第04話 運命の収束
「はぁぁぁぁ……」
私は大きなリュックを背負いながら大きなため息をついた。私の目の前には雄大な山がそびえたち、まるで私の前途に広がる大きな試練を象徴しているようで余計に暗澹とした気分にさせられた。
「どうしたんですか、お嬢様? あ、さてはこのハイキングが嫌なんですね?」
私の隣で同じく体に不釣り合いな大きなリュックを背負っているソラリスが話しかけてきた。着ているのも私と同じ運動着だ。
「でもアレですよね~。いくらわが校の校風が文武両道とは言え、これハイキングって言うか登山ですもんね」
「そうね……」
「仮にも貴族の子女が通う学校の恒例行事がこんな険しい山での登山って、ねぇ?」
「そうね……」
「しかもわざわざ少数の班に分かれて順位を競うなんて……どう思います?」
「そうね……」
「お嬢様?」
「そうね……」
「……私のこと好きですか?」
「そうね……」
「はわわわわわわ……!!」
なんかさっきからソラリスがあたふたしているけど、どうしたんだろうか? うわの空で全然聞いてなかった。
「はぁぁぁぁ……」
私は再度大きなため息をつく。
私がこんなにも憂鬱なのは色々と理由がある。まず1つが、私が過去に戻ってこれて以来ずっとプリシラと仲良くしようと試みているんだけど、それが全く、これっぽっちもうまくいっていないという事だ。
私に残された時間……彼女が子爵の息子といい感じになってしまうまであと数か月も無いと言うのに、私は既にひと月を浪費してしまった。
もうプリシラに意地悪はしておらず、毎日何とか話しかけてはいるものの、私がこれまで彼女にしてきた仕打ちを考えれば当然のリアクションで返されていた。まぁ冷たい視線というやつだ。
苦難の道だと言うのは覚悟していたし、これも私のせいなんだけどこうも何の成果も感じられないとやっぱり落ち込む。
そしてそれ以上に大きい理由、それが、今日が運命の日だという事だ。
私は前回の人生の今日、彼女に取り返しのつかないことをしてしまった。そのせいで彼女は徹底的に私を憎むようになり、私は彼女に2度と会えないようになってしまう。
今回は決してそんな過ちは起こさないけど、それでも前回のことを考えると……
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
私はもう何度目になるかわからないため息をついた。
「お嬢様~。さっきからため息ばっかりですよ?」
「うん……そうね……」
「なんか最近変ですよ?」
「そうかしら」
「そうですよ。あれだけ意地悪していたプリシラに、年度明けからな~んもしてませんし、それどころか毎日毎日話しかけたりして。一体何がどうしたんですか?」
「いや、それは……その……」
言えるわけがない。まさかプリシラに意地悪していた理由が、振り向いて欲しくてちょっかいを出していてそれがエスカレートしていったなんて、愚かすぎるし恥ずかし過ぎる。口が裂けても言えやしない。
「ていうかなんであんな無駄なことしてるんですか?」
「む、無駄……?」
「そりゃそうですよ。だってプリシラってお嬢様からず~っと意地悪されてきたんですよ? 嫌われてるに決まってるじゃありませんか」
「そ、それはそうなんだけど……」
それはわかっている。でも私にはこうするしかないんだ。少しでも、少しずつでも心証を回復していかないといけない。そうしないと、彼女は他の人のものになってしまうんだから。
「――まぁ、私でしたらお嬢様から夜にいじめられたいな~とは思いますけど(ぼそっ)」
「えっ」
「な、な~んて!! 冗談ですよ冗談っ! やだなぁもう!」
「もうっ、ソラリスは冗談が上手いわねぇ」
あぁびっくりした。この子ってば顔に似合わず、時折こういう変な冗談を言うのよね。お茶目な子だ。
「そ、それにしてもあれですよねっ!! こんな山で登山なんて、迷ったりしたら大変ですよねっ!!」
なんか強引に話を切り替えたような気もするけど、気のせいだろうか。
「そうね、迷ったりしたら……大変よね」
過去の記憶がちらつく。前回でも同じ日に、私達は登山に来て――そしてプリシラは道に迷った。
これは決して私が何かしたとかそう言うのではなく、単純に彼女が極度の方向音痴であることが原因で、私はその報告を先生がするのを聞いて矢も楯もたまらず飛び出していったのだ。
彼女がどこで迷っているかなんて知りもしない。それでもじっとしていられず、気が付けば野山を駆け回っていた。その理由も分からないまま。
今ならわかる。私は彼女が心配だったんだ。素直になれればよかったのに。
天気はあっという間に悪化し、土砂降りの大雨の中、私は彼女を探し回り、ついにさびれた山小屋に避難していた彼女を見つけた――見つけてしまったのだ。
見つけなければよかったのに、とさえ今では思う。
私達以外誰もいない山小屋、そこで私は彼女を――
「――でも、大丈夫なはず」
そう、今回はちゃんと手を打ってある。プリシラが遭難しないように、彼女とそこそこ仲がいい子にお願いして側に付いてもらっているのだ。
本当なら私が付いていてあげたいんだけど、それは彼女が嫌がるのは目に見えていたので仕方がない。私にできるのはこうして山を登る事だけだ。
「あ~、きっついですよ~」
「頑張りましょう、あと少しよ」
それから私とソラリスはお互いに励まし合いながらどうにかこうにか険しい山道を踏破して、集合地点である頂上に到着した。
しかしそこで私は、運命の収束を目の当たりにする。
――そこにはプリシラの姿が無かったのだ。