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王の遠征



 後宮に入って、3か月ほどすると、アレクサンドロス王は、遠征に出かけて行った。

「1か月で戻る。」

 と言い残して。


 この後宮に来てから、私は、昼間、格子の窓越しに、家庭教師から、この国の教育を受けさせてもらっていた。

格子の窓の外に、テントが張られ、初老の女性教師がそこで、この国の貴族令嬢が学ぶ内容を教えてくれるのだ。

・・・驚いたことに、この国の文字が、なぜか、読めた。書く方も、スペルを覚える必要があっただけで、それほど苦にならずに習得した。

来た当日、聞き取れなかったこの国の言葉も、一晩寝れば、聞き取れるようになっていたし、この国の神様の配慮でもあったのだろう。


 そして、この国で学ぶ、数学や理科は、日本の小学校レベルであり・・・。この国の歴史と法律くらいしか、私の学ぶ科目は、無かった。

それらも、その女性教師には、それほど深い知識が無く、3か月も学べば、彼女は、自分が教えられることは全て無くなってしまった、これ以上は、専門の学者でないと・・・と、頭を下げられてしまった。

・・・専門の学者は、全員男性だ。

これ以上、学べないことに、ため息をつかなければならなかった。

・・・アレクサンドロス王が、遠征から戻ってきたら、また相談してみよう。


 授業が無くなってしまったので、私は、この女性教師が紹介してくれた学者達に、後宮長を通じて、王宮図書館に所蔵されているお勧めの書物を教えてもらい、それらを、貸し出してもらうことにした。


 ただ、借りた本を受け取るには工夫が必要だった。

このエメラルド宮からは、私だけではなく、仕えている者達も、邸の外に出て行くことができない。また、窓から物のやり取りも、小さなものならともかく、書物などは無理。

 基本的に、大きなものを運び込むときは、アレクサンドロスが私の所に来た時と決まっている。

アレクサンドロスが私の側にいる間は、出入りする扉が開いているからだ。

だからアレクサンドロスが来た日、まあ、毎日だけど、マアナ達は夕方から早朝にかけて外出することが許される。アレクサンドロスは、私と2人で居るとき、侍女の出入りを絶対に許さなかったため居なくても困らない。


 今は、その、アレクサンドロスが不在で、出入りの扉は閉ざされたまま。

 けれど、マアナが調理場の窓を使うことを思いついてくれた。

この後宮は、邸ごとに調理場が造られているので、毎日の食材や、生活の必需品を入れるところはどうしても必要だった。だから、私が立ち入れない調理場には、それらの品物を出し入れできる、人が通れない扉が作られている。そこを利用したのだ。

 邸ごとに調理場があるのは、毒入りの料理や飲み物を用いて妃の暗殺が多かった時代が長かったため、安心して、食事を取るためにそうなっていったとのことだ。

 もっとも私の邸は、料理人が夜、材料を選びに来るけれどそれだけでは足りないらしく、いろいろ差し入れてもらっているため、毒が警戒されて差し入れる人が決まっている。

その人に頼んで、書物も差し入れてもらった。

私は調理場には入れないので、そこはマアナに取ってきてもらう。


 王宮図書館から貸し出される本はどの本も、それほど分厚くないので1日に10冊以上、夢中で読んだ。

王国の成り立ち。この国の法律。この国の特産品。貿易。そして、他国の情報も。

この国で生きるために必要な情報が、たくさん、図書室にはあった。



 アレクサンドロス王の不在が、気にならないかと問われると、正直に言えば、気になった。

いなくて清々するはずなのに。

毎晩、一緒に過ごせば、そして、この国の唯一の庇護者であれば、情が沸いてしまうのは、仕方ないのだろうか。

この気持ちが、男女間の愛情かと問われれば、自信はないけれど、でも、確かに、彼がいないことを、寂しい。と思う自分に気付いて、驚いていた。


 アレクサンドロス王は、1か月で遠征から帰ると言っていたけれど、1か月過ぎても、帰還の知らせは入ってこない。

彼が向かったのは、激戦地だと言う。

かなり大きな兵力を送っていたにも関わらず、戦局が膠着状態になったので、業を煮やしたアレクサンドロス王が、自ら、戦場に赴いた。

 マアナは、アレクサンドロス王の勇猛さを称え、すぐに彼の国を滅ぼして帰ってくると信じ切っているけれど、約束の1か月が過ぎた頃から、私は、彼を失うかもしれないこと、に初めて思い立った。彼が傷ついたら・・・亡くなったら・・・と、考えるのが、怖かった。

その恐怖は。きっと、庇護者を失うことの恐怖。

そう思い込んだ。


 その恐怖を忘れるために、前にも増して、早朝から、深夜まで、書物に没頭したのだけれど・・・。

一人で眠るベッドは、あまりにも冷たくて、頭は疲れているはずなのに、眠りが浅く、顔色が良くないと、マアナ達に心配される日が続いた。



 そんなある日の夕方。

外が騒がしいような気がして、読んでいた書物から顔をあげ、居室から回廊に出れば、向こうから、アレクサンドロス王が歩いてくる!


「・・・っ!陛下っ!!」


 胸がかっと熱くなり、自分の意思とは無関係に、アレクサンドロス王に駆け寄っていた。

驚いたように、彼は、私を受け止め、抱き上げる。

私は、彼の首に両腕を回し、彼の目を見て、微笑む。目尻にちょっぴり涙を浮かべながら。

「おかえりなさいませ。陛下。」

「!」


 深く口づけられ、そのまま寝室へ連れていかれ、激しい嵐が、体内を吹き荒れる。

だけれど、今までのように嫌だと思わず、何度も彼を受け入れ、果てたのは、翌日の朝が白みかけた時間帯だった・・・。





目覚めると、いつもは居なくなっている王が、そばにいて、私をじっと見ている。


「へ、陛下?」

「・・・余が居ない間、何をしておった?」

「えっと、本を読ませていただいておりました。」

「どのような?」

 私が、いろいろな書物の名を挙げると、アレクサンドロス王は、驚いた顔をする。

「読書が好きだと言っておったが・・・。そなたは本を読むのが早いのだな。」

「陛下・・・。」

「アレクと呼べ。後宮では、余の名を呼ぶことを、許す。」

「アレク様・・・。」

「アデラローゼ。そなたは、余が居なくて、寂しいと思ってくれたか?」

「・・・はい。」

「そうか。」


 アレクサンドロス王が、また、覆いかぶさってきた。


「せ・・・政務は?」

「今日は、そなたと居る。」






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