第09話 バカなの!?
「えっ……?」
「聞こえなかった? その火を踏み越えて、こっちに来てって言ったのよ。それが出来るなら、あなたが本気で謝っていて、私と友達になりたいと思ってるって信じてあげるわ」
プリシラは、私たちの間でパチパチと音を立てて今まさに燃え盛っている焚火を指さしてそう言った。
「この、焚火を……?」
「踏み越えてこっちに来てよ」
「そんなこと――」
「そ、できるわけないでしょ? だから諦めて――」
「――そんなことでいいの?」
「えっ?」
プリシラが目を丸くした。
「分かったわ。でも約束よ? 私がこの火を踏み越えてあなたのところに行けたら、私が本気だって信じてもらうから」
プリシラからしたら、体よく断ろうとして無理難題を吹っ掛けたつもりなんだろう。
――でもこんなの無理難題でも何でもないんだ。私にとっては。
もちろん炎は怖い。絶対熱いに決まっている。こんなのを踏んだら大やけどをするだろう。
でもだから何だと言うんだ。
私はずっと、ずっと、彼女への未練で身を焦がしてきた。それこそ前回の生で生きている間中、ずっと焼かれてきたんだ。
こんな一瞬の苦痛なんて、私が彼女に許されず生涯味わうであろう心の痛みに比べたらどうという事は無い。
「じゃあ、見ててね」
「ちょ……あ、あなた……」
私は纏っていた毛布を地面に落として、一糸まとわぬ姿になる。
「……っ!? な、何で裸に……!?」
「だって、火が付いたら危ないでしょ?」
私はこともなげに言う。全身が炎に包まれたりしたら死んじゃうかもしれないし、いくら私でも死にたくはない。だって死んだら彼女と一緒に生きていけないから。
「あなた……!! 本気なの!? ウソでしょ!? 止めてよ!!」
「本気よ。あなたが言ったんじゃない。こうしたら信じてくれるって」
「いや、だからそれはそんなことできるわけないって――」
「私は出来るの」
私は、一歩踏み出す。
「うそうそうそ……!! 」
彼女の悲鳴のような声が聞こえる。でも、私は彼女へと続く歩みを止める気はサラサラない。
「ちょっと……ちょっと待ってよ!? ねえってば!?」
さらにもう一歩。もう火は直ぐ側にある。この段階で十分熱い。
「そんなっ……!? や、やだやだっ……!!」
これに足を踏み入れたら、ただでは済まないだろう。それでも私は足をあげ、その燃え盛る火の中へと足を踏み下ろし――
「待ってーーーーーーーーーっ!!」
唐突に、体がすっ飛び、火の中へ踏み下ろされるはずだった足は宙を舞った。
気が付けば目に前に広がるのは、天井と、見下ろす彼女の顔。
「――バカなの!? こんなこと本気にしないでよ!?」
「頭痛い……」
「頭痛いくらい何よ!! あなた大やけどするとこだったのよ!?」
どうやら私は火に足を突っ込む直前で、毛布を振り払って立ち上がった彼女からタックルのような感じで抱きつかれて止められたらしい。
そしてその凄まじい勢いのタックルですっ飛ばされた私は、彼女から押し倒される形で地面に頭をぶつけてしまったというわけだ。
「でも、どうしても信じてもらいたくて……」
「あああっ……もうっ……ほんとバカなの!?」
私を見下ろす彼女の目には涙が浮かんでいる。またバカって言われてしまった。いや、私がバカなのは前回の人生で身に染みてわかってるけど。
「信じて貰えた……?」
「はぁぁぁぁぁ…………」
私は彼女に乗られたまま、彼女を見上げて声をかける。彼女は盛大に、本当に盛大に大きなため息をついて――
「わかったわよ……信じるわ」
――呆れたようにそう言った。
「えっ……」
「だから!! 信じるって言ったの!! 何度も言わせないでよ!!」
「それって、つまり……」
「まぁ、あそこまでされたらね、あなたが本気で謝っていて、私と友達になりたいって思ってるってのは信じてあげるわ――」
「じゃあ――!!」
「でも、まだ許すつもりはないから。まだ全然友達にもなる気はないし」
ぴしゃりと釘を刺されてしまった。でも『まだ』だ。『まだ』っていうことは、だ。
「『まだ』っていうことは、いつかは友達になってくれる?」
「うっ……!! い、いや、そ、それはどうかしら……」
「でも、可能性はあるって事よね?」
「いやいや、まだあなた、私の中では全然マイナスだからね!? それを分かってるの!?」
「分かってるけど」
それでも、これは何と大きな一歩だろうか。完全に拒絶されていてマイナスでさえなかった私が……!!
「それでさぁ……そもそもなんで私に意地悪していたの?」
えっと……改めて聞かれると、その、あれなんですけど……答えないわけにもいかないよね?
「その……」
「うん」
「………………構って欲しくて――」
「バカなの!?!?!?」
また言われてしまった。かなり食い気味で。これで3度目だ。いや、返す言葉もございません。プリシラは心の底から呆れた顔をして私を見下ろしている。なんて綺麗な顔をしているんだろう。
「いや、それにしても……」
「何よ」
「いや、前回とは上下が逆だなって」
「……? 何の話よ」
「こっちのこと」
それはもう無い未来。かつて私が通った過去、過ち。私は、裸のプリシラに押し倒されたまま、運命を想った。
「いやぁ……結構収束するのね、運命って」
「だから何の話だって言ってるんだけど」
「だからこっちの話だってば。……それよりさ」
「何よ」
「……降りてくれない?」
好きな子の裸がすぐ目の前にあるなんて、その……目に毒なんですけど。
「…………………………っ!?」
自分がどんな姿でどんな体勢にあるのか、ようやっと思い出したプリシラは一瞬で顔が真っ赤に染まる。
「こ……!! これは、その……!! ふ、不可抗力よ!! こうしないとあなた大やけどして!!」
「うん、それは感謝してるんだけど、でもそろそろどいて――」
――このとき私達は気付いていなかった。
この大雨の中、捜索隊が組織され森の中を探し回っていることを。そして捜索隊が私達を呼ぶ声も、一層激しくなった雨音にかき消されて私達には届いていなかった。
やがて山小屋を見つけ、そこから漏れる焚火の明かりに気が付いた捜索隊は――
「――お嬢様!! こちらですか!? ………………っ!?!?!?」
ドアを開けて、中に入ってきた。そこで捜索隊の先頭にいたソラリス達、そしてクラスメイトが見たものとは。
「ええええええええええええええええ!?!?!?」
「んまぁぁぁぁぁぁ!?」
「きゃーーーーーーーーーっ!?」
裸のプリシラに押し倒された形になっている、裸の私。いや、これはどうみても、その……ねぇ?
「あああああああああああ!? そ、そう言う事だったんですね!? こ、これは失礼いたしました!! ど、どうぞごゆっくりっ!!」
「ち、ちが――」
大慌てで出ていくソラリス達。バタンと勢いよく閉まるドア。取り残された私達、途中で途切れるプリシラの否定の言葉。
えっと……これは……なんというか……
「ぷ、プリシラ……?」
「……………………」
沈黙が怖い。プリシラはブルブルと震えながら私を見下ろしている。
そして、
「……ば」
「ば?」
大きく息を吸い込むと、
「バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
山中に響き渡るんじゃないかと思うほどの、プリシラの絶叫がこだました。
お読みいただき、ありがとうございますっ!!
これにて第1章完結となります!
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