜びは最高潮に達する。

 だが、彼には理解できないこともあった。


(だけど住所のくだりが意味わからない。私の住所ってどういう意味だ? 理沙さんから聞いたって何?? 里美さんが俺の住所を理沙さんに教えたんだけどなあ……。ちゃんとした住所を教えろって、もしかして俺が書いた住所を疑ってんのかな? そんなに変な住所でもないと思うんだけど……)


 デスクの前で妄想を繰り広げた弘樹は、遂にはアリスとデートするところまで妄想が飛んでいき、気がついたらバイトが始まる十時を過ぎていてしっかりと遅刻した。


「という訳なんだ」

「ほうほう。弘樹はアリスちゃんとメアドを交換したと、それを自慢したいんだな?」


 バイトから帰った弘樹は、いつでも寝落ちできるように……ではなく、ネットゲームができるように食事や風呂を済ませると、朱音とチャット通話を始めていた。


「いやまあ、女性とメアド交換ができたのが嬉しくて、えへへ……。い、いやいや違う違う。それもあるけど違う!」

「じゃあ何なのよ? 鼻の下伸ばしちゃって!」


「あ、いや、里美さんが俺の家の住所を彼女たちに伝えたけど、やっぱり原因を作ったのは俺だから、ちゃんと俺からココの住所を伝えるべきと思ったんだ。でもさ、困ってんだよ」

「何によ?」


「せせらぎちゃんや理沙さんを召喚する間、またアリスちゃんを呼べなくなる。最近彼女を召喚してないのが不満だったみたいで、次にちゃんと召喚しないならもう知らないって手紙に書かれて……」

「なんだ、そんなことね」


「そんなことだって……? 朱音、俺はこれでも困って真剣に相談してんだぞ」

「慌てないで弘樹。朱音はな、最近気づいてしまったのよ?」


「え? 何に気づいたんだ?」

「まあいいから、朱音の言う通りにしてみてって」


 自信満々の朱音に一抹の不安を覚えた弘樹であったが、この状況をどうにかしたい思いが強かったため素直に指示に従うことにした。


◇◇◇


「きました! 今日は私の番なのですね」


 パジャマ姿で部屋用靴下を履いた大川せせらぎは、ベッドに座って視界の白色化と身体の浮遊を感じていた。

 徐々に視界がクリアに戻るが、見慣れた光景が妙に明るい気がする。

 様子の違いに少し身体をこわばらせたところで、小さな落下と共にベッドに着座した。


「な!」


 せせらぎには予想もしない光景だった。

 転移が終わる直前、明るく感じた弘樹の部屋には、自分以外にも女性がいた。


 この前、となりに座っていた里美ではない。

 目の前に立っているのはなんと胡桃くるみアリス。

 アリスはパジャマ姿にスリッパを履いて、トートバッグを持っている。


 そして、その後ろのローテーブルの前には、立てひざで床へ直に座る椿理沙。

 理沙はTシャツに短パン姿で裸足。

 左手にはスマホ、右手には缶ビールを持っている。


 せせらぎはこの召喚を何度も経験し、この部屋に何度も来ている。

 だからこの部屋が間違いなく弘樹の部屋なのだと分かる。

 だが、いつも召喚されるのは自分一人だったのに、部屋には同じ芸能事務所のアリスと理沙がいた。

 少し不安になり急いでデスクの方を見ると、いつものように川上弘樹が机に突っ伏して寝ている。


「ちゃんと弘樹さんはいますね。でも、どういうことでしょう?」


 彼女は驚きで一人つぶやく。

 すると目の前のアリスがそのつぶやきに返事をした。


「あっ! もしかしてせせらぎちゃんと理沙さん、弘樹の家に直接来てたの⁉ ズルい!」

「違います、アリスさん。私は今召喚されました」


 せせらぎは、アリスの追及する様子を見て、彼女も今のタイミングで召喚されたんだと理解すると、それでは理沙はどうなんだろうとローテーブルの前で床に座る彼女を見る。

 同じタイミングでアリスも理沙の方に振り向いた。


「あたしと弘樹は特別な関係だからな。随分前から弘樹と二人っきりだぜ?」


 右手でビール缶を上から掴んだ理沙は、空いた人差し指で寝落ちする弘樹を指さしてニヤリと笑った。

 それを聞いたせせらぎとアリスは驚きで目を丸くした後に、物凄い形相で理沙を睨む。


「い、いつから弘樹さんとそんな関係なんです⁉」

「ちょっと! 理沙さんズルいよ! さては、エッチなことして弘樹を誘惑したでしょ⁉」


 二人がじりじりと理沙の近くに詰め寄った。


「ま、待て待て! 冗談だよ、冗談。そんなマジになるなよ、怖えーなー。あたしもたった今召喚されて来たんだよ」


 理沙の服装はTシャツに短パンで明らかに部屋着。

 せせらぎには、とてもそんな恰好で真冬の寒さの中、この家を訪ねてきたように見えず、確かに理沙が冗談を言ったのだろうと思えた。


(前回は里美さんがこの部屋にいました。彼女は弘樹さんと職場で同僚らしく、彼の部屋に直接来ていました。でもアリスさんと理沙さんが、この部屋へ同時に召喚されることは今までありませんでした。これはどういうことなのでしょうか?)


 アリスと理沙も同じように今までの召喚とは違うのを感じ取ったようで、疑問の表情を浮かべている。


「朱音なら事情を知ってんじゃないか?」


 理沙がせせらぎの方を見ながらパソコンモニターを指さした。

 なるほど、とうなずいたせせらぎは弘樹の右横に置かれたデスクチェアへ移動する。


(私から見れば理沙さんは無茶苦茶な女性です。でも嫌いになれないのです。事務所は彼女をセクシー路線で売り出して、男性受けを狙っているようですが、実は私よりも女性人気が高いのではないでしょうか)


 せせらぎは理沙に少なからず嫉妬心を抱いていた。

 それは自分にない女性のかっこよさを理沙が備えていたから。


(理由は、私自信が彼女を好きだからなんとなく分かる気がします。ゲーム実況のときのあの「ですわよ」口調も、長いくせ毛の赤髪と合わさって、まるで悪役令嬢みたいでキャラが立ってますし。しかも男性経験が豊富ですから、個人的にはいろいろと性的な疑問を聞けて助かりますし)


 あれこれ考えながらも表情に出さないせせらぎは、弘樹の隣のデスクチェアに座ってモニターに映る朱音に呼びかけた。


「こんばんわっ。朱音さん」

「師匠お疲れ様~。っていうかみんな来ているから上手くいったみたい。やったね」


 朱音にはモニターに付けたカメラから、寝落ちする弘樹の後ろに立ってモニターをのぞき込むアリスと理沙が見えているようだ。


「三人同時に召喚されてますぅ。朱音さんは事情分かります?」

「分かるっていうか朱音の提案だよ。結局ほら、弘樹が寝落ちするときのやりかけゲーム、その種類で召喚される人が決まるって訳で。だったら三つ同時にやりかければって」


「モニターにゲームが沢山起動してますぅ……」

「そうなの。パソコンだからいくつものゲームを同時に起動できるのよね。あとは弘樹が頑張って三つを同時プレイするっていう感じで!」


 眠る弘樹の左肩に手を置いた理沙が身を乗り出すと、得意そうに話す朱音へモニター越しに声をかける。


「朱音、お前やるねぇ」

「え、えへ! まあ、それほどでも~」


 この二人のやり取りに、せせらぎとアリスが反応した。

 せせらぎは弘樹の右側から身体を寄せて理沙を見上げ、アリスは弘樹の右後ろから身を乗り出しつつ左横にいる理沙を見る。


「あ、理沙さんだめですぅ。ですわよ、ですぅ」

「もう。口調、気をつけなきゃだよっ、理沙さん!」


 注意を受けても理沙本人は大して気にしてないようだが、指摘を受ける理沙を可哀そうに思ったのか朱音が会話に割って入った。


「あの! 三人同時召喚が上手くいくか弘樹に見せるために、実はこの通話動画を録画してるの。みんなが集まった映像は弘樹が見たらきっと喜ぶわよ!」


 朱音から見えているであろう画像、つまり弘樹のチャット通話の自画像欄には、寝落ちする弘樹の左右両後ろから理沙とアリスが身を乗り出して彼に密着する様子が映っている。

 真横にいるせせらぎは、彼女なりに努力して弘樹に寄り添ってはみたが、彼女自身でも自分のアプローチが弱いと感じていた。


(この通話動画は後で弘樹さんが見ますよね。どうしましょう……。私、圧倒的に不利です!)


 せせらぎは横の理沙を見て焦りだした。


(理沙さんはああやって、Tシャツなのにあんなにカメラ目線でかがんで、モニターに付けたカメラに自分の胸元が映り込むようにポーズを決めています。こんなにブラジャーが見えたら、いくらモテ男の弘樹さんでも誘惑されちゃうかもしれません!)


 次に無邪気なアリスを見て、胸の大きさに戦慄する。


(アリスさんは無自覚なのに、えっちぃことになっています! 弘樹さんの上に身を乗り出したせいで、あの大きな胸が彼の背中に乗っかってしまって、これじゃ弘樹さんが胸好きな人ならひとたまりもありません!)


 そのまま自分の胸に手を当て、細身の身体にため息をつく。


(それに比べて私は一体どうしたら……。確かに弘樹さんは、私の匂いを甘くていい匂いだと手紙で教えてくれました。でも匂いは映像では残せないですし……。彼に私の匂いを嗅がせる映像を残せば、私のアプローチに興奮してくれるでしょうか)


 せせらぎが決めたアプローチは、やはりというか何と言うか、弘樹に匂いを嗅がせる方向になった。

 だが、召喚される前に風呂に入り準備万端整えていたため、自慢の黒髪は洗い流さないトリートメントでつややかに輝き、洗濯したパジャマを着て部屋用靴下を履いた清潔そのものの恰好。

 いつぞやのように汗まみれな訳ではない。


(困りました。今日は暖房の設定温度を上げていなくて汗をかいていないんです。汗をかいてなくても匂いがしそうなのは……。し、下着ですか⁉ いえ、さすがにみんなの前でブラジャーを外すのは、恥ずかしくて私にはできそうもありません。ほかに匂いがしそうなものと言えば……)


 せせらぎは、バトロワでつちかった超速思考でここまでの状況判断を瞬時に済ませると、さらにはあまりに彼女らしい手段を選択する。


 マウスを握っていた右手を急いで右足のかかとへ移動させると、速攻で部屋用の靴下を片方脱いだのだ。

 さらにそれが靴下だと分かるように、あえてカメラの前に晒してから……。


 机の上で顔を横にして眠る弘樹へ脱ぎたての靴下を近づけ、鼻の辺りへそっと押し当てたのだった。


次回、「同じ景色」

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