第10話 噂は翼を広げ
「いやぁ……まさかまさか……このソラリスの目をもってしても見抜けないとは……お嬢様、やりますねっ!」
「んもぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
あれから一夜明けて朝、私は寮の自室でソラリスからまだからかわれていた。
「ええ? でもこっそり2人で示し合わせて抜け出して、盛り上がっていたんですよね~?」
「だから違うのぉぉぉ!! 偶然なのぉ!! 私説明したよね!?」
まさかソラリス達がよりにもよってな所で入ってくるんだもん。私達がある程度和解……和解をして、そう言う雰囲気と言えばそう見えるようなところで突入させるなんて、神様のいたずらは凝っているよなぁ……
あれじゃあどう見ても、プリシラが私をその……だもんね。いや、私としては願っても無いことなんだけど、それにしてもアレは時期が早すぎませんかねぇ神様?
「おかげであの後プリシラ、私と一言も口きいてくれなくなっちゃったんだよ!?」
せっかく、謝る事ができてこれからだと思ったのに、むしろある意味悪化してるんですけどぉ!?
「いやぁそれはそうですよ。あんなお熱いところを目撃されたら照れくさくって声なんてかけれませんよね~?」
「違うんだぁぁぁぁ!!!」
ソラリスにはきっちり説明して偶然なんだと分かってもらったものの、こうやって何度も何度もわざと知らんぷりしてからかってくる。勘弁してくれ。
何か心なしか拗ねてる感じもするし、いったいなんなのだ。
「――まぁお嬢様の言う通り、仮に偶然だとしてもです」
「仮じゃないけどね」
「すでに学園中はお嬢様とプリシラの話題で持ちきりだそうです」
「…………えっ」
なにそれ。昨日の午後の話だよね? プリシラが遭難したの。
……早くない?
「だってあれだけ犬猿の仲と思われていた2人が実は~なんて、年頃の私達には格好のネタですもん」
「ああああ……」
「人の口に戸は立てれませんし……夜ごろにはもう学園中に広まってましたよ」
「おぅふ……」
なんてこったい。
「ど、ど、どんな感じで……?」
私は恐る恐る聞く。それを耳にした時のプリシラの反応のほうがもっと恐ろしいけど。
「えっとですねぇ、私が調査したところによると……」
ソラリスはメイド服のポケットから手帳を取り出してパラパラとめくり始めた。指で書かれたことをなぞっている感じからは、どうも調査内容がぎっしり書き込まれているようだ。
うん、ソラリスが有能なのは助かるけど、でもそれだけぎっしりって事は……そんなにあるの? 噂。
「え~、まず一番多かったのは……「騙されたぁぁ!!!」でした」
「騙された!? なにそれ!?」
「えっとですね、『ああして執拗に意地悪するのは、こっそり付き合っていることをカモフラージュするための高度な戦略だったなんて!?』、『人前では照れくさいから仲が悪い振りをしていたなんて……!! 素敵!!』、『本当は好きなのに、ああも真に迫った意地悪ができるなんて……ぜひ演劇部に欲しい』……って感じです」
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
なにそれ!? ぜんっぜん違うんですけど!? 私がプリシラに意地悪していたのは本気だったんですけど!? まぁ好きなのにってとこは当たってるけど!!
「で、次に多かったのが……」
「まだあるのね……」
私は大きく1つ深呼吸し、覚悟を決めて続きを聞こうとして――
「『プリシラが上でクリスが下ってのは予想外』『逆にそこが萌える』『逆転っていいよね』『いや、私はクリスが上であってほしい』――」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
床に転げまわった。もうギブ!! 速攻ギブアップ!!
「――てな感じで、受け攻めについて熱い議論が交わされてました」
「冷静に告げるのは止めてぇぇぇぇぇ!!!! 実はソラリス怒ってない!?」
「そんなことありませんよぉ?」
ウソだ。なんか理由はわかんないけど絶対怒ってる。あの笑顔は怒りを堪えている時の顔だもん。
「で~他にですが~」
「もういやぁぁぁぁぁ!!!」
もう今頃プリシラも、学園に広まる尾ひれが付きまくった自分のうわさを聞いているだろう。
それを考えただけで……あわわわわ……
「『2人はもう既に将来を誓い合った仲だった』とか~、『聞いた話だけど、2人が隠れてあんなことやこんなことをしているのを見た子がいるらしい』とか~、『あの夜の真相はこうだ!! ……雨に濡れた2人はお互いの体温で体を温め合って、そのうち火がついてしまいそのまま……』とか~」
「デマじゃん!?!?」
どこにも真実が無いよそれ!?
「はい。さも見てきたかのように、想像力たくましく噂は翼を広げて学園中を飛び回っています」
「おおおお……」
「しかも現在進行形で拡大中です」
「もうやめてぇぇぇぇ……」
私はもうフルボッコよ。体力ゼロよ。今日どんな視線をプリシラから向けられるのか……怖いよぉぉぉ!!
「…………でも、お嬢様ってプリシラと仲良くしたかったんですね」
「あ、うん、それは……そうなの」
そのことについても私が人生をやり直してるって点は伏せて、ソラリスにだけは伝えていた。それを説明しないと昨日の釈明にならなかったし。
「それにしても……お嬢様……」
ソラリスは盛大に、それはもう盛大にため息をついた。
「うん」
「ほんっっっっとうにバカですねぇ……」
呆れてものが言えないって顔だ。当然だけど。至極もっともだけど。
「わかってるよぉ……」
構ってもらいたいから意地悪していたなんて、バカ以外の何物でもないし、否定のしようがない。
「――まぁでもっ」
ソラリスは元気にそう言うと腰に手を当てて、
「これからはお嬢様とプリシラが仲直りできるように、私も力を貸しますから!」
その豊かなお胸を揺らしながら、胸を逸らした。ソラリスの癖にもなっている決めポーズだ。
「私にお任せあれっ」
「――協力してくれるの?」
「当然ですとも! 私はお嬢様のメイドですよ?」
「ソラリスぅ~~~~!!」
「はわわわわわわ!?」
私は感極まってソラリスに抱きついて、その胸に顔を埋めた。
「ありがとぉぉぉぉぉぉ!!!」
「ど、どうってことないですとも……!! は、ははははははっ!!」
ソラリスは可愛く高笑いをする。でもよかった。ソラリスが味方になってくれるなら百人力だ。今まで私一人だとどうにもこうにも上手くいかなかったし、山小屋での一件がうまく……うまく? いったのだって奇跡みたいなものだし。
……まぁそのせいで噂が広まってとんでもないことになってはいるんだけど。神様はほんと意地悪だ。感謝もしてるけど。
「…………しかし、お嬢様が受けだという可能性は見落としていました……これは戦略の練り直しが必要ですねぇ……(ぼそっ)」
「え? 何か言った?」
山小屋での一件を思い出していてよく聞いてなかった。
「いいえ~なんでもありませんよ~」
ソラリスは私を見下ろしながら、にっこりと笑うのだった。